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僅かな手掛かり(2024年編集)

 ~ 六月一日、十一時五十分。東京都渋谷区道玄坂 ~


 田中大介の死を知った羽鳥は、その足で、羽鳥の勤務先であるシステム会社に、佐久間を案内した。


 羽鳥の話では、この会社は、業界の中では、中堅クラスらしく、地上八階建ての立派な構造で、かつ、自社ビルである事から、繁盛振りが伺える。


 羽鳥の所属する部署は、『空調システム部』という、主に、空港事業者向けの開発部門で、社内でも、稼ぎ頭の部署らしく、技術者たちの机が、所狭しと並んでいた。ぱっと見、三十人程の社員が、黙々と、パソコン上で、図面を描いたり、模型を使用しながら、議論を交わしている。


(仕事しかしていない、余力のない空気だ)


 他人の席で電話が鳴っても、誰も応答しない。それでいて、自分の電話には出る。その姿勢が、痛々しい。


(自分だけが可愛い。どこの世界でも、ある光景だな。他人を蹴落として、評価を得る…か)


 それが、佐久間の第一印象である。



「お疲れ様で---す」



 久しぶりに響く、羽鳥の声だ。周囲の視線が、羽鳥に集まる。


「羽鳥、もう大丈夫なのか?」


「僕の事は、まずは、無視してください。もっと、大変な事件がありました。田中先輩、死んじゃった事、誰か知ってますか?」


(-------!)

(-------!)

(-------!)


「ええ-------!!」

「ええ-------!!」

「ええ-------!!」


 多くの社員が、羽鳥の元に群がる。


「皆さん、報告があります。こちらは、警視庁捜査一課、佐久間警部です。この方に、田中先輩の検死写真を見せて頂いて、初めて知りました。この中で、田中先輩と、四月十八日の披露宴終了後に、一緒に帰った方、会社で接した方は、おりませんか?」


 社員同士、互いに、首を傾げる。


「…そういえば、結婚披露宴から、見かけてないな」

「誰も、会社で見てないな」

「あいつ、一人で、帰ったんじゃない?ほら、お開きになって、真っ先に出ていかなかったか?」

「いや、真っ先に出たけど、ロビーで誰かと電話していた様な…?」


(情報が、錯綜しているな)


「犯人は、金津さんじゃない?」


(-------!)

(-------!)

(-------!)


「ん?犯人?俺は、何も知らんぞ?刑事さんの前で、何て事を言うんだ!」


「あー、皆さん。ややこしくて、すみません。犯人というのは、事件の犯人じゃなくて、情報連絡の失態の、当事者の意味です。田中さんなら、四月二十一日まで無断欠勤していて、その後、家族が、『病気療養させる』とかで、金津部長に、電話してきませんでしたか?…確か、金津部長が、電話応対をしてましたよね?」


(………)


 金津は、頭を抱える。


「ごめんね、思い出した。…確か、三日も無断欠勤したんで、田中の家に電話したんだが、出なんだよ。次の日、田中の家に行っても、不在だったから、おかしいと思ったんだ。それで、戻ってきたら、ちょうど、田中の兄と名乗る人から、電話があったな。『鬱病と診断されたから、三ヶ月程、休職させる』とね。……この話、誰かに、言ってなかったっけ?」


 社内で、怒号が飛び交う。


「金津部長、そんな大事な話、誰も知らないんですが?」

「あり得ないですが?」

「あんた、本当に、中間管理職か?」

「田中の休職、ちゃんと、総務課に通してあるんでしょうね?知りませんよ」


 金津は、再び、頭を抱える。


(…どうだったかな、自信がない)


「直ぐに、再確認してみるよ」


 再び、社内で怒号が飛び交う。


「いやいや、もうダメでしょう、死んでるんだから」

「あんた、降格した方が良いよ」

「あーあ、こんなんじゃ、田中も浮かばれないな」

「自分が休職する時は、家族に、総務課に直接、電話して貰おう」


 金津に対する、野次が飛んだと思ったら、一分もしないうちに、別の議論が始まる。


「そう言えば、田中って、営業先(持ち回り)は、なかったよな?」

「単独で、動いてたんじゃないか?」

「俺、田中の営業先、知らないんだけど?」

「俺もだよ、システム開発の担当部分も違うし、リカバーするとしても、把握してからだから、今夜は、残業かあ。マジで、勘弁して欲しいなあ」

「誰が担当する?俺、今三件、顧客を抱えているから、許容量(キャパ)が無いんだよね」

「金津部長が、責任を取れば良いさ。中間管理職なんだから」


 社内は、いつの間にか、田中の弔いではなく、目先の事に、話がすり替わってしまった。


(………)


(何だ、この違和感は?…人の死を、他人事の様に話しているぞ?…この者たちには、人の心が無いのか?)


 佐久間が、呆気に取られていると、羽鳥は、詫びを入れる。


「気を悪くしないでください。おかしいんですよ、うちの会社。『人の死』よりも、『自分の都合』を優先するんです。利益追求志向の当社は、責任回避を常にしながら、自己を誇張(アピール)し、他人を蹴落とす。この風土に、慣れたとはいえ、…時々、嫌になりますよ」


「私は、公務員なので、分かりかねますが、民間会社とは、そういう風潮なんですか?利益が出ないと、死活問題なのは、理解出来ますが?」


「当社が、おかしいんですよ。他所はもっと、真面だと思います」


 佐久間は、少しでも、情報を得ようと、協力を求める。


「田中さんは、結婚披露宴の当日に、何者かに殺されました。この中で、結婚披露宴後に、田中さんと、行動を共にした、帰宅した、何でも構いません。何かしら、覚えている方は、いらっしゃいませんか?」


(………)

(………)

(………)


 社内は、佐久間の一言で、静まりかえった。


「あの、田中は、どこで殺されたんですか?」


「会社近くの、アパートです。この場所から、徒歩で行ける距離です」


「何時頃ですか?」


「死亡推定時刻は、十五時三十分~十六時三十分です」


「そのアパートって、田中の彼女ですか?」


「それが、全く無関係の様で、住民も、警察組織(我々)も、困惑しています」


 この答えに、社内がどよめく。


「えっ、それって、おかしくない?」

「見ず知らずの、アパートで、孤独死?」

「田中は、ひょっとして、泥棒に入って、共犯者に殺された?」

「いや、おかしいだろう。…いいや、あり得るぞ。田中、貧乏そうだし」

「ちょっと、待て。無関係って、じゃあ、知らない人が、帰宅したら、田中が死んでたって事じゃん。うひゃー、自分なら、悶絶もんだね」

「完璧に、事故物件じゃないか。俺なら、即、退去するね」


 佐久間は、心の中で、諦めた。


(また、話が逸れてきた。これは、期待出来ないか?)


 それを察した羽鳥が、話を戻そうと、努力する。


「その部分ではなく、田中さんと、接した情報が欲しいと、刑事さんが仰ってます。誰か、些細な情報でも良いので、覚えていたら、お願いします」


(………)

(………)

(………)


「この部署は、殆ど、披露宴に出席したし、会社自体も休みだし、まず、いないと思うぞ」


「それより、田中って、どこに住んでいるんだ?金津部長、この間、行かれましたよね?」


「板橋区の弥生町だよ。隣に、ピンク色の派手な、一戸建てがあるから、直ぐに分かった。刑事さん、住所をお渡しするので、どうぞ、お持ち帰りください。当社の社員は、ご覧の通り、皆、何も知りません。…今日のところは、もう宜しいですか?死亡の事実は、総務課に知らせますので、捜査の方は、お願いします」


(ちょっと、待て。本当に、それだけか?事務的な発言なのだが?部下が死んだんだぞ?)


 金津は、一方的に話を締めると、全員に、仕事に戻る様、促す。


「さあさあ、持ち場に戻るんだ。死んだ事は、仕方が無い。それよりも、顧客に迷惑を掛けない様に、田中の作業進捗を、至急確認してくれ。期日案件がある場合は、全員で、それを仕上げるんだ。中堅だからと、胡座を掻いていたら、零細企業に、仕事を奪われるぞ」


 社員たちは、部長の一声に反応し、持ち場に戻っていく。


(ダメだ、この会社。利益しか、考えていない。社員は、所詮、駒なんだ。駒が欠けても、補充すれば良いと思っている。…これでは、田中も浮かばれないだろう)


 羽鳥は、佐久間に、心から詫びた。


「…本当に、こんな会社で、申し訳ありません。田中先輩の件、くれぐれも、よろしくお願いします。私の方も、何か、ご協力出来るかもしれないので、動いてみます」


(この羽鳥だけが、真面なのだな。田中にとっても、可愛い後輩だったのだろう)


「ええ、お待ちしています。私は一度、警視庁に戻って、改めて、田中さんの身辺を調べてみます。お手数ですが、総務課にお願いして、田中さんの履歴書と、家族構成が分かる資料を、捜査一課宛に、頂ける様、掛け合って欲しいのですが?」


「容易いご用です。刑事さんが、警視庁に戻るまでに、メールで届く様に、手配します。コーヒー、ありがとうございました」


「いいえ、とんでもありません。お陰様で、捜査が前に進みます。頑張ってくださいね」


「はい、ありがとうございます」


(一つだけ、この会社に来て、得た事がある。田中の死亡事実を、遅らそうと、画策した者がいる。田中の兄と名乗る者。この男が、犯人である可能性が、極めて高い)


 佐久間は、今後の捜査展開を見据え、会社を後にした。


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