表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/26

杉山京介という男 (2024年編集)

 ~ 東京都渋谷区千駄ヶ谷 ~


 佐久間と山川は、杉山京介が経営するレストランを訪れ、為人を把握しようとしている。(株)キャストの不払いは、民事訴訟案件であり、警察が出来る事は、事情を聞いて、諭す事だけである。また、殺人事件に関与している事は、現段階では確定しておらず、捜査について悟られる訳にもいかない。


「山さん、くれぐれも、変な気は起こさないでくれよ。あくまでも、観察するだけだ」


「分かりました、気をつけます」


 開店一時間前にも関わらず、遠目から見ても、行列が出来ていて、人気の高さが分かる。人が人を呼び、何の行列か分からぬまま、並ぶ者もいる始末だ。


 客の目当ては、ビーフシチューである。長い期間熟成させた、特製デミグラスソースは、他社の追従を許さず、オーナーの拘りが凝縮されており、リピーター率が高い。一皿、四千円の高値であるにも関わらず、開店後、一時間足らずで、連日完売となる為、話題となっている。


 オーナーである杉山京介は、若い頃より名店で修業を積み、仕込み材の産地、配合量、調理手順など、独自の製法で秘伝の味を完成させ、開店させた。仕込みは、杉山京介自ら行い、他の者には、決して触れさせず、門外不出となっている。開店当日は、十名にも満たない客数だったが、味わった者から、瞬く間に、口コミで伝わると、宣伝を一切しなくても、三ヶ月後には、県外からも、秘伝の味を求める者で、盛況となった。


「警部、あの店は、ホームページもなければ、電話もないそうです。あるのは、店の看板とメニューだけだとか」


「相当、美味いんだろうね。楽しみだ」



 ~ 遡ること、一月五日 ~


 本日分のビーフシチューを、午前中のうちに、完売した杉山京介は、店の入り口に、「本日終了」の札を下げると、屋上で、次の構想を練っていた。


(あと二十皿分、多く作らないと、苦情が出そうだ。仕入れ先を増やすか。看板メニューも、もう少し追加したいが、人手不足になったら、本末転倒だしな、さて、どうするか?)


「プルルルルル」


(誰だ?……伊藤か)


「もしもし。…ああ、大丈夫。もう閉店している。どうした?」


(………)


(……田中が?)


「……分かった、なんとかしよう。大丈夫、俺に任せておけ。お前は、何も心配しないで、披露宴の準備を続けるんだ、分かったな?」


(……ふう)


 電話を切った杉山は、間髪入れず、電話を掛ける。


「もしもし、(株)キャストさんですか?私は、杉山という者ですがね、お宅の社員さんを、半日程度、お借り出来ませんか?…ええ、そうです。多い程、助かります。結婚披露宴の、新婦側の出席者を装って欲しいんで、三十名程度出して貰えませんかね?…えっ、支払いの条件ですか?…前日までに、前金を支払い、イベント終了後に後払いで如何ですか?頑張ってくれた方には、追加報酬も出しましょう。…えっ?手形なんか切りませんよ、全て、現金(キャッシュ)で支払いますよ。私の信条でね、『いつも、にこにこ現金払い』ですから、安心してください。…ええ、詳細は、また連絡を入れます」


 伊藤奈緒美から、相談を受けた杉山は、まず一手を打った。


(…第一関門、クリアと)



 ~ 三月二十四日、千葉県野田市、中根公園 ~


「お疲れさん、待ったか?」


「いいえ、私も、今来たところ。…元気してた?」


「ボチボチだ。…あれから、田中の動きはどうだ?相変わらず、しつこいのか?」


 噴水前のベンチに腰掛けると、杉山は手製のサンドイッチを、伊藤に渡した。伊藤は、待ってましたと、嬉しそうに平らげる。


「…相変わらず、美味しいわね、サンドイッチ(これ)


「まあ、俺の特製だからな。それで、どうなんだ?」


「私の顔を見れば、察するでしょ?全く、限度ってもんを知らないのかしら?元彼って、どうしてこう、結婚が決まった途端、しつこく迫ってくるのかしら?毎日、二人の相手するって、体力的に限度があるわ。自分だって、妻子持ちのくせに。お前は、猿かって言いたいわ」


(………)


「最初は、伊藤奈緒美(お前)から誘っておいて、良く言うよ。俺から見れば、どっちもどっちだ」


(まあ、それは本当の事だけど)


「……ねえ。田中の事なんだけど、もう用無しで良いんじゃない?披露宴まで待てないよ、何とかしてよ」


(………)


「まあ、待て。…忘れたのか、俺たちの約束事(ルール)を?」


約束事(ルール)なら、当然知っているわ。でも、もうすぐ、十年経過するのよ?そんなの、無視して、二人で分けようよ」


(-------!)


「馬鹿な事を言うな、…田中なんて、どうでも良い。…問題は、()だ。約束を破ったら、俺たち、有無を言わさず、殺されるぞ。…我慢してくれ、結婚披露宴まで、大人しくするだけだ。……誰だっけ?フリーアナウンサーと、同じ名字の?」


「羽鳥でしょ?杉山(あんた)こそ、いい加減、覚えなさいよ。まあ、言い分は分かったわ。私だって、若い身空で、死にたくないし」


(……やれやれ)


「なら良い、…とにかく、結婚披露宴を済ませてからだ。計画は、三日前に伝える。それまでは、田中の奴に、こちらの動きを、()()()掴まれるなよ。俺たちが、二人きりで、密会しているだけで、本当はダメなんだ。…あっ、そうそう、式場の手配は、新郎には内緒で、済ませたか?」


「ええ、横峯っていう、専属進行役に根回し済みよ。発送状は、彼女が、上手く処理してくれたし、新婦側の配役達にも、一通り、説明済みよ。当日は、さも親族の様に、立ち振る舞ってくれるわ」


(ふむ、やるべき事をした様だな)


「…分かった。その言葉、信用するぞ。またな」


「ええ、しゃあ、またね」


 伊藤奈緒美と杉山京介の、ある計画が、静かに動きだす瞬間であった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ