対抗戦
え? 一月更新していた勢い? ……誤差ってことで勘弁してください……。
翌日、昨日と変わらず天気は晴天。五月もいよいよ最後の一日となり、明日から六月に入る。
あと十数日で梅雨前線が日本を覆い、汚れを落とす様な勢いで雨を降らせるであろう日の、時期で言えば梅雨入り前。
既に煌々とアスファルトを照らす太陽を前に、制服の完全移行日に耐え切れず夏服を着用して登校している学生も珍しくない今日この日の朝。
かく言う俺も夏前だと言うのに今まで冬服であった制服を完全に夏服へと移行して学校へと向かっていた。
ここ最近雨も降っていないため純粋に暑さを感じるだけに性質が悪い。
こう、余計にイライラとするのはなにも暑さの所為だけではない。一先ずは今日のことだ。
今日こそが待ちに待った恒例の対抗戦。更に俺は幸か不幸か、クラスの代表として一チーム五人の内の一人に選ばれてしまった。
そしてそこから畳み掛けるように、つい昨日シロから告げられた『神託』。
どう考えたってハードワークが過ぎる。
個人的に目立ちたくない願望がある俺からすれば、『神託』の解決と対抗戦、そして塚野の件も合わせて両立させるのは限りなく不可能に近い。
何が悲しくてこんな過密な予定を今日中にこなさねばならないのか、俺は断固抗議したい。
いや、まだ塚野の件は先送りが…………できないな。
昨日紅葉に背中を押され、きちんと考えて出した結論だと言うのに、何もせずになあなあと過ごして家に帰れば待っているのは紅葉の審問だろう。
啖呵を切って、果たして直ぐに成果を出したのか。あいつのことだから絶対に聞いてくる。
それが分かっているのに今日は何もできませんでしたじゃあ兄として面子が立たない。これでもし完全に愛想を尽かされたら俺は鬱になる。
「とにかく、今日だ。今日全てに結果を出さないと死ぬな、精神的に」
ハッキリ言ってかなりキツイが、やるしかない。
そう、これは俺の超個人的な三つの試練を乗り越える大切な一日なのだ。
そんな風にあれやこれやと理由をつけて怠けることから逃げ続ける中、視界に入るあの特徴的な金髪。
自ら染めている訳でもなく、ヨーロッパあたりの人のように天然ものと化したあの髪。それでいて顔の造形は純日本人というややアンバランスでありながらどことなく親和性を感じる、物語の主人公の様な俺のクラスメイト。
今回の三つの問題のうち二つほど間接、もしくは直接の原因を作った戦犯が俺のすぐ前を歩いていた。
いつものあいつからすれば珍しく、俺が登校するくらいの時間帯にこの通学路を歩いているのはやや違和感がある。多分だが昨日のように時間を合わせたのだろう。
そして同時に、俺は迷った。
このまま見なかったふりをして学校まで登校するか、少し走って遠見に追いつくか。その二択だ。
逡巡してすぐに、かぶりを振った。
既に決めたと言うのに、何をいまさら迷うのだろうか。
その話は昨日の時点で済ませたはずだ。今日これから起きるのは言ってみれば「面倒の連続」。分かっていて、紅葉に頼って背中を押して貰った。選ばない俺に、選ぶよう道を示させた。
妹に期待をさせたのだから、それに応えるのが兄としての俺の務めだろう。
いつまでもアナグマを決め込んで、感心をずらそうとか、素知らぬふりをして人と関わることを避けるようでは、何時まで経っても進歩はないのだから。
だからせめて、一年と少し共に学校生活を歩んできた遠見については、目的も、性格も、その心理もわかっている相手なら、何をする奴なのかわかっている奴なら、その分かっている範囲だけでも信用できるはずだ。
遠見は人を利用しない。
遠見は人の信用を落とさない。
遠見は誰かの努力を嗤わない。
そしてなにより、遠見は友達を信頼する。
だから、俺は今までの考えを振り切った。
人と関わらないことは、いくらでも理由を付ければ簡単に成せる。今までがそうだったように、俺は誰かに対して弱みを見せない。
それは今までも、そしてこれからも変わらないことなんだろう。
相手が紅葉だとしても、相談くらいはあっても絶対に弱さ何て見せないだろう。
だからなのか俺は他人に対して興味がない。
来る者も拒まず、去る者も拒まない。
多分これはいつまでも変わらない俺のスタンスだ。けれど、何事にも例外はあるように、俺のこのスタンスを曲げてまで必死になるようなことがいつか、起きるのだろうか。
そう考えながら、俺の足は遠見の方へ進んで行く。ここまでじゃなくとも、一歩でも進歩できるように。悩まなくても済むようにと、願いながら。
「よう」
「ん? おお! おはよう。何か珍しいな、お前から来るなんて」
「とか言いながら、まさか仕組んだりしてないだろうな……」
「いや仕組むってなんだよ! 今日は対抗戦だしあと昨日何かちょっと……まぁあれから黒谷がどうしたのか気になったし、このくらいの時間に登校したら会えねえかなって思ってただけだって」
「本当なのかそれは」
言葉ではそういうも、それほど疑ってはいなかった。
なんせそれはウソでもホントでも別にどうでもいいことだから。
けれど遠見の目的自体はとても簡単に分かってはいた。それは間違いなく、意思の確認。
昨日別れる時点ではまだ難色を示していたし遠見としては俺を気に掛けるのも当然のことなのだろう。
もしもこれで俺が拒否するなら強引に俺が解決するようにもって行くか……いや、それはないか。結局昨日聞きそびれたあの問いは間違いなく遠見の心に楔として残っているだろうから。
「ホントのホントだよ。……それで、お前はどうしたい? 本当に嫌なら、これ以上勝手はしないけど……」
ほら、やっぱり聞いてきた。
けれどもその声は思ったよりも慎重であった。
今にも崩れそうな薄氷の上を行くように、石橋を叩いて渡るように、見つかった不発弾を処理する時の様に、それはもう過剰に。
遠見は他人に気が利く。
だからこそ、いらぬ気を回すしお節介だってよく焼く。気づくからこそそれをよく考える人間だ。
現に今も、恐らく俺の意思を酌んでいながらも聞かずにはいられない。その上で確認を行った。
だがこれは決して嫌味といった稚拙なものではなく、ただ純粋な気遣いと最終確認だ。
これでもし俺が嫌だと言えば、遠見は手を引くだろう。こういう時は臆病なほどに慎重になるのだから。
けれど、それは既に昨日の時点で固まった意思だ。今更臆して引くなんてことは、俺自身の矜持が認めない。
「そうだな……さしあたって、まずはどうにか静城から話を聞くのが先決だろうな」
「……え、てことは……つまり――――――」
「ああ、決めた。お前のお望み通り協力するさ」
「黒谷……よかった」
俺が思うに、人はその人生の中で、その後全てに関わるような重大な選択を選ぶ時が必ずある。
それも一度ではなく、何度でも。
生きていればどうしたって付きまとうその選択を間違えれば、少なくとも不幸になったりというデメリットはない。
だが反面、それがもしも正解だったなら、幸運とまでは行かなくとも、それなりに幸福な結末があるのだと俺は知っている。
だから俺は、その時が今だと確信したのだ。
時には逃げてもいい。それも選択の内だし、誰もが逃げずに立ち向かえる程強い人間ではない。
だから逃げるのだって俺は肯定しよう。けれど、選ぶべき時になって逃げるのだけは、認めたくない。
だがどうしても選べないことだって時にはある。そうなれば簡単に、俺がしたように信頼できる人間に活を入れてもらえばいい。
結局は迷いに迷ったが、逃げたくはなかった。だから選べるように紅葉に頼った。それだけのことだ。
「俺はただ選ぶべき時に選んだだけだ」
「はっはっは、このツンデレめ。」
「は?」
「え、やめて。その目やめて! 怖い、怖いから! 謝るから許してくれ!!」
……ああ、やっぱり、遠見はシリアスしているよりもこうしてふざけ半分本気半分のテンションが一番合っている。
「はいはい、許す許す。だから代わりに協力しろ」
「お、おう勿論」
そう、これでいい。
ここまでギスギスとした空気にしたのは確かに俺だが、それはあの時の選択を間違えただけだ。
けれどやり直すこと自体は、こうして叶う。
言うなれば生きていく中で数あるチャンスの中の一つなんだ。
選択とは、そういうチャンスをものにできるかどうかの前段階、線引きだ。
時には逃げたっていい。誰もが主人公というが、どうしたって差があるもので、かつ誰もがヒーローになれるような強さを持っている訳じゃない。
どうにもならないことがあれば大抵の人間は打ち勝つのではなく逃げを選択する。
勿論それに納得のいかない人間もいるだろうが、俺は逆にその弱さを肯定しよう。
世の中そんな強い人間ばかりではないし、逃げたからと言ってそれが悪いことだとは思わない。
それは『逃げる』という選択をしただけ、何も選択をせずにただ傍観しただけの人間に比べれば遥かに評価できるからだ。
いじめがあった頃の、見ているだけでなにもしなかった同級生、それを黙認したあのクソ教師と同じ様には決してなりたくなかったから。
◆◆◆
遠見と鉢合わせた後、時折雑談を交えながら今日と言う一日の流れについて話し合った。
対抗戦だけでなく、『神託』まで課せられた俺の心労は推して然るべきことだが流石に自分でやると言ったからにはいつまでも文句を言ってはいられない。
そこはしっかりと考えさせてもらった。
だが、事実としてあるだけで明日・明後日の休日はナイーブになることだろう。
そんな考えすら浮かぶほどに、この一日がどれ程長く感じるのだろうかと思いを馳せている内に、俺と遠見の足は靴から上履きに変わり、更に言うならもう既に教室の前へと歩を進めていた。
「まぁとりあえず、俺と塚野で朝野に話を付ければいいんだろ?」
「ああ、そうなる。……静城に関しては今日中に何とかする。それで多分この問題はジ・エンドだ」
「……俺の経験上どうやっても黒谷が今日中に解決できるビジョンが浮かばないんだけど……」
……いける。うん多分、大丈夫。
遠見の予測はクラスメイトとして過ごした一年から二年に上がってから一月と少しの記憶から来るものであって、そう、中学の頃の俺を知らない。
これは俺の思考を読む上でかなり重要となってくる所謂俺の人生のファクター。知っているのと知らないのでは大きく結果が変わってくる。
つまり何が言いたいかというと、そう俺は今日に限ってそんなことを起こすはずがないということで。
「いや何とか言えよ!」
ガラガラと、教室の扉を開ける。
結果的に遠見の声と被る形になりはしたが、これは偶然であって、決してその言葉を聞きたくなかったからとかそんな子供じみた理由ではない。
言い換えれば、タイミングが悪かったに過ぎない。
だからなんと言われようと、大丈夫。……なはず。
「お、来たな黒谷。おはよう!」
開口一番に、気持ちのいい挨拶をかまされた。
わざわざ視線を移さなくてもわかる。
何をしても相手に不快感を与えることなんてなさそうな、うちのクラスのトップ。一条だ。
「……ああ、おはよ」
だが逆に、俺はそんなトップをこそ、不快に思うのだ。
「もう全員揃ってるから、早速会議室に行こうか」
その言葉を聞いて教室を見れば、奥の窓際、よく風の当たる所で窓を背にして座りながら駄弁る菱田と篠原。
一条自身は黒板のある教壇の上で田辺と一緒であった。
更に、いつも通りの朝八時二十分の時点でほとんどのクラスメイトが既に教室を陣取っており、どれ程楽しみにしていたのかが俺でさえもうかがえた。
いやほんとどんだけ楽しみだったのか。遠足前の小学生か。
「それじゃ、俺もこのあたりで。後は任せるわ」
「ん? あぁ……――――――うお!?」
そう言ってバシッと一発背中を叩かれ、強すぎた衝撃に思わず一歩前にでる。
「頑張れよ」
正直なところ、その時は遠見の野郎を後で死ぬほど張り倒してやろうかと考えいていたが、それは顔を見た瞬間に吹っ飛んだ。
優しい目だった。
いつも俺や他の誰かに向けるような、そう俺の知るいつもの遠見真司の目ではなく、言うなれば自分の身内、肉親、親友。そんな、ごくごく一部にだけ見せるような、そんな優しい表情。
「……」
当然ながら、言葉に詰まる。
何かを言いたかったというのに、何故かその瞬間に全て頭から抜け落ちたように何も出てこない。
言葉にすればただ送り出されただけだというのに。
「黒谷」
名前を呼ばれる。今度は一条だ。
「行こうぜ。対抗戦の時のメンバーは会議室、それ以外は体育館でHRだから。ほら、その辺は初めてだろ?」
「あ、ああ」
そう言って、一条は俺と遠見の間を抜けてそのまま歩いて行く。
それ以外のメンバーも次々、後を追っていく。
結果的には最後になったが、俺もその後について行く。
けれどもう一度、最後にもう一度振り返る。
そこにはやはり、何ら変わらない遠見の姿が映った。
優しい優しい、クラスメイトの姿が。
◆◆◆
校舎を跨ぎ教室棟から職員棟に移動し、会議室に着いた頃にはHRまで残り五分に差し掛かっていた。周りを見れば、我ら三組だけでなく他の学年、クラスの代表と思われる生徒がいた。
中には、見たことのある奴、見たことのない奴。知らない奴、知っている奴。こうして見ただけでもこの学校のトップ連中が雁首を揃えて、この秋原高校の会議室という小さな空間に集結しているという実感がふつふつと沸いてくる。
そんな、ピリピリとした空気も、ある一点だけはまるで海にポツンとうかぶ氷山の一角の様な、見渡す限りの砂漠の中のオアシスの様な、そんな氷点下の雪山のような人物が一人。
「……」
口を閉ざし、無表情を貫く静城だ。
この一週間という短い時間の中で、世間一般で言う静城風香という圧倒的な強さを持つ女王のイメージは一変した。あれ程コロコロと、静かながらも表情を変える様は見ていて気持ちの良いくらいに可憐であった。
だが、今の静城は元のイメージ、そのものだ。
誰かが触れることは勿論、視線、意識すら許されない。ただあるだけの絶対の存在、最強とは自分であるという冷徹な氷の女王がその時を今かと待ち望み佇んでいる。
キーンコーンカーンコーン……。
そして、朝のHRを知らせる最初の鐘が鳴り響いた。
同時に、ガチャリと、先ほど俺達が入ってきたドアから、もう少し言えば俺達のすぐ後ろのドアが開く。
「グモーニンッ! エブリワン。さぁ、君達の待ち望んだ対抗戦のミーティングを始めようか」
入ってきたのは、”面白い事主義”を提唱している鳴沢國秀だった。
教師とは思えぬ程、まさにこの対抗戦を誰よりも楽しみにしていたというオーラが伝わりそうなほど、スマイルマーク顔負けのいい笑みを浮かべて、俺達生徒を見渡している。
その手には、今からくじ引きでもやりそうな穴の開いた箱と大量のプリントを持っており、正直教師と言うよりはただの道化だ。
「さて、早速だが各クラスの代表はこの箱からくじを引いてもらおうか。何、いつも通り場所決めだ」
鳴沢の話を聞く限り、どうやら今回限定のような特殊なものではなく、いつもしていることらしい。
「それから、一緒にメンバー分のプリントを持っていくように。今回の注意事項と概要が書かれている」
それから、話はトントン拍子に進み、他のクラスの代表がそれぞれくじを引いて場所を決め、同時にプリントを持って自分のメンバーに配っていく。
そしてそれぞれ全てに行きわたり、前のホワイトボードにすらすらと鳴沢が大きく『注意事項!』と達筆な字を披露しながらスラスラと、何やら色んなことを書いていく。
「えー……ゴホン! この中には前にも対抗戦を経験した者、慣れていないもの、今回が初めてだという者それぞれが入り混じっているだろう。だからいつも通り、私はそんな慣れなかったり初めてだったりという者に説明を始める。既に知っている者も知らない者も静かに聞くように」
そう言って、一呼吸間を置きながら鳴沢は周りを一瞥し……。
「では、始めに。対抗戦とは、主に私がこの学校に就任してから二年程立ってから個人的な理由と対外的理由から始めたイベントだ。既に分かっているとは思うが、私は面白いことが好きでね、こういうイベントには目が無い。更に君達も勉強後の息抜きが欲しいときたものだから、私自ら考案させてもらったのが、この全クラス対抗戦だ」
そう威厳たっぷりに言うが、多分この先生からしてどうしても個人八割、対外的理由が一割、その他一割で動いてそうだという印象を受けるのは、間違いだろうか。
「ルールについてだが、いつもやるランク戦では一撃が入ればそこで終了だが、対抗戦ではこの腕章をつけてもらう。」
そう言って、安全ピン付きの無地の腕章を見えるように掲げた。
「この腕章がはがれる、無くす。つまり体から離れた時点でその者は失格とする。更に各チームの代表はこれに一本の線が引いたものを付けることとし、クラスの代表が失格となれば例え他のメンバーが健在でもそのクラスを失格とする」
それは少し、考えさせられる。
三組の中で、代表といえば確実に一条が選ばれる。これは確定だ。
けれどそこで、俺はいいとしても一条を守るという義務が発生した。アタッカーが一人制限されたも同然だ。
「黒谷、大丈夫さ。そのための作戦会議で、陣形なんだから。そう簡単にやられたりはしないよ」
俺の不安を感じたのか、一条は安心させるように言い聞かせてくる。
が、俺が言いたいのはそうじゃない。それでは、俺がサボれない。
このタイミングで声を掛けれなければ必然と声を掛けるタイミングは対抗戦くらいしかない。
だが、あんなルールが存在する以上、俺一人が抜け出す何てことをすれば確実に俺は非難を受けることになるのだから。
「それから、よくある器物破損に関してだが、これはもう放送室とか各準備教室にさえ手を出さなければ基本なんでもアリでいいかな。こっちにはいつも通り修復屋の皆さんに来てもらっている訳だし」
修複屋……あぁ、確か破損した物ならなんでも治せる修復系の能力者が営んでいるっつう事務所か。
普段利用することこそ少ないものの、生活にあれば困ることはないと言われる修複屋。まさか主な収入源てうちの学校じゃないよな……?
「そして前回に引き続き、静城君の制限についてだ。対抗心に燃えるものは覚えておくといい」
次に告げられたのは、件の静城の制限だった。
これがはたしてどんなものなのか、多分俺は知らなければならない。
「まず一つ、<空間操作>による感知の範囲。これは約十メートルまでとする。二つ、広範囲に及ぶ攻撃を禁止、例外はあり。三つ、チームは一人。四つ、空間の障壁は掌から一センチを原則とする。五つ、二つ目の例外として、範囲を問わず一度のみ他人の干渉を許可する。ただし攻撃の類は禁止。……これが静城君の制限だ」
考えなくとも分かった。これで足りないと言った静城は、おかしい。
普通に考えれば、よく使う空間感知に広範囲攻撃、更には空間の障壁ですら制限を加えられ、できることはかなり狭まった。
これで絶対に勝てるなんぞ他の人間が言えば虚勢だと捉えられるかもしれないが、不思議と、静城が言うのなら本当にそうなのかもと思えてしまうのだから、あれはあれで強者のカリスマの様なものを持っているのだろう。
「開始は午前十時から、それじゃあくじで決まった場所にそれぞれ向かってくれたまえ。安心すると良い君達の活躍はこちらでドローンを使って体育館のスクリーンの方へ映し出すからネ!! 精々面白おかしい画が撮れることに私は期待しよう」
ハッハッハ、と気のいい笑いと共に風の様に去っていく鳴沢。同時に他のクラスは移動を開始する。
慣れているのか、大体の人間はそこにこれといった感情はなく、「ああ、いつものだな」という日常感を感じる。
俺からすれば、あそこまでハイなテンションで言葉を綴っている鳴沢に圧倒されるばかりだったが。
「よし、俺達も移動するか」
「そうだね。早めに移動して確認しとこうか」
「お、いいなそれ。つか、場所どこだっけ?」
例の如く、一条は率先してリーダーシップを発揮しメンバーを仕切る。それに乗ったのは菱田で、更に便乗したのは田辺だ。
俺と篠原と言えば、それを傍から見ていただけ。
厳密に言えば、傍から見ていたのは篠原だけで、俺は少し違うとは思うが。
うすぼんやりと、服に沁みる絵具の様に浮かんだ。
さっきいた全クラスのメンバーとその代表、あの中に『神託』でシロが言った、「神の力を宿す人物」がいるかもしれない。
そう考えるだけで、俺の脳みそは疲れを覚える。
その人物が俺と同系統の力を持っていると仮定して、生き残ることは確実なのだが、問題はその人物が代表でなかった場合だ。
その場合、誰かわからない代表を失格にさせてしまえば、『神託』をこなすのは難しい。
そして、本命の静城に関することだが、まずさっきの時点で接触ができていない。
元々できるようなことじゃないと割り切ってはいたが、ルールを聞いた後だと全く話が変わってくる。
どうにかして俺が一人になれる隙さえあれば、運が良ければ静城と話をすることが叶うはずなのだから。
「えーと……俺達の場所は教室棟の三年一組だな。今が九時四十五分だから全然間に合うと思うよ」
「よし、行くか!!」
「やる気があるのはいいけど、テンション上げ過ぎて即失格になるのだけはやめてよ」
場所を確認し、一条の言葉に田辺は熱くなる。そしてそれを冷めた目で見る篠原という構図ができあがる。
こうして傍からみれば、あの場だけ何故か寒いと感じてしまうのは、俺の感覚が正しいのか、間違っているのか。
目の前で起こっているやり取りだというのに、酷く遠くに思えてしまうのは、何故だろうか。
「黒谷くん、移動しよっか」
「……そうだな」
それから一条たちに続いて、菱田に連れられるように俺達はスタート地点である三年一組に移動した。
◆◆◆
開始五分前、時刻は九時五十五分。俺達五人は作戦会議で話し合ったようにそれぞれの役目に従い位置についていた。
一条を囲むようにして田辺、篠原が前方に。俺と菱田が後ろにという前に二人、真ん中に一人、後ろに二人のフォーメーションを築いていた。
対抗戦のルール上、代表である一条は諸刃の剣と化している。その穴を埋めるのが俺達他の四人に課せられた役目だという共通の理解を持って、このイベントで勝利を飾ろうと気を引き締めている。
普段はうるさい田辺も、この時ばかりは真剣な表情を浮かべて黙っていた。
それぞれが、程よい緊張を身にまとい、つい十分、二十分前のような騒がしさというものがこの空間からは消失していた。
「正直、今回の対抗戦はかなり厳しいと思う。あまり見かけないとは言っても、対抗戦の時にあそこまで真剣な静城さんは見たことがないからね」
「あぁ、確かになんかやばそうな雰囲気だよな。けど、今回の制限は前回よりも厳しいんだし、善戦できるんじゃねえの?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。私だってあんな静城さんは始めてだけど、いつも通りお気楽にはできないんじゃない?」
一条、田辺、篠原がそれぞれの意見を言い合う。それは多分どれも正しい。これまで通りにはいかないだろうし、制限だって厳しい。それに、前に静城が言っていた、「こんなのじゃ一位には勝てない」という言葉が何を意味するのかは俺にはわからない。
だが、今の静城は間違いなく真剣に勝負をしに来ているということだけは、わかる。
キーンコーンカーンコーン……。
『十時になりました。それでは、全クラス対抗戦を開始してください』
鐘が鳴ると同時に、放送で簡潔に開始が宣言される。
時計の方を見れば確かに、時間ぴったり十時をさしている。
「それじゃ、事前に打ち合わせたとおり、まずは静城さんを見つけよう」
「ああ」
「うん」
一条の言葉に返事をし、前にいた篠原が教室の扉を開けた。
瞬間だった。
――――――視界が、一変した。
「……は?」
さっきまで机や椅子のない殺風景な教室にいた。だというのに、俺の視界に映るのはただただ真っ直ぐな廊下。
三年一組の教室にいたはずが、急に廊下に立っているのだ。
「……会議室?」
近くの教室札を確認すると、そこには会議室、つまりは、教室棟にいたというのに、一瞬で職員棟の方まで戻っていた。
更に、さっきまで一緒だった三組の連中はどこにもいない。
完全に分断されたのだ。
そして、こんな馬鹿げたことができる人物は一人しかいない。
「静城が……?」
それ以外考えられない。
メンバーの誰であれ、完全に俺達は分断された状態で、俺の対抗戦は始まりを迎えた。
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