佐久間の杞憂(2024年編集)
~ 警視庁捜査一課 ~
佐久間は、警視庁に戻ると、橋本莉奈の犯罪履歴を照会したが、該当しなかった。明日の捜索開始時刻を調整し、この日の捜査会議を打ち切った。
(今日は疲れたな)
「山さん、少しだけ、飲みに行かないか?」
山川も、誘いを待っていたようだ。
「こんな夜は、飲みに行きたいですな」
「捜査二課の梶木も誘おう。まだいるかな?」
佐久間は、捜査二課に立ち寄ると、残業中の梶木に声を掛けた。
「梶木、飲みに行くぞ。先程の礼だ」
(------!)
「喜んで、お供します!」
~ 東京都港区の居酒屋 ~
「梶木、今日は、色々と悪かったな」
佐久間は、改めて、梶木に頭を下げた。
(------!)
梶木は、慌てて、佐久間よりも深く、頭を下げる。
「先輩、辞めてください。叱られて、本当は嬉しかったんです。…久しぶりに、背筋がこう、『ビシッ』として、警察官になった頃の自分を、取り戻した気分なんです」
「変な奴だな。捜査二課にも、厳しい上司はいるだろう?佐野なんて、真面目で五月蠅そうだが?」
「佐野さんですか?……そういえば、佐野さん、ここ数ヶ月、少しおかしいんですよ」
梶木が、声を低くして訴える。
(………?)
(………?)
「いつも通りに見えたがな。どんな感じで、おかしいんだ?」
「実はですね…」
梶木は、周囲に目を配る。
「現在、捜査一課で行っている捜査に、妙に関心を持ったみたいで、自分なりに調べてるんです。…えーと、渋谷区道玄坂のアパートで発見された、被害者のニュースを見た時には、余程驚いたのか、お茶をひっくり返したんですよ。思わず、『知り合いですか?』と尋ねたくらいです」
(------!)
「佐野が?何でまた、田中大介なんかに、関心を持つんかね。…ねえ、警部?」
山川は、頬を赤らめながら、佐久間に問いかける。
だが、佐久間の様子がおかしい。捜査とは違う表情に、梶木と顔を見合わせた。
「どうしたんですか、先輩?」
(………)
「河岸を変えないか?二人に伝えたい事がある。詳細は、その時に話すよ」
(………?)
(------!)
~ 佐久間の自宅 ~
「おかえりなさい。山川さんも、お久しぶりです」
「これは、奥さん。どうも、ご無沙汰しております」
「気になさらないで。あなた、用意しておきましたよ」
「ああ、すまんな。助かるよ」
妻の千春が、熱燗と摘まみの肴を、テーブルに運び終えると、そのまま下がった。昔から、佐久間が部下を自宅に連れて来る時は、『外では話せない内容が多い』と、理解しているからである。
山川も、佐久間の自宅で、酒を飲む意味をよく理解しており、酔いもすっかり醒めていた。普段なら、勧められた熱燗に、直ぐに口をつけるのだが、この日は違った。
「佐野が、何かを企んでいる。…そう仰りたいのではないですか?」
(………?)
梶木は、山川の発言に、首を傾げる。
「山川先輩、自分は先程、まずい事を口にしたんでしょうか?」
(………)
「…いいや、そうではない。ただ、捜査二課としても、ちと問題になりかねん」
(------!)
「教えてください。何だか、もやもやします」
「……警部」
山川は、佐久間の発言を待った。
「……梶木。佐野が、田中大介のニュースを見た時に驚いて、お茶をひっくり返したと言ったな。それ以降、佐野が席を外したり、休暇を取得したか、調べられるか?」
「捜査二課内のサーバーで、全員の行動予定は、共有されていますから、誰でも閲覧出来ますよ。…そういえば、あの一件以来、頻繁に、時間休を取ったり、外出していますね」
(………)
「今日はどうだ?昼間いなかったな」
「ええ、不在でしたね。夕方、ひょっこり帰ってきました。…ひどく疲れてましたけど」
「何時頃に戻った?」
佐久間の表情が、探りを入れている様にも見えるが、梶木は、正直に答えた。
「二十時過ぎでしょうか?直帰したのかと思ったら、帰ってくるなり、一心不乱に、仕事をしていましたよ。それが、何か?」
(……まずいな)
「梶木、捜査二課は、各課のサーバー管理をする部署だ。捜査一課の捜査状況は、捜査二課の課員なら、誰でも確認出来るのか?」
梶木は、首を横に振った。
「管理者権限だけが、可能です。その権限が、佐野さんに与えられていますから、佐野さんは、把握していると思います」
(……確定だ)
「二人とも、心して聞いてくれ。佐野が、この事件一連に関しての、重要参考人かもしれないぞ?」
(そういう事か)
(------!)
梶木は、動揺を隠せない。
「まさか、佐野さんが?…信じ難いですが」
佐久間は、神妙な面持ちで、話を続けた。
「今まで、捜査一課の捜査は、ギリギリのところで、容疑者に辿り着けなかった。杉山京介が、良い例だよ。捜査一課が、杉山の潜伏場所を絞って、いざ踏み込もうとする寸前で、口封じに殺されてしまった。伊藤奈緒美の件も、同じだ。今日、身柄を確保する動きを見せただけで、先手を取られ、殺されてしまった。実はな、杉山の時から、妙な違和感を覚えていたんだ。…警視庁内に、裏切り者がいるかもしれないと」
(………)
(------!)
「本当に、佐野さんが……」
佐久間は、梶木の肩に手を置いた。
「良いか、梶木。警察は、正義を貫かなければならない。捜査仲間なら、尚更だ。今日の捜査記録は、既に日下が、登録作業を済ませ、佐野は、捜査記録を確認しているだろう。明日、橋本莉奈の家宅捜査をするが、またしても、先手を打たれて、証拠隠滅される可能性が高い。そこで、梶木にお願いしたいのだが、明朝から、佐野の動向を、追ってくれないか?」
梶木は、力強く頷く。
「喜んで協力します。誰にも漏らさず、極秘で内偵します」
山川は、一つだけ危惧する事を、口にした。
「警部、今日、梶木に解読して貰った暗号も、佐野に筒抜けなんですかね?」
「それは、大丈夫だと思います。私が、あの場で解読しただけですから、記録には反映されません。佐野さんが、知る事はないでしょう」
「それを聞けて、安心したよ。では、明日、よろしく頼む」
「お任せください。……ですが、私はまだ、佐野さんを信じたい。…仲間ですから」
「そうだな。捜査一課としても、同じ気持ちさ。私の杞憂で済むなら、それが一番良いよ」
明日は、『長い一日になるだろう』と、佐久間たちは、腹を括った。




