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被害者の身元1(2024年編集)

 ~ 警視庁捜査一課 ~


 佐久間は、道玄坂の現場を見た後、新宿区で発生した、強盗未遂事件を現場指揮し、捜査一課に戻ってくると、課長の安藤に、中間報告を入れた。


「ご苦労さん、首尾はどうだった?」


「課長、お疲れ様です。新宿区の事件は、早々に決着がつきそうです。防犯カメラ映像の記録が、残っていて、犯罪履歴を照会したら、該当したので、指名手配を掛けておきました」


「やる事が、早くて助かるよ。それで、道玄坂の現場はどうなんだ?犯人の目星は、つきそうか?」


 佐久間は、首を横に振った。


「それが、少し、きな臭いですね」


(きな臭い?)


「どういう事かね?」


被害者(ホトケ)は、アパートの一室で、死んでいたのですが、住民とは、何の接点もない様です。住民の近藤将太は、この春、長野県から上京し、一人暮らしをしていますが、部屋には、誰も入れた事がなく、かつ、施錠をしっかりして、出勤した様で、帰宅したら、知らない男が、死んでいたと言っていました」


「不法侵入に、殺人か。この青年も、気の毒だな。その被害者の特定は、済んだのか?」


「氏名までは、分かりません。所持品は、ありませんでした。死因は、司法解剖の結果が出るまで、断言出来ませんが、頸動脈損傷による失血死、もしくは、即死と思われます。きな臭いと言った理由を、詳しく説明します。手の空いたメンバーは、集まってくれ」


 佐久間は、課内の捜査員に声を掛けると、ホワイトボードに、書き上げていく。


 ○入居者は、近藤将太、十八歳、独身。居住が一年未満の為、

  入居者と呼称を変更している

 ○被害者と、入居者の面識はない(会った事もない)

 ○被害者の特定に繋がる、遺留品は一切なし

 ○不法侵入の経路、時間が不明(司法解剖の結果待ち)

 ○この部屋で殺されたのか、遺棄されたのか不明

 ○礼服のまま死亡しており、アルコールが検出された事から、

  結婚式に出席し、その帰りである可能性が高い

 ○犯人の指紋、毛髪類の痕跡がない(殆どが、近藤将太)

 ○下足痕も残されていない

 ○室内は、物色された形跡はあるが、盗難被害はない模様


(んんん、確かに、妙な事件だ)


 安藤も、思わず首を傾げる。


「明らかに、玄人の仕業じゃないか。被害者の爪に、相手の肉片すらないんだろう?」


「その様です。争ったのならば、少なからず、何かは検出されるのですが、ここまで、何も出ないとなると、他の場所で殺害され、遺棄された可能性もあります」


 安藤は、困惑の色を隠せない。


「類似の事件といっても、殆どが迷宮入りしているし、これも、それに匹敵する難事件かもな。それにしても、この青年が気の毒だ。上京したてで、部屋に、見知らぬ人間が、死んでいたんだ。さぞ、驚いただろうな?」


「ええ、腰が抜けたと、言っていました。近藤将太の掌が、くっきりと、床に付着していたので、一瞬、現場が騒然となったくらいです」


「佐久間警部の、見解はどうだ?事件対象者(マルタイ)になりそうか?」


「物色された事実がある為、今のところは、無関係ではないでしょう。ただ、金品を盗られていない事から、近藤将太の何を狙ったのか、犯人(ホシ)の真意が分かりません。犯人が、別の部屋と、間違えたという落ちも、考えられますが、何よりも、被害者と、近藤将太の関係性を、洗うべきでしょう」


「近藤将太の部屋は、どこだ?」


「二階の一番、端です。隣人の者は、望月と言って、近藤将太の二歳上と言っていましたから、二十歳くらいでしょうか。ただ、この者も、知っている素振りはありませんでしたので、ほぼ無関係だと思います」


(んんん、掴みどころがないな)


「そうか。では、どの様に、捜査を展開する?記者発表は、今のところは、考えていないが?」


「そうですね。公表するには、情報がなさ過ぎです。まずは、被害者の、身元特定を急ぎます。二名ずつ、五班に分けて、人海戦術を図ります。まずは、都内の結婚式場を、聞き込みしようかと、思いますが?」


「…遺留品がない以上、仕方があるまい。物的証拠が、皆無とはな」


「鑑識官も、お手上げだと、言っていました。完全に証拠隠滅しているので、相当、準備した犯行だと思われます」


「話を戻してすまないが、犯人(ホシ)は、近藤の、『何』を探したんだろうな?」


(………) 


「見当がつきません。上京して間もない青年が、何かを所持しているとも思えないし、特別な力を持っているとも、思えません。どこから見ても、ごく普通の青年です」


「例えばだ、ある有名作家の、風景画を飾ってあったとか?」


「いいえ、現金や通帳、アルバム、手紙など、何も奪われていませんので、その線はありません」


 メンバーで、思いつく限り、知恵を出しても、堂々巡りとなってしまう。安藤も、考えるのをやめた。


「この思案は、やめよう、時間の無駄だ。明日からの捜査だが、都内の式場は、いくつある?」


「…星の数程、あるでしょう。結婚式場だけではなく、神社や教会も、捜査の対象になるので、かなりの日数を要するかと」


「なら、報道機関(マスコミ)を利用するんだ。事件の詳細は控え、まずは、似顔絵で、情報提供を求めては、どうだ?生死には触れず、一事件の関係者として、行方を捜していると、依頼するんだ」


(それは、自分も考えたが、言い方を間違えると、火傷する。山さんでは無理だし、日下では、役不足だ。自分が行った方が、良いだろう)


「承知しました。では、自分が動きます。課長は、何かあった場合の、善後策をお願いします」


「了解だ」


 佐久間は、捜査員に、指令を出す。


「では、明日より、聞き込み捜査を開始する。班編成は、いつものチームで行う。A班は、千代田区・港区・新宿区・渋谷区・中央区・文京区・豊島区を洗え。B班は、江東区・墨田区・台東区・荒川区・江戸川区・葛飾区・足立区を洗え。C班は、北区・板橋区・練馬区・中野区・杉並区を洗え。D班は、品川区・大田区・目黒区・世田谷区を洗え。E班は、三鷹市・調布市・府中市を回った後、立川市・八王子市・町田市・日野市の順に洗え。通常捜査もあるので、まずは、各箇所の式場を洗い出したところで、()()()()()()()


(………?)

(………?)

(………?)


 普段の佐久間なら、もっと細かく指令を出すのだが、珍しく、言葉に含みを持たせた。


「人海戦術は行うが、()()()()()()()()()。事件発生現場が、渋谷区だから、それを起点に、円を描く様に、外側へ捜査網を広げていく。勘ですまないが、闇雲に、一斉捜索するよりも、その方が、早く見つかるかもしれない。動くのは、司法解剖の結果が出た後からだ。別途指示するまで、待つ様に」


「佐久間警部、それはどうしてだ?」


 佐久間は、左手で、顎先を撫でるように触った。


「全ては、司法解剖の結果待ちですが、死亡経過時間によります。あのアパートで死亡した時間から、結婚披露宴の時間を算出し、移動時間を考慮すると、同じ都内でも、そこまで離れていない可能性が、高いと思うんです。例えば、死亡時間が、十五時前後だとして、アルコールの残留成分から、飲酒を開始した時刻を割り出すと、おそらく二時間前です。これは、結婚披露宴の時間が二時間だと、仮定した場合ですが、十三時に飲酒を開始し、十五時に殺されたのであれば、アポートの直近の、結婚式場か神社、教会で、式に参加した可能性があります。十二時に飲酒を開始し、十五時に殺されたのであれば、移動時間に一時間掛かる事になるので、八王子市や昭島市、もしくは、千葉県、神奈川県の可能性もあるんです」


「なるほど、言い得て妙だな」


「ですから、人海戦術は掛けますが、闇雲に、洗っても、人手か追いつかなくなるので、司法解剖の結果から、行動科学的に分析(プロファイリング)してから、指令を出します」


「ふむ、効率的で、良い案だ。では、動かすタイミングと、部隊指示は、司法解剖の結果を見てからとしよう」


「ありがとうございます。承知しました」


 捜査一課の捜査が、静かに始まる。

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