襲撃の決着
女子生徒の目が赤く光る。
俺の目の前で。
「っ!!?」
死ぬ。
そう直感した俺の体は避けるより先に、反射的に出した手で咄嗟に彼女の首を横に向けていた。
瞬間キラリと明滅するように瞳が光り右側にあったアスファルト、塀、そういったものが抉れたような跡を残し、内側から崩壊して空気中に霧散した。
「クソッ!」
それを横目で確認した後飛び出るように身を引いて間合いをとる。
なぜ、どうして。
思考を埋め尽くさんとしたのはそんな疑問の羅列。
能力封印がきいていない。
その事実が俺を臆病にさせた。
いま女子生徒がいる半径五mには、俺の能力で能力が使えなくなっている。よって今現在、ぎりぎり範囲内にいる俺はアクセス権以外の能力が使えなかった。それはさっき彼女の能力を喰らいそうになった時に証明されていた。彼女に近づく前に確認として<空間操作>を使おうと試したが全く反応がなかったので彼女の持つ能力はつまり、能力とは別物だということ。
そう、まるで俺のアクセス権のような能力。
「アアアアア!!」
そうこうしている間にも彼女はこちらを向いて赤黒い瞳をさらす。
大丈夫だ。まだ勝てる。まだ定石を崩されただけだ。
そう言い聞かせざわついた心を落ち着かせる。
落ち着いて、冷静になって、そうして初めてどうすれば最適解になるのかを考えろ。
能力封印はあれが能力とは別物という時点で無意味。
とれる行動は被害を逸らす、又は無害化。
被害を逸らした場合、他人にこれを知られるリスクがある。あまり物音を立てていないので今はばれていないが逸らし続けた場合は見つかる可能性がある。
となるとベストは無害化。
考察している最中にも絶え間なく、彼女は瞳を光らせこちらを攻撃し続ける。
それを、所々かすりながらローリングやステップを駆使してなんとか躱していく。
抉れた地面が障害になり避ける限界も訪れようとしている。
それでも彼女の瞳は赤く光り、休む間もなくこちらを破壊しようと異能を発動させている。
ならば、
俺はスマホを耳にあて発言する。
この状況を打開する、暴力・破壊に対しての鶴の一声を。
『俺を中心に半径一m以内での全干渉を無効化』
彼女の能力は能力封印が効力を発揮しなかった。故に今度は大元たる干渉を無効化する。
そして前方の崩壊が始まった。
「ッハ、やっぱそうなんだな!」
だがそれは俺の仮説を裏付けるように一m前方でピタリと止まっていた。
「その能力は物体に干渉して破壊、崩壊させるもの。ならその干渉を無効化すれば防げる!」
再び俺は勝利を確信し口角が釣り上る。
だが油断をせずに警戒するのを怠らない。
さっきの様なことを繰り返して自ら死ににいくような真似はもう、ごめんだ。
久しぶりに死ぬ寸前の状況に陥ったが今後も絶対に慣れたくない感覚だと常々思う。
『半径七m以内の全干渉を無効化!!』
ダメ押しに範囲を拡大。
こうして予防線として七m以内の干渉を無効化すれば彼女はもう、自分の足で逃げるくらいしか選択肢は残っていない。
このままいけば、勝てる。
そしてゆっくりと俺はこの騒ぎの元凶たる女子生徒に近づいていく。
距離はおよそ五mといったところだ。
彼女は赤黒い瞳をこちらへと向けるが干渉を無効化した七mの空間内ではただの睨むだけの行為にしかならない。
そのこのことに恐怖を覚えたのか彼女は次第におびえたような声をだしながら俺の歩みに合わせ距離を取ろうと一歩、また一歩と後ずさる。
けどそのまま下がられるとこちらも都合が悪いな。
このまま意識を刈り取れば俺の勝ちだ。
ただ警戒を怠らずに作業をこなすのみでいい。
九割九分強勝てる状況になったことにより先ほどは湧かなかった疑問が唐突に頭をよぎる。
何故彼女は俺の様な能力ならざる異能を使えるのだろうか。
そして何故、正気を失っているのだろうか。
ここまでくれば彼女は正気を失っていることが確定する。
失っていないのならば俺が展開した干渉無効の範囲から逃れようとするからだ。
そこまで考えて、かぶりを振る。
それは、彼女を捕縛できればわかるはずだ。
『俺の行う干渉を干渉無効から除外』
そう結論付けて、俺のみに干渉ができるようにする。
後は近づくなりして意識を刈り取るだけだが<空間操作>で安全にやりたかった……。
こういう時に練習していないことがものすごく悔やまれるが背に腹は代えられない。
ここから<振動操作>で意識を刈り取ることが一番安全か。
そう判断し能力を発動させようとするが、
「な……!?」
それは驚愕とともに中断される。
何故なら、干渉を無効化した七mという範囲の中で干渉を受けたからだった。
ゆらりと、幽鬼のように揺らめく漆黒の炎があの女子生徒のすぐ真横に出現していた。
炎が広がり人ひとりがすっぽりと収まるほどまで広がっていく。
そして干渉無効などまるで意味をなさないとばかりに、そこから手が伸びて彼女を取り込もうとしていた。
干渉無効が効いていない!!
それを見た俺は頭で考えるより先に、弾けるように<高速移動>を使用しその場を飛ぶように奔る。
今<振動操作>を発動しても彼女の意識を刈り取る以上のことをできる保障がない。
そのため、あれより先に彼女を確保する必要がある。
幸い、彼女の異能を使われる心配はない。
ここで彼女を逃がせば、今動いているであろう面倒事の手がかりを手放すことになる。
それだけは、絶対に阻止しなければならない。
これを逃せば、確実に後手に回ってしまう!
焦る。
それに付随するように早鐘を打つ心臓。
<高速移動>を使ったことでスローに映る視界には黒炎からゆっくりと伸びる腕、それから正気を失った女子生徒。
俺が奔りだした時には、もう腕が彼女を引っ張っていた。
それを全速力で阻止しようと向かうが、出遅れているため例え五m程度の距離でも追いつけそうではなかった。
この距離から仕掛けようにも<空間操作>はまだ制御が曖昧なため使えない。
<振動操作>を使うにしてもあの手を振りほどくにはあと一歩足りない。
それ故に<高速移動>で走って近寄り阻止する以外に方法がなかった。
だが、
(あと、一歩たりない!)
今の速度のまま走っても、すでに力強く引っ張られている彼女には届かない。
だがあとほんの少し、速ければ間に合うかもしれない。
そう感じた俺は無意識に、能力のギアを上げた。
瞬間、スローだった世界が更に、遅くなる。
(これならまだ間に合う!!)
コマ送りと言って差し支えないほどに圧縮された世界を駆け、必死に手を伸ばす。
だが無情にも、手が届く寸前で揺らめく炎へと彼女が引きずり込まれる。
残ったのは炎の残滓と、空を切る伸びた自分の腕だけだった。
「クッソ!!」
<高速移動>を解除し急ブレーキをかけることでどうにか勢いを殺し、激突の危険を回避する。
「ハァ、ハァ」
あの速度でもなお、あと一歩届かなかった。
間に合わなかった。
大目に見て、この結果は痛み分けといったところ。
その事実に、俺は歯噛みしていた。
こうなった原因をあげるとすれば、能力に頼った慢心。計算外のことが立て続けに起こったがそれを無視しても、今の戦闘は俺に驕りがあった。
もっと早く決着を決めていれば彼女を逃すことはなかったのだ。
「ぁぁぁああああああ、悔しッ、あんだけ痛い目にあって収穫ゼロって。ボロボロ過ぎて目も当てられねえよ!!あいつの異能潰したまではよかったよ!でもなんですぐに拘束しなかったんだぁぁぁ」
そこから時間にして約数分間、自己嫌悪に浸りに浸った後にようやく心が落ち着いた。
俺はアクセス権の力を活用(悪用)してこの場の惨状を直し、俺の服を直し、血だらけになった服を直し、干渉不可、能力無効の空間を解除してから潔く学校へと向かった。
後片付けはきちんとしなければ後が怖い。(主に目撃したヤツらの追及等)
まだ心はささくれ立っていたがそれでも一応学校を休むという選択肢を持ち得ていなかった俺は遅刻しながらも教室へと向かう。
「ハァ……。」
ため息をこぼしつつ、俺は一時限目の授業中の自分の教室の扉を開いた。
そういえば今日の一時限目は古文だったな。
なんてことを考えながら。
◆◆◆◆
「アアアアァァ」
学校よりも少し離れたコンクリートに囲まれた、いかにもな雰囲気を醸し出す地下室と思われる部屋とも思えない一室に一人の男とつい先ほどまで能力を行使し続けた女子生徒の姿があった。
男の風貌は見るからに研究者とも言うべき恰好をしていた。
黒のワイシャツに赤いネクタイ、黒の長ズボン、その上から白衣を羽織っている。
顔立ちは真面目そうな外見をしていて、切りそろえられた黒髪は学校で言うところの優等生を彷彿とさせる。更に眼鏡をかけておりそのイメージはもうドンピシャだ。
男は目の前にあった揺らめく黒い炎のようなものを消し、引きずり出した少女に顔を向ける。
「なんという体たらくだ。標的に痛手の一つも残せんとはな。」
「ウウァァ」
憤慨といった様子で少女に言葉を投げかけた男は傍から見てもよくわかるほどに怒りを覚えていた。
目的を達成できなかったことなのか、先ほどの青年に勝つことができなかったことなのか、自らの手を煩わせたことなのか、あるいはそのすべてか、額に青筋を浮かべ苦言を漏らす。
「相手があんな反則じみた能力持ってたんだからしかたねぇんじゃねぇか?」
すると話を聞いていたのか扉を開けながら赤髪の見たところ二十代の男が発言する。
「盗み聞きか?坂口。」
「すまねぇな、耳に入ったもんで。」
男に坂口と呼ばれたこの赤髪の男はまるで悪びれる様子もなくづかづかと部屋に入ると続きを催促するようなしぐさをする。
「……まぁいい。だがコイツに与えた権能は今までの成功例の中でも危険度は最上に位置する、非常に強力な権能だ。それこそ、自我が持たんくらいにな。」
話している内に怒りがぶり返してきたのか顔をしかめながらそう言う男の言いぐさはまるで実験の報告を表すかのように淡々としていた。
それこそ、少女の様子など二の次といわんばかりに。
「故に単なる敗北は絶対に許されない。主力となりうる駒が簡単に落ちてはこれからの行動に支障がでる。だがまぁ、今回の導入はおおむね成功か。」
男の目的は敵の排除ではなく、別にあった。
確かに、こちらの主力が圧倒されたのは感化できないがそれでも目的は一応達成されていたのだった。
「知りたかった情報は得た。ならば次は奴をどう攻略するかだ。」
「その知りたかった情報ってのはやっぱ野郎の権能のことか?」
するとここで初めて坂口は男の発言に対して口をはさむ。
「そうだ。皮肉にも、奴の権能は俺が最も欲していたものだ。」
「ほう。」
最も欲していた。そう言う男の顔は三度顔をしかめる。
あの能力こそ、この男が欲する会心の一撃の内の一つと考えていた。
その圧倒的な力は他の能力の追髄を許さないほどに協力であるからだ。
「で、その権能は一体どんなだ?」
と口にする坂口にはいくらかの予想がついているのか口角が釣り上っていた。
「前にも言った切り札の内の一つだ。」
「ハッ、やっぱそうか。」
果たして、その答えに坂口は声を上げる。
「だが、そうなるとどう攻略すんだ?説得するにしてもある程度立場は優位に立った方がいいだろ?」
「ひとまずは様子見に徹する。当初の予定としてまずは校舎を破壊して奴をあぶりだしてから奴の戦力を測るつもりだったが、あれでは測れるものも測れん。」
今までこの組織は水面下で戦力を整えることに徹しており、今回のように表に出るような行動は控えていた。それが何故、このような行動に移ったのか。
その理由は今しがた女子生徒と戦闘を行った青年に帰結する。
先日、町中にばら撒いている常時移動する監視カメラに偶然映ったランク二位、静城風香との非公式ランク外バトル。
映ったのは約三秒ほど。
だがそんな短い時間に映っていたものは男の求めていた異能。
全てを言葉のままに改変し、操り、そして最後には必ず勝利する。
正にすべての異能に対して絶対優位に立てる無敵の能力。
水面下で集めてきた戦力などいくら寄せ集めてもあの異能を前にすればすべからく、只の芥に成り下がる。
あの異能をこちらの手中に収めれば、自分らの計画の成功は決定づけられる。
そう結論付けた男はまず、あの人物の身辺調査を行いあの青年を調べあげた。次に行ったのが今回の襲撃、戦力の計測だ。
僅か五秒にも満たない短い映像のなかでは、あの異能を使った戦力の把握ができなかった。
ほかにもあの青年にカメラを向けて能力を使用した場面を収集しようと画策するも、失敗した。
何故なら、あの青年、黒谷蒼太を画面に収めた後数秒でカメラがショートするのだ。
それは黒谷蒼太に向けたカメラ全てが起こしており、情報を収集するに至らなかったのだ。
故にリスクを承知で、この男は女子生徒、<崩壊>の権能を宿した奥山未来に<遠見>を持つ者の力を借りてスクリーンに映像を映して監視し、黒谷蒼太に差し向け対決させたのだ。
結果、未来は圧倒されたものの見たかったものは見れた。
「だが、知りたかったもんは知れたんだろう?」
「ああ、だがこちらはしばらく動けない。だから人を使う」
「こちらの交渉に応じるならば良し、応じないのならばその時は始末する。水潤に連絡をつけておけ」
「りょーかい」
少々けだるそうに坂口は言われたとおりに行動し始めた。
そして奥山未来も近くにいた職員に任せ男は一人部屋に残りスクリーンに映る青年に目を向けていた。
「次は、必ず仕留める」
こうして黒谷蒼太を取り巻く厄介事は着々とその牙を、その喉元へと狙いを定めていく。
2018/8/13、気になる所を少し修正




