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杉山の暗躍(2024年編集)

 ~ 四月十八日、結婚披露宴、当日の六時 ~


 羽鳥慎吾は、目を覚ますと、愛しの妻と、口づけを交わした。伊藤奈緒美は、ボサボサ髪を後ろに束ねると、輪ゴムで括った。


「ふああ、おはよう。今、何時?」


「もう六時だよ」


(披露宴の当日に、午前三時まで、腰を振ってて、よく起きられるわね)


「流石に、眠たいわ。今日は、何時に式場入りだっけ?」


「八時過ぎに、式場入りすれば、余裕じゃないか?」


(八時過ぎか)


 伊藤は、下着を穿くと、ベッドから離れる。


「お腹空いたでしょう?直ぐに、朝食の準備するわね」


「いや、今日くらい、楽をしようよ。早めに、式場の近くで食べないか?」


(………)


「新郎に従うわ、…支度を急ぐわね」


 二人は、簡単に身支度を済ませると、早めに家を出た。二次会は、特に予定していない。サプライズで、新郎側の同僚が、企画していたとしても、気取る必要もない。そう思って、あえて、普段着のまま、向かう事にしたのだった。


 春風を感じながら、式場までの道のりを、ゆっくりと楽しむ。羽鳥は、独身最後のデートと称して、恋人気分を満喫する。そんな羽鳥に、伊藤は申し訳なさそうに、腕を組んだ。


「ごめんね、『披露宴が終わってから、入籍しよう』って、我が儘を言って。私って、変なところ、古風でしょう?禊ぎと言うか、儀式が終わって、はじめて妻になれると思うの」


 羽鳥には、その仕草が、何とも可愛らしく映り、その場で、伊藤を抱きしめた。


「構うもんか。遅かれ早かれ、今日中には、晴れて夫婦になれるんだ。こんなの我が儘でも、何でもないし、寧ろ、本音を聞けて嬉しいよ」


「本当に?」


「本当だとも」


「ふふふ、ありがとう。じゃあ、今夜は、結婚初夜ね。新妻らしく、サービスしなくちゃ」


「本当かい?実はさ、夫婦になったら試そうと、考えていた体位があるんだ。良いかな?」


「ふふふ、程々にしてね。少しくらいは、挑戦しても良いけど」


 式場手間の喫茶店に入ると、伊藤は、二人分の席を確保する為に、席に向かい、羽鳥は、朝食を注文する為に、レジに並んだ。


 注文を終えた羽鳥が、席に戻ったタイミングで、ふいに、伊藤の携帯電話が振動する。


(------!)


(やっと、来た。遅いっての)


「ごめん、外線着信だわ。誰か分からないけど、祝電かも。店内は、流石にまずいから、少しだけ、店外で話してくるね。多分、直ぐ終わると思うから、先に食べてて」


「うん、分かった。お祝いの電話なら、無碍にしない方が良い。ゆっくりで、構わないよ」


 店外に出た伊藤は、ガラス越しに、羽鳥と目が合うと、微笑みを絶やさない様に、電話を折り返す。


「おう、大丈夫か?」


「大丈夫じゃないわよ。もしもし、どういうつもり?…杉山(あんた)、『三日前に、詳細を教える』って、言ってたじゃない?約束守れない男って、最低よ?本当に、花嫁になるところだわ。いい加減にして欲しいわ。お陰で、今日だって、何発したと思う?六発よ?猿よ、猿。三時間くらいしか、仮眠してないの、分かる?」


(いや、そんな事、俺には関係ないじゃないか?)


 杉山京介は、下手に触れると、愚痴が続くと考え、その話題には触れず、話を進める事にした。


「悪かったな。実は三日前、俺の店に、田中がやって来たんだよ」


(------!)


「田中が?…何で、わざわざ、杉山(あんた)の店に?」


「それがさ、笑えるぞ。俺に、『結婚披露宴を止めさせてくれ、耐えられない』って、凄い剣幕で、押しかけて来やがった。田中(あいつ)伊藤(お前)にぞっこんだぞ。どうするよ?」


(あり得ないし)


「そんな事、知らないわよ。本気で好きなら、離婚して来いって。…それで、冗談はそのくらいで、本題に入りましょう。首尾は、どうするの?」


「つれないねぇ。…じゃあ、本題だ。まず、結婚披露宴の途中まで、普通に進めろ」


(------!)


「ちょっと、待ってよ。それじゃあ、挙式は済ますって事?永遠の愛を誓う事になるし、署名までするって事?話が違うじゃない?私、妻なんか、なりたくないわよ」


「まあ、聞けよ。署名したって、役所に出さなきゃ、法的には無効だ。それに、少しくらい、良い夢を見させてやれって」


「ふう、分かったわよ。それで?結婚披露宴の途中って、どこまで?ケーキ入刀?余興?まさか、花嫁の手紙までじゃないわよね?そんなもの、用意していないし、絶対お断りよ?」


(この女は。話を聞けと、言っただろうが)


「途中って言うのは、ケーキ入刀を済ませて、新婦がお色直しの為に、席を外すところまでだ。控え室に入る直前に、『ドレス姿を、一人きりで楽しみたい』、『花嫁の手紙を練習したい』、『内緒で付き合っている男に、お別れを告げたい』、何でも良い。適当な台詞で、花嫁担当の付き人を、遠ざけるんだ。俺は、新婦控え室のテーブル下に、隠れておく」


(なるほど、そこで合流ね)


「何分くらい、時間を稼げば良いの?」


「最低、七()()は欲しい。そのタイミングで、配膳カートを利用して、式場の裏口から脱出する。他の披露宴も調べたが、一番手薄になるのは、この時間帯しかない。脱出機会(チャンス)は、一度切りだ。歓談時間の間に、花嫁が消える。ここまでは、大丈夫だな?」


「了解。その後は?」


「式場の裏口から、一階の正面玄関の死角に回る。ほぼ全員が、正面玄関に入ると、正面しか見ないからな。式場の従業員がいても、玄関に目がいくし、豪華絢爛な柱が、良い塩梅に死角を作ってくれる。俺は、式場の者の振りをして、配膳カートを押して移動する。伊藤は、カートの中に隠れている。死角に入るタイミングで、素早くドレスを脱いで、私服に着替える。死角に入る瞬間に、カートを蹴って、合図を出すから、そのタイミングを間違うなよ」


「私は、失敗しないわよ。じゃあ、また後でね」


 伊藤は、段取りを聞いて満足すると、何食わぬ顔で、店内に戻った。羽鳥は、ゆっくりと、朝食を食べて、時間を調整している。


「ごめんね、少し長引いちゃった。真弓からだったわ。結婚披露宴後の、二次会を予約してくれたって。恵比寿に、手頃な店があるとかで。参加するでしょ、()()()?」


 羽鳥は、その言葉が、こそばゆく、照れ笑いする。


「『あなた』って、照れるね。……もう一度、言ってくれるかい?」


「ふふふ、何度でも言うわ。…心から、愛してるわ、あなた」



 ~ 結婚披露宴のお色直し ~



 伊藤は、ケーキ入刀を済ませ、惜しみない拍手で送りだされると、控え室の前で、花嫁担当者に、歓談時間の長さを聞いた。


「歓談時間を把握していませんでした。次の登場まで、どれくらい時間がありますか?…ほんの少しだけ、一人になりたいんですが。手紙をね、少し、修正したいんです。今のままじゃ、盛り上がりに欠けると言うか、グッとこないと言うか」


(ああ、そう言う事ね。当日、伝えたい事が変わるのは、よくある事だ)


(………)


 花嫁担当者は、腕時計で、進行時間を確認しながら、口を開いた。


「…そうですね。今、一人目のお客さまが、新郎に挨拶を始めたので、お一人様、五分の持ち時間ですから、三名で、十五分くらいでしょうか?三人目の方が、終えられる前であれば、構いませんよ。私は、一旦、席を外すしますので、準備が出来たら、このボタンを押して、呼んでください。それまでは、誰も立ち入らない様、他の係にも、申しつけておきます」


「無理を言ってすみません。パパッと書き足して、直ぐにお呼びいたします」


「一生に、一度切りですから、遠慮なさらず、ごゆっくりと、お書きください」


 花嫁担当者が、控え室から出ていく。


(………)


 伊藤は、ドアに耳をへばり付け、足音が遠ざかると、テーブルを軽く叩いた。


「…ふう。もう大丈夫よ」


 杉山が、腰を叩きながら、這い出してくる。ここまでは、杉山の作戦通りである。


「思った以上に、窮屈だったよ。でも、ここからが、正念場だ。すみやかに、脱出するぞ」


「了解、任せたわ」


 従業員の制服を着た杉山は、部屋の隅に、予め用意しておいた配膳カートに、伊藤を乗せると、巧妙に、花柄のテーブルクロスで隠す。正面玄関の死角に、難なく辿り着くと、伊藤は、着ていた花嫁ドレスを、テーブルクロスの間に隠し、私服に着替えた。


「さあ、仕上げだ。これを付けろ」


(大したものだわ、用意周到じゃない?)


 部分ウイッグと伊達眼鏡で、別人に成り済ませた伊藤は、臆することなく、ゆっくりと、正面玄関に歩を進める。受付の女性と目が合ったが、伊藤だとは気が付かない。


(ふふ、完璧ね。普通の見学者だと思っているのかしら?愛想笑いが、見え見えよ)


 テーブルクロスから、花嫁ドレスを回収した杉山は、それを素早く、アタッシュケースに押し込むと、男性トイレに駆け込んだ。トイレの中で、今度は、アタッシュケースから、自分の普段着を取り出し、素の姿に戻ると、遮光眼鏡を掛け、ゆっくりと、伊藤の後を追った。


(………)

(………)


 りんかい線国際展示場駅に着いた二人は、脱出した結婚式場を、遠くから見つめ、ここでやっと、口を開いた。


「今頃、披露宴会場は、大騒ぎしているぞ。何たって、人生最悪の(トラウマ)を負わせたんだ。どうだ、最悪の花嫁になった気分は?」


(………)


「別に、恨まれたって、どうって事ないわ。今日まで、新婚の茶番に、付き合ってやったし、淡い夢も見られたんだから。…羽鳥は、落ち込んでると思うけど、田中は、…さぞ、心の中で、羽鳥を馬鹿にして、喜んでるでしょうね。…でも、田中も、風前の灯火よ。ねえ、これから、どこに向かうの?」


(………)


「渋谷区だよ。田中の会社が、近くにあるんだ。そこで始末する。それでもって、『思い出の地』に、遺棄してやろうと思う。…伊藤との、()()()()にな。中々、妙案だろ?」


(------!)


()()()()、じゃないでしょ?…何故、分かったの?」


「何となくだ。()()は、自分の部屋には、置かない。田中の性格を考えると、尚更だ。見た憶えは、あるか?嘘をついても、直ぐにバレるぞ?」


(………)


「見た事はないけど、…探すしかないわ」


(ふむ、嘘は言ってなさそうだ)


「現在の住民が、帰ってくるのは、大体、十八時頃だ。それまでに、決着をつける。…気張れよ」


「…杉山(あんた)こそ。下手を打たないでね」


「誰にものを言っている?百戦錬磨だぞ?料理も、仕事(殺し)も」


 二人は、田中殺人計画を実行する為、犯行舞台となる、渋谷区に向かった。


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