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消えた花嫁 ~ 佐久間警部の決別 ~(2024年編集)  作者: 佐久間元三
回り始める歯車
19/26

花嫁の足取り(2024年編集)

 ~ 七月二十日、野田市内 ~


 佐久間たちが、野田警察署内で、捜査記録を確認している頃、運河駅で下車した伊藤奈緒美は、人知れず、野田市入りしている。


 かつての大金を、独り占めする為である。


 杉山京介が殺された事で、伊藤は、『次は、自分の番である』と、死の恐怖に怯えながら、懸命に先を急ぐ。


 二週間前、杉山の訃報をニュースで知ると、真っ先に、渋谷区道玄坂のアパートに向かった。


(何としても、暗号(あれ)だけは、入手しないと)


(------!)


 遠方からでも、警察が来ている事が分かる。煌々と照らされた赤色灯は、伊藤を威嚇するのに、最適であった。


(警察も、暗号の事に気づいたようね。ここは、もうダメだ)


 捜査の様子を窺いたいが、自分を張っているとも考えられる。伊藤は、先に進むのを諦めた。


 所用で、都内を離れた数日の間に、一体何が起こったのか?頼みの杉山は、もういない。


(いや、もう一人だけいる。……いるのだけど)


 接触を試みた途端、殺されるだろう。


()()()が動いた?羽鳥を裏切り、田中を殺し、杉山が死に、自分も死ぬ。……絶対に嫌だ。殺される前に、何とか金だけ奪って、遠くに逃げよう)


 伊藤は、踵を返す中、杉山から聞いた話を、思い出していた。


(そういえば、杉山が、刑事の顔写真を見せてくれた事があった。『客に扮して、店に来たこの男は、刑事だ。テレビで観た事がある。偶然だとは思うが、重々、注意しろ』と、言っていたわね。もう、この刑事に賭けるしかない)


 伊藤は、警察の動きが気になった。自分の事を、どこまで捜査しているか分からないが、田中と杉山の関係に、警察が気づいたからこそ、田中のアパートを再捜査していると判断出来る。


(暗号を解読出来るとは思えないけど、過去まで洗われると、少々厄介だわ。杉山が言っていた、あの刑事を尾行して、行き先が、野田市なら確定ね。まずは、あの男の動向を、探らなきゃ)


 伊藤は、それから数日を掛けて、警視庁の側で、佐久間を待ち、行動を追った。


(あの刑事の、顔は覚えた。でも、いつも、金魚の糞みたいに、行動しているオッサンは誰?見るからに、粗暴で、頭が悪そうに見えるけど、コンビなのかしら?)


 佐久間は、連日、都内の各地を回っている。


(今日は、新宿か。昨日は、池袋に、巣鴨、日暮里、最後に石神井公園。刑事ってのは、こんなに忙しいんだ。でも、野田市に向かう気配がない。私の思い過ごしなのかしら?…あと何日か尾行して、その気配がないなら、次の手を考えよう)


 尾行も飽きたと思っていると、この日に限って、佐久間が上野駅に降りた。


(ん、ちょっと待って。十二番線って、常磐線じゃない?ひょっとして、柏方面に向かう気?)


 伊藤が心配していると、悪い予感は的中し、佐久間たちは、常磐線で水戸行きに乗車した。


(危ない、危ない。尾行して正解だわ。三河島で降りるという事も考えられるけど、嫌な予感ほど、的中すると思う)


 伊藤は、尾行を続けた。


 佐久間が、柏駅で下車し、東武野田アーバンパークラインに乗り換えた事で、確信に変わった。


(警察が、この電車に乗ったと言う事は、金の在処も、ほぼ分かってきた。候補地は、いくつか思いつくけれど、まずは、あそこから探してみよう。金庫さえ回収出来れば、まずは御の字ね)


 伊藤は、佐久間たちが、野田市駅で下車するのを、車両の端から見届けると、次の愛宕駅まで行き、折り返しの電車で、反対方面の、運河駅へと向かったのである。


(ここまでは、順調だわ。…しかし、()()()()()()()、私の行動が筒抜けだったら、今夜死ぬかもしれない。そしたら、大金は、あいつの物になるし、それだけは避けたい。…羽鳥(あの人)には、()()くらい、きちんと謝らなきゃ)


 伊藤は、深い溜息をつくと、携帯電話を取りだした。


「プルルルルル」


「はい、羽鳥です」


「……慎ちゃん」


(------!)


「奈緒美、奈緒美なのか!!お前、どこに?…いや、無事なんだな?」


(………)


「あなたを、裏切る結果になった。……本当に、ごめんなさい。あまり、時間がないの」


(------!)


「時間がない?どういう事?どこにいるんだ?事情を話してくれ」


「…慎ちゃんに、打ち明ける事は、本当は沢山あるの。でも、時間がないし、私の身も危ないの。もし、ニュースで、私の事が報じられたら、警視庁捜査一課に、私の事を伝えて。それと、今から話す事を、メモして。………お願い。何も聞かずに、メモを取って」


(…奈緒美)


 羽鳥は、伊藤から事情を聞き出したかった。自分の元を去った件、結婚式場から姿を消した件、今の状況、そして、自分に対する愛情を知りたかった。


 だが、声色が、それを許さない。『事態が切迫している』のだ。


「…分かった。メモの準備は出来ている、話してくれ」


「…ありがとう。じゃあ、ゆっくり言うね。『73 68 6a 6d 69 7a 75』の文字を、捜査一課の刑事に、伝えて欲しい。名前は知らないけど、紳士そうな人がいたから、その人に渡して欲しい。その人なら、きっと、話を聞いてくれる」


(………)


「分かったよ。捜査一課で、紳士な人といえば、佐久間警部だと思う。俺も話をしたけど、多分、同一人物だよ」


「……そう。なら、大丈夫ね。もし私が、今の難問をクリア出来たら、あなたと再会して、叱られて、…赦して貰って、やり直したい。自分勝手だけど」


(------!)


「何をするつもりか分からないが、帰ってきて良いんだよ。…いや、亭主命令だ、帰って来い!」


(……慎ちゃん)


「…ありがとう。でも、今夜どうしても、決着(ケリ)をつけたいの。お願い、我が儘を言わせて」


「奈緒美!!」


()()に、あなたと話せて良かった。こんな私を、お嫁さんにしてくれて、本当にありがとう。…そして、理由も言わず、姿を消して、ごめんなさい」


「奈緒美!!!」


 電話は、無情に切れた。


(------!)


 羽鳥は、直ぐにリダイヤルしたが、電源が入っていない様だ。


(俺は、また無力なのか?……そうだ、佐久間警部に相談しよう)


「すみません、急用で帰ります」


「どうした?」


「詳しくは言えないのですが、妻の一大事なんです!」


(------!)

(------!)

(------!)


「おっ、おい、羽鳥。妻って、あの花嫁か!?何だか知らんが、オッケーだ。体調不良って事にしてやる。いってこい!!」


「ありがとうございます」


 羽鳥は、仕事を投げだし、警視庁に向かった。



 ~ 七月二十日、十七時過ぎ。警視庁捜査一課 ~


「では、捜査会議を始めるぞ」


 千葉県野田市から、捜査一課に戻ってきた佐久間は、野田警察署の捜査結果を踏まえ、人員などを議論し始めるところ、総務課から、佐久間宛に内線が入った。


「佐久間警部宛に、羽鳥という方から、『大至急、会わせて欲しい』と、面会依頼が入っております。予約が入っていないので、お断りしましょうか?」


(羽鳥?)


「いや、捜査一課の会議室まで、案内してください。会議中だが、構いません」


「分かりました、失礼いたします」


 

 ~ 五分後、捜査一課会議室 ~


「突然の訪問、すみません。実は、奈緒美から電話がありまして、メモを渡す様、依頼されました。英数字のメモですが、どうしても、『佐久間警部に伝えてくれ』と。声色が、ただ事ではなかったので、駆け付けた次第です」


(------!)

(------!)

(------!)


「メモを見せてください。電話は、何時頃ですか?」


「十五時頃です」


(十五時といえば、野田警察署にいた時刻だ。と言う事は、伊藤は、警視庁捜査一課(我々)を尾行していた。…まずいな、まだ間に合うか?)


「池田、今直ぐ、捜査二課の佐野を、呼んで来てくれ」


「分かりました」


 池田が、飛び出していく。


「羽鳥さん、元気そうで何よりです。それで、伊藤奈緒美(奥さん)は何と?詳しく教えてください」


「詳しくと言っても、追い詰められて、メモの事を話しただけです。…待ってください。何か、言っていたな?何でも、ニュースで、自分の事が報じられたら、『このメモを、佐久間警部に託してくれ』だったかな。それと、この件が、決着ついたら、また会いたいと」


(------!)

(------!)

(------!)


 佐久間は、メモを、ホワイトボードに書き出した。


 ○ 73 68 6a 6d 69 7a 75


(今度は、どんな意味だ?)


「警部、佐野さんがいません。急用で、早退されたそうです」


「なら、十六進数の変換表を借りてこい。無理なら、誰か引っ張ってこい!!」


「はいいっ!」


 三分後、池田は、捜査二課の梶木和幸を連れてきた。


 有無を言わさず、連れてこられた梶木は、不満を露わにしている。


 梶木は、捜査二課の意見として、捜査一課に喧嘩を売った。


「何なんですか?捜査二課(うち)に、捜査一課(一課)の若造が、ふいに来たと思ったら、『やれ、佐野さんを出せ』、『やれ、十六進数に詳しい人、直ぐに来てくれ』って。捜査二課は、捜査一課(そちら)の、下ではないんですよ!!」


 池田は、すっかり萎縮し、平謝りする。


「本当にすみません、急な依頼なもので。私の言い方が、まずかったんです」


「それは、捜査一課の都合だろう?それに、急すぎるだろう?捜査一課には、仁義はないのか?」



 瞬時に、その場の空気が凍る。



「それが、どうした?」


(------!)

(------!)

(------!)


 珍しく、佐久間が、本気で怒っている。


「人の生き死にが掛かっている時に、面子なんて知るか。捜査二課(お前ら)は、善良な都民が死んでも良いんだな?あと、苦言(それ)は、私に言ってると受け取るぞ。梶木、不服があるなら、捜査二課長を連れてこい。一秒を争う捜査で、捜査二課が仁義を切れと言うなら、喜んで、頭を下げてやる」


(------!)

(------!)

(------!)


 梶木の額から、大量の汗が流れる。


「いっ、いや、その、こっ、これは…」


「御託は良いから、この暗号を解け!!」


「今直ぐやります!」


(こりゃあ、直ぐに左遷だな。そんな事より、…えーと、73 68 6a 6d 69 7a 75か)


 梶木は、ホワイトボード上で、暗号を文字変換していく。


「73→S、68→h、6a→i、6d→m、69→i、7a→z、75→u。しみずと、読み取れます」


「山さん、しみずの地名は、野田市にあるか?」


「えーと、少々、お待ちください」


 山川は、野田市内の地図を広げ、指で追っていく。


「野田市駅の、2つ、大宮駅方面に、清水公園駅があります。おそらく、この付近でしょう」


(良いだろう)


「山さん、野田警察署に、至急連絡を入れてくれ。今夜、動きがありそうだ。警視庁からも手分けして、野田市内に、応援部隊を投入する。伊藤奈緒美を、何としても確保するんだ。初動を間違うと、伊藤奈緒美が、殺害()される恐れがある。日下、班編成を速やかに行え。私と山さんは、今から発つ」


(------!)


「了解です、連絡を入れます」

「分かりました、班編成をして、追いつきます」


(間に合うか)


「羽鳥さん、伊藤奈緒美(奥さん)は、行き先を告げましたか?」


「特に言っていません。…でも、水辺らしき、音を聞きました」


(水辺?)


「山さん、地図を貸してくれ」


 佐久間は、野田市の地図で、居場所を探す。


「野田市内で、水辺があると言ったら、利根川沿いの堤防、あと、公園くらいだろう」


 佐久間の言葉に、山川が反応する。


「そう言えば、東武アーバンパークラインに乗っていて、運河を通過しましたよ、土手もありました」


「ん、そうなると、野田市駅の手前になるから、…運河駅か。山さん、野田警察署に、追加連絡だ。『運河駅付近を、重点的に洗ってくれ』と言ってくれ」


「了解です!」


 佐久間が、支度を始めると、羽鳥が、佐久間を呼び止める。


「後生なので、私も連れていってください!!」


(警部?)

(…仕方があるまい、当事者だからな)


「嫌な言い方をしますが、既に、事件に巻き込まれている可能性が高い。その場合、生命の保障は出来ませんし、辛いものを見るかも知れません。…それでも、行きますか?」


(………)


「どんな姿になっても、自分の妻です。最後まで、見届けたいです」


「…分かりました。では、行きましょうか。でも、無理はしないでください」


 佐久間は、最後に、直立不動の梶木に、声を掛けた。


「梶木」


「はっ、はい」


「先程は、悪かった。帰ってきたら、正式に、捜査二課に詫びに行く。それと、今度、飲みに行こう。非礼を働いた分、奢らせてくれ」


(------!)


 この言葉に、梶木は、心底安堵し、微笑んだ。


「あっ、ありがとうございます。ぜひ、ご一緒します!!」


(これで、良し)


「さあ、伊藤奈緒美を救出するぞ。全員、初動開始だ!」


 警視庁捜査一課の総力を挙げて、伊藤奈緒美の確保に向かう。


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