◆第九話:本戦最終目
◆第九話:本戦最終目
ハッカーの世界大会PWNCON CTF本戦2日目。
俺はニュージーランド人のヒュー・ワットは、UKのチームでこの大会に参加していると睨んだ。
奴は注意深く観察していれば絶対に気付けるヒントを、俺たちIT同好会に残している。
その理由はわからないが、きっと事実だ。
今までしたたかに、当局に目をつけられないよう、慎重に仕事を成功させ続けてきたプロのテロリスト。
そいつが何の心変わりでこの様な笑えないゲームを始めたのか?実のところ興味はない。
ちょっと事件解決のお役に立って、結果的に美少女女小川まゆみさんとお近づきになれればそれでいい。
彼女はIT同好会4人共有の肉便k…女神だからな。誰かが抜け駆けせぬよう、今、念書をとっておくべきか?いや、むしろさっちんの身体を調教して完全な支配下に置くべきか?
FBIの捜査官コーディはそんな俺のカンに賭けた。
CIAが動いているのかスコットランドヤードが動いているのか俺は知らないが、現在UKのチームを調査中。
昨日までは頻繁に様子見&打ち合わせに来ていたコーディが、今日は朝から全く姿を見せない。
気が付けばもう昼前。
たお先生とさっちんに先に昼休みをとってもらう。
俺たちは出場20チーム中の上位グループ後方をキープしながら本戦を戦っている。
得点状況を確認。
俺たちのチームは4000点を超えたところで第5位。トップのチームは7000点に迫っている。
2位がやっと5200点を通過した状態なので、ほぼトップチームの独走状態。
なので、5位ごとき放っておいてほしいものだが、依然我がチームは大人気で、おそらく20チーム中最も多くの攻撃を受けている。
いい加減相手をするのが面倒になってきたのでIRCで「何があなたたちを私たちのチームに攻撃させるのか?」と尋ねたところ「攻略し難い防御」などという返事を多数いただいた。
配布されたPi2に意図的に仕込まれている脆弱性は昨日中にたお先生がすべて見つけ出し、修理している。それは恐らくトップ3チームまでは同じだろう。攻撃役のさっちんとかのえ君もトップ3チームは堅いと苦笑いしていた。体育会系で負けず嫌いなところがある二人がそう云うのだから、そうとうなものだ。
本戦開始時は予選で悪目立ち下が故、我がチームは大人気だった。
一夜明けた今は、どうやら「攻略ターゲットとして最も面白い」が故、我がチームは大人気らしい。
なにせ今まで一回も敵の攻撃でサービス落とされていないからな。
ハッカーは自分が本気になれる何かを好むものだ。
同じハッカーとして気持ちはわかるが、やれやれ。
ファイナリストのレベルは極めて高い。特にトップ3チーム。
昨日は主催者がPi2に仕込んでいた脆弱性を用いた攻撃が主だった。
2日目では既に主催者が想定していない手段を用いた攻撃が始まっている。
トップチームの解析速度は神がかって早い。
しかし、我がチームのサーバーは物理的にたお先生のノートPCの後ろに隠れているので、まだしばらくは安泰だ。
敵の攻撃を許すと、やはりハッカーとしてのプライドが致命的に傷つくので、特にたお先生がむきになって守りを固めている。
たお先生がむきになればなるほど、他のチームは面白がって、俺たちのサーバーを攻略しようと、その攻撃はより激しさを増す。
もう、本当に、相手をするのが面倒くさい。
一回、俺たちが攻撃を受ければ、それで奴らは満足して、この異常な量の攻撃は沈静化するのではなかろうか?
だが、自分が守備を担当しているときにサービスを落とされるなんて恥くさくてやだな。
絶対、他の3人に見下される。ん?まてよ。さっちんに限っては俺を虫けらのように見下すとか、全然ありだな。むしろ日常的にそうしていただきたい。ハァハァである。
まぁ、まぁ、それはさておき。
俺たち4人のプライドを傷つけずに攻撃を受ける方法。何かないだろうか?
ふと気が付くと、岡さんは俺たちが忙しかった昨日ほどやることがなく暇そうにしている。
「岡さん。君もやってみる?」
「私はパソコンなんて知らないわよ。」
「無理強いはしないけど、今日ならまだやること簡単だよ。」
「じゃぁ…説明聞いてから決める。」
岡さんが俺の隣にやってきて、ノートPCのモニタを覗く。
現在は俺がたお先生に代わって守備をする番。
俺が使っているノートPCは、実はたお先生のものだ。
たお先生がカスタマイズしたツールキットのコンソール画面が開かれている。
俺はその使い方を今現在必要なところだけ最低限を岡さんに説明した。
「…と、まぁ、そんな感じ。今注意しないといけないのは、基本的に偽装パケットだけだから。」
「主催者のパケットは遮断しちゃダメなのね。」
「そうそう。サービスダウン扱いになって減点されるから。」
「分ったわ。」
「たぶん今、上位チームが仕込みに手間がかかる種類の攻撃の準備中だから。今はそれだけ気にしていれば大丈夫。基本ルールの管理だけ。どれにもあてはまらないのや怪しいの来たら新しいルール書いて──主催のパケット止めてもタイムアウトする前に返せばセーフ。」
「よーし」
のってきた。
岡さんは防御を担当してくれるようだ。彼女の性格なら自分ができそうなことは役に立とうと、頑張ろうとすると思った。しめしめ。
俺は彼女に防御をまかせっきりにして、長い間連絡がないコーディにちょっと電話してこようとその場を離れかけたのだが、岡さんが俺のわきをしきりに肘でごちごちやってくる。
「痛いよ。何?」
「ちょっとアンタ、横でちゃんと見てなさいよ。」
最初の15分くらい、何か操作するたびにそれが正しいかどうか一々聞いてきた。しかし、そのうち、何も聞いてこなくなった。
もういいだろう。彼女一人でできるだろう。コーディに電話してこよう。俺はその場を立ち去ろうとした。会場内でFBIの話はできないからな。
しかし、岡さんに脇を肘でごちごちされた。
「ちょっと、どこ行く気よ。居なさいよ。」
俺がいたってもう、何も聞いてこないじゃあないですか。そんなに不安なのかと岡さんの横顔を確認すると、案外嬉々としてキーボードをたたいている。
楽しいかいと聞くと頷いたのでまんざらでもないようだ。
なおさら俺は必要ないじゃないか。
でも、居ろと言う。
暇なので配布されたバッジでもハッキングしたろかと首にぶら下がっているバッジを手にして、パンフレットを眺めまわした。何処かにヒントが隠されているはずだ。
「ぎゃーーっっ!!」
不意に、岡さんが悲鳴を上げた。
俺たちから見て会場の右手奥のチームが拳を置振り上げて奇声を発し、盛大に歓喜している。
ノートPCのモニタを見る。
どうやらサービスを落とされたらしい。よしよし、岡さん。いいぞっ。計画通り!
岡さんが頭から煙を立ち昇らせて呆然としているので、俺がノートPCを引き取ってログを確認する。
「ああ、これか。」
ダウンしたのはマインクラフトを超劣化させたようなゲーム系のサービス。
主催者が大会のために用意したダミーかと思ったら、実際に公開されているほとんど誰も知らない、超不人気残念くそゲームだった。
それが大量の応答待ちを抱えて死んだ模様。
本戦で我がチームのサービスを始めてダウンさせたチーム「123QWE」は鼻高々で、自慢話を延々とIRCに並べた。そして攻撃に有効なパケットの作りかたを説明しだした。
取り敢えず岡さんが頭ぷしゅーしちゃってるので「岡さんのせいじゃないよ。」と肩を叩いた。
「え?そうなの?」岡さんが瞬時に復旧した。岡さんは喜怒哀楽のエッヂが立っていて見ていて楽しいな。感情の立ち上がりと立下りが垂直にぎゅわっとなってるの。
「うん。敵が電文を解析したらしい…この手の攻撃が来るのはもっと後かと思っていたけど。」
「でんぶん?」
「そうそう。新しい脆弱性を見つけられたみたい。たお先生が食事から戻ってきたら修理してもらおう。」
俺ならばこの手の攻撃が来てもサービスが落ちる前に対処できる。
俺はサービスを再起動しつつ、そのまま守備を岡さんと交代するつもりだった。
きっと岡さんは今の一撃でハッキングに懲りてしまって、もうこれ以上やりたがらないだろう。
と、いうか、一回攻撃を受けたかっただけなので、岡さん用済みです。ありがとうございました。あっち行ってください。
しかし岡さんは俺のわきを肘でごちごち。そのうち本当に俺の肋骨折れるぞ。その時は責任とってくれるのか?一生女性と縁がない運命の俺と結婚してくれるのか?それは考えたくないな。結婚するなら、生涯の奴隷にするなら、さっちんがいいです。
「PCよこしなさいよ。私がやるんだから。」なんと、全然懲りていなかった。メンタルタングステン鋼だな。
そしてかのえ君の方を向いて「ちょっとあの高笑いしてたチーム攻撃して。むかつくから10万倍返しよ!」と指でびしっとチーム「123QWE」に狙いを定めた。
かのえ君もいい男なのでけらけら笑いながら丸めたエロ本を振ってOKの意思を伝える。
えー、まじでやるのかー。
この雰囲気の中で俺だけ冷めているのも不自然だな。俺は自分のPCを取り出した。
「なにしてんのよ。」
「10万倍返しなんでしょう?俺も攻撃しますよ。」ふりだけでしないけど。
岡さんはそんな俺に満面の笑顔。全くちょろいんだから。
上位チームは修理済みのイメージをQEMU上で実行し、何か他に脆弱性はないか調べている。我がチームは比較的上位にいながらそれをやっていない。
だって試合に勝つ気無いもん。
その成果が出るまでには時間がかかる筈だったのだが、どういうことだ?
会場外にも多数の参加者が居る。
この数を俺は多くてもせいぜい1チームあたり50と読んでいたのだが、ひょっとすると3ケタに近い人数居るのか?
こういう解析はほぼ人海戦術だからな。
たお先生とさっちんが戻ってきたのでその辺りを説明した。するとたお先生の顔が瞬時に般若の面のようになってしまった。そしてキーボードに指を置くなり「10億倍返し。」と業の坩堝の黒より黒い闇から発せられるような空恐ろしい声で口にされた。
あーあ、チーム「123QWE」死んだな。たお先生の逆鱗に触れたようですぞ。
俺ならサービス落とされなかったので、半分は岡さんにやらせた俺のせいだが。半分、そう、半分くらいかな。俺の責任は。
補足事項。たお先生を本気にさせてしまったので、事態は悪化した。目立ちたくないのに。たお先生の本気だけは隠しておきたいのに。
今のたお先生に「抑えてください」なんていう勇気は俺にはない。
完全なる裏目。
もういいや、どうにでもなってしまえ。
たお先生&さっちんと入れ替わりで俺とかのえ君と岡さんが昼休み。会場の外に出て適当な食堂を探す。
それにしてもたお先生の般若面は今思い出してもぞっとする。
たお先生にあんな隠しモードがあったとは。モードとか機械なのか?状態遷移するのかあの人は?
道すがらコーディに電話。
「コーディ。決して短くない時間連絡なしだった。」
『そうだ。なぜならば我々は単純ではない準備をしいていた。それが故、君たちに接触できなかった。』
「分かった。俺は君の別な連絡を待つ。」
『いや。繋いだままにしておけ。僕は君に話すためのなんらかを持っている。』
「教えてくれ。」
『おそらく、ヒュー・ワットは死んだ。』
「何!」
『アリゾナ州の身元不明の焼死体がおそらくヒュー・ワットだと我々は考えている。』
そいつぁ、最悪な情報だ。
「君は最終ステージモンスターがすでに死んでいるゲームをしたことは?」
『僕は僕が言ったことを意味している。』
「知っている。続けてくれ。」
『最終的に君は正しかった。ヒュー・ワットのチームはUKに在りと言った。』
「みつけたのか?」
『ああ、やった。僕たちの時間で本日午後4時きっかりにステイツとUK同時に逮捕するためにスコットランドヤードと決めている最中だ。』
「午後4時きっかり。それをコピーした。」
『何らかの変更があり次第、君に知らせる。』
俺は食堂でかのえ君と岡さんに、本日の午後4時に州警察がPWNCONの会場に突入してくると説明した。
また、たお先生とさっちんにも会場の外で説明したいので10分だけかのえ君と岡さんのコンビで持ちこたえて欲しいとお願いをした。
俺の目論見は裏目に出たが、岡さんに操作を覚えてもらっておいてよかった。
たお先生とさんっちんに一人ずつ個別に説明をする場合、俺はさっちんに対しては煩悩に身を任せた肉体言語で説明をしてしまうに違いない。その激しい愛の営みは長時間に及ぶであろうから、州警察が突入してくる4時までに絶対説明しきれない。
会場に戻ると、チーム「123QWE」はたお先生の蛇のように執拗な攻撃で大量にポイントを失い、3位から10位に順位を下げていた。
…………ちょっとたお先生。やり過ぎですぞ。チーム「123QWE」の連中、完全に戦意喪失しているじゃあありませんか。一体、俺たちが食事に出かけていた約1時間半の間に何が…
ま、いっか。もうすぐ俺たちの役目は終わる。
もう、目立つとか目立たないとか考えなくていい。
この試合そのものが中止になるだろう。
4時15分前。既にこの建物の周囲を州警察が取り囲んでいるはずだ。
会場内も不自然にプレス関係者が増えている。変装をした警察官が紛れ込んでいるからだ。
「岡さん。もうすぐ4時です。」
「そうね。」
「建物の外に出ていてください。危険です。」
「嫌よ。なに?私のこと舐めてんの?」
「俺たちはギャラをもらっていますから、少々危険でも与えられた仕事をしなければいけません。でも岡さんは違います。」
「嫌ったら嫌。」
「ふぅ、岡さんならそういうと思いました。かのえ君お願いします。」
「しょうがねーな。あいよ。」
かのえ君は岡さんの右腕を背中に回してひねりあげた。
「いだだだだ!ちょっ!」
「大声を出すなよコラ。警察の突入前に、怪しまれるだろうが。」
岡さんは恨めしそうに俺をにらんでかのえ君に会場の外に連れ出されていった。
4時3分前にかのえ君が戻ってきた。
「外にコーディがいたから預けてきた。」
「ありがとう。」
4時丁度。
さりげなくチーム「Gargling Gargoyle」をプレスに扮した州警察警察官が取り囲み一斉に銃を構える。
「凍り付け!」
「両手を上に!」
「我々はお前全てを逮捕下に置く!」
場内が騒然として、最早競技どころではない。
参加者全員に暫くの間その場を動かず、警察の指示に従うよう、繰り返し主催者からのアナウンス。
流石のふざけたハッカー共も皆表情を失い、呆然としている。
マジなのか余興なのか、その判断すらできていないようだ。
主催者はこれは余興ではない、警察の指示に従うようにとアナウンスを繰り返している。
州警察は慎重にチーム「Gargling Gargoyle」の8人との距離を詰め、いよいよ彼らに指先が触れんとしたとき、一人の女性が決死の覚悟で飛び出した。
銃口が女の方へと向かう。
しかし奴ら─残りの7人─は体を張って銃の前に立ちはだかり、その一人の女性を逃がすことに成功した。
その女性はまっすぐに俺たちの方に走ってくる。
残された7人を制圧した警察官が凍てついた鋼のような瞳で、彼女に銃を向けた。
ガチで撃つ気だ。
「撃つなっ!」俺は可能な限りの大声で叫んだ。
かのえ君が既に俺たちの前に出ている。
ふらりと、散歩にでも行くみたいに。エロ本を読みながら。
そして、女性との距離が詰まって、斜めにひとつステップを踏み……
ズドン!
女性はかのえ君の蟹挟で盛大に床にたたきつけられた。
警察官がやってきて、その女性を連れてゆくとき、彼女は「エイカツに。」と言って小指の先ほどのUSBメモリをかのえ君に手渡した。かのえ君は反射的に州警察に知られぬようにそれをポケットに隠した。
警察官に連行されてゆく女性は悲痛な表情でかのえ君を見る。かのえ君は彼女に何かを託されたのだと感じる。
他の参加者はかのえ君を「空手少年だ」と拍手や指笛ではやし立てた。
かのえ君は「空手じゃなく柔道だ」と心の中で抗議したが、すぐに英語が出てこず、結局は雰囲気に乗っかり皆に向かって手にしたエロ本を振り投げキッスをしながら足早に戻ってきた。
俺に小さなUSBメモリを渡す。「どうする?圷。」
本来ならばソッコーでFBIのコーディに渡すのがスジだが、わざわざ俺をご指名ってのが気になる。
「敵さんの意向通り、まずは俺たちがコイツを解析しよう。どんな罠が仕掛けられているかもしれない。きっと、それが最も早くて安全だ。」
警察がチーム「Gargling Gargoyle」の8人全員を拘束し、連れだした後、主催者のアナウンスが流れる。
それは、競技を中断し、全てをそのままにして会場の外に出ろという命令だった。
俺たちは「まぁ、そりゃあそうだろうな」と顔を見合わせた。
だが、続けて競技の再開は追って連絡する旨アナウンスがあり大いに驚いた。警察沙汰だ。普通競技中止するだろう。主催者も参加者もまだやるきらしい。おかしいだろう、こいつら。
外で”ぷぅ”とむくれている岡さんを引き取りがてら、コーディにどんな見通しかを聞いた。
少なくとも今日いっぱいは現場検証で会場を封鎖するという。
俺たちはいったんホテルに帰ることにした。
岡さんは一人部屋でシャワー。彼女はUSBメモリのことを知らない。
俺たち4人は一つ部屋に集まってベッドの中央に置いた小さなUSBメモリを囲んで座る。
沈黙の中、まず口を開いたのはかのえ君。
「さて、皆さんだんまりってことは、俺たちの仕事は終わりかな?」かのえ君の皮肉屋め。
俺が「このUSBメモリ次第だな。」と答える。
今時、USBメモリなんて小さなコンピューターだ。ハッキングされて何になってしまっているかなんてわかりはしない。
俺とたお先生とさっちんのノートPCは会場に置きっぱなしなので、かのえ君のノートPCを使う。
PCをオフラインにして慎重にUSBメモリを調査する。それはごく普通のUSBメモリとして認識されるが書き込みができない。bsi.txtというファイルが一つ入っているだけだ。
開くたびにbsi.txtの内容が変わっていると気付いたのはさっちんだった。それは数字の羅列で、一見何を意味するか分からない。
しかし、たお先生がJavaScriptで簡単なプログラムを書いて、それがなんであるか判明した。
数値はミリ秒を示していた。PWNCON本戦終了までのミリ秒をカウントダウンしているのだ。
それは、何のために?
ファイル名のbsiでぐぐっても、これと言った情報は得られない。
そこで犯罪の中で頭文字をとるとbsiになるものを調べた。
俺たちが最も可能性が高いと考えたのは”Broadcast signal instrusion”テレビ放送などの電波ジャックだ。
なんともハッカーらしい悪行ではないか。
だが、何故、そんなことを?ヒュー・ワットは死んだ。死者が電波ジャックをして何か主張をするのか?それとも何らかのスキャンダルを握っていて、それをヒーローめいて公表するのか?
そいつぁーらしくないぜ。絶対にありえない。
では、何をやらかすつもりなのか?これが見当もつかない。
皆考えに詰まってタブを弄っている。行きつけのニュースサイトはPWNCON会場に州警察ががさ入れを行った件でにぎわっていて、皆がこぞってコメントを書き込むので重い。詳細は公開されていないためPWNCON公式のIRCでも様々な憶測が飛び交っている。
たお先生に今一度USBメモリを解析していただくと、それはUSA国内のあるサーバーと通信をしていることが分かった。俺たちは次のヒントを必要としている。州をまたいだ捜査、拘束した容疑者の尋問、ここから先はFBIの仕事だろう。
俺はUSBメモリをコーディに引き渡し、俺たちが調べたすべてを話した。
翌朝、PWNCON本戦の最終日、午前9時から競技が再開されるとIRCに公式の情報が流れた。
げー、まじで試合やるんだ。どういう神経なんだよ。
「よっしゃー!やるわよっ!優勝!優勝!」
シャワーを浴びて、ぐっすり寝て。やる気満々の岡さん。あんたもハッカーに負けないとんでもない神経してるわ。と、いうか、もう俺たちに本戦を戦う意味全くないので。
「いいじゃん。どうせFBIボールで、他にやることないし。純粋にゲームを楽しんでもさ。」さ、さっちんに笑顔を向けられてしまった。か、可愛い。し、辛抱たまらん。さっちんの全身の体液を舐めとりたい。
兎に角本戦最終日である。
今日はFBIからもっと最悪な情報がやってくる日。
俺の小学生の妹霰には放浪癖がある。
何にでも興味を持って、蝶を追いかける仔犬のように無邪気にどこにでも行ってしまうのだ。
そんな我が妹のエピソードを紹介したい。
ゴールデンウィーク。俺は妹霰の目的地を定めない無謀なたびに付き合わされる羽目になった。
その2日目。
速度を控えているとはいえ、霰さんが千切れずに俺の後ろにぴったりついてこれるのは、バイクのポジションがちゃんと出ているからだ。
ママチャリだって、いつもよりサドルを5cm上げるだけでペダルに力が入るようになり、空気抵抗も減る。クランクをまわせばちゃんとスピードは出るのだ。
ポジション出し。通常は相応に時間がかかる。
股下の長さを図り、専用の機材でミリ単位で最適なポジションを決定する。
だが、あの店のおやじは偉そうなことを言うだけあって、一目見ただけで「こんな感じだろう、えいやっ」と霰さんのポジションを出した。それでおそらくは1mmも間違っていない。
霰さんは昨日俺が教えたことをちゃんと覚えているようだ。
正しい姿勢でサドルに座っているし、俺が出す手信号に間違った反応はしていない。
霰さんはどちらかと言うと勝手気ままな無法者だと思っていたのだが、こういうことはちゃんということを聞く。
また、いったん飲み込んだら二度と忘れはしないようだ。
その辺りの霰さんの性質はようわからぬけれども、これならば、もうちょっとスピードが出る乗り方を教えてやってもよさそうだ。
1時間経過。最初の休憩。
公園のベンチの背もたれの裏側に自転車を重ねる。
俺は愛用のくたびれたメッセンジャーバッグをベンチに下し、50mくらい先に見えていたコンビニでソフトドリンクとアイスキャンディーを買ってきた。それを霰さんに渡しながら言う。
「霰さん。自転車乗りにとって、足とはへその下から膝までを言うんだ。」
霰さんはアイスキャンディーをぺろぺろしながらきょとんとしている。
「折角だから遠くまで行きたいだろう?だったら聞いておけ。」
「うん。」
「確かに膝から下を使って前後に擦るようなペダリングもまれに使う。だがな、自転車乗りのメインエンジンはへそから膝までのでかい筋肉だ。」
霰さんが自分のへその周りを指でぽよぽよとつついている。
「腹筋じゃない。インナーマッスルだ。そしてとりわけへそから尻にかけての筋肉は意識して使わなければ動いてくれない。」
もう、霰さんは特別に意識しなくても俺の後ろについて安全運転ができるようになった。その分、気持ちに余裕ができた分、別なことに集中力を割いてもよろしいだろう。
霰さんはまっすぐな目で俺を見て、説明を聞いている。
本当に霰さんの成分表には何パーセントかの”素直”が記載されていそうだ。お兄ちゃんはそれに驚いているよ。
空いたペットボトルとアイスキャンディーのごみをコンビニで捨てて戻ってきて、交代でトイレに行った。
これは霰さんの旅なので、進む方向はあくまでも霰さんに決定権がある。俺は霰さんが進む方向を決めた後、トイレマップをチェックする。トイレマップ…あるんですよ、そういうありがたい情報が。長距離チャリダーにとってトイレは死活問題です。その情報をまとめてくださっている神のようなサイトがあるのです。
出発。
自転車にまたがる。
「霰さん。これからの1時間はへそから膝までの筋肉を使った上下運動を意識して走ってください。リズムよくぽーん、ぽーんと2時から5時まで踏む、膝でペダルを踏むイメージ。慣れるとだんだん踏む場所が腰の方に寄ってきます。2時から5時の位置以外で踏んでも一切推進力になりませんからね。もしなっていたら十中八九アンクリングしてます。なおしましょう。」
「うん。分った。あんくりんぐ以外。」
見た方が早いのでやって見せた。足首から下がぐにゃぐにゃとなるわけです。
正しいペダリングとペースの維持は尻の痛みの防止にもつながる。
だらだらとペダルをまわしてサドルにどっかり座ってしまうと尻が痛くなる。
逆にシッティングのまま頑張って踏み続けると尻とサドルがけんかして、やっぱり痛くなる。
適切なペースで走り続ければ尻が痛くなるのをかなり防げる。尻の痛みは本当に厄介でそれ以上走れなくなる。
足の筋肉痛はペースは上がらないが、距離は結構走れてしまう。足が筋肉痛のまま毎日100kmオーバーとか、意外と走れてしまう。
前傾姿勢からくる腰と首の痛みも尻に準じて厄介だが、これはポジションを変えながらだましだまし走れる。
尻だけは本当に要注意なのだ。尻が体重を支えてくれないと、自転車の機能の根本が崩れる。
次回、尻痛防止の最終兵器を紹介したい。
俺は10%強度を上げた。これで走り方を変えた霰さんにはちょうどいいペースになるはずだ。
上り坂では流石にパワーウェイトレシオが足らなくて、霰さんはみるみる減速してしまう。
ビンディングペダルじゃないので引き足も使えないし。ムリさせると足が終わるし、長い坂は歩道を歩かせるか俺が霰さんの腰を押してやった方がいいだろう。因みに併走は交通違反なので腰押しは基本的には非推奨である。どの上り坂にも並進可の道路標識があって欲しいものだ。初心者が坂道発進とか、斜めに進まざるを得ない場合もあるわけですよ。そのあたりエンジン付きの理解を求む。うざったくても許してやってほしい。
霰さん。登りに苦戦するなぁ。
短い坂はやり過ごす方法があるので、体幹を使った走りに慣れたら、そのテクを伝授することにしよう。
空は快晴。全く気持ちがいい、サイクリング日和。
車道が渋滞してきた。一見車の渋滞なんて自転車に関係なさそうだが、実は初心者には危険な状態なのである。
渋滞にうんざりしてガソリンスタンドやコンビニに寄る車。これが急に左へとハンドルを切るので危ない。左端を走る自転車から見ればいきなり目の前に鋼鉄の壁ができるのである。タイミングが悪いと横っ腹から跳ね飛ばされる。
≪因みに作者はコツンと当てられただけで5m以上吹き飛ばされました。車は1t~2t近くあるのでシャレになりません。≫
霰さんをそんな危険な目に話合わせられないので、渋滞を嫌って裏道に逃げ、河川敷のサイクリングロードを目指すことにした。
その途中に見つけた定食屋で休憩。生姜焼きを注文する。
そこでトイレチェックのためタブを弄っていたら、近くにジオキャッシュがあることが分かった。
実は俺、ジオキャッシングもやるのですよ。
「霰さん。ちょっと寄り道して、宝探しに行きましょう。」
「宝さがし?」
「ジオキャッシングというゲームがあるのです。」
定食屋を出たら霰さんにスポーツドリンクを飲ませた。俺は汗が長距離向けに適応しているので水だけでいいが、初心者である霰さんの汗はミネラルを大量に失う。ちゃんと補給しないとソッコーでばてる。
俺のクロスバイクのハンドルに取り付けたスマフォでGPSアプリを起動し座標を入力した。
座標が示す場所は林の中。ちょっと開けた場所があり、枯れ井戸を発見。中を覗くとロープにつるされたタッパーがある。あれに違いない。
タッパーの中身は木彫りのウサギとメモ帳。
「あ兄ちゃん。これが宝なの?」
「ああ、そうだ。宝なんてなんでもいいんだよ。宝を探す過程を楽しむのがジオキャッシングさ。」
俺はボールペンを取り出してメモ帳に自分の名前を書き、霰さんにも名前を書くよう勧めた。
タッパーを元に戻して、3回目の休憩がてらジオキャッシングについて霰さんに詳しく説明。
霰さんは興味津々で聞いていた。
更に自転車をこいで今日泊まるホテルを探すのだがタブを取り出してブラウザで検索してもどこも満室。慌てて交番に駆け込み事情を説明した。警察官が何箇所かに電話をして民宿を一軒手配してくれた。
チャリダー諸君。最後に頼るのは意外と警察だぞ。
その民宿がまたおんぼろで、たしかにここならネットに情報を登録していなさそうだと頷いた。
で、風呂に入って浴衣姿で戻ってきてびっくり。
「霰さん。あなたもですか?」
「え?なに?」
首から上と手首から先と膝から下だけ、見事に土方焼けしとるがな。
正直、まだ5月だと太陽を舐めていた。一日中屋外に居て天気も最高だったものだから、浴び続けた紫外線の量もしゃれで済むはずがなかった。
日焼け止め塗っておけばよかったな。今更だが、明日以降はがっちり塗るか。自転車の日焼けは染みつくでな、俺は男だからいいけど霰さんは女の子だ。民宿のばぁちゃんに薬屋を聞いて日焼け止めを買いに行った。長距離走る女の子は日焼け止め大盛り推奨です。
その民宿にはコインランドリーなんて気の利いたものはなかったが、おばあちゃんが民宿の洗濯機を貸してくれた。
飯食って寝て起きて~…因みに毛布はおんぼろで毛羽立ちばっちぃ感じがしました。最低です。
はい3日目。
出発の前に、霰さんに登りをクリアするちょっとしたテクを伝授。
言えば簡単。
ギヤを落とし、その分ケイデンスを上げてスピードを維持。多くの場合ダンシングでちょいハイケイデンス。
登りだからっていちいちスピード落とすと、また元のスピードに戻すの面倒なのですね。
山を越えるならいざ知らず、ちょっとした登りならば速度をキープしたまま行ってしまえと。
とわ言え、平地と同じギアで登ると100%足に来ます。なぜならばより多くのトルクを必要とするからです。
そこでケイデンスを上げて負担を心臓に割り振るわけです。
最終的に必要なのはトルクではなく仕事率です。これはトルク×回転数に比例して決まります。
登りで平地と同じトルクを保つにはギヤを下げるしかありません。しかしギヤを下げた分ケイデンスを上げれば、タイヤの回転数は同じになり速度を維持できます。
俺くらい鍛えると2km程度ダンシングが続くけど霰さんだと50mが限界かな。
回すときのダンシングはサドルのちょっと上、わずか数センチ上空に座るイメージになります。
立ち上がっちゃダメです。クランク回すんですから。通常よりちょっと前方上に座りたいので、その位置に尻を持っていくだけです。
僕の名前は…仮にMとしておきましょう。
僕のお話はちょっとたちが悪いものですから、もし同姓同名の方がいたら大変申し訳ないのです。
一体僕に何が起きたのか?
恐怖で、僕は息ができているかすら怪しい。心臓だって生きながらに止まっているかもしれない。そんな錯覚。
僕は神社の裏道で、確かに桜野まりさんの背後に音もなく忍び寄り、スタンガンをその華奢な首筋にあてがう寸前までいったのです。
しかし僕は今、手足に何かを巻き付けられて身動きが取れず、頭部にも何かを巻き付けられて視界を奪われ、口の中にはぞうきんをねじ込まれている。埃くさい味と匂い。ぞうきんに違いありません。
そしてこの異常な状況の中、おそらくは若い少年が極めて落ち着いた声で僕の耳元で囁くのです。何故、この状況で落ち着いていられるのでしょうか?その様な存在は悪魔意外に思いつきません。
「初めまして、ストーカー君」
ばれている。全てばれている。
僕は今の状況になるまで気を失っていたらしく、何らかの方法で強制的に蘇生されました。その時「ばぶふうっ」と咳と鼻水を噴出したのですが、口をふさがれていたので吐きだそうとしたものが戻ってきて、しかも臭くて不味いぞうきんの風味でたまらず無駄にもがきました。
僕は今、自分の意志では何もできない状態なのだと理解した直後に、少年の人の温かさを失った声を聴き、絶望と恐怖で僕の全身は自然とガタガタと大げさに震えるのでした。
その後、若い男に何か語り掛けられていたのですが、恐怖が乗車率200%を超えている僕の脳に、それ以上の外部からの言葉が入る余地はなく、僕はひたすら怯えるだけ。
そして僕の頭部と股間に数回ずつ、スタンガンがあてがわれたのです。
僕は背中の方へのけぞり、または前の方に丸くうずくまって、痛みと、いや痛みなんかよりも心臓が千切れ飛ぶほどの恐怖にもだえ苦しみました。
「うん、これでおおよその傾向が掴めました。後はスタンガンを用いそうにないところ、そうですね眼球などに運用したらどうなるのでしょうか?」
信じられない言葉が僕の耳に聞こえてきました。僕は頭を激しく振って抵抗したのですが、あばらを折られ苦痛に動けなくなっているうちに、彼らの思うようにされてしまいました。
そして信じられないことに、催涙スプレーを僕のん鼻の穴や口の中に直接噴射してくるのです。
僕は、こんなことができるなんて、本当にこの少年は悪魔だと、確信しました。
恐怖で眼球はぐるりと裏返り、頭髪は今にも全て抜け落ちてしまいそうです。
そしてまた、あの若くて落ち着いていて僕を震え上がらせる声が聞こえてくるのです。
「催涙スプレーの味はどうでしたか?苦かったですか?甘かったですか?」
恐ろしい。
更に僕は酷いことをされたようなのですが、もう、その時には、僕は、何も感じなくなっておりました。
気が付くと僕は手足の拘束を解かれ、目隠しも外されて、見慣れた神社の細い裏道に転がされておりました。
犬を連れたおばあさんが、僕の顔を心配そうに覗き込んでおります。
「ああ、よかった。目を覚ましたね。大丈夫かい?」
「大丈夫です。」
起き上がるときにへし折られたあばらを押さえてうずくまると、おばあさんが「救急車を呼ぶから待っとれ。」と携帯電話を取り出しました。
いけません。僕はあばらが折れた理由を階段から落ちたなどの理由にしてしまいたいのです。今、救急隊員に来られて、現状を見られては、とりわけ催涙スプレーがこびりついた顔を見られたら、うまい言い訳ができません。警察沙汰になって困るのは僕です。
「大丈夫だと言っている!もう、帰ってくれ!!」
優しいおばあさんには申し訳ないのですが怒鳴って追い払いました。
よろりと立ち上がって家に帰り顔を洗います。鏡に映った僕の頭部。頭頂部の髪の毛が剃り落されております。
そういえば、そんなことをされた記憶があります。
そのまま病院に行くと不審に思われそうだったので思い切って髪の毛を全て剃り落しました。
病院に行き診察を受けた結果、2週間、入院することになりました。
次回、第十話「YOLO!」
最終回。
本編はカーチェイスを省いたので進行が楽になりました。コーディの国際B級とか折角仕込んだのですが、ハッカーもので最後はカーチェイスというのは絶対に違うと思いなおしました。USBメモリの謎を解いてパキっと終わってます。
兄妹二人旅は霰さんに軽くもう一肌脱いでもらいつつ、ある小さな街でジオキャッシングに挑戦。それがある人の目に留まります。
ストーカーは、読む方によって幸せにも不幸せにもとれる終わり方にしました。