◆第十話:YOLO!
◆第十話:YOLO!
俺たちが追っていたラスボス、ヒュー・ワットは死んでしまった。
この世にはもう居ない。
彼がPWNCONに参加参加するために作ったチーム”Gargling Gargoyle”。
会場内の8人もUKに居た連中も一人残らず逮捕された。
ヒュー・ワットは何か電波ジャックに関する犯罪を準備していたようだ。
その犯罪が発動されるのはおそらくPWNCON本戦終了と同時。
必ず阻止しなければって云う、嫌な予感がする。
俺たちにはこれ以上PWNCON本戦を戦う理由がない。
しかし、
「勝つわよ。」
昨日、ちょっとばかりハッカーの真似事をしたのが気に入ったのか、岡さんはノリノリで、すっかり優勝する気でいる。
「いいじゃん。どうせFBIボールで、他にやることないし。純粋にゲームを楽しんでもさ。」とさっちんが初めにPCを手にして、それに続く形でかのえ君とたお先生がキーボードをたたき始めた。
ったく、この3人はわかっているのだろうか?
コーディから連絡が来たら俺たちはPWNCON本戦を放り投げざるを得ない。
そうなると、岡さん一人ですよ。
そうなっても岡さんはやるって言ったら引っ込みませんよ。
その時困るのは…あ、俺か!俺だわ。岡さんが平気で迷惑かけてくるのって俺じゃん。
絶対に”なんとかしなさい”って無茶振りしてくる。
ちっ。これは予防的な措置が必要だ。
俺は日本に電話をしようとした。
そのときだ、
「私にできることを何か教えなさい!」
岡さんが至近距離で俺にプレッシャーをかけて来る。俺に対してパーソナルスペース狭くない?おかしくない?
なんかもう彼女の両手が、空中にあるゴムボールを下から揉みしだく様に、こう、ワキワキと別な生き物めいてせわしなく動き、岡さんがいかに苛立っているのかを俺に伝えてくるのです。
「…別に、昨日までみたいにサポートしていただければそれでいいですけど。」
「そーいうんじゃぁないのっ!!私もハッキングがしたいのっ!”勝つぞ”って言い出しっぺで示しがつかないでしょう!?」近い、近い、近い。
「岡さんにもできるハッキングですか?」
「そう!」
俺はサーバーとして配布されたPi2に目をやった。そして買い物のリストをメールしようと思ったらよく考えなくても岡さんの携帯はUSでは使えないので、パンフをちぎってボールペンで書いて金と一緒に渡した。
「できるだけ早く、これ全部を買ってきてください。」
岡さん鼻息を荒げてダッシュ。
頼もしいなぁ。”岡めぐみ”って書いて、”こうどうりょく”って読むんだっけ?
彼女は2時間とかからずに戻ってきた。汗だくで。
「ぜー…ぜはー…か、買って…買って…かっっ……」
「分った、分った。もう結構ですので、ちょっと休んでいてください。死にそうじゃないですか。」
岡さんは自ら床にぶっ倒れて、手のひらで自分の顔を仰いでいる。
俺は岡さんが買ってきたデジカメをバラして改造を始めた。必要な工具も買ってきてもらっている。
俺はUSB給電式半田ごてをスマフォ用のACアダプタにつないだ。
結構専門的な工具やパーツも交じってるのに。言葉通じないのに。ちゃんとお使いできてる。きっとどこでも生きていけるな岡さんは。
30分ほどで改造終了。余ったレンズは何処かで捨てようと胸のポケットにしまった。
床に長く伸びている岡さんに渡した。
「なにこれ?」
「今日の岡さんの武器です。一言で云うなら”キセノン光線銃”です。」
「銃って!」驚きのあまり、岡さんは手にしたカメラをうっかり落としてしまいそうなった。
「安心してください。人を傷つけるほどの威力はありません。第一ですねデジカメから殺人兵器作るとか、どこのマッドサイエンティストですか。俺の将来の夢にするつもりですか?」
「で、これ、どう使うの?」
「岡さんは他の参加者に気付かれぬよう、報道関係者のふりをして、各チームのPi2…あっと、この小さなサーバーのことですが…これに近付いてください。そしてカメラのファインダーを覗いて、Pi2の…ええと、ここ、ここ電源廻りなんですが、ここを狙って、出来れば誰にも気づかれないタイミングでシャッターを切ってください。」
「すると…どうなるの?」
「Pi2がリブートして、そのチームは大量に減点。」
何やら岡さんは納得しかねている様子で、むすっと眉間にしわを寄せている。
「そういうのってハッキングなの?」
まぁ、一般的なハッカーのイメージって猛然とキーボードをたたくっていう、どこのキーパンチャーだっ!抗議する!
確かに俺ら、打鍵速度ちょっぱやだけど、四六時中打鍵してないから。
どちらかというと、腕君で悩んでいたり、ビルド中マンガ読んで待っている方が長いぞ。
それに──
「勿論。むしろ、ハードウェアこそハッカーの本分です。」
回路図書けて、半田ごて使えて、そう云うかっけー俺たちを見ろ!
「分ったわ。」
早速出かけて行こうとする岡さんを俺は呼び止めた。
「俺たち4人はコーディから連絡があり次第出動します。代わりに”黒瀬”という天才ハッカーを俺が手配しておきます。彼が日本から遠隔操作でサーバーの守備をしてくれます。ですのでもし俺たちがいなくなっても岡さんは攻撃だけに専念してください。」
岡さんは”任せて”と言わんばかりにガッツポーズをとり、プレスの人ごみに消えていった。
昨日の州警察突入が衝撃的に各メディアで取り扱われ、今日はプレスが異常に多い。これならば岡さんもいい仕事ができるだろう。
何回か攻撃を成功させれば彼女も満足するだろう。このときの俺はその程度に考えていた。
PWNCON本戦終了まで20時間を切ったところで、コーディから電話。
例によって俺一人で打ち合わせか?いや、今回は4人全員で行く。
理由が理由だ。昨日逮捕されたテロリストの女、あの、かのえ君にUSBメモリを手渡した女。彼女が俺たちに会いたいという。
是非もない。
日本に居る黒瀬さんにPi2の守備をお願いし、ノートPCは持ち出す。
パトカーに乗り、留置所というところに初めて行った。
ぶっちゃけ、俺たち4人も犯罪者。何時捕まってもおかしくはない。鉄格子なんて見ると全くぞっとしない。
あの女は”俺たち以外とは話さない”と言ってきかないらしい。
面会室。あの女が出てきた。昨日は彼女に対して何の感想もなかったのだが、留置所で見る彼女はちょっとすごみがある。
彼女は俺たちと一緒に居たコーディを睨みつけ追い出してしまった。
この目だ。昨日と印象が異なる原因は、この目だ。
「私はあなた達を見るのを楽しみにしていた、一回私があなたたちを招待した。許してね。でも、ここには何もないの。」
そして彼女は…
は…話をね、
えー
長くなるので、要点だけ列挙する。
○彼女はヒュー・ワットの女だ。
○ヒュー・ワットは末期癌だった。
○彼女はヒュー・ワットが死ぬ前に何をしていたのか知らない。
○ヒュー・ワットは全ての準備が整ったのを見届けて、病に殺されるのを良しとせず自殺をした。
○ヒュー・ワットは「作戦の成功に興味はない。ただ、全ての人をあっと言わせたい。」と、繰り返し言っていた。
○彼女は俺たちが”Gargling Gargoyle”にたどり着けたら、USBメモリを渡すように頼まれていた。USBメモリには彼のメッセージが残されている。
以上だ。
俺たちにとって重要な情報は最後の「USBメモリには彼のメッセージが残されている。」だけだな。
しかしまだヒントが足りない。
女は牢へ戻され、コーディがやってきた。
要点をコーディに説明した。
「どのように自殺したのか?」など詳細を尋ねられたので、女から聞いたことをまんま答えた。俺は英語の語彙が限られているので、詳細に至っては下手に言い換えない方がよいだろうと考えた。
たいした収穫もなくPWNCONの会場に戻るつもりでいたのだが、廊下の長椅子に座らされた。
彼は彼で俺たちに話すことがあるらしい。
4月末に押収したPCのハードディスク。
そこにテレビやBlu-ray/HDDレコーダーのファームウェアのイメージを発見していたらしい。
素性が知れないため今まで公開されていなかった情報だ。
現在、FBIの捜査は難航している。
未だファームウェアの素性は知れないが、テロリストの目的が電波ジャックとなると、その存在に怪しさが増す。
藁にもすがる思いで俺に心当たりはあるかと聞いてきたのだ。
ああ、あるさ。あるとも。ぴんときた。
これはヒュー・ワットの死よりもっと最悪な情報だ。
少なくとも、昨日bsi.txtの謎を解いたときまでには知っていたかった。
たお先生の首がラックアンドピニオンなのかなっていう機械じみた動きで、縦に15度下がった。
「bsi。」彼はそれだけを言って絶句した。
Broadcast signal instrusion = 電波ジャック
うつむいてしまったたお先生を中心に、俺、かのえ君、さっちんの視線が交錯する。
俺たち4人は同じ答えに至ったのだ。
ヒュー・ワットのやつ、テレビやBlu-ray/HDDレコーダーを乗っ取るつもりだ。
コーディに伝える。
彼は事の重大さを未だつかめず、ちょこんと首をすくめる。そして「君は彼が世界中のテレビでサウスパークが見れないようにするって言うのかい?」と皮肉る。
「コーディ、事態は致命的だ。今日、テレビはその通りコンピューターだ、それだけではなく、少なくはない台数がオンラインだ。」
「何が結末として予想される?」
「テロのための劇的に巨大なネットワーク。」
コーディの顔がにわかに引き攣る。どうやら分ってくれたようだ。
「今すぐ報告しなければならない。」
足早に去ろうとするコーディを俺は呼び止めた。
「USBステックを調べろ。」
「必ず検討する。」
コーディと別れて俺たちはカフェで情報整理のため打ち合わせ。
「評価ボードは制御用」と、珍しくたお先生から話が始まった。
盗まれた3万枚の評価ボードは当初、核兵器などの製造に用いられると懸念されていたが、実はハッキングされたテレビやBlu-ray/HDDレコーダーを制御するために用いるつもりのようだ。残念だが、そう考えるのが正しそうだ。
そして、何か…これがまだ解らないのだが…何かをするつもりなのだ。何のために?
「あのテーブルの傷はおそらくエンクロージャだな。」かのえ君が丸めたエロ本で自分の肩をたたきながら推理する。
「うん、エンクロージャは非常識に硬いってことだね。でも、何の目的で。」さっちん。触ってごらん。君のせいで俺の××も非常識に硬くなっているよ。その目的は君の一生を腕ずくで手中に収めることだよ。
「ヒュー・ワットは必ずヒントを用意している。奴にとっては今回の事件は本当にゲームなんだ。ゲームの問題ならば、俺たちに解けないわけがない。ハッキングすればいい。」
深刻な表情の3人を前に俺はコーヒーをすすりながらしれっとそんなことを言ってやった。
かのえ君の高笑い。
「そうだな。俺たちは犯罪者だ。何の制約もない。」
比較的に楽観的に構えている俺とかのえ君。しかし、さっちんは「でも何で3万枚も必要だったんだろう。小さなスーパーコンピューターにも例えられる、あのハイパフォーマンス評価ボードが。」と今回の事件に散見される疑問の一つ一つに固執する。
ここで俺たちが電波ジャックとファームウェアを結び付けた技術に話が及んだ。
「OTA」
またもや話はたお先生の一言から始まった。
どちらかというと皆の意見を一通り聞いてから、最後に一言いうタイプなのに。
まるで俺たちをせかすように…ひょっとして、たお先生、焦っているのか?
OTAの電波ジャック。本当に突飛な発想だ。
しかし、奴がその技術を確立させているとしたら?
膨大な数のテレビやBlu-ray/HDDレコーダーのファームウェアを強制的に上書きできるとしたら?
「大規模すぎる。それは何に使うのか…持て余すほどの規模なんだよ。」さっちんの台詞で俺たちの論点は”何のために?”に戻ってくる。
「同感…」たお先生。ハッキングを極めた彼にとって、何でも知っている彼にとって、”不明点”なんてものは怪物にも見えるのだろうか?
ふと俺は全ての謎に答え得る突拍子もないアイディアを思いついた。あまりにも荒唐無稽なので黙っていようと思ったのだが、俺の表情の変化に目ざとく気が付いたかのえ君が言えと脅す。
「じゃあ言うが、笑うなよ。世界中のすべての個人情報の公開さ。」
さっちんが「どの程度のストーリーを想定しているの?」と慎重に念を押してくる。
「世界は悪党どもの天国。個人情報は悪用し放題。SNSもネットショッピングも好きにし放題。仮想通貨も搾取し放題。」
俺は自分で言っていて笑えて来るほど漫画みたいなアイディアだと思ったのだが、たお先生は「それだ。」と額に冷や汗浮かべた。彼の中で全てがつながったようだ。
しかし、あまりにも突拍子もない推論。何かそうだと信じうる確証が必要だ。
先ずはコーディに確認。
質問:”押収したPCのハードディスク内にスマートフォンのファームイメージも存在するか?”
回答:”YES”
なんでいつもいつもいつもいつもいつもいつも、情報を最小限しか出してこないのだ?
まぁいい、ビンゴだ。
俺たちはコーディに頼んで、もう一度あの女と面会。
彼女に俺たちが推理した一通りを話す。
「そう。ヒューはその様な事を計画していた、そうなのね?」
「君の意見は?」
「彼にふさわしい。」
「何故、ヒュー・ワットは俺たちに猶予を与えている。」
「そうね…おそらく、君たちが悪党だからよ。」
「あなたが言っている意味は?」
「君たちはヒューが今までにあったことがない種類の悪党。ヒューの作戦が成功すれば、分るでしょう、彼がよく知っている悪党の勝利。そうではなく、失敗すれば君たちという悪党が勝利。結果のどちらもが悪党の勝利になるからヒューは必ず勝利する。これで全部よ。おそらくはね。」
「くそったれ!!」
俺たちは正解を確信して面会室を後にした。
コーディと密に連絡が取れる場所で作業をしたいので、署内に部屋を用意してもらった。
たった5V4Aで動作してしまう大学ノートの半分の大きさの自称スーパーコンピューターが、おそらく耐衝撃性、耐候性に優れたエンクロージャに収められている。だから盗まれた評価ボードはどこにあってもおかしくはない。きっとエベレストの頂上にあったって、海底1kmにあったっておかしくはない。つまり、今から半日とちょっとの間に3万枚を探し出すなんて不可能だ。
不可能が可能になるまで、条件を絞り込まなければ。
できることは一つ。俺はコーディに盗まれた評価ボードのMACアドレスを特定するよう依頼した。
大ロットでの購入。うまくすればどこかの記録にゆきあたる。
さて合法はここまで、ここからは犯罪の時間だ。
俺たちはヒュー・ワットの犯罪を阻止するために、別な犯罪を犯さなければいけない。
その作戦を3人に伝える。
かのえ君が「NTPサーバー対策は俺とさっちんにまかしてくれ。」と申し出てきた。なんでおめーさっちんと組みたがるの?さりげなく言ってくれたけれども。聞き逃さぬぞ、そう云うのさ。
だが今回は助かる。俺とたお先生はこれから評価ボードのコミュニティーをチェックしなければならない。今からボードのファームの不具合を調べるのは現実的ではない。公式&コミュニティーの報告、これをあたるのが最も手っ取り早い。
エンドユーザーからメーカーに不具合の修理依頼が投稿されているはずだ。
しかし全部英語。かのえ君とさっちんには荷が勝つ。
俺たちの仕事が回り始めたところでコーディに連絡。
「出来る限り多くの手が必要だ。PWNCON本戦が終了しヒュー・ワットのおもちゃ箱が開く6時間前に、俺たちがOTA経由の攻撃をそれに実行させる。」
「からかっているのか?君はテロリストに協力する予定なのか?」
「本気だ。俺たちの手段によってテレビジョンやセルフォンがテロリストの支配下に置かれてから、個人情報を取得されるまでに、別な6時間が必要だ。6時間以内に、3万台の評価ボードを働けないにする。」
「2つ目の選択肢は。」
「俺たちはもっていない。」
「分った。そうならば僕たちにもまた無い。僕はマーキスに緑灯を与えられるために行く。君たちは準備を。」
深夜。
俺たちの準備はギリ完了。
MACアドレスも入手できた。流石SoCを開発した巨大企業自社開発の評価ボード。
作戦開始の5分前。全員配置につく。作戦を考えたのは俺だが、指揮はマーキスがとる。
「ねぇ。」とさっちん。
「なんだ?」
「悪意あるファームウェアを作ったのはテロリストだけど、今回の作戦の場合、それを使って世界中の端末をハッキングする実行犯は僕たちってことにならない?」
「え?なるよ、なんで?」だからまた犯罪するんだよ、俺たちは。
「腹くくれよ。」かのえ君も一括。
「うぇーん。」
さっちんが困った顔をすると、俺は最高に興奮する。
さぁ、盛り上がってきたところで作戦開始。マーキスの号令。
かのえ君とさっちんがNTPサーバーが返す時間を+6時間する。実はこれだけでも最悪にはた迷惑な犯罪だ。
直後、FBIが用意した囮のテレビ、Blu-ray/HDDレコーダー、スマートフォンが悪意あるファームウェアを用いて乗っ取られた。
FBIのチームはこの汚染された端末を用いて、ヒュー・ワットの評価ボードが何をしてくるのか観察し、特定する。
さて、世界中の端末も同様に乗っ取られているはずだ。悠長にはしていられない。
俺とたお先生で、MACアドレスを頼りに評価ボードの位置を特定してFBIに報告する。
つっても、俺とたお先生で書いたプログラムが全部全自動で処理しているので、その経過をチェックしとるだけですが。
あ、でも重要なんですよただ見ているって。
俺たちのプログラムは評価ボードを見つけたら、自動的にファームの脆弱性を攻撃してカーネルパニックを誘発させるようにつくってある。
作戦開始後1時間で2万枚まで特定できた。そこから先、ボードを発見するペースが落ちてきた。どうやら3万枚全部USA国内にありそう。
影響範囲は全世界と見込んでいたが、意外とUSAだけか?
プログラムを書き換えて実行しなおした。
索敵範囲を絞ったことでペースは回復。
3時間経過。
12枚、見つからない。
3万枚全てが使われたかどうかわからない。無論3万枚の中には不良品もあったろう。
しかし、FBIが用意したおとりの端末は、まだ敵の支配下にある。
つまり、まだ少なくとも1枚は発見されずに居る。
いや、おそらく残り一枚。きっとヒュー・ワットのそういう演出だ。
マーキスは「探せ。」の一言だけ。
コーディが心配してやってきた。
俺は「間違いなく、あと1枚だ。」と自信たっぷりに彼を迎えた。
「何がそう信じさせる?」
「それはウルトラ簡単だ。ヒュー・ワットはハッカー。ただのゲームだからだ。」
かのえ君とさっちんにNTPサーバーのパケットへの攻撃を中止させる。きっと、無意味だ。
同時におとり端末への攻撃もやんだそうだ。
俺とたお先生は索敵プログラムを停止させた。
俺は3人を集めて、ヒュー・ワットの女が言った言葉の中から、次の言葉を選んだ。
「USBメモリには彼のメッセージが残されている。」
俺たちはまだ、奴のメッセージを読んではいない。
コーディに頼んでFBIが管理している例のUSBメモリを貸し出してもらった。
たお先生に渡す。
「最後は無論、あなたです。」
PWNCON本戦が終了まで後2時間を切った。州警察が回収できた評価ボードは1万2千枚。見つけたボードは俺たちが攻撃済みなので焦る必要はないが、マーキスは更なる増員を決めたようだ。でもそうだな、何らかの方法で再起動がかかるかもしれない。早期に回収できるならばそれにこしたことはない。
たお先生がUSBメモリを分解しだした。USBメモリは大事な証拠品、コーディが驚かないわけがない。たお先生につかみかかろうとするコーディをかのえ君が出足払で床にたたきつけて横四方固で抑え込んだ。
かのえ君の横四方じゃあコーディでなくても脱出は難しいだろう。
「拡大鏡」とたお先生が呟いていたので、岡さんのデジカメを改造した時に余ったレンズを渡した。
なにか見つけたらしい。
たお先生が俺にUSBメモリの小さな基盤とレンズを渡す。
レンズを覗く。
成程、洒落てやがる。ヒュー・ワットは半田付けの腕も一流だと誇示したかったのだ。
半田がややぶれており太さも均一ではないことから手作業だと判断できる。
なんと髪の毛のように細い半田で「YOLO!」と書かれていた。
You Only Live Once
なんてぇことのない捨て台詞だが、奴は、この事件においてこれを重要なヒントと位置付けている。
「なにか分った?」
さっちんが俺との十分な距離を確保したうえで、そう聞いてきた。
ねぇ、どうなん?そのパーソナルスペース。俺の時だけおかしくない?何を警戒しているのか?
その距離をゼロ…いや、下半身で合体するからマイナスにしてくれたら教えてあげよう。
かのえ君がコーディを解放する。
俺がUSBメモリを元通りに組んでコーディに返す。
「車を把持しろ。」
「どの車だ。」
「4月の終わりにヒュー・ワットが乗っていた車だ。」
『俺は今、時速100マイルで走る車を運転しながら、スマートフォンを操作している。YOLO!』
『俺は俺が所属しているチームのためのPWNCON CTFの参加手続きをやった。YOLO!』
奴は全て計算して、よくある捨て台詞をこの2回だけ使ったのだ。
奴にとって今回の事件は、残された命の全てを賭けた、完璧なるゲームだったのだ。
スーパーコンピューターと名乗る評価ボードの最後の1枚は、高速で移動する車の中だ。
ハッカーの仕事はここまで。後は全て警察の仕事だ。FBIの…いや、己の威信にかけてマーキスはやり遂げるだろう。
俺たちはPCを片付けて、PWNCONの会場に戻った。
どうやら試合は終了。優勝者のインタビューの最中のようだ。
壇上にいるのは───岡さん!!??
黒瀬さん、岡さんコンビ頑張ったな。頑張り過ぎだ!!
「あーっ!やっと戻ってきたー!!」
見つかった。彼女は英語で質問攻めにされ、ほとほと困っていたようだ。
「黒瀬さんを頼れ!」そう言い捨てて、俺たち4人は会場を逃げ出した。
目立つのは趣味じゃない。
日本に帰る日。最後にもう一度、ヒュー・ワットの女に会いに行った。
「ヒュー・ワットよりたちが悪いハッカーにはあったことがない。」
「あら嬉しい。彼に伝えるわ。」
日本に帰った後。ヒュー・ワットが仕組んだゲームの顛末を見届けたその女が、自殺をしたと聞いた。
最悪だ。地獄でイチャコラ話していろ。YOLO!
俺の小学生の妹霰には放浪癖がある。
何にでも興味を持って、蝶を追いかける仔犬のように無邪気にどこにでも行ってしまうのだ。
そんな我が妹のエピソードを紹介したい。
ゴールデンウィーク。俺は妹霰の目的地を定めない無謀な旅に付き合わされる羽目になった。
その3日目。
日焼け止めをしっかりと塗って早朝から出発──と思ったんだけど霰さんがお尻に違和感を感じるというので、お店が開くまで喫茶店で待って、自転車用のパッド付き下着と、こんな時のド定番アソスシャーミークリームを購入した。
ジェル入り自転車カバーとかあの手のは全然効かないから、言っとくけど。
第一あんなのつけたら座る位置がずれてまっとうにペダリングできない。
スポーツ向けのサドルはママチャリ用に比べて狭くてかたいけど、あれ軽量化だけが目的ではない。ポジションを保持してペダリングの邪魔をしない。
お尻あっての自転車と言っても過言ではない。お尻対策は万全に。
そんなことをしていたので出発が昼の12時くらいになってしまった。
昼食後にスタート。
2時間走ったあたりで急激に民家の数が減っていった。
走れば走るほど、じゃんじゃん減っていく。車も減っていく。舗装も悪くなって手信号で地面を指さす回数が増えた。後ろをついてくる霰さんに”穴や石があるから注意”と伝えるためだ。
道路に沿って流れる川の水が輝いてきれいだ。
なんたる田舎感。
人の気配がしねぇ…不安だ…宿がありそうな町まで何kmだんべぇと自転車を止めてスマフォの地図アプリを開いた。
「ざっと30kmか。」
今日は出発が遅かったからなー。
現在、4時前。俺一人なら5時過ぎには到着するが、霰さんに無理はさせられない。休みながら走って、到着は夜の7時と考えた方がいいだろう。
兎に角走り出す。
5時過ぎ。
もう、そこしか店がなかったので、長距離トレーラーが駐車場にずらっと並んでいるうどん屋で晩飯にした。
霰さんがだいぶまいっているように見えたので「大丈夫か?」と聞いてみる。
「う…ん」
ダメっぽい返事なのである。
背中合わせに座っていた運転手のおっちゃんが「町まで乗っけて行ってやろうか?」とうどんをずるずるすすりながら声をかけてきた。
お言葉に甘えた方がいいのかもしれない。しかし選択肢はもう一つある。俺は回答を保留にした状態で「この近くに宿はありませんか?」と尋ねてみた。折角自走でここまで来たのだ。チャリダーの心意気として、安易にエンジンに頼るのはいかがなものかと思う。トレーラーのお世話になるのは”ない”と判明した後でもいい。
答は”あり”だった。
おっちゃんが地図を描いてくれた。今いるうどん屋から3kmくらいだという。10km以上先の町に到着するのは7時を超えると見積もりなおしていたところなのでこれはありがたい。お礼を言って地図を頂戴する。
「もう一息だ。」
ライトをつけて出発。本当に一息で着いたのだが、そこは、なんとびっくりラブホテルだった。
小さな霰さんに、来た道を戻って町まで走る余力なんて1ミリもない。
腹をくくって、血のつながった実の妹とラブホテルに泊まることにした。輪行バッグに自転車を収めて俺が自転車2台担いで、フロントというか受付というか、兎に角ホテルの人に事情を説明して部屋を用意してもらった。
見るからにいかがわしい部屋に入る。当然ベッドは一つ。なんか丸いな。霰さんはその真ん中にぶっ倒れて寝てしまった。1秒とかからずに深い眠りについた。
汗で濡れた服のままでは風邪をひく。起こして風呂に入れる。
霰さんシャワー浴びながら寝落ち。うぉい!!壁がガラスだったので早期発見できた。助かったけどおもっくそ妹の裸見てしまったわ。なんかある意味吹っ切れた。よっぽど疲れたのかむにゃむにゃと半分夢の世界に居る妹の身体を結構堂々と拭いて服を着せてベッドに放り投げた。
今日はさすがに洗濯できない。服を2セット持っていてよかった。荷物は多くなるが、俺は上半身が薄っぺらくて、実は3kg程度入ったメッセンジャーバッグを担いでいるくらいがケツの据わりが良くて好きなのだ。
汗でべたべたの衣類は電気スタンドや椅子などに広げて室内で干した。
俺は最初床で寝たのだがどうにも寝られなかったので、意を決してベッドに上がり、霰さんの真横で眠った。
朝が来て4日目。今日が俺たち兄妹の旅行の事実上の最終日。
ラブホから出発とかこの上なくシュール。
誰かに見られたら恥ずかしいので、朝一で出発することにした。
「旅は今日まで。明日は電車で一気に家まで帰るからな。」
先ずは15km先の町を目指す。昨日到着を断念した町だ。周囲のほとんどを山で囲まれた小さな町。
コインランドリーに洗濯物を放り込んで、遅い朝ご飯を食べるために喫茶店に入る。
イチゴジャムをのっけたトーストにかじりつきながら、この辺りにもGeocacheがないか、タブの画面をタップしながら探す。
個人的には輪行とジオキャッシングの相性は抜群だと思う。
霰さんがテーブルの向こうから身を乗り出してきた。そのポーズは胸の谷間が目立つのでやめて頂きたい処。いや、昨晩まんま素っ裸見ちゃったけどさ。
「あ兄ちゃん。」
「え!えっ!?何?」昨晩見た霰さんの裸がぽっかり頭に浮かんでいたので焦った。
「私、探す方じゃなくて宝物を隠す方やりたい。」
「えー、家の近くならばともかく、こんな遠くじゃダメだなぁー。」
ジオキャッシングには宝を隠す人は隠した宝をしっかりと管理しなければいけないというルールがある。
つまり、家から遠すぎる場所は事実上不可能。その辺りを霰さんに説明してやった。
しかし、「ここがいい!ここに宝を隠したいの!」と言って譲らない。旅の記念ってことか?
素直だったり、わがままだったり、分りませんなぁ。
霰さんがあんまり熱心なものだから、俺もつい「じゃあ、だれか霰さんのGeocacheを管理してくれる人、探してみるかい?」と不用意に答えてしまった。
俺は商店街でタッパーとメモ帳を買った。向うから霰さんが駆けて来る。
「霰さん。宝は買ってきたかい」
「うん!」
大事に手にしていたのは煮崩れしたカンガルーみたいないただけないデザインの陶磁器の人形。
「本当にそれでいいのか?」霰さんの宝を見つけた人がかなり残念な気持ちになりそうだったので、俺も霰さんにかなり真剣に問いただしてみた。
「うん!」
じゃあいいや。メモ帳と一緒にタッパーに居れてしまった。
これを持って、神社とか畑とか、自転車に乗って回って、ジオキャッシングの説明をして回るのである。もし、興味を持っていただけたなら、メンバー登録をしていただき、霰さんのGeocacheを預かっていただこうと、そういう段取りだ。
兎に角、地道に探して回る。
「あ、」
俺のチャリ、スローパンクチャー。
チューブにピンホールでも開いたかと思い、タイヤを外す…外す…はずっ!うお、しつけぇ、外れねぇ。やべぇ、これブチルチューブが融着してる。
そう云えば前回チューブを交換した時もパンクで、何の対策もしていなかったかもしれない。帰ってからすぐにチューブを付け直せばよかった。ベビーパウダーでもはたいておけばよかったわけです。
なにしろ外さねばよう。
タイヤとチューブが一体化したまま、まるっとホイールから外し、渾身の力を込めてチューブをタイヤから引っぺがす。
「ぬおおおおおっ!」
突然、ぶしゅーと音がして空気が一気に抜けた。ピンホールどころがごっついスネークバイトだった。確かにさっき前輪で穴ぼこ踏んずけたかも。ここらへん舗装が悪いから。
四苦八苦してチューブを交換していると、軽トラに乗った30代くらいの男性が声をかけてきた。
「ジオキャッシングというゲームの説明をして回っている少年って、君かい?」
「そうです。あ!ひょっとして妹のGeocacheを預かっていただけるのですか!?」
「場合によってはね。なんでもジオキャッシングは世界的なゲームだそうじゃないか。もし、町おこしの手段になりそうならば、妹さんのGeocacheは預かってあげるよ。」
軽トラの荷台に乗って公民館へ。タブレットをプロジェクターにつないで熱弁をふるった。
資料に使ったホームページは軽トラの上でブックマークに収集しておいた。
結果的に霰さんの宝物は町で預かってもらえることになり、自転車で隠し場所を探しにゆく。
今回の旅で初めて霰さんが前を走る。見よう見まねで覚えたのか、手信号もちゃんとやっている。
疲れているからか、山を避けて進んでいるように思える。
潮の香りがつんときて鼻腔でむずむずする。より匂いが強まる方へペダルをこぐ。
視界に入った海。たどり着いた砂浜。全身を撫でる潮風。
「あ兄ちゃん!ここがいい!!」
自転車を乗り捨てた霰さんが、素足で砂浜をかけてゆく。疲れていたのではなかったのか?
「おい!ガラスでも踏んだらどうするんだ。」俺は霰さんの小さな靴を拾い上げ、後を追った。
元気いっぱいの妹の背中が青い景色にまぶしい。YOLO!…もう勝手にしろよ。俺は無性に笑えて来て、砂浜にごろりと横になった。
僕の名前は…仮にMとしておきましょう。
僕のお話はちょっとたちが悪いものですから、もし同姓同名の方がいたら大変申し訳ないのです。
僕は悪党にすらなれなかった。
心をドブ色に腐らせて、手に卑怯なスタンガンをもって、か弱い少女の背に忍び寄って。
結果、僕は本物の悪党にコテンパンにされて病院に居る。
退院して会社に戻ると、この坊主頭がなんともウケがいい。オジサン連中に可愛がられた。
3年間、その小さな工場で働いて分かったこと。
”僕が人生の目標にしていたL社は実はたいした技術を持ってはいない”
L社がホームページで自慢していた技術を、僕はこの3年間で完全にマスターした。
先輩方に言わせれば、僕の呑み込みの早さは異常なのだそうだけど、それでも何年か修行をすれば誰でも身につくのだそうだ。
昼休みに弁当を食べながら、それとなくL社について話すと「ぷっ、あの工場か。」と鼻で笑われてしまった。
「僕は学生時代、あの会社にあこがれていたんです。」
自嘲気味に笑顔を作りながら話すと、ゲラゲラと笑われた。
「お前みたいな出来のいい技術屋が、あの会社じゃあもったいない。ウチにしておけ。」
「はい。ありがとうございます。」
僕ではなく、A君を採用するわけだ…L社はそういう会社だった。
最終的にストーカーにまでなってしまった僕の心はもう治らない。一生、薬を飲み続けなければならない。
でなければ、酷い頭痛と幻聴に悩まされるのだ。
また、僕は一生、結婚ができないだろう。あの日、本物の悪党に病院送りにされた出来事がトラウマになり、女性が恐ろしくなってしまったのだ。
おそらく少なくとも二人は居た筈だ。誰かは知りえないが、僕に制裁を加えた限りなく悪魔に近い人間。彼らが僕にした非情もそうだが、あんな輩と僕が天使と信じた少女が知り合いであったろうという、確信じみた可能性…天使の友人が悪魔…その事実が恐ろしいのです。
5年もすると、僕の腕前は工場でも一二を争うほどになりました。僕を名指しで仕事が来ることも多くなりました。
心の病と闘いながら金型技術の研鑽を積み、僕は辞表を提出したのです。
「がんばれよ。」
快く送り出してくれた社長に深く頭を下げ、お世話になった工場を去り、僕は一人で狭い工房を始めたのです。
当面請け負うのは壊れた金型の修理と、3Dプリンターを使った一品生産。
はるか昔に生産を終了してメーカーにもスモールパーツがない製品の壊れてしまった部品を作り出したり、そんなことをしている。
好きで独りになったのだが、30の半ばを過ぎるとやはりなにか寂しくて犬を飼った。雄のコーギーで、散歩が大好きだ。1日に2時間くらい歩かされていい運動になる。
そのコーギーは好き勝手に歩き回って、1時間半も歩くと、今度は疲れたと抱っこをせがんでくる。
依頼される仕事は小規模でこじんまりしているにもかかわらず、極めて難易度が高いモノばかり。
僕の腕前は業界でも評判になり、業界でも有名な工場や大企業からも部長待遇で雇いたいとオファーをいただいた。
自分の仕事を評価してもらえたのはとてもうれしい。しかし、全て丁寧にお断りさせていただいた。
随分と遅れてL社からも同様に誘われた。これも、丁寧にお断りさせていただいた。
僕は穏やかで幸せな孤独を手に入れた。僕の閉じられた完璧なる世界に不安要素は欲しくない。僕は何も要らない。
僕の仕事は人の役に立っている。僕の仕事はその人を困らせている要因を取り除く。
「僕を雇ってもらえませんか。」
突然、一人の大学生が僕の工房にやってきた。ネットで僕のことを知り、その評判、口コミサイトに書かれている賛辞に感銘を受けたらしい。僕の下で修業をしたいという。
一方的に追い払うのは気が引けたので、採用試験と称して20問ほど即興で口頭で問題を出した。
結果は14問正解。彼は正解率が低いと悔しがっていたが、実は問題の難易度は高く、中には極めて意地の悪い問題も混ぜた。だから学生程度なら半分正解できれば上等だ。
「勉強、頑張ったのかい?」
「はい。3年前にMさんのことを知り、それからがむしゃらに。」
それはL社を目指して机にかじりついていた自分と重なる。僕は彼を突き放すことはできなかった。
「そんなに給料出せないし、保証もない。条件は良くないと思うよ。」
「関係ありません。僕はあなたの技術が欲しいのです。」
彼はそうですね、N君と呼びましょう。
「ではN君。最後の試験です。うちの犬の頭を撫でてください。」
「え?」
「僕の犬に嫌われる人間はこの工房に居てはなりません。」
僕のコーギーは人懐っこいので彼を嫌うわけがないのですが、N君は手をふるわせて慎重にごろ寝している犬に近寄ってゆきました。
無事犬を撫でられた時の若者の笑顔の透明感。
僕は彼に何も教えない。
僕は人に教えるものなんて何も持ってはいないと思うから。
彼が必要と感じた技術があるなら好きに盗んでくださればいい。
40歳半ばに癌にむしばまれ、余命半年と宣告された。
犬は実家に引き取ってもらった。
N君にも事情を説明して、新しい会社を紹介した。僕を拾って、金型の技術を教えてくれた工場だ。
すぐにつぶれると思ったが、技術力は確かで、一回倒産を経験した反省もプラスに働いているようだ。
「新しい会社への移動は半年後にしてください。」
「僕は、君に死に顔を見られたくはないなぁ。葬式には誰も呼ばないよ?」
「いえ、僕が見に行くのは仏様のご尊顔です。」
彼は僕が苦しまず無事に天国にゆけるようにと、徒歩でお寺に祈願して回る旅に出てしまった。
そして僕はまた独りになった。
独りで何でもできるので不便はない。
日々が静かだ。
死に対する恐怖はないし、守るべき家族がいないからこの世に未練はない。
僕独自の技術も、後進につたえることができた。いいじゃないか。
客観的に見れば散々な人生なのかもしれないが、次生まれ変わるなら、僕は同じ人生がいい。
若いころにストーカーを経験したからこそ、心に病を持ったからこそ、いろいろな欲を捨て去ることができた。
神様、僕だけの人生をありがとう。
正に、僕のためだけにあるような人生だった。
僕は平和に満たされた孤独の中で永遠の眠りにつく。YOLO!
■謝辞■
最後まで読んでくださった方。ありがとうございました。
本編について2点補足があります。
先ず、英語訳に相当する台詞の日本語がおかしい点ですが、主人公がどの程度の理解度で英会話を成立させているかを表現したくってこうしました。
初めは主人公が正しく聞き取れなくて、聞き直すようなやり取りを挟もうと思ったのですが、テンポが悪くなるのでやめました。
次にハッカーの本分に合わないからと削除してしまったカーチェイスのシーンですが実はコーディの見せ場になるはずでした。せめて想像していただけると幸いです。
最後の評価ボードを積んだ元プロレーサーのAMGをフードフージョンNYPDパトカーで追いかけます。