本心
教室の扉を開けると案の定、開ける音で大半のクラスメイトがこちらを向いた。
「黒谷か、遅刻するとは珍しい。」
心底意外そうな声を上げたのは授業を行っていた鳴沢先生だ。
授業といってもこの人の場合は早々にテスト範囲を終わらせた後にする雑学が主になりかけてる。
というかもうそれしかない。
むしろ授業が蛇足といってもおかしくないくらいだ。
ちなみにそういう先生はダメな先生というのが客観的かつ結果的にみた鳴沢先生の評価だが生徒からの評判はすこぶる良い。
加えて保護者からの評判も先生方からの評判も良いというすごい人。
「ええはい、寝坊しまして……」
「寝坊か、わかるとも。起きて時計を見たときの絶望感はすさまじいしね。ま、次は気をつけたまえ、それと今のうちに朝起きる癖をつけておいた方が良いぞ苦労する。」
「善処します。」
先生、口元の笑みを隠しきれてませんよ。
良いことを言っている風に見せているがあれは絶対内心面白がっているに違いない、と見てて確信できるほどにいっそ清々しい笑みを浮かべる鳴沢先生はその後授業(という名の雑学勉強)を続けた。
一限目が終わり、二限、三限、四限、五限が、そしてようやく六限目まで授業が終わり帰りの連絡事項もついに終えて、俺は今朝の戦闘で疲れ果てた体を休めるべく、すぐに教室を出ようと自分の鞄を持ち席を立つ。
「黒谷、ちょっといいか?」
そしてそのまま帰ろうかといったところで、この時まで言葉すら交わさなかった遠見が話しかけてきた。
今朝から珍しく騒がずにおとなしく授業を受けており、平生のあいつが見れば自分で自分に吐き気を催しそうだと思えるくらいには、今日のアイツは深く考えるように天井を見てぼーっとしていた。
文字通り上の空状態で、クラスメイトに話しかけられても曖昧な答えを返すばかりだ。
「なんだ?今ちょっと疲れてるから用があるなら明日にしてくれると助かるんだが。」
だからこそ、遠見が俺に話しかけてきたことに驚いたし何より疑問に思った。
何かの相談事だろうか?
そう思いもしたが昨日の今日でそれほどの悩みを抱える事なぞ、そうあることじゃない。
もし、あったとしても俺がそんな大きなことに巻き込まれないわけがない。
なんせ、<アクセス権>のデメリットといえるのが必ずと言っていいほどに面倒事に巻き込まれることなのだから、そんなことがあれば嫌でも分かる。
だがこの近辺でそんな面倒事が起きた、なんて噂も聞かなければ関わってもいない。
そもそも俺に話しかけてきたということはその表情や纏う空気からして、相談事と推測できる。
若しくは俺が関わってコイツが目撃してしまった。とかそういう類のものか。
ん?
この一日の間で俺に関する面倒事といったら、俺が今朝女子生徒と校門前で戦闘をしたことぐらいだ。
そう考えた時点で、半ば気づいた。
遠見の能力は<千里眼>。
その名に違わず、透視、遠視、視覚共有と「見る」ことに特化した能力だ。
だから遠見の場合、もしもの可能性が有り得てしまうのだ。
つまり、今朝の戦闘を見られたか、見られていないか。
「あー、なんだ、その、えーっと・・・。」
あー、やばい。こういう反応をするやつは大抵、見ていけないものを見てしまったというのが多い。
特にコイツの能力は前記の通り、「見る」ことには随一。
因みにこいつは新聞部に所属しており、まずい情報を握られでもすれば完全に立場が悪くなる。
俺の<アクセス権>は汎用性がずば抜けて高い。
能力コピーもその恩寵であり、主に俺が行うのは能力封印に行動抑制、そして能力コピーの三つ。
だが、使用する用途を違えればこの能力は正に絶対の権力となり得る。
例えば、金が欲しかったとしよう。
<アクセス権>を悪用すれば、その辺にある石ころを全てダイアモンドに変化させることだって可能だ。
それがもし、人の欲望のままに使われれば、どうなるかは想像に難くない。
あいつなんていなくなればいい。
それが叶ってしまう能力が、この<アクセス権>なのだ。
その場合、命、存在を抹消させることだって理論的には可能だ。
だから俺は、可能な限り<アクセス権>の情報を開示しないようにしている。
静城の場合は例外として、基本的に俺は<能力コピー>能力者で通している。
もし俺のことが欲深いヤツに知られれば刺客が毎日来るような荒涼としたものになるだろう。
なんせ俺の能力は金のなる木だったり、害虫避けだったり、願望機となるのだから。
それが嫌で俺は自分の能力を偽装している。
元々無能力者だった俺には過ぎたる能力だと理解しているからこそ、面倒事に巻き込まれないようにずっと隠ぺいしてきた。
「今朝遅れたの、寝坊のせいじゃないだろ」
それが今、破られようとしている。
この問いかけに俺は正直に答えるか迷った。
もし、この問いに正直に答えたとしよう。
その時、コイツが俺にばれたくなければ、何て脅しをしてくるとも限らない。
若しくは、甘い汁を吸おうと考えるかもしれない。
クラスメイトとして、1年からの腐れ縁として信用したい気持ちも勿論あるが、それ以上に友達としての関係が崩れるのが、人間の黒い部分をまた見てしまうのが怖かった。
「別に答えろなんて強制はしない。ただ、今朝見ちまったんだ。お前が校門前でやべぇやつと戦闘してたとこ」
そして独白するようにして遠見ははっきりと見たと主張した。
「フィールドを張ってなかったしランク外の私闘とも考えたけど、相手は殺す気でお前に能力を使ってた。途中で見えなくなったけどお前は確かにコピー以外の能力を使ったのがわかった。だって、お前が携帯になんか言ったと思ったら急に見れなくなったし」
そのタイミングは確か、干渉を無効化した時だろう。
遠見の能力も干渉に入るから恐らく能力で干渉できなくなったんだろう。
「確かに、俺は本当の能力を隠してる。でも、それは遠見には関係ないだろ?」
なるべく無表情のまま遠見に問いかける。
これで俺に脅しをかけてくるようなら、俺はコイツの記憶を―――――、
「……」
―――消す。
「確かに、関係ないっちゃ関係ないけど、でも心配なんだよ」
「……え?」
「だって、友達が変な事に巻き込まれて一歩間違えたら死ぬような戦闘してるんだから心配しない方がおかしいだろ」
「それは、そうだけど……」
こいつが何を考えているのか分からなくなった。
今までこういうやつに能力を知られることが無かったからどう対処したらいいのか分からなかった。
いや、もしかしたら期待したのかもしれない。
俺の能力を知ってなお変わらない理解者を。
「相談くらいさ、してくんねぇかな。肩肘張って誰もかれも疑って距離をとるよりずっといいだろ?」
「……なんで、そんな簡単に信用できる?能力を隠してたっつう小さなことだが、俺はそれが周りに露見することをひどく恐れてるのはわかるだろ?だったらそれを利用して甘い汁を吸うことだってできるはずだ」
何をバカなことをいっているのだろうと自分でも言っていて思う。
これでは俺を脅して甘い汁を吸ってくれと自分で言っているようなものだ。
ただ単に相談くらいしてくれと言ってくれた遠見に「ありがとう、そうする」と一言言えばそれでいいのに、変に疑って相手の出方を覗う。
これではただの臆病者だ。
「友達だろ、そんな外道なことできるわけねぇよ俺小心者だし。」
「………そう、だな」
小心者、それは俺のセリフだ。
遠見は俺のことを知って悩むくらいなら相談役になると言ってくれた。
対して俺は踏み込めずにいる。
これまで一人で解決してきたからか、人に頼ることをしてこなかった俺はこういう状況に弱い。
どうしても相手の裏を考えてしまうからだ。
「………」
考えた。
コイツを巻き込んだ場合今後どんなメリットがあるか、デメリットがあるか。
考えた。
拒絶した場合どんなメリットがあるか、デメリットがあるか。
そして、
「……わかった。今後必要になったら相談するよ」
結局俺は打算的に計って良い方へと転がった。
確か、こういうのが嫌いだって紅葉に言われたな。
そこに俺の感情が入ってないって怒られてしばらくの間口をきいてくれなかった。
「ああ、待ってるぜ。じゃあまた明日な。」
背を向けて帰ろうと教室の戸の前まで移動した遠見は逡巡するようなそぶりを見せる。
そして決心がついたのか一言こういった。
「いつか、本心から言えるようになれたらいいな」
「……そうだな」
そう言って遠見は二人しかいなかった教室を出ていった。
はぁ、とため息を吐く。
遠見は俺の迷いを見抜いた。
こうして打算を見抜かれたのは妹を覗けば初めてだった。
さっき了承した時も表情は笑みを造ったが恐らくそれも薄っぺらな仮面だと見抜かれているだろう。
「ん?」
そこに携帯に一件の着信を示す通知音が鳴る。
音からしてL○NEのものだろう。
見ると静城からの着信でテストの自信はあるか、という内容。
そういえば、来週からテストがあった、と今思い出す。
自信があると問われれば、正直わからない。
俺の成績は良くも悪くも平均くらいで、これは特に隠している訳でもなく実力だ。
最終日の例のテスト以外は気を張らずに臨める。
ただ点数をとれるかは微妙だが。
「『良くも悪くも普通だけどどうした?』と」
そう返すとしばらくしてからこう返ってきた。
『勉強会しない?』
勉強会か……、何も学生がテスト前に勉強会を開くことは珍しくない。
むしろよく開くだろう。
静城の学力がどの位か知らないが、俺が行って良いものなのか。
待て、静城の人間関係はどうだったか。
思い返してみてもそれらしい友人の話を聞いたことが無い。
むしろ、まさか俺だけしか誘うような相手っていないのでは?
とさえ考えられた。
「相談役か……」
『いいよ、いつやる?』
静城にそう返事を返すと同時にある人物にも一声かけた。
「早速役立ったか、相談役」
流石に俺と静城の二人きり、という状況はきつい。
というか結構気まずくなる。
絶対だ。
そこで、思い当たった人物は先ほど快い一言を言ってくれた人物であり、
「よかったな遠見、俺が了承できるほどのメリットがあって」
俺のクラスメイトで友達の遠見だ。
そうして返ってきた場所と時間を遠見に横流しして携帯をしまって教室を出る。
本当の意味で俺が信頼できる友は未だ一人から増えることはなく、協力者と呼べるものが増えるだけだった。
小さな少年が持つ孤独と排斥と、成長した無関心が変化する時は未だ来ない。
「ほんと、成長しねぇよな。このガキは」
息を吐くようにふっと吐いたその呟きを聞いたのは本人以外にいなかった。
ぐぬぅ、文才が欲しいと最近めちゃくちゃ考えるようになってきました、一か月ぶりの投稿です。
2018/8/13、少し気になる所を修正




