黒谷蒼太という人間
2018/8/16、気になる所を少し修正
帰り道、グルグルと思考を巡るのは自身のこと。
他人のことに対して踏み込めない自分と、能力者と無能力者両方に向ける感情。
人は自らより劣りすぎる者、優れすぎる者といった違いすぎる者を拒絶したがる。
これは今の能力者社会になっても昔と変わらない。
江戸時代に虐げられた、えた・非人しかり、古代ギリシャで「無知の知」という考えに至り問答法で議論をかわして人々の反感を買い死刑を宣告されたソクラテスしかり、そして現在の能力者と無能力者しかりだ。
優れたものは劣るものを排斥する傾向がある。
これは、ランキング制度である程度軽減されたが、根本的な解決には至っていない。
軽減されただけだ。
だからどうしても学校等で洩れてしまう人は存在するだろう。
それが俺だった。
小学三年生。
周りの友達、クラスメイト、同学年の子供たちが次々ときっかけを得て自分の能力を獲得していくなか、何のきっかけも得れず無能力者であった俺はずっとこう言われ続けた。
役立たずと。
能力を発現する子供が増えると、それに対応した教育がどんどんと導入されていく。
まだ能力に振り回されてしまう形になってしまうために、最初の頃はレクリエーションをすることが多かった。
能力を使った鬼ごっこ、缶けり、ドッチボール、そしてサッカーといったスポーツにもそれは導入されていく。
子供の言葉は時に一発で相手を抉る弾丸のように残酷なことを言ったりしてしまう。
まだ思いやりの気持ちを理解していない者が多いからだ。
そうして放たれた一発の弾丸は俺の心に決して小さくない風穴を開けた。
クラスで遊ぶ時、レクで遊ぶ時、能力を使って遊ぶ遊びにいつしか俺は着いていけなくなった。
運動ができない人間ができる人間に混じった時、できない人間はどうなるか。
簡単だ。
できない人間だけが除かれるのだ。
それと同じように、遊びにも誘ってもらえず、参加しても役立たずと排斥され誰も入れてはくれなかった。
それならば、同じように能力を持っていない人たちと遊べばいいと考えた。
だが、そうもいかなかった。
小学三年生になっても無能力者であった俺に対して、小学一年生という他とは違う早い時期にきっかけを得て能力者になった、黒谷紅葉という妹がいた。
紅葉は俺がいじめられていることに我慢がならなかったのか、総じて俺を役立たずと呼んでいた奴らを文字通り能力でぶっ飛ばしたのだ。
当時はその場面を見て、非常に胸の空く思いになった。
だが、それをきっかけとして俺に話しかけるようなやつはめっきり減った。
俺を蔑ろにすれば紅葉が怒るからだ。
その能力は<振動操作>、なまじ強力な能力で、当時小学校低学年の生徒を怖がらせるのには十分すぎる役割を果たした。
小学生にして中学生を喧嘩でボコボコにするようなものなのだから怖がるな、という方が難しい。
そうして、いつしか俺の周りには誰も近づかなくなり、俺は孤立した。
厄介な人物に関わろうとしないのは当然と言える
それが小学三年から四年にかけての出来事だ。
「あいつの妹って、めちゃくちゃ怖いんだよ。この前だってまだ小学生なのにランキングせいどにかにゅうしたってきいたぜ」
「まじかよ、すげー。でも、あいつはその兄貴なんだよな?あいつもやばいの?」
「それがさ、あいつ無能力者なんだぜ」
「うっそ、無能力者とかまじかよ。妹に負けてんだろ?俺だったら絶対じさつしてるわー」
あはは、と嘲る声を聞いた。
無能力者とは無能力者に対する蔑称で、時代に、流行に、仕事に、生活に着いていけない落第者。
その印を押された無能力者たちに向けられたものだ。
小中学生、そして一部の大人を中心に囁かれており、社会問題にもなった。
その忌諱すべき黄金時代が丁度俺が小学四年の頃だった。
陰で言っていれば哀れの一言で済んだことを、この時期の子供は本人が聞いているのも厭わずに堂々と、自慢するかのように言い放つ。
それも嫌悪と嘲笑、そしてああならずに済んだという安堵も添えて。
当然、居心地が悪くなり、一人になれる場所を探し見つける。
けれども逃げたからと言ってそれらが止むことは一切なく、むしろ更に大胆なものへと変わっていった。
廊下を歩いていると足元から火が噴きだし、危うく大けがをしそうになった事もあった。
先生に言いつけられてプリントを運んで階段を上っているとき、足元に風を起こされバランスを崩して危うく転げ落ちそうになった事もある。
どれもが大怪我をする危険があって、妹には見えないところでそれは続いていった。
誰かの能力が俺を襲って、その時の俺の反応で周りの皆が嘲笑う。
そんな事の繰り返し。
いつか能力を得たら見返してやる、なんて強がりは既にもうなかった。
仕様がないと、仕方がないことだと自分に言って聞かせた。
そうでもしなければとっくに心は壊れていたからだ。
そして中学に上がる頃には、完全に凍り付き、他人との触れ合いに全く意義を見出せなくなっていた。
誰が何をしようが直接俺に関係しなければ全てどうでもいい。
その凍り付いた心が解け始めたのが、シロと出会ったとき。
その頃には他人と波風を立てない処世術のようなものを身に着けて平穏をそれなりに謳歌していた時期だ。
一人で居ることが心地よかった。
一人で居ることが落ち着けた。
一人で居ることが楽だった。
能力者だろうが、無能力者だろうが、人であることには変わらない。
その結論に至ったのは、そうして一人になって『人』というものをよく観察したことで得たこと。
何もかもが馬鹿らしくなって考えたのは能力者と無能力者のことだった。
まるでそれを思考実験のようにグルグルと考えた。
議題を出し、自分の頭だけで議論し、結論を出して次の議題へ。
それを続けていればいるほど、他人というものを観察対象と認識するようになった。
そうなるともう、本格的に他人と距離を開けていった。
感情は表面的なもの以外表にでることはなくなり、凍り付いた心は追い打ちをかけられるようにそこから錆びついていった。
シロに出会ったのはそれが顕著だった時の事。
俺が言っていたことは紛れもなく本心で、”能力”というものを考えなくなった心で生まれた価値観で出した答えがそれだ。
能力をもっていることで何ができる?
それを抜けば何が残る?
確かに、能力を持てばそれに特化したことができるだろう。
だが、それを抜いたら何も変わらないただの人間であることは間違いない。
悩まなくてもいいじゃないか。
同じ人間なのだから、人によってできることとできないことが分かれるのは当然だろう。
それがよりわかれているのは”能力”の有り無しだ。
でもそれが無くなっても人は生きていける。
それは能力を持っていなかった時代以前の人類史が証明している。
結論を言えば、能力のことであれこれ悩むことは馬鹿らしいということだ。
人と関わるのだってそうだ、あいつらはそんな馬鹿らしいことを一々気にして能力があることに一種の優越感を感じている。
そんなやつらと関わりあっているほど暇ではない。
無駄なことだ。
だが、シロはそれに肯かなかった。
「それは違う。蒼太も含めて、人は絶対に一人では生きていけない生き物だ。関わり合いが無意味なんてことはないよ」
「例えそうだとしても、馬鹿らしくて着いていけない。俺が能力者になったとわかった途端に寄りついてくる人間に用はない」
「そんな薄情な輩は一部なもんさ、そのうちきっと心から信頼できる友達に巡り合える時が来る。」
「本当にそう思うか?生まれてからの十五年間そんな時は来なかったのに」
嘘だ。
言ったことは確かに本心だったが、俺は既にお前という親友に巡り合えている。
そう言えれば、どんなに楽だったか分からない。・
「来るさ、それが今までじゃないだけだよ。いつか人はそういう瞬間がやってくるもの、そしてそれを人は運命と呼ぶのさ。」
恰好よく言い切ったものだと当時は思った。
でもその姿を見て、絶対の確信を持っている姿を見て、どうでもいいと思っていた人の繋がりをもう一度求めていいと思うくらいには、凍って錆びた俺の心を動かした。
能力を手にして最初に行った改変は、<認識>だ。
十五歳にもなって能力を獲得するやつは稀だ。
初めて能力を持つ人間が確認されたという戦後の世界では、様々な年代の人々がまるでウイルスに感染するかのようにきっかけを得て能力を獲得していた時代では、珍しいことではなかった。
だが、今の新時代の新人類とも呼べるこの現代では主に小学生の内に能力を獲得する。
だからあまりにも目立ちすぎるのだ。
そう考え、俺に対する<認識>を弄ったのだ。
『黒谷蒼太を知る人の黒谷蒼太の認識を無能力者から能力者に変更』
たったそれだけで、この嘘くさい能力の有用さを、規格外さを理解した。
この反則じみた能力は世界を文字通り獲ることが可能だと。
けれども、俺はむしろ今まで通り平穏な日常のために使っていった。
それをしなかったのは、能力者社会に対する不満などとうに腐っていたからだ。
世界を獲ったからといってどうなる?
社会に対して復讐じみた行為をしてどうなる?
能力を持たない他二割ほどの無能力者を差し置いて能力を手にした人間が何をほざく?
それこそ馬鹿らしい。
何より意味も意義も理由もないし、暇もない。
そんなものに時間を割いているのなら俺はこの能力を理解して使いこなすことに費やす。
だがまあ、それほど気を付けていても人である以上驕りや慢心、怠慢が出てくることは避けられなかったが………。
……話を戻そう。
俺が他人を信頼できない理由、それはまさに<認識>を弄った後の出来事からくる一種のトラウマからだ。
翌日、いつも通り学校に登校して、いつもの通り一人でいた。
一限目の授業が終わり読書でもしようと思っていた時、それまで一言も話をしたことがなかった隣の席の能力者である女子が、なんでもない日常の一コマのように自然と、まるでそうでないことがおかしいとさえ思えるような空気でこちらに話しかけてきたのだ。
「ねえ、さっきの授業でここよくわかんなかったから教えてくれない黒谷?」
そのなんでもない様子に吐き気すら催した。
お前たちのような人間はどうして昨日まで相手にしなかった無能力者が能力者になったからといってそこまで接する態度を変えられる?
「あ、俺もそこわかんなかったんだよな~黒谷はわかったの?」
うるせぇ。
今まで名前すら呼ばなかったやつがなに気安くなんでもなかったように呼んでんだ。
知り合いですらないくせに。
どうやったら、お前らはそこまで無能力者というものを下に見れるんだ?
お前達能力者は、一体何様なんだ?
「どうなんだよ黒谷?」
気が付けば俺は席を立って飛び出していた。
走った。
走った。
階段を駆け上がり、次の授業を知らせるチャイムが鳴るのもかまわずにそのまま屋上へ。
鍵がかかっていようと今の俺には関係なかった。
事象を改変して鍵なんてなかったことにすれば、ほらこの通りだ。
他人の考えることが本格的にわからなくなった。
ただ<認識>を変えただけで奴らは普通のクラスメイトと接するような態度で話しかけてきた。
ただ能力者だったことになっただけであいつらは俺を仲間だと判断して接してきたとしたら、ただの無能力者だった頃の俺のことをあいつらはどう思っていたのだろう。
「能力者たちだけが人間だとでも思ってんのかよ……」
直視するには残酷過ぎたこの現実には、凄まじい疎外感と呆れを覚えさせた。
「歩み寄ろうとした直後にこれか!!!」
当然受け入れ難い感情と現実を突き出されたた俺の心は爆発し、表に出た。
「能力者だからなんだ!無能力者だからなんだ!!優れている者は劣っている者をどう扱っても良いってか……?」
それは、今までの、小学三年生から中学三年生まで、九歳から十五歳まで、腐って無くなっていると思っていた、積りに積もった吹雪の後の雪のように積もった他人に対する不平不満。
「ふざけんな!!!」
雪解けの後に流れる川のように激しい流れを作って口という滝を通ってどうどうと叫びと共に滝壺へと流れていく。
「なにが負け組だ、テメエら能力者は勝ってなにがしたい!俺たちを蔑みたいだけなら能力なんて捨てちまえこのクソ野郎どもがああああああああ」
――――――――――――
積もった雪が全て解けて、一滴残らず滝壺に流して吐き出しつくした後、仰向けに転がり空を見た。
少しでもささくれ立った己を落ち着かせるためだ。
「……ごめんよ」
隣を見てみると、いつからいたのかふわりと同じように仰向けになったシロがそう呟く。
「ここまで酷いとは思わなかったんだ、無責任に”運命”だとか軽々しく言うんじゃなかったと……後悔してる」
「……いや、シロが悪いわけじゃない。だから後悔なんてしなくていい。」
「……そうか。」
しばらく二人で流れゆく雲や青い空を眺めた。
悟りを開いたかのようにゆっくりと心に爽やかで、かつ暖かい落ち着きを取り戻しつつあった俺にまるで計ったようなタイミングでシロは言った。
「今から、とても残酷なことを言うよ」
その顔はひどく申し訳なさそうな顔をして、今にも泣きだしてしまいそうなくらい不安でいっぱいといった表情をしていた。
口出しは出来なかった。
俺を最大限気遣ってくれている彼女の姿勢に水を差すようなことをしたくなかったのだ。
「少しずつでいい。今はどんな態度で接してくれたって構わない。だから、また人に歩み寄って欲しいんだ」
吐き出すように言うシロから出た言葉は、彼女の言った通り残酷なものだ。
能力の有無で百八十度態度を変える動物にまた近づけと言うのだから。
けれど、その重要さも大切さもとっくに理解している。
人は弱い存在だから、他人と一緒に乗り越えることでそれを克服する生き物だから。
一人ではあまりにできることが少ない生き物だから人は他人と繋がって補おうとするのだ。
一人では抱えきれないことでも、誰かと一緒に支えあっていくことで抱えることができるように成長していく生き物だ。
そうして支えてくれる存在があって初めて生きているといえるのが人だから、まだ家族ぐらいしか繋がりがない俺はそれを増やさなくては、支えがなけれ抱えるものも抱えれない。
それに一人ではいつかきっと限界がくるから、シロはそれを見越していっているのだろう。
繋がりを見つけろ、と。
「………俺なりでいいなら、亀みたいにゆっくりになるだろうけど、やれるだけやってみる」
それなりに考えてから、俺はそう答えた。
それの答えに満足したのか、シロは「応援してる」とだけ言い残して消えるように帰って行った。
その時初めて、俺はシロが神なのだと思った。
あまりに綺麗に消えていくものだから少し焦りもしたが、それを見透かされて笑われた。
「ははは、心配しすぎだぞ蒼太。……見た目に反してこんなにも優しいんだから、きっとすぐに信頼できる人の一人や二人できるさ。見守っているよ」
そう言って今度こそスッと消えていった。
「……見た目に反しては余計だ」
消えていった少女に向けて一人になった俺はぼそりと呟いた。
いつの間にか二二限目の授業は終わっていて、三限目の授業が始まろうとしていた。
今から教室へ行ってもチャイムには間に合わないと思い、歩いて行った。
案の定遅刻したが、気分が悪いと嘘を吐いて早退した。
そしてまた一人になって、どう接するのか、 どう付き合っていくか、よく考えた。
一人になることは苦じゃない。
今もそれは変わらない。むしろ一人の時の方が気楽で好きだ。
それも見越してシロは無理に急かすようなことは言わず、俺のペースでゆっくりでもいいからと俺に任せるようなことを言ったのだろう。
相手の持つ黒い感情を見ないで済むような接し方、そんな俺にとって都合の良いものはないか、ゆっくりと考え、時に実践してみて模索した。
そして探しあてたのは、俺にとって適切な距離を測るための判断として最も有効な手段だった。
それが俺にとってメリットになるのか、デメリットになるのかを考える”打算的な接し方”だ。
相手と話すときに、感情的な部分を捨てて取りあえず俺にとってメリットになることとデメリットになることを考えて選択肢を出してから答えることで、ひとまず様子を見るのだ。
そうすればまずその相手の人となりを探り知ることができる。
どういうやつなのかを理解し付き合い方を測って接する。
それが俺の感情を無視したものだとしても、人との付き合い方を測りかねていた以前の俺より幾分かはマシになった。
今は人と繋がることを覚えて、ある程度楽しめるようになれたが、癖は残った。
人と接する場合、必ず”打算”を立てながら話すようになった癖だ。
それは三年経った今でも消えなかった。
だから、今でも俺は能力者を信用することはあっても、真の意味で信頼することはない。
今はそれが唯一残った俺の、人を避けていた頃の遺恨だ。
結構みっちり書けた気がして気分がいいです。
次話は勉強会らへんのところを書けたらなと思う私なのであった。
感想、コメント、つまんねぇよという罵りでもウェルカムなどMさんがコメントを求めています。
感想を残しますか?




