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◆第六話:予選2日目

◆第六話:予選2日目


10アンペア!?

ノートPC4台とスマフォ4台つなげただけで落下したブレーカー。

驚きもせずにブレーカーを上げに行った黒瀬さんについていったわけだが、表記されていた数字に我が目を疑った。

これで冷蔵庫や電灯なども賄っている訳であり、なんかもう黒瀬さん。そんな”やっぱりねー”みたいな顔をなさっているのならば事前に警告してくれればいいのに。

電力が圧倒的に足りない。

やむないので我がIT同好会の決戦兵器たお先生のPCとスマフォだけコンセントにつなぎ、他の3人は当面バッテリー駆動で問題を解くことにした。

黒瀬さんに進捗状況を聞くと、3dub4ポイントの問題がもうすぐ解けそうだという。それは上々。

「黒瀬さん。もし問題が解けても、すぐに提出はしないでください。」

「なぜだい?」

「目立ちたくないのです。」

「目立ちたくない?」

「僕たちの目的は開発ボード盗難事件の容疑者を特定することです。本戦では動きやすい方がいい。高得点で予選を通過し危険視されるのも困るし、逆に低い得点でカモ認定されてもまずいのです。平均よりちょい下あたりで予選を通過しようと考えています。」

「ふーん。」

「そういうわけなので、お願いします。」

「君、」

「はい?」

「悪知恵が働くタイプだね。」

実際に黒瀬さんの語り口を聞いてもらわないとわかりにくいのだが、台詞のタイミングが独特で聞いていて力が抜ける。

いたって飄々としていて、悪人ではないのだが。

かのえ君が「3dub?Ox41414141?」と首をかしげている。それを見た黒瀬さんが「ああ、それは問題のジャンルでね。3dubがWWWつまり…」と親切に説明をしてくれている。後で聞いた話だが、実は黒瀬さんもそれを知らなくて、他の日本のチームにIRCで教えてもらったのだそうだ。それで問題を解き始めるのが遅れたらしい。黒瀬さんは今回が初参加だ。

事前に運営サイトの説明文を熟読していた俺とは違い、さっちんもジャンルの意味で困っていたようで、一緒に黒瀬さんの説明を聞こうとかのえ君の隣に移動して座ろうとしていた。

俺はすかさず先回りをして正座し、さっちんを待った。

さっちんが俺の膝の上に座った。いやっふーっ!!ハラショー!!

そしてさっちんの貫手突きが俺の喉に決まった。

「ほんとさ!圷君さ!そういうのいらないから!」

全く俺の行動のどこに非があるのか全く分からない。”さっちんは可愛いから膝に乗せるもの”であっているだろうが。そのあたり異議を唱えたいのだが、何しろ喉をつぶされてしまったので悲鳴すら出ない。

黒瀬さんがかのえ君に「彼は、そういう趣味なのかい?」と恐る恐る訪ねている。

かのえ君は「いや。違うんですけど、アレは新種のバカなんで、イラッと来たら殴っていいです。」と冷たい。

黒瀬さんは「いや、殴るなんて僕にはちょっと…」と苦笑。

かのえ君が六畳間でのたうち回る俺の首をわしづかみにして持ち上げ「仕切れ」と要求してくる。

「作戦をよこせ。俺たちは既に4時間以上失っている。」

成程、了解した。げほげほと咳が出て、俺も嗄れ声くらいは出せるようになった。

「ひー、ぜー。が、がのえ君とざっちんはそれぞれ単独で1ポイントと2ポイントの問題を解いてしまってくで。俺とたお先生は…ゲホッ…2人がかりで5ポイントの問題に挑戦ずどぅ、げへっ。黒瀬ざんは4ポイントの問題に挑戦中ということでずので、引き続ぎ3ポインドと4ポイントの問題をお願いしま、けへっ。」

説明が遅れたがPWNCON予選の問題には6つのジャンルがあって、ジャンルごとに6問配置されていた。

んで、問題の難易度に従って1~5ポイントが配点されている。

このあたりの仕様はチョイチョイ変わるらしく、たまたま今年がこうであったということらしい。

PWNCON予選には参加者が共通で使えるIRCサーバーが設置されている。そこには「問題○○のヒントは××」とか「5ポイント問題の中でも○○はちょろい」などと書き込まれるがその真偽は不明である。無論、それらは他のチームをかく乱するために書き込まれる。

黒瀬さんがジャンルについて質問を書き込んだ時も、親切な日本の参加者が教えてくれるまで、大嘘ばかりを書き込まれてほとほと困ったという。

別に問題文を読んでしまえばジャンルが何だなんて関係ないんだけど、あんな凝った書き方をされると”何かあるのでは?”って疑うよね。

まぁなんだ、トラッシュ・トークとかくだらぬ。我がIT同好会にそれを見極められないメンバーなどいない…と、思ったらさっちんが「ぎゃー、だまされたー」と悲鳴を上げている。

まったくさっちんはそういうところが可愛らしいな。俺的にはさっちんは尿道に入れても痛くないほどかわいい生き物なのだ。

さてと、では俺は、電源の問題を解決するか。

俺のPCはPWNCON予選の状況を確認するために、新幹線の中や昼飯の時など度々使っていたのでバッテリーは残り40%をきっている。2時間はもたないだろう。

かのえ君のノートPCはっと…19%…なんだこりゃあ、やる気あんのか。「おい」とかのえ君の肩を握りしめると彼は「俺が満充電で来るわけないだろうが」と言って俺の手を払った。

さっちんは72%。3~4時間はもつだろう。

さてどうするか。

ホテルかな?

ネットカフェとか、開発環境セットアップするだけで時間食われるしな。つか、Linux使いたいわけであり、バーチャルマシンにOSインストールするとこからな訳で、んなもん即却下だわ。

実は警察署に行くって手もあるが、俺たち警察大嫌いだから、これも却下。マッポに囲まれてハッキング出来るかっ!

そんなわけで秋月警部補に頼んでホテルの部屋を確保してもらう。

次に発電機のレンタルも手配してもらった。現在全て貸し出し中で、最短で本日の夜7時着になると云う話だが、押さえておいて損はないだろう。

午後2時。早くもかのえ君のPCのバッテリーが終わった。

俺のPCを渡す。

「秋月警部補。二人をホテルまで送っていただけますか?」

車中でもハッキングはできる。バッテリーが残っているうちにコンセントがあるホテルに移動するのが得策。

俺はたお先生のPCにスマフォのリモートデスクトップからログインして、彼と共同で5ポイントの問題を解く。

午後3時過ぎ。かのえ君から電話。俺はてっきりホテルに着いたその報告だろうと思っていたのだがそうではなかった。

幹線道路に入った瞬間ひどい渋滞にはまり、ピクリとも動かないのだという。ノートPCのバッテリーが終わり、いよいよやばいと考えて俺に電話してきたとのこと。

そうか、今日は5・10日。サラリーマンが知る都市伝説は健在なり。都心部に向かう道は表裏全てアウトだろう。

まいったな。二人が担当する1&2ポイントの問題は簡単なだけに確実な成果を期待できる。

しかし何故電車を使わないのかと思って聞いてみたら人身事故で止まっているという。悪いことは、他の悪いことを呼び重なって起こる。俺たち的には緊急事態だが、今回の場合、秋月警部補の車に緊急車両になってはいただけないだろう。

秋月警部補もこの先に橋があるから渋滞には驚かないが、今日はひどすぎると首をかしげていたそうだ。

「駅に向かってください。」

ふん詰まりの渋滞なら、おそらく電車が動き出すのを待った方が早い。人身事故なら30分もあれば動き出すだろう。

秋月警部補は駅前の交番に車を預けて二人に同伴した。

しかし、これが俺の判断ミス。振替のバスにも俺は渋滞だから乗るなと言ってしまった。

実は大渋滞にも一役かっていた、ニュースで取り上げられるほどの大事故であった。

電車は5時20分ごろ運転再開。二人は6時ごろチェックイン。スマフォもバッテリーが切れたためホテルの回線を使ってPWNCONのポータルにつなぐ。

だが回線が遅くて仕事にならず、結局秋月警部補がコンビニに走ってテーブルタップを購入。スマフォに充電器をつないでテザリングし、まともに作業に取り掛かれたときには6時半を過ぎていたようだ。

この3時間で二人が何ポイント稼げていたかと考えると自分の判断ミスに胃がきりきりする。秋月警部補はこき使って申し訳ないが、買い物をして黒瀬さんのアパートまで戻ってくるようお願いをした。

発電機も到着。かのえ君が置いていったノートPCをつないで電源を入れる。電話で彼にパスワードを教えてもらいログイン。俺も本格的に仕事を開始する。

夜11時に現状を確認すると、俺たち5人ぐ解いた問題は合計17ポイント。

思ったより絶望的な数字ではない。

黒瀬さんが腕利きのハッカーだというのは嘘ではなかったようで、一人で4ポイントの問題を2問も解いてくれた。

昨年のリザルトと今年現在の得点状況を見比べて、俺たちチームnekomimizuは40ポイントを得点すれば目立たずに予選を通過できそうだと予測することができた。

残り23ポイント。

今日の俺たちは散々だったが、明日は万全の状態で問題に挑戦できる。黒瀬さんも心強い。

残り23ポイントは俺たちが1日で達成するのに比較的容易な目標だと思えた。

確信と安堵感。

「今日はお開きにして寝ましょう。」

僕はそう提案して10ポイント分だけ解答を提出した。

明日、100%の力を出すために、確実に23ポイントを稼ぐために、睡眠をとることにした。

「徹夜を覚悟していたのだけど、君たちがいるおかげでちゃんと眠れるよ。」そう言って黒瀬さんは布団を敷きだした…が、ふと彼の動きが止まる。

そして「君たちはどこで寝るんだい?」と間抜け面で黒瀬さんは俺に視線をくれた。本当にいちいち力が抜けるなこの人は。

既に戻ってきていた秋月警部補が、外に止めておいた車から寝袋を二つ持ってきてくれた。俺が買ってきてほしいと頼んでおいたものだ。秋月警部補は「ではまた明日。」と帰って行かれた。

まさか眠れるなんて思っていなかったので、寝間着の用意がない。

だがまぁ、男ばかりなので気にすることはない、下着姿で十分だ。

それよりも気になるのはホテルの方ですよ。

今日はかのえ君とさっちんの二人っきり。

何があってもおかしくはない。むしろ何もない方がおかしい。

さっちんをひん剥いて、裏っかえして、あーやって、こーやって…

「むおおおおっっ!!さっちんの身体は!俺のものだあああぁぁっっ!!!!」

しまった。寝袋にうずまったまま、思わず叫んでしまった。

布団に横になっている黒瀬さんが、まるで、ぶんぶんと飛ぶスズメバチと対峙した小学生のような恐怖の表情で僕を見ている。

「キミ、本当にそっちの趣味はないんだよね。」

当たり前じゃあないですか。全く分かっていませんね。俺に男色の趣味はありませんよ。性癖的には完全にノーマルですよ。

誤解されたままなのも遺憾なので、ちょっと黒瀬さんに詳しく説明をさせていただくことにした。

「ありません。何故なら俺がさっちんに抱いている感情は”恋”ではなく”変”だからです。」

「え?君は何を言っているんだい?変ってなに?」

「俺は彼の身体が目的なのであって、心はどうでもいいのです。」

「だから、何を言っているんだい!?」

何故だ、この完璧な説明で理解が得られないだなんてありえない。黒瀬さん、頭おかしいのか?それともジェネレーションギャップってやつか?そうか、そうに違いない。

もう説明するのが面倒になったので、寝袋に収まったまま立ち上がって紐を引き、灯りを落とした。

「ねぇ圷君!説明は~!?」

黙殺。俺は無駄なことはしない主義だ。

夜の11時45分。真っ暗な部屋の中、充電中のスマフォが鳴る。この着信音は俺のスマフォだ。

テーブルタップの近くで寝ていたたお先生がスマフォをとってくれた。

岡さんからの電話だった。

『ちーす。』

「なにか用ですか?」

『いや、うちの優等生どもはちゃんとやってるかなってね。』

「つまり状況を知りたいと。」

『そうそう。まゆみさんも心配しているわけ。』

「では”今のところ順調です”と伝えてください。」

『ふーん。』

「なんですか?不満そうな。」

『やっぱり頼りになるなって。夜遅いし邪魔しちゃ悪いからもう切るね。』

「いや、もう寝てたので邪魔ではないですよ。なんでしたらまゆみさんと替わってください。まゆみさんはそこに居ますか?」

『ばーか、アンタが寝るって決めたなら。それも重要な仕事よ。だから私は邪魔しないわ。』

「あの、まゆみさ───」

岡さんは電話を切ってしまった。

いや、もし小川まゆみさんがそこにいるなら、俺のために電話替われよ。あの可愛らしい声でお耳こそばゆくなりてぇんだよ。気が利かない女だな。

全く、これから寝ようというときに、怒りで気が立ってしまったではないか。目がさえたわっ。

たお先生がまだ寝ていなかったので、彼の上をまたぐよりはいいと考えて、スマフォを彼に手渡した。

すると背中から「知り合いかい?」と黒瀬さんの声。起こしてしまったようだ。

「ご近所さんです。」

「ふーん。」だるそうな、力の抜ける声。

「黒瀬さん。2問正解、お見事でした。たぶんあなた一人でも、予選は…おそらくぎりぎりの得点で突破できましたね。」

「そうかい?」

「だけど、本戦では…たった一人では、いかにあなたが天才でも劣勢を強いられたでしょう。」

「キミはボクが出場した理由を知りたいのかい?」

「そうかもしれません。」

黒瀬さんは「そうだね」と言ってやや間があった後「分らないな。」と笑った。この人は脱力系の話し方しかできぬのか?

「学生時代の僕なら不思議ではなかった。もっと純粋にコーディング寄りの大会だけど、よく参加していた。今は世界大会なんて全く興味がないというのに。」

「俺も世界大会なんて興味ないです。」

「ハハハ。世界一って称号を否定する気持ちはないけど、特に欲しくはないんだよね。」

「ええ。でも、あなたは参戦した。」

「うん。魔がさしたのかな。ちょっとある人にいいところを見せてやろうかなって。でも、やっぱりそれはボクらしくないよ。」

「なるほど。」

僕はそれ以上の質問をやめた。”なるほど”で話をぶった切った。この人は真正のロリコンだ。”ある人”ってロリに決まっているじゃん。真人間である俺がそんなロリコンの闇の深いところを知る必要はない。えんがちょ、えんがちょ。

翌日6時に起床。二人はまだ寝ている。

かのえ君に電話をしてホテルの二人をたたき起こし、黒瀬さんの部屋に戻ってくるように言った。

これ以上一つの部屋に二人っきりにしておくと、俺が嫉妬でイライラして仕事にならないからだ。

かのえ君とさっちんが戻ってくるのを待って、朝9時から作業開始。発電機の容量は23AあるのでノートPC3台余裕だ。俺とかのえ君はPCを交換しているが、仕掛中の問題がローカルにあったので交換したまま作業を続けることにした。

午前11時に7ポイント分の解答をコミットした。

いきなりがばっとコミットして予選を通過すると、それはそれで目立ってしまうので少しづつ行う。

夜8時。俺たちの手元にはなんとびっくり32ポイント分の解答がある。俺たちも頑張ったが、黒瀬さんが凄い。これはうれしい誤算だった。

もうこれ以上問題を解く必要はないので、俺たちは学校の理科室にあるサーバーにつないでゲームの開発をしている。

黒瀬さんも俺に「もう問題を解かなくていいです」と言われて、ブラウザでニュースを読んでいる。

夜9時。取り敢えず予選通過を確定するために13ポイント分の解答をサブミットしようとした。しかし、サーバーからの応答がない。サブミット出来ない。

俺たちは”またか?”とため息をついた。

黒瀬さんはこのときまだぼけーっとニュースを読んでいたので異変に気付いていない。

たお先生がPWNCONサーバーのクラッキングをはじた。

ざわついている俺たちに気付いた黒瀬さん。たお先生のモニタを見て「え?」と軽く顔を引きつらせた。そして自身も同時進行でクラッキングを始めた。

15分ほどしてたお先生がこちらを向いたが「ちょっとまった」と言ってまたノートPCのモニタの方を向いてしまった。

更に10分して、黒瀬さんが「最悪だ~」と天を仰ぐ。

俺がたお先生の肩をたたくと「複数が邪魔をしてる」と一言。

10文字以上話さないたお先生を黒瀬さんが「ああ。どうやら複数のチームが結託して運営サーバーを攻撃しているみたいだね。運営も必死で抵抗しているけど、サブミットを受け付けられない程度にはクラッキングされていて、いつまでもつやら。」と補足した。

もうすっかり無視していた公式IRCを確認すると、ずいぶん前から「解答をサブミットできない」という苦情が多数書き込まれている。みんな困っているようだ。

俺が現状をみんなに伝えようという親切心から「運営サーバーが攻撃されている」と英文で書き込むと、なんということであろうか「いいぞ!」とか「ぶっ壊せ!」といった、クラッカーを支持する書き込みでIRCが盛り上がった。

狂っている。お前ら、自分たちが得点できないんだぞ?大会がむちゃくちゃになるかもしれないんだぞ?分っているのか?

だが、それがPWNCONということらしい。

クラッキングはされる方が悪い。そういうルールらしい。

かのえ君が「どうするんだ」と俺に詰め寄る。

まずいな。世界屈指のハッカーの攻撃の隙をついて得点するのも困難だが、もし、この状況で俺たちだけがが得点をしたら、それはそれで目立ってしまう。目立ちたくない。

ならば、することは一つしかない。

俺はその場にいる全員に向かって「俺たちは世界屈指のハッカーのガチ攻撃をたたきつぶせるだろうか?」と問うた。

かのえ君の返事──「決まってるだろ、バカか?」

さっちんの返事──「大丈夫、じゃない?」

たお先生の返事──「100%可」

黒瀬さんの返事──「やっちゃっていいなら…」この人が一番おっかなそうだな。

なんたる自信満々。じゃあ、じゃあ、そういう返事であれば──

「では、これから俺たちはクラッカーをせん滅して運営サーバーを復旧。他の参加者の得点が加算されるのを待って目標の40ポイントまで目立たぬように解答を提出する。」

黒瀬さんから「ほい、」と気の抜けた返事が返ってくる。ちょっと黙っていてくれませんか?折角のいい感じの緊張感が台無しですわ。

「攻撃は黒瀬さんとたお先生がメインとなり、かのえ君が黒瀬さん、さっちんがたお先生のサポートをしてください。俺はネットワークをモニタして指示を出します。」

先ずは敵チームの特定。運営のサーバーは黒瀬さんとたお先生がクラッキング済みなので、ログを解析。

今回の場合は攻撃のリクエストと、DBMSのログを比較すればOK。

現在暫定一位のチームと暫定で予選通過が確定している下位の3チーム、合計4チームが攻撃者であることが分かった。ぐぐるとこの4チームはこの3年間連続で本戦に出場している、いわば顔なじみのようだ。

作戦は決まった。俺が4人につたえる。

「クラッカーのパケットが通りえる全てのルーターをDDoS攻撃で落下させる。」

かのえ君が「おいおい、そんなことをしたら世界のいたるところで大規模なネットワーク障害が発生するぞ。」と、昼頃から立会できていた秋月警部補を指さした。

そう、この作戦は犯罪。まったくのサイバーテロだ。

秋月警部補が「他に手はないんですか?」と俺に問う。

「ありません。」

秋月警部補はちょっと急用を思い出したと立ち上がり、「明日の朝9時には戻ります。」と部屋を出て行った。

住宅街の閑静な夜間。自動車のエンジン音が一つして、遠ざかってゆく。

”見ていなければ逮捕はできない”ってことですな。はっはっはっ!よかよか。

かのえ君が「マジでやるんだな」と念を押す。

「大マジだ。黒瀬さん、たお先生、お願いします。」

「今日は寝れなさそうだね。」とは黒瀬さんの言葉。

で、DDoS攻撃が効く場所の特定に2時間かかってしまった。

さっちんが「ちょっと…これ全部落とすってさ、数千万人くらいネットワーク障害で通信できないよね。もう、ド級の犯罪者だよ…。」と青くなっている。

DDoS攻撃の仕込みに更に3時間。

さっちんはマルウェアをバラまきながら唇を紫色にして震えていたのだが、俺は残念なことに彼を凌辱してあげることができなかった。

この5時間の間、俺は運営に加勢して運営サーバーが完全に乗っ取られるのを防いでいたのだ。

防いでいたといっても遅らせるのが精いっぱいで、クラッカー達の攻撃は確実に進行していた。

DBMSに攻撃の手が及んだらアウトだ。DBがすべての情報を保持している。ファイヤウォールはデュアル構成でDMZ内の公開ウェブサーバーは改竄が進んでいる。メールサーバーもやばげだ。

俺は外側のファイヤウォールに居てDMZの惨状をモニタしながら守備を固めている。

しかし敵がプロ過ぎる。これは早々にまずいことになるって予想できる。次の攻撃できっと突破される。

俺が「まだか!」と窮地を知らせたころに。仕込みが完了したと報告を受けた。

「では早く!もう、持たないっ!」俺は声を裏返して悲鳴を上げた。

黒瀬さんはそれでもまだのんびりした顔で「じゃあ、ぽちっとな。」とじじ臭い台詞とともにEnterキーをたたいた。

クラッカーの攻撃が掃除機で吸い取られてしまったかのように止まったのは、誰でもない、ファイヤウォールにいる俺がよくわかっていた。

俺たちのネットワークへの大規模テロで世界中の会社に総計何百万ドルの被害が出たのか、あんまり知りたくはない。

が、もしそれでさっちんを絶望のどん底に落とすことができるなら、是非、知りたいかもしれない。

20分ほどして運営がIRCでサーバー完全復旧のアナウンス。間もなく各チームの得点が正常に加算され始めた。

俺たちも少しずつコミットし、そして目標の40ポイントを見た。そこでDDoS攻撃を終了&証拠隠滅。

これで”目立たずに予選通過”出来た筈だ。

ふぅと胸をなでおろした。IRCを見るまでは。

”日本のチームnekomimizuが運営を助けた”

ネイティブではなさそうな、たどたどしい英語の書き込みだ。

”私はネットワークをモニタしていた、なぜならPWNCONのサーバーへの攻撃に興味があった。”

すると同時期に起きた大規模なネットワーク障害の話題を面白おかしく書き込む者が現れた。

まずい、俺たちとネットワーク障害を紐づける者が現れそうだ。

nekomimizuを代表して俺が英語で書き込みをする。

”実のところ私たちは運営を助けてはいなかった。しかし、ネットワークはモニタし続けていた。サーバーの復旧は歓迎できる。”

しかし”なぜ君たちの実績を隠すんだ?”という書き込みがあり、証拠が伴わないまま俺たちnekomimizuが運営の窮地を救ったという噂が運営のIRCにとどまらず、人気のSNSアカウントやハッカー向けのブログで拡散していった。

そして、その噂にはしばしは大規模ネットワーク障害が付随していた。

「最悪だ。」

俺たちは悪目立ちし、PWNCON予選を通過した中で最も有名なチームとなった。

本戦で俺たちが集中攻撃を受けるのは必至。



俺の小学生の妹霰には放浪癖がある。

何にでも興味を持って、蝶を追いかける仔犬のように無邪気にどこにでも行ってしまうのだ。

そんな我が妹のエピソードを紹介したい。

5月の連休前。

俺の目の前にあるのは、なんとも珍しい光景。

自宅。外を確認するとまだ日は高い。なのに、霰さんがすでに学校から帰ってきている。家の中にいる。

散歩大好きで、晩飯までは絶対に戻ってこない我が妹がだ。

まぁ、1日や2日ならそんな日もあるだろうと楽観していたが、母親に確認をすると、ここ数日ずっと帰りが早いのだそうだ。

昨年は創作料理にどはまりし、今年は散歩三昧。

なんだろう?また、散歩に代わる面白い何かを見つけたのか?

趣味が切り替わるのか?

霰さんの趣味は、少なくとも俺に対して”無害なもの”と”有害なもの”の2つに大別される。当然後者であってほしくない。

気になる。

ちょっと探りを入れてみよう。

俺はリビングで腕組みなんかしてテレビを見ている妹に声をかけた。

「どうした。散歩はもう飽きたのか?」

俺は霰さんから”散歩ではなく旅”であるという間違いを指摘されたうえで、Noの返事をいただいた。

すると、いよいよもって奇妙だ。何故?霰さんはこんな時間に家にいるのか?

「あ、そうだあ兄ちゃん。パソコン貸して。」俺は深く考え込んでいるところに不意打ちを食らった。

「え?ああ、いいとも。」俺は自室からノートPCを持ってきてゲストユーザーでログインして霰さんに渡した。

「使い方、わかるか?」と聞くと「たぶん大丈夫。」とのこと。とはいえ薄情をしてパソコンを使えず困る妹を放置するわけにもいかないので、しばらく後ろから見守ることにした。

結果、俺が助けることは何もなさそうだということが分かった。俺たちはパソコンよりスマフォという世代だ。まぁ、霰さんは年齢的にまだ子供用携帯ですが、来年中学生になったら立派なスマフォっ子になっていることでしょう。

兎に角、実のところ霰さんがパソコンを使っているところなんて見たことがなかったが、なんとも器用に使いこなす。

ブラウザを起動して、自転車日本一周とか、リヤカー日本一周とかのブログを読んで、うーんと腕組みをしてうなっている。本当に霰さんの散歩は彼女にとって”旅”だったのだな。そういえば創作料理も”芸術”と称していたっけ。

だから自然に「ゴールデンウィークは遠出でもするのかい?」などと聞いてみたのだが、心外にも我が妹はぶすっくれた顔で俺を睨んでいる。全然怖くはないけど何?

すると霰さんは「領空侵犯!」っと言って俺を指さした。

「おお!霰さん”領空侵犯”なんて難しい単語、よく出てきたね。」

「あ兄ちゃん!私のアイデンティティーを領空侵犯!」

「んー、”アイデンティティー”という単語まで習得済みですか。はっ、はっ、はっ。」

依然緊張感のかけらもない俺の二の腕をべちべちと叩いて抗議する霰さん。

「何?ねぇ、何?俺なんか悪いことしたの?」

すると霰さんの表情が一気に暗転して「抜け駆けしてUSA制覇してきた…」とつぶやいた。

いや、制覇とかしてないし。なにそれ、恐れ多いし。つまりは俺が海外旅行に行ってきたのが気に入らないわけですな。

「仕事だって。制覇とかしてねーし。全然遊んでないから。むしろスナイ…」おっとイケナイ。こっから先は事件の極秘事項だ。「俺の得意のパソコンでちょっと頼まれのハッキングをしてきただけだよう。」とうったえるにとどめた。

しかし、霰さんにはご納得いただけなかった模様。むすっとしてキーボードを打鍵している。

「じゃあ霰さんも今からパスポートをとって、ハワイか香港あたりに遊びに行くかい?」

「海外はあ兄ちゃんの手垢がついてるからイヤ。」

おいおい、霰さんの脳内では、俺、世界の何割を制覇したことになっているんだよ。シリコンバレーにほんの3日間いただけだぜ。

霰さんは「インパクトがない。」と言って悶えている。

不穏な空気を感じる。

そして迎えたゴールデンウィーク初日の朝。

玄関にはバックパックを背負った霰さん。靴を履いているところ。なんだろう、こんな朝早くに。

「霰さん。どこに行くんだい?」

霰さんはにこっと笑って「北!」とだけ言った。

俺の背を嫌な予感ってやつがゾゾゾと這い上ってゆく。こういうのが分っちゃうのは兄妹なんだなって思う。

リビングに走り。母に尋ねる。

「霰さんが出かけて行ったけど、母さん行先知ってる?」

答はNoだった。これはいけない。よくわからぬがおそらくは霰のやつ早まったな。

急いで追いかけないと。例によって子供携帯のGPSで霰さんの現在位置を特定。メッセンジャーバッグに財布とスマフォとタブを放り込んで、ビンディングシューズを履き、自転車に乗る。

母親が出てきてどうしたのかと心配そうに尋ねる。

「霰さんが…おそらく…旅に出てしまった。俺に任せて。」遠くへ行ってしまう前に捕まえなければ。俺はケイデンスを上げた。

上り坂の頂上付近で霰さんの小さな背中を見つけた。ダンシングで一気に追いついて、先ずは「おい!」と声をかけて霰さんの足を止めた。

自転車を降りて霰さんを通せんぼ。

「霰さん。どこに行こうっていうんですか?」

「え?決めてないよ。」なんでそのセリフを、まるでそういうのが当然って感じで言えるのだ????

「バカを言うな。行先のない旅なんて…」をれはそう言いながらしまったと思った。

霰さんのどや顔。俺がそう言うのを待っていたようだ。生意気にチッチッチッと指を振っている。

「解ってないなぁ。あ兄ちゃんは。究極の旅は”目的地を決めないこと”なんだよ。日本一周だろうが、世界一周だろうが、南極点だろうが月だろうが、目的地がある旅はいつか終わってしまうの。永遠なのは目的地がない旅だけなんだよ。」

「むちゃくちゃを言って困らせるな。」

むーんとうなだれる俺を見て、霰さんはしてやったりと笑顔。俺に対する勝利を確信したようだ。

鼻歌交じりの上機嫌でまたてっくてっくと歩き出した。

どうやら旅をあきらめる気は無いようだ。

「ゴールデンウィークの最終日には、霰さんが冥王星に居たって連れて帰るからな。」とくぎを刺すのが精いっぱい。

やむないので母に電話をする。「今は霰さんの好きにさせよう。大丈夫俺が付いているから。隙を見て連れて帰る。」それで親は納得してくれた。

俺と霰さん兄妹二人、行先のない無鉄砲な旅が始まった。



僕の名前は…仮にMとしておきましょう。

僕のお話はちょっとたちが悪いものですから、もし同姓同名の方がいたら大変申し訳ないのです。

「カフェねこやしきにようこそ」というゲームに心の中の善人を殺された僕。

気が付けば僕の部屋はまりすけさんだらけ。この部屋は誰にも見せるわけにはいかない。親にだって。

部屋のドアノブを鍵付きのものに変更した。親が僕の部屋に入ろうとすると気勢を上げて追い返す。

もう、完全に、異常だ。

それを自覚して、布団にくるまって、恐ろしさに泣いた。

このまま僕は気がおかしくなってしまうのではないだろうか?もしそうなる運命ならば、いっそ正気のうちに死んでしまいたい。本気でそう思った。

「つっ…」頭痛がする。

その日から、頭痛に悩まされるようになった。いよいよ俺は壊れるんだなと思った。

医者にはいかなかった。頭痛薬は飲んだ。まったく効かない。

もっと薬を飲んだ。やはり効かない。

効かないとわかっていても、薬を飲む。医者にはいかない。

吐いた。

胃がビクンビクンいって引き攣っている。

「心と体、どちらが先に壊れるだろうか?」そんな不謹慎な疑問が心に浮かんだ。

やせていく僕を見て、母が心配をする。できる限りの笑顔を返した─「大丈夫」─と。

僕は最後にもう一回だけ運命にあらがって、それでどうにもならなければ潔く死んでしまおうと心に決めた。

僕の心も体も、ひどい運命に打ちのめされて、もうそれほど長くはもちそうにない。

スマートフォンやPCで共有できるようにクラウドに保存してあるまりすけさんの写真をすべて削除した。

印刷した写真も親のシュレッダーを借りてきて、すべて細かい紙片に切り刻んでしまった。

部屋を掃除し、ドアノブも鍵が付いていないものに戻した。

僕の部屋にはもうまりすけさんは居ない。

母親を招き入れた。

「母さん。僕、また頑張るよ。」

母は俺のやせ細った体を抱きしめておいおいと泣いた。ずっとずっと泣いていた。

僕は天に向かって心の中で叫んだ。

「これ以上最低な運命はない。僕は運命のどん底で踏みとどまった。踏みとどまったぞ。」

相変わらず就職活動はうまくいかない。

僕はバイト先の店長にお願いをしてシフトを変えてもらった。

まりすけさんと会わないようにするためだ。彼女と会いさえしなければ、心が乱されることはない。たとえ運命はどん底でも僕はまっすぐでいられる。

相変わらず原因不明の頭痛に悩まされている。どうにもならない。これが僕の最後の戦いだ、壊れそうになったら、迷わず死んでやる。

「お先に失礼します。」

僕はまりすけさんがやってくる前にバイトをあがる。

そうやって、もう2週間も彼女と会わない日が続いた。

これでいい。毎日は穏やかに過ぎてゆく。

頭痛は収まらない。効かない薬を飲む量は増えるばかり。

「あ…」

すっかり油断をしていたある日、僕は学校帰りのまりすけさんを見つけてしまった。今日は寄り道をせずにまっすぐ帰るらしい。それが僕のあがりの時間と全くかち合ってしまった。

その可憐な背中を僕の足が勝手に追ってゆく。その本能めいた理性に反した行動は、頭痛で機能をなさない脳ではどうにも制御できない。

僕は彼女と同じ電車に乗る。誰にも悟られぬよう自然に、目立たぬよう声を殺してその美少女の背中側に立つ。

これじゃあいけない。僕をバカにし続けてきた最悪な「運命」の思うつぼだ。僕の運命にとどめを刺したゲーム「カフェねこやしきにようこそ」の開発者が僕をあざ笑う声が聞こえる。僕の存在を駆逐する最低な幻聴だ。

僕は次の駅で降りることにした。まりすけさんはまだ友達と楽しそうに話している。次の駅で降りるって雰囲気ではない。

ぐわんぐわんとひどい頭痛で方向を失いながら、まりすけさんの側に居続けようとするこの身をしぼりだした良心で動かして、プラットフォームへ降りた。

「あ!まりー。アンタこの駅じゃん。」

「え?きゃーっ。」

小走りでぴょこんと電車から飛び出してきた少女は、可愛らしいまりすけさんだった。

最悪だ。全てが裏目だ。まりすけさんと離れるつもりで降りた駅が、まさに彼女の最寄り駅だったとは。今、全世界が僕をあざ笑っている。道行く人が、散歩する犬が、歩行者から逃げ惑う雀が、道端の雑草が、僕をあざ笑っている。

僕はふらり、ふらりと足をつっかえさせながら彼女の後をついてゆく。

「これじゃあ、悲劇をすっかり通り過ぎて、喜劇だ。」

僕の頭痛はもはや痛みではなく強烈な衝撃となって僕自身の頭部を打ち、その場にすとんと倒れた。

すぐに立ち上がった。僕が異常だって誰にも悟られたくない。穏やかな表情で穏やかに歩いた。

世界よ。世界よ。僕の無様な姿は楽しいか?

彼女の20mほど後ろを歩いた。

彼女が信号につかまって、追いついてしまいそうになる。

僕の気配を悟られぬように、あらためて距離をとった。

駅から100mも離れると閑静な住宅街。まりすけさんは薄暗くて不気味な神社の裏道を通って帰る。

そして、ついに彼女の家にたどり着いてしまったとき、もう僕は真人間に戻れはしないんだと、そう確信して絶望した。

完全な変質者、ストーカーだ。

頭痛に耐えて歩いてきたので、ちょっとしばらくは動けそうにない。その場で座り込んでしまうわけにはいかないので、車の音を頼りに幹線道路まで歩き、ガードレールに腰を下ろした。

そのまま少し、うとうととしていた。



次回、第七話「本戦1日目」

実は本戦初日が始まるところで終わるのですが、サブタイはこれで行かせていただきます。

岡さん純情。

岡さんは美少女担当ではないのですが、8話の霰さんまでのつなぎとして軽くデレていただきます。

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