舵切り(2024年編集)
~ 時は戻り、東京都渋谷区千駄ヶ谷 ~
杉山京介の為人を見る為、佐久間と山川は、一般客に扮して、杉山が経営するレストランで、食事を待っている。
行列に並んでいると、何とか、注文する事が出来た。三名後ろで、受付の締切が告げられると、機会を逸した者たちは、口惜しそうに、散っていく。店内に入る頃には、十一時三十分を回っていた。
「噂通り、混んでいますね。ビーフシチューを食べるのに、こんなに苦労するとは、思いませんでした」
山川は、暑そうに、ハンカチで汗を拭いながら、冷水を飲み干す。何かにつけて、文句を言う山川に、佐久間も思うところはあるが、『まあまあ』と、窘めた。
「最近の客は、舌が肥えているから、相当美味いと思うよ。折角だから、食事を楽しもうじゃないか。…山さん、あれが、杉山じゃないか?」
厨房の杉山らしき人物を見つけると、二人は挙動を注視する。
(この男が、伊藤奈緒美の関係者である事は、明らかだ。何故、料金を未払いにしている?)
(田中大介との関係が知りたい)
部下に対する姿は、『経営者の顔』である。
「中々、判断がつかないね。ここから見る限り、職人だ」
「杉山は、この事件に、どう繋がるんでしょうか?」
(………)
「お待たせしました、特製ビーフシチューです。お熱いので、お気をつけください。味変をしたい場合は、この調味料をお使いください」
視界を遮る様に、食事が運ばれてくる。
「まずは、堪能しよう。高い食事だしね」
二人は、先に食事を済ませてから、作戦を練る事にした。
(美味いな、想定以上だ)
(こりゃあ、本物だ)
「警部、ここまで、美味いシチューは初めてです。こんな味を作れる男が、犯行に関わっているでしょうか?」
「表の顔と、裏の顔は違う奴は、沢山いるからね。有能な経営者で、知能犯だった者もいる。レストランとしては、大成功なのは間違いないがね」
「表向きの、為人は分かりました。少しだけ、事情を聞きますか?」
(まだ早い)
「いや、もう少し、様子を見よう。動向を監視していれば、どこかの機会で、伊藤と接触するはずだ。交代編成を組んで、見張ってみよう」
「そうですね。所在が分かっている以上、焦る必要はありませんし、そのうち、ボロを出すかもしれません。私の方で、金の流れを、探ってみようかと思います」
「伊藤か、田中のどちらかに、接触した事実が見つかれば、重要参考人として、身柄確保出来るんだがね。そこまで至るには、今のままでは無理だ。捜査会議で、話合ってみよう」
~ 警視庁捜査一課 ~
佐久間は、捜査会議にて、捜査方針を絞る事にした。
「杉山京介について、身辺調査を開始したいと思う。人気料理店の経営者である杉山は、伊藤奈緒美の為に、新婦側の親族を脚色している。式場から失踪した伊藤は、羽鳥慎吾とは、籍を入れていない。では何故、伊藤は、結婚式場を抜け出したのか?抜け出すつもりなら、初めから、結婚を約束しなければ良かったのにと、考えてしまう。冒頭で話した通り、杉山が絡んでいる以上、杉山が画策したとも考えられる」
「結婚披露宴を開く事に、意味があったと、勘ぐります」
「僕も同じ意見です、新婦が金を出していないし、杉山が何かを企んだと考えるべきです」
「新郎の中に、特別な関係者がいて、それを炙り出そうとしたとか?」
「いやいや、これはどうだ?伊藤の腹の中に、杉山の子供が出来て、羽鳥の子として、認知させる為に、わざと結婚させようとしたとか?」
様々な意見が、飛び交う。
「最後のものは、相当、無理があるな。認知させる為だったら、伊藤は失踪しなかっただろう。元々、結婚はする気だったが、途中で気が変わって、逃げた事も考えられるし、こればっかりは、本人に聞く以外あるまい」
「伊藤と杉山の関係性もそうですが、鍵を握るのは、田中大介の存在ですね。繋がりがあると思いますが、どの様に繋がっているのかを、捜査するしかなさそうですが?」
(誰もが、その点を妙だと思う。伊藤の失踪と、田中の殺害。これを洗うしかあるまい)
佐久間は、一つの仮説を、立ててみた。
「伊藤奈緒美は、羽鳥慎吾だけでなく、田中大介とも、実は交際していて、結婚を機に、田中と縁を切ろうとした。それを知った田中は、執拗に、伊藤を脅した。伊藤は、新郎には相談出来ず、杉山に相談した。杉山は、架空の親族を用意して、結婚披露宴を開かせて、この機に乗じて、伊藤と画策し、田中を殺害。これなら、少し強引だが、筋が通る。杉山と伊藤が、男女の仲かは不明だが、伊藤の代わりに、大金を支払うくらいだから、親子とか、恋人とか、通常以上の関係である事は、間違いない」
「警部の仮説は分かりますが、伊藤は、羽鳥と田中、両方の恋人を、一度に失う事を意味します。本当に、それだけが理由で、実行するものでしょうか?」
「伊藤と杉山が、本当の男女の仲で、羽鳥と田中が、割り込んだのなら、一番しっくりくる。だが、羽鳥を見る限り、割り込んだ気配はなかった。羽鳥と田中は同僚だから、田中を呼びだす為に、結婚披露宴を開いたのかもしれない。沢山意見が出たので、これを軸に、捜査を分けたいと思う」
佐久間は、出た意見を集約すると、ホワイトボードに、捜査方針を書き出す。
○A班:杉山京介の身辺を張り込み、伊藤奈緒美と接触する機会を窺う
○B班:田中大介と伊藤奈緒美の、交際履歴を調べる
○C班:近藤将太のアパートに、伊藤奈緒美、田中大介、杉山京介の
いずれかが、過去に住んでいたかを事実確認する
○D班:杉山京介と田中大介の接点があるかを、検証する
「最後の二つは、思いつきだ。田中大介が、遺棄現場に以前住んでいて、杉山と伊藤のどちらかが、それを知っていて、遺棄したのであれば、点が線に変わるかもしれない。『捜査に絶対はない』のだから、疑うところがあれば、些細な事でも、調べ尽くす様にしてくれ」
班編成を組んだ佐久間は、三人の身辺を探る捜査に、舵を切った。




