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◆第八話:本戦2日目

◆第八話:本戦2日目


「この会場にヒュー・ワットはいない。」

コーディはそう言った。

「痩せこけた長身。彼は僕が見間違える最後の男だ。」

コーディはそう言った。

俺たちの目的はPWNCON優勝ではない、ヒュー・ワット逮捕だ。

奴が出場していないなら、奴を釣る為の餌である俺たちはこの場に居る意味がなくなってくる。

少なくともかのえ君は完全に”居る意味がない”と考えているようだ。

かのえ君にしては珍しく「俺たちは帰るのか?」と、率先して英語でコーディに意見した。

かのえ君の英語はこれっぽっちも表現を和らげていないし、しかもちょっと真意が伝わりにくい気がしたので、俺が「もし、何かアイディアがあるなら教えてくれ。」とすかさず言葉をかぶせた。

コーディは苦しそうな表情で「試合の準備をし続けてくれ。」と呻く。

かのえ君は納得していないようで苛立ちながら「でもヒュー・ワットはいない、そうだろう?」とつっかかる。

コーディの表情はいっそう険しくなり「報告するためにわずかにこの場を離れる。」と言って会場の外へと行ってしまった。

「決勝戦は3日ある。ヒュー・ワットは後で現れる可能性もある。準備を。」─俺は試合の準備を3人に任せコーディを追った。岡さんもついて来ようとしたが、俺が「二人だけにしてくれ。」と制した。

会場の外、ロビーの壁際。

「コーディ。俺たちのみんなが、大会に出続ける代わりに、ヒュー・ワットを探すための別のことをすべきだと考えている。分るだろ?」

「ああ、分ってる。しかし、他のすべきことはない。」

「理由を聞いてもいいか?」年上なんで丁寧に聞いてみた。

コーディは頷いて…「君にはその資格がある。実は、ヒュー・ワットを捕まえるための手がかりが全く現れなくなってしまったんだ、9日前からずっと。」

「全く?」

「そう、全くだ。この世界から彼が完全に消えてしまったようだ。であるから、我々はこの大会に非常に期待をしてきた。簡単な報告をすることを許してくれ。」

コーディはスマートフォンを取り出した。おそらくマーキスあたりに電話をするのだろう。

隣で聞いていたので、なんとなく何を話しているのかは分かった。試合には出ることになりそうだ。

「試合は続ける。この大会は我々の最も期待できる希望だ。」

「だが、ヒュー・ワットはいない。」

「ああ、この会場に彼はいない。しかし、我々は彼がこの会場の外にいる可能性を期待できる。」

やはり、その可能性に賭けてきたか。ヒュー・ワットは今は場外に居て、後日様子を見て現れるか、ネットワーク越しに何らかの接触を試みてくるという可能性。

PWNCON本戦の会場には各チーム8名までしか入場できない。しかし、ネットワーク越しに会場の外から何人でも参加できるのだ。

そう、何人でもだ。

さてここで質問。50名もの大人数で参加するチームは卑怯だろうか?ハッカーの流儀では否だ。どんな手を使っても勝てばよく、負けるやつが間抜けなのだ。

正々堂々と…などと言っている奴はハッカーに向いていない。卑怯だろうがずるだろうが誰もがあっと驚く手段を思いつき、実践できる者がハッカーなのだ。

ヒュー・ワットが会場の外にいる可能性はある。むしろ警察から逃げ回っている奴が、初日からのこのこ現れると思っていた俺たちが能天気すぎたのかもしれぬ。

そこまで考えて俺はコーディに向かって頷いた。

「それで行こう。俺たちは会場の外の参加者の情報を集めて君に提出する。」※このセリフはわかりにくいけど、ネットワーク越しに大会に参加している、会場の外の参加者の情報を俺たちが収集してコーディに渡すという内容で、コーディには正しく伝わっています。

俺はそういう方針ならばかのえ君を納得させることができるだろうと思えたので、会場に戻ることにした。

まだ他に電話をするところがあるというコーディをロビーに残して、俺は会場に戻った。

「絶対に偽コックニー野郎を逮捕するぞ。」俺は強い決意をその表情で示して、コーディと決めた今後の方針について語った。

「で、具体的な手は?」かのえ君の切れかかったマジ顔が見える。

本当にこやつはしつっけー。この辺で納得しとけよ。

「”具体的な手”もなにも、普通に試合をするだけです。俺たちは餌なのですから。」

「”普通”じゃわからねー。と、言っている。」

じゃぁ細っかく仕切りますわ。お前たちが俺の言う通りに動くか、はなはだ疑問ではありますが。お前らくらいになると、普通/特急、松竹梅、甲乙丙丁くらいのオーダーでいいのではなかろうか?

「たお先生は防御を。ただし、完全には防ぎ切らずに少しだけ敵の攻撃を許してください。」

「心得た。」その機械じみたカクカクとした動き。女性に嫌われる原因だが、見慣れた俺たちに言わせれば、彼が絶好調な証である。全く頼もしい。

「僕は?」あー、さっちんは俺の股間の荒ぶる古代魚ラブカを全力でしゃぶ──

あー、あー。ただいまマイクのテスト中。

「さっちん。俺たちは悪目立ちしているから他のチームの集中攻撃を受ける。しかし実はチャンスが潜んでいる。敵の攻撃パターンを逆に利用してサーバーの脆弱性を調べ上げておいてくれ。」

「俺は?」──はいはい、今云うから。かのえ君への指示を一番先にしておけばよかったな。

「俺とかのえ君は会場の外から参加しているハッカーを一人残らず特定する。」

PWNCON本戦が始まる。ここで簡単に説明しておこう。

本戦は20チームで争われる。

参加するチームにはいくつもの脆弱性を持ったサーバーが一台≪今回はPi2≫と2500ポイントが配布される。

サーバーにはまた幾つかのサービスが稼働しており、このサービスがダウンするとマイナス19点、他のチームには1点ずつ加算される。

また、脆弱性をつかれてtokenを奪取されてもマイナス19点。ここは、ピンと来ない場合は、主催者が用意した問題を解いた他のチームの直接的なクラッキングを許したら減点と、ざっくりと理解してほしい。

ポイントを奪い合うゼロサムゲーム。

3日間戦って最も多くのポイントを保有するチームが優勝ってわけだ。

脆弱性を修理するのはもちろん有効な手段だが、そのためにサービスの再起動が必要になった場合はサービスダウン、つまり19点のマイナスとなる。そういう戦いだ。

ガチ説明は止めます。それだけで第8話終わるので。ここまでの説明で最終第10話まで読めるはず。

話を続けましょう。

本戦開始。会場の各所から奇声ががあがり、まるで殺気立ったサルが吠え声を上げるジャングルのような喧騒となった。開始早々盛り上がってます。

案の定、俺たちのサーバーへの攻撃が半端ないし容赦ない。どのチームも目の敵にしてくる。

PWNCON上位入賞常連チームが手を組んで、俺たち無名の初参加チームを全力で総攻撃する。

スポーツマンシップにのっとった通常の世界大会ではまずありえない、よってたかってのフルボッコ。

しかしこれはハッカーの戦いなのだ。上位入賞常連チームはどうすれば勝てるか知っているし、ハッカーの世界では勝者の言葉だけが正しいこともよく理解している。手段は問わないのだ。主催者のサーバーを改ざんすることにまったく躊躇がないことには驚いたが、まぁね、そういう奴らなんですよ。

だから、その代わりと言っては何だが、俺たちも可能な限りのずるをする。

俺たちは大会が始まる前に今回はIPv4で戦うと知っていたし、運営のIPアドレスも確定していた。

たお先生が電磁波ハッキングを行っていたからだ。

前回7話の最後で”やはり予定通り、試合が始まる前に、仕込みをさせていただくしかなさそうだ。”と書いた。

俺たちは本戦開始の合図より前に、戦いを始めていた。

だから本戦が始まったとき。たお先生は自分のノートPCをすっかりファイアウォールにセットアップしてあり、サーバーであるPi2は持参した小型の3ポートSWITCHを介してたお先生のノートPCに接続した。

ガチで優勝する気かって?

いえいえ、とんでもないです。

俺たちは世界大会優勝なんて肩書はこれっぽっちも欲しくはないですよ。

目的は偽コックニー野郎ことヒュー・ワットの逮捕、ここから1mmだってぶれてはいません。

ならば、試合なんか放っておいて、俺たち4人総出で会場の外の参加者の情報を収集すれば良いではないか?という意見があろうがそうはいかぬのです。

第2話~第3話で起きたスナイパー事件。あれはヒュー・ワットの異常性を示すのに十分な出来事でした。そして現在彼は警察から、事実、逃げ回っております。

そうなると彼が言った「また会おう。」の解釈に次のような案が生まれるのです。

”警察抜きでお前たちとハッキングの勝負をしよう。”

もしくは彼が主催者の場合。

”警察抜きでお前たちの実力を見てみたい。”

ヒュー・ワットはほぼ間違いなく腕の立つハッカーです。FBIの報告でもそうでしたし、なにより俺がネットワーク越しに会話した時も奴にハッカーの匂いを感じました。

だからコーディはFBIの匂いを立てないように注意しているし─

だから俺たちはまじめに試合をしているように見せかけるのです。

そう、つまりは見せかけたいのです。

そして、なおかつ、有事のガチバトルを想定して、俺たちの実力は実際よりも低めに見せておきたいのです。

低めと言っても”異常者の興味を失わせない範囲で”です。

以上、俺たちは多くの可能性に対して対処できるように行動している…それをわかっていただけると幸いです。

さて、実際にはどのような攻撃が飛んできているか?

SQLインジェクション

XSS

Sambaの脆弱性

KernelへのDOS攻撃が来た時には「これをやらせたかったからIPv4なのか」と4人で笑った。

みんな既知の脆弱性をよく知ってるにゃー。

世界レベルのハッカー共が相手。

基本的にたお先生頼りだ。

黒瀬さんがいれば心強かったのだが、いない。

たお先生が「トイレに行きたい」と言うので一時的に俺がサーバーの守備を変わった。

たお先生が仮眠をとるときも俺が変わるしかないだろう。

たお先生のノートPCの画面を見るとvimにTODOリストが列挙されており、Emacsでcgiの脆弱性を修理中だった。

序盤戦だからだろうが、分りやすい攻撃ばかりなので、たお先生のファイヤウォールがあれば、まだそれほど緊張はしないな。

基本的にノートPC挟んでパケットをフィルタリング出来ている。

試合が始まる前にずるっこしてたお先生が手当て済み。

とはいえパケットは全然偽装できるしな。あんまり俺たちが堅いと敵も感づいて偽装してくるでしょう。

序盤で俺が代打しているときに気を付けるとすれば、そういう点かもしれぬ。

熱帯の豪雨、あるいはツンドラの吹雪のように降り注ぐパケットを効率よくチェックするのは、それはそれで腕がいるわけだが。

たお先生が収集した情報はさっちんに送られており、さっちんは攻撃に専念している。

だいたいわかった。

俺はパケットのチェックをさっちんの仕事にしたつもりだが、実際にはたお先生がやってしまっている感じだな。その方がやりやすいのかな。それならばそれでいいけど。

たお先生が過負荷になるなら改めて欲しいけど。取りあえず放置プレイ。

全然気にしていなかったけど、我がチームはぼちぼち得点できているようだ。さっちんがほぼ完全に攻撃に注力できるからな。これも俺の指示と異なる。

ま、いっか。

たお先生が便所から戻ってきたときに「たお先生の本気だけは誰にも知られないようにしてください。」と一言だけ言わせていただいた。

彼は俺たちの切り札、その真の実力は俺たちの秘密兵器だ。

さて俺たちチームnekomimizuは定員8人のところ6人だけ入場した。

コーディ、俺、たお先生、かのえ君、さっちん…5人。

残りの一人は岡めぐみさんだ。

岡さんは…居てくれてよかった。

何か俺たちの役に立とうと考えて、かいがいしく世話をやいてくれるのだ。

飲み物を買いに行ってくれるだけでもありがたいが、彼女もパソコンを全く使えないわけではないので、ググって調べ物の手伝いをしてくれる。彼女の勤務態度はいたってまじめであり、言われた通りのことをやってくれるので、あの曲者3人の好評を博している。

「ふー、」岡さんが大きく息を吐いた。どうやらお疲れのようだ。

「15分、休憩を取ってください。」

「別に疲れてないわよ。」

「あなたは立派に俺たちの”戦力”です。休んでください。」

”戦力”という単語が彼女にとっては意外だったようだ。

岡さんは口をパクパクさせて盛大に照れた後、なぜか周りに気を使いながらちょこちょこ歩きで会場の外に出て行き、15分きっかりで戻ってきた。

あ、そうそう。岡さんってすごいんですよ。渡米してから変な度胸ついちゃって。英語むちゃくちゃだけど、身振り手振りで力任せに意思を伝えちゃうの。

ベストバイに行った時も、俺の心配をよそにへったくそ英語で売り場までたどり着いた。

岡さんの話はこれくらいでいいだろう。俺が岡さんがベストバイで買い物可能なことを事前に知っていたことだけ、今書ければいい。

で、俺とかのえ君コンビですよ。

本戦が始まってから、たまにたお先生&さっちンペアと交代しますが、ずっとパケットを追いかけまくっているわけです。第一弾の情報をコーディに渡すまでは休みたくない。

俺が内側から監視&ハッキングし、かのえ君が外側から電磁波ハッキング。

PWNCON本戦は米国で行われているが、それは大会の物理会場が米国なのであって、各チーム最大8人までそこに送り込んでいるってだけで、実際、大会の参加者は全世界に散らばっている。インターネットがそれを可能にしている。

そう、世界中なのだ。俺とかのえ君の苦労を察して欲しい。

コーディが戻ってきた。

丁度いい。ちょっとここいらで打ち合わせをしたかった。

彼は「何らかの最新情報を持っているか?」と、気安く俺の背中に腕を預けてきた。

「今のところ、いいえ。」

「会場の外の参加者の情報もまた持っていないのかい?」

「はい、持っている。だがしかし、それは世界中のだ。」

「選択可能か?」

「条件次第だ。」

「君の考えは?」

「UK」

「僕に教えてくれ。」

「最初、ヒュー・ワットはニュージーランド人だと言う者は居なかった。理由は彼はコックニー方言に詳しかった。」

「君はヒュー・ワットの拠点がUKに在る可能性について言及しているのかい?」

「他に君が勧める何かがあるかい?」

「いや。それで行こう。僕は報告するために簡単にホテルに落ちる。戻ってくるまでに準備を。」

「喜んで。」

いい感じに話が決まった。

俺がかのえ君に声をかけると、彼は俺とコーディの会話を聞いていたようで、無言で1枚のマイクロSDカードを差し出した。

仕事早いな。一発目はUKに注目したいって話は既に彼としていましたけれども。早い。

俺が「このデータはスコットランドヤード行きだな。」と受け取ると、かのえ君は「そうなのか?」とあまり興味がない様子だった。

コーディが戻ってきたのでマイクロSDカードを渡す。

かのえ君的にはスマフォでメールできるようにマイクロSDカードにしてくれたと俺は考えたのだが、コーディは「戻ってくる。」と建物の外に出てしまった。

FBIが前線の出張所にしている近場のホテルまでスニーカーネットですか。

取り敢えずこれからしばらくはFBIのターンだ。俺たちは逆に追って指示があるまで何もしない方がいいだろう。

依然、我がチームへの攻撃や警戒は異常だ。

岡さんも含めて全員に現状を説明した。たお先生+さっちんと俺+かのえ君の2チーム交代で休憩を取りつつ、つつがなく競技を進めることにした。

きっと、俺のさっちんも疲れている筈だ。身体の夫として放ってはおけない。

岡さんが毛布にくるまって椅子に座りガチ寝。チャンス。

早速、岡さんと買い出しに行ったときに購入しておいたヨガマット8mm厚を床に敷いた。

「俺がこの身体を使って、さっちんの敏感な部分をほぐしてあげるよ。さぁ、横になって。」

ここで彼がヨガマットに寝そべらない理由がわからない。人目か?いいじゃないか見せつけてやろうぜ。

さっちんの鉄拳正妻が俺の内臓に深刻なダメージを与える。

「頭ははっきりしていないと競技ができないだろう?だから腹にしてあげる。」

最近さっちんのこぶしとののしりがちょっと心地よく感じてきたのだが、なんか俺斜め下に進化中なのかな。

交代で仮眠をとり、二日目の朝を迎えた。俺たちのチームは現在8位。良すぎず悪すぎず、全くいい感じだ。俺&かのえ君の時に攻撃を控えていたからな。防御は、やはりやられるとハッカーとしては癪に障るので鉄壁を貫いてしまった。俺たち4人のプライドを傷つけることなく攻撃を食らう方法を考えないと。

それにしても─さっきから─目を覚ましたさっちんが─俺に「僕が寝ている間に何もしなかったよね?」としつっこい。

さっちんが語る言葉は”愛してる”意外は妄想上俺の耳に届かないことになっているのだが。

かのえ君に俺の身の潔白の証言を求めると「寝顔の写真を撮る以外は何もしていない。」と言い切ってくれた。俺が「ホラ、大丈夫だろ?」と笑顔を向けると、俺の笑顔のど真ん中にカラテカの硬い拳がめり込んだ。

おいおい、頭は勘弁してくれるんじゃなかったのかい?俺の意識は混濁しているよ。

俺のスマフォはさっちんに奪われ、adbでソッコーrootとられ、壁紙にしていたさっちんの寝姿を含めて俺のスマフォ内&クラウド内のお宝さっちん写真はすべて削除されてしまった。

酷い。でも、ゾクゾクしちゃう。

ここでガチ寝していた岡さんが起きた。

俺とさっちんの特別な関係は彼女には一切ばれていない。

本戦二日目。

今日はFBIから最悪な情報がやってくる日。

岡さんは皆のために、英語なんかろくに話せないくせに朝飯を買出しに行く。全く頼もしい。

「岡さん。コーディは別件でここを離れているので、5人前で結構です。」

そうなんです。ちょこちょこ様子を見に来ていたコーディが全く姿を見せなくなった。嫌な予感がする。

「わかったわ。」

彼女は女の子だし、基本事件に無関係だし、いったんホテルに帰って風呂に入る権利とかある訳だが、彼女のプライドがそうさせるのか、頑としてこの場を離れようとしない。

たまにコーディが打ち合わせに来ていたときも彼に注意を奪われることはなかった。

ウチの委員長はまじめである。



俺の小学生の妹霰には放浪癖がある。

何にでも興味を持って、蝶を追いかける仔犬のように無邪気にどこにでも行ってしまうのだ。

そんな我が妹のエピソードを紹介したい。

ゴールデンウィーク。俺は妹霰の目的地を定めない無謀なたびに付き合わされる羽目になった。

まだちょっと初日。

前回書き残したSTIのプロいなおし方を紹介させてほしい。

休憩の時、霰さんのバイクのSTIブラケットがやや内側に曲がっていることに気が付いた。

「これどうしたんだ?」

「電柱にぶつけた。」

ああ、さっき裏道走ったときか。

「手は大丈夫か?」

「手は引っ込めた。」

それはよかった。ではさっさとなおしてしまいましょう。5mmアーレンキーなんて使いませんよ。俺は静かに目を瞑った。

「何してるの?」

「力加減をイメージしてる。」

目を開いた俺は、左手でハンドルを固定し、右手でブラケットに掌底。

クキュッという音がして曲がりは正確に元に戻った。もっと力がいるときは膝や電柱などにハンドルを押し付けて固定する。なお、この方法でSTIを壊しても当方は一切関知しない。

以上。

さて──

俺と霰さんはビジネスホテルに二人部屋を見つけてそこに宿泊することにした。男女同室だが兄妹だしベッドが分かれていれば抵抗はない。

取り敢えず電話で部屋をキープしてホテルに向かう途中、自分の分だけ替えの服を買った。霰さんが替えの服を持ってきていることはバックパックの中身を入れ替えた時に知った既知事項。

ホテルに到着し、自転車を輪行バッグに入れてチェックイン。

二人とも汗をかいている。夕飯の前に風呂に入ろう。風邪をひいてしまうからな。

兄として当然、妹に先にシャワーを譲った。洗濯物を入れておけと言ってコンビニのビニール袋を渡した。

で、ユニットバスからホテルの寝間着姿で出てきた妹を見て、口に含んだスポーツドリンクを噴出した。

たゆん。

いや、いわゆる巨乳ってサイズではないんだ。うん。

だけどね、小学生のそれほど高くはない妹の身長でこのサイズは………”目立つ!!!!”

ってゆーかだよ、ユニットバスに入るまではぺったんこだったのに今コレってさ…ブ、ブラつけてないってことか?

だっ、だだだだだだ、だちかんな。

俺は霰さんのバッグから替えのブラを取り出して投げ渡し「ノーブラ禁止!」ときつめに指示し、霰さんと入れ替わりでユニットバスに入った。

汗でべたべたになった服を脱いでビニール袋に入れようとしたとき、一番上にあった霰さんのブラが目に飛び込んできた。

「そうか、霰さんはシャツ、パンツ、パンティー、ブラの順で脱ぐのか。」

じゃ、なく。

ふと、ブラをつまみあげてみた。

小さい。

俺は手のひらを丸めて先ほど見た霰さんの胸の大きさを再現して、ブラにあてがってみた。

結果”こんなカップじゃあ、あの胸は収まらない”という結論に達した。

シャワーを浴びてユニットバスから出ると霰さんの胸は再びぺたんこになっている。約束通りブラをしてくれたようだ。

「しかし」とここで俺は考える。ブラが担当する体の部位はおそらくは、俺が考えている程度にはデリケートである筈だ。それをだよ?サイズが合わないブラのまま長時間運動を続けるというのはだよ?まったくいかがなものだろうか?

兄として心配である。

お互い汗が引いたところで背中合わせになって、寝間着から替えの普段着に着替えた。晩飯を食べに行くためだ。

「何食いたい?」

「うーん…」

悩む霰さんを黙って眺める俺。

「…この地方おすすめの名産は何かしら?」

頭悪いたわごとに脳天チョップ。

「いや、地方っていうか、まだ、それほど家から離れてないから。」

さてどこで食うか?俺だからぐぐるに決まっている。

検索結果先頭のタイ料理屋に直行。うまいと評判のフォーを注文。

俺が美味い美味いと麺をかっ込んでいると、霰さんは腕を組んだまま難しい顔でフォーと睨めっこしている。

きっとこのフォーの芸術性について脳内で採点をしているに違いない。俺は「早く食え。麺が伸びる。」と妹の後頭部をはたいた。

フォーを食べ終わってホテルに戻ろうとする霰さんの襟を俺はむんずとつかんだ。

ちゃっちゃとググって大きめのスポーツ用品店を探す。

「駅3つ向うか…」時計はもう6時半を回っている。

「…しかたない。霰、電車に乗るぞ。」

スポーツ用品店に到着。

俺は霰さんを女性の店員さんの方に向けて「”スポーツブラ下さい”と言ってくるのだ。」と耳打ちし、霰さんの背中を押して発射した。

とて、とて、とて。数歩あるいた後、霰さんは店員さんに笑顔で、

「スポープヅラください。」 と、言った。

惜しい…くないっ!

ハテナ顔の店員さんとドヤ顔の霰さんが作り出す、すっとこどっこいな空気にいたたまれず、物陰に隠れていた俺は、思わず飛び出して、霰さんの頭をスパーンとはたいた。

あーぁ、もう。ブラを買うなんて恥ずかしいので、レジで金を払うときだけ登場しようと思っていたのに。

「すいません。実は妹と自転車で小旅行をしようと考えておりまして、妹に合うスポーツブラを探しているのです。」男らしく言い放ったはいいが、後でじわじわと恥ずかしさが来る。

店員さんは「分りました。」と笑顔で応じて霰を店の奥へと連れて行った。

俺が店の隅っこの補給食関係の棚を眺めながら赤くなりかかった顔を冷ましていると、薄いピンクのブラを持った霰さんと店員さんがやってきた。色、バイクのフレームとおそろいか。

店員さんが「今つけていらっしゃるブラは随分と小さめですねぇ。ですのでそれよりは大きいサイズを選ばせていただきましたが、それでよろしいでしょうか?」と心配している。

「そうですか、今つけているのは小さいのですか…」知らぬふりをする俺もかなり白々しい。

「はい、かなり。」

「では同じものを二つ買います。そのうち一つに着替えさせて帰りたいのですが?」

「もちろん大丈夫です。私も早めに適切なサイズのブラに替えたほうがよろしいと思います。」

ブラを着替えてきた霰さんの胸を凝視したが前とさほど変わらないように見える。スポーツブラは胸が目立たないのかな?ちょっと安心した。これならば俺の理性を乱すことはあり得ない。俺はシスコンでもロリコンでも、ましてやホモでもないのだから。

ホテルに戻ると8時を回っていたが、俺にはまだ洗濯と言う仕事がある。霰さんを部屋に残してホテルのコインランドリーへと向かった。

9時半ごろ部屋に戻ると霰さんはまだ起きていてテレビを見ている。

「あ!あ兄ちゃんお帰り。」

ぶほっっ!!寝間着姿の霰さんを見て、俺は吐血じみて噴き出した。

やっぱ胸!目立つじゃん!

「スポーツブラ、ちゃんとつけているのか?」

「うん。なんで?」

「いや、霰さんは着やせするタイプなのかなーって、思っちゃった。」俺はごにょごにょと小声で心の端を漏らした。

「え?なんて言ったの?」

「”持ってきたブラは捨てろ”と言ったのです。明日もたいへんですから、がっつり寝て疲れを取り切ってください。」

俺は目覚まし時計をセットして先に寝てしまった。

はっはっは。1日目でこんなに文字数使うとは。でも大丈夫。次回9話が2日目。最終10話がちょこっと3日目、がっつりラスト4日目という構成できっちり収まっております。

2日目。7時起床。

まず確認。

「お兄ちゃんが金持ってますので、電車やバスも選べます。」

「歩きで。」

このちびすけ。バイク担いで歩くつもりか?ナンセンス。

「では今日も自転車で。」

ホテルの地下のファミレスでジャムパンと善哉を食べた。この糖分と炭水化物が今日は必要だ。

9時過ぎにチェックアウト。

「霰さん。今日は合計で4時間走ります。1時間毎に休憩してきっちり補給。2回目の休憩がお昼御飯です。」

本当は4時間休まずに走った方が体冷えないし俺的には楽なんだけど、霰さんの明日以降のことを考えるとですね。ずばり足が筋肉痛でもわりと走れる…でもね…文字数が尽きたので説明は追々ってことで。

「ラジャです。」

やる気をみなぎらせている霰さんと縦に並んで自転車で走りだす。

何中時刻に向かう日差しがスラッと強気に差し込んでくる。俺はアイウェアしているが。霰さんにも買ってやろうか?でも5月はナシでも結構いけちゃうかも。速度も出さないし。2月だと冷風で涙が出てアイウェアなしだと目元が大惨事になるが。

うむ、俺、チャリダーなので語りだすと長いな。今回はここでぶった切るようにENDっ!



僕の名前は…仮にMとしておきましょう。

僕のお話はちょっとたちが悪いものですから、もし同姓同名の方がいたら大変申し訳ないのです。

美少女桜野まりを監禁飼育するという最悪な妄想にとらわれた僕。

しかし、今までまじめに生きてきたが故、どうしたらそれを成せるのか見当もつきません。

漫画すらほとんど読んだことがないので、漫画的な発想もありません。

手錠とロープは監禁するのに必要だろうと思い当たったので、僕はそれを売っている店をパソコンで検索して探しました。

店は見つかったのですが、そんなものを買って”危険人物だ”と怪しまれやしないかと思い、とても心配になりました。

しかし、好都合なことにその店はオンラインでも商品を売ってくれるようです。

購入にはクレジットカードが必要なようなので、早速駅前のデパートに行き作成。

即日発行のカードだったので、その日の夜には出来立てほやほやのカードをキーボードの前に立てて、デパートで買ってきた安い弁当をもしゃもしゃと食べながら、マウスを操作して買い物をしました。

先ずはお目当ての手錠とロープをカートへ。

「あーーあ、そういえば。あるね、こういうの。」

トップページの左端に商品のカテゴリーが表示されています。そのリンクをたどって物色して、はっと思い当たったのです。

スタンガン

催涙スプレー

コンバットナイフ

いかにも使えそうです。まりすけさんを監禁する作戦はまだ決めてませんが、取りあえず全部買ってしまうことにしました。

商品は4日後宅配便で届きました。

帰宅後ポストにあった「ご不在連絡票」を見て再配達してもらったわけですが。

催涙スプレーは冷蔵庫にしまいました。

どんなものかとトイレの便器に向かってちょっと噴射してみたのですが、僕はこんなものを、まるでゴキブリを殺虫スプレーで殺すように、まりすけさんに向ける気にはとてもなれませんでした。

それで半封印の意味を込めて冷蔵庫なのです。

コンバットナイフは右足にレッグホルスターを装着して、そこに収めました。足にナイフがあるだけで、自分がとても強くなったように感じます。僕は常時右足にナイフを巻き付けているようになりました。

スタンガンのスイッチもちょっと入れてみました。火花が出た時は少々驚いたのですが、正直な感想は「これくらいなら、それほどのダメージはないのでは?」です。基本的にまりすけさんはスタンガンで襲うことに決めました。

スタンガンは食器棚の引き出しにしまいました。箸やスプーンを入れている引き出しがちょうどガラガラに空いていたのと、ここなら置き場所を忘れても毎日開けるのですぐ気が付くだろうし、取り出しも容易だなと考えたことが、そこに決めた理由です。

手錠とロープはちょっと困りました。両者をつなぐ方法と、ロープを部屋のどこに固定するかを考えていなかったのです。

パソコンで調べると両端がリング状になっているワイヤーロープが存在することが分かりました。これと南京錠を使えば手錠とつなげられるはずです。ロープより使い勝手がよさそうです。早速購入しました。

せっかく買ったけど、手元にあるロープは捨てることにしました。手錠は持っていると妄想が膨らんで気分がよくなるので、いつも持ち歩いているショルダーバッグにしまいました。

あとは”ワイヤーロープを部屋のどこに固定するか”。狭い部屋の中をぐるぐると歩き回って最終的に決めた場所はユニットバス内の便器でした。

まりすけさんをどこで襲撃するかは、もう決めていました。神社の裏道です。彼女は自宅から駅まで少々の近道をするためにいつもその細い道を通ります。

その裏道は神社が大きいため長く、途中で2回折れ曲がっています。人通りが少ないうえに、その中ほどは道の出口と入り口から完全な死角になります。大きな松の枝が覆いかぶさっている場所が絶好のポイントで、神社側からも死角になります。

だいたい作戦は決まりました。後はまりすけさんを襲撃した後の逃走経路です。僕は運転免許を持っていませんので車はつかえません。手錠で拘束し、ナイフで脅して徒歩で僕のマンションまで移動するしかありません。

スタンガンで弱らせ、手錠で僕とまりすけさんの腕をつなぎ、コンバットナイフを見せて脅し、連行する。

果たしてうまくゆくでしょうか?心配です。

僕は事前に練習をすることにしました。会社勤めをしている以上、まりすけさんの登下校時にストーキングはできませんので休暇を4日取得しました。初めの3日間で練習をして、4日目でまりすけさんの襲撃を実行します。

一日目。久々のストーキングに心が躍ります。僕は学校の校門付近で待ち構えていて、彼女が家に帰るまでずっとつけてゆきました。

今日の目的は「神社の裏道で彼女の背後に忍び寄る」です。事前にチェックしたところ落ち葉がものすごくて歩くと音がします。落ち葉を全部掃いて捨ててしまいたいのですが、この長い裏道でそれはちょっと現実的なやり方ではありません。

とはいえ、襲撃する場所だけ落ち葉を除去すると、いかにも不自然で怪しまれる可能性があります。そこで、僕が通るのに必要なだけ、20~30cmの幅、襲撃をする場所から入り口に向かって10m程度、落ち葉を左右によけて地面を露出させることにしました。

パッと見まったく気付かないか、人が歩いて出来た轍にしか見えません。

実際、まりすけさんの背後、手を伸ばせば肩をつかめるほどの距離まで近づくことができました。

大成功です。

僕はすぐにまたまりすけさんと距離を取り、あらためて彼女を追い抜き、彼女の自宅までのわずかな道のりですが心行くまで盗撮を楽しんだのです。

二日目。今日は登校時と下校時の両方、2回まりすけさんをストーキングします。

今までストーキングは下校時ばかり行ってきたので、襲撃も下校時と考えていたのですが、ひょっとすると登校時の方が人通りが少なくて有利かもしれません。

結果的に、下校時の方がチャンスが多いことが分かりました。下校時はほとんど誰とも会わないのに、登校時はジョギングをする方や犬の散歩をする方などに出くわしました。

下校時に彼女の背中に近付いたとき、ちょっとしたハプニングがありました。

前方から大柄な少年がやってきたのです。体格がよく見るからに喧嘩が強そうで思わずひるんでしまいました。

僕の心に隙ができたところに、背後から「おーい、かのえ君。やはりこちらの道でしたか。」と甲高い大声。全く心臓に悪い。

後ろを振り返ってしまいそうになったとき、大柄な少年が「やあやあ、さっちん。僕も道一本間違っていたとは思ったのですけどね。」と背後の誰かさんに応えたので、前後の二人は待ち合わせをしていたのだということが類推できました。

僕は思わず舌打ち。少年二人に挟み撃ちにされてひどく緊張していたので、安堵の直後の苛立ちから「なんだよ」と出てくる、小物特有の舌打ちです。深い意味なんてありません。

すると思わぬことにまりすけさんが顔を青くしてその場にへたり込んでしまって、僕は何事かと驚きました。

しかし、彼女に顔を知られたくなかったので、気付かぬふりをしてその場を去ることにしました。

家に帰る途中、夜食を買うためにコンビニに寄りました。ちょっと長居。

三日目。今日はシミュレーションを兼ねた実践的な練習をします。

まりすけさんの下校を待ち、神社の裏道の襲撃予定位置で彼女の背中に忍び寄ります。

このとき、僕の胴体を射抜くような鋭い視線を感じました。

周囲を見渡したところ誰もいなかったので勘違いだと断定。

気が付くとまりすけさんは既にいない。

この後、僕が決めた手順でどれだけの時間がかかるのか測定します。

僕を監視していた目が神社の裏道に居残るような不快感を感じましたが、シミュレーションをしたかったので無視。

自分の部屋に到着して。

どきっとしました。

なんと鍵が開いております。

空き巣かと驚きましたが部屋に荒らされた形跡はなく、盗まれたものは無し。スタンガンもちゃんとありました。

僕が鍵を閉め忘れただけかもしれません。

今日の予行練習で手ごたえを感じました。明日の襲撃は予定通り実行です。

失敗は許されません。

今回を逃したら、次に平日の休暇をもらえるのはいつになるかわからないし、なによりこれ以上まりすけさん無しで正気でいられる自信がありません。僕には彼女が必要なのです。

四日目の朝。既に手錠とワイヤーロープと南京錠が入っているショルダーバッグにスタンガンを入れました。あと、催涙スプレーも。昨日のように突然、悪いタイミングで誰かが来るかもしれません。その時に使えそうです。まりすけさんに使う気はありません。

朝、まりすけさんが登校するのを確認しました。昨日は突然へたり込んだので最悪学校を休むのではないかと心配していました。それでは僕が襲撃できません。

やはり一回は練習をしておこうと思ったのですが、やはり午前中はぼちぼちと人通りがあって無理でした。

午後。

じっと、まりすけさんの下校を待ちます。



次回、第九話「本戦最終目」

bsi.txt

本編は次回第9話が事実上のネタバレ回です。

兄妹旅はジオキャッシングの説明が主題。

ストーカーの話は昨年書いた”猫屋敷紳士同盟”第9話と完全につながります。

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