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◆第一話:評価ボード盗難事件

◆第一話:評価ボード盗難事件


え─…

先ずは物語の概要を、冒頭であらかたざっくりと書いてしまいたい。

↓↓↓↓ 概要<開始> ↓↓↓↓

俺は主人公の圷朝あくつ あした中学3年生になった。

昨年。学年主任の田中先生によって召集編成された俺達6人の”特別強化プログラム”班は超難関校の受験絶対突破を目指して、日々過酷な学習メニューに挑戦している。

”特別強化プログラム”班の男衆4人、圷朝、閂庚かんぬき かのえ属栄さっか さかえそして篁畯たかむら たおさは意気投合してIT同好会を結成。

昨年はやんごとなき事由から、やむなく非合法なハッキング技術を駆使してネットワークの闇に潜む悪を退治した。

ところで俺達4人は神に”女にもてない”という運命を背負わされている。

俺たちはそれなりに美男子であり学力が高くIT技術にも強いと、かなりのハイスペックを誇るのだがそれでももてない。

かのえ君は己の煩悩に真摯であり過ぎる為、さっちんは愛らしい姿ゆえ女性に男と認識されぬ為、たお先生はメカメカしいが為、そして俺はなぜか全ての女性のストライクゾーンから外れている為、絶対的論理的機械的構造的にもてないのだ。

そんな俺たちは今、神に逆らうため「カフェねこやしきにようこそ」というスマートフォン用のゲームを作成している。

このゲームが完成すれば、俺たちはどんなにもてなくてもゲームを通じて、とびきりの美少女に相手をしていただける筈なのだ。

ゲームは悪乗りして作ったPVが好評を博し、前評判は上々を超えて超々だ。

この熱気が冷めぬうちに…具体的には高校生になると同時にゲームをリリースしたい。

俺達4人は勉強にゲーム開発に極めて忙しく、1日が24時間では足りずに100時間は欲しいと、そのような状態である。

しかしなんということか、面倒事というのは得てして忙しい人間を選んで来訪するものなのだ。

これから俺たちIT同好会はある盗難事件に係わり、そして犯人の酔狂から世界最大規模のハッキング競技会に出場することになる。

…うむ、これくらいでよろしいと思う。

4月の終わりから7月中旬までに起こった事件の顛末を全10話で書かせていただく。

↑↑↑↑ 概要<終了> ↑↑↑

では早速本編を始めさせていただきましょう。

4月の終わり、放課後。

俺たち4人は中学の理科室でそれぞれモニターと向かい合っている。

ゲームの開発は今が佳境。日々膨大な作業量をこなしている。

プログラム開発は限りなく純粋な頭脳労働。

脳に糖分を補給する最も素早くて効果的な方法はコーラを飲むことだ。

そして、難題に煮詰まって機能不全に陥った脳を回復させる最も完全で素晴らしい解決策は、さっちんの身体を弄り回すことだ。

俺は絶対に男色家ではない。女性が大好きだ。

ただ、俺は純粋にあの愛らしい…たまたま性別が男である…さっちんの全身を蹂躙したいだけなのです。

愛してるわけではないのです。

どんなに嫌われてもかまわない。むしろ嫌われた方が燃える。

俺の肉体的な悪戯で、さっちんが困る顔が見たい。

だから俺の性癖はいたってノーマルだと断定できます。

俺たちは手を伸ばせば手が届くほどの距離でキーボードをたたいている。

しかし、会話はほとんどしない。

仕事の打ち合わせはほぼ全てIRCで行う。そう、プロフェッショナルな技術的に高度な打ち合わせを。

”馬鹿どもの奇抜なメイクなりファッションってぶっちゃけ目立ちたいだけだよな”

”あー、ねー。すぐすたれるしね”

”一発芸だわ”

”逆に乗っかったら負けだよね”

”こっちは普通の服装してて、遠くから見てるのが、ああいったファッションの正しい楽しみ方だと思うの”

”参加してあっち側に入ったら、黒歴史に一頁書き足されるよな”

”こんな服着てドヤ顔で気取っていた当時の俺、殺してー…みたいな。歳食ってからくるよな”

”俺たちいたってノームコアつーかな。”

あいあい、雑談もIRCで行いますわ。

がらり──

理科室の戸が開き学年主任にしてIT同好会顧問の田中先生登場。

何やら表情は曇り空でゆっくりと俺らの方へと視線を流しつつも、なにせ声が出てこないようだ。

「何かご用ですか?」言い出しにくそうにしている先生に声をかけるのは、部長である俺の役目だろう。

「ああ…うむ、」

先生は「いや困ったな。」とつぶやいて耳の穴を小指でほじりだしてしまった。

そして肩をすくめながら低い位置で腕を組んで「実はな」と話を切り出した。

「受験勉強と部活でお前たちが多忙なのは知っている。で、それを知ったうえでだ。話を聞いてくれ。」

田中先生には工業用の電子機器を取り扱う商社に勤める親友がいるらしい。

敏腕銀行マンの太田氏といい、田中先生は顔が広くていらっしゃる。

その親友が今まさに現在進行形で問題を抱えていて、専門家の助けが必要なのだという。

「えーなんだ──なんとかボード?ホラお前たちならたぶんよく知ってる、コンピューターの…」

「マザーボード?」

「そうかな?いや日本語っぽかった気がする。」

「では評価ボードですね。シングルボードコンピューターの類です。」

「ああ、そうか?いや、そうだそうだ。それがな三万枚ほど盗まれたらしいのだ。」

「それは災難ですね。」

「金額自体は奴の商社にとっては大したことないらしく、州警察に…あっと事件が起こったのはアメリカなんだがな。州警察に盗難届を出してのほほんと捜査してもらってたわけだが、どうも犯人はテロ組織らしいのだよ。」

「テロ組織───ああ、評価ボードが兵器の製造に転用可能なのですね。」

「さっすが察しがいいな。うん、核兵器に使えるんだと。」

まじか。盗まれた時点でのほほんとしていたとか、神経疑うわ。核兵器とかお手軽に言っちゃう田中先生も”うわ”だな。

「でさ、そうなるとさ、アメリカ国内から出すわけにゆかず───と、いうか、すでに海越えちゃっているシナリオも考えてCIAに報告したらしい。」

「話が大きくなってきましたね。」

「まーな。」

ホント軽いなこのオッサン。

「ここからちょっと大人のいやらしい話になるが、核兵器に転用されると俺の親友の商社の信用が地獄の底まで落下するわけだよ。」

まーな。あの会社から盗まれた機材でテロリストが核兵器を作ったとか、世論が黙っていないわな。

「解ります。信用は金では買えません。」

「そうそう、もう金の問題じゃないわけで。テロ組織に運用される前にブツを回収するかいっそ粉々に破壊してしまいたいと。」

「なるほど…で、なぜ僕たちにその話を?」

「だから言ったろう、専門家の助けが必要だって。」

「僕たちの専門って────…えーー。」

「テロ組織。つまり盗難の実行犯には腕利きのハッカーがいる。その対策が必要なのだ。」

「先生。僕たちはどこにでもいる平凡な中学生であって、訓練された特殊工作員じゃないんですよ?」

「バカを言うな。お前らの活躍はその筋では有名なのだ。ボンクラ工作員100人よりお前らの方が頼りになる。」

「それは盛り過ぎでしょう。」

「お前らをご指名なんだよ。で、大事な時期に悪いが1~2ヶ月、俺の親友に手を貸してやってはくれないかって、そういう相談をしに来た。」

「ちょっと僕たち四人に考える時間をもらえますか?」

「ああ、当然だな。だが今日中に返事をくれ。俺は隣の準備室で仕事をしている。」

田中先生は理科室の黒板の左側にあるドアをくぐって準備室に消えていった。

俺はIT同好会の3人に声をかけて集まってもらった。

彼らの視線が俺に集まる。

集まる。

る…

くっ!

さっちん!

そのくりっとした瞳。

なんてそそるんだ。

今すぐ裸にひん剥いて肢体にSUSHIを盛り付けて、人肌に温まったそれを直食いして、そのままさっちんの身体をお食事してしまいたい。

いやいやまったく、妄想がはかどるゼ。

俺はよだれが垂れ出でてしまう前にさりげなく袖口でふき取った。

顔、キリっ!

「さて、どうしたものかな。皆はどう考える?」

「受ける必要あるのか?」かのえ君はぶれずに辛辣だ。

「おおむね同意する。」たお先生も相変わらず漢字変換した状態で10文字を超えて話さない。

「もう違法行為はこりごりだよ。」さっちんてめー今すぐべろちゅーさせろ。

でもさっちんのいう通りだよね。そうなんだよね。俺らハッカーだから、自分たちの能力を生かして事件解決をしようとするとだいたい違法行為になっちゃうんだよね。

まだ人生は先が長いというのに、これ以上犯罪を重ねたくはない。

「では、今回の依頼は断るということでいいかな?」

3人が頷き、それを〆るように俺が頷いた。

俺が理科準備室に行き、先生に報告をする。

「わかった。そう伝えておく。面倒な話をして悪かった。」

先生はその場で携帯電話を取り出し、親友の商社マンに電話をして、依頼を断る。

ちょっと食い下がられたようで少々もめていたが、先生が「くどい」と一括して話は終わった。

俺は一礼して理科準備室を後にした。

その2日後。

その日も俺たちの夢が詰まったゲーム「カフェねこやしきにようこそ」の開発に精を出して、午後6時に校門を外にくぐった。

「あのう、」

声をかけてきたのは可憐な美少女。思わず呼吸が乱れて喉でつっかえる。

「失礼ですが圷…さんで間違いないでしょうか?」

柔らかく上品な物腰。着ている制服はうちの学校のものではないようだ。

「───はい。」

少女の顔がぱあっと明るくなる。

「ではあなた方が閂さん、属さん、そして篁さんですね?」

3人とも、ぽーっと軽くほほ染めてでれっと頷いてる。キモイな。あ、俺もか。

「よかった──あ…」

突然足をもつれさせ、よろけた彼女を俺が抱き支えた。

その柔らかさ、間近で見て驚く真っ白な肌、ほんのりと漂ってくる甘い香り。

俺は瞬間的に彼女のとりこになった。

「ああ。私としたことがすいません。」

「いえ。」むしろごちそうさまです。

「実は2時間以上もここで立ちっぱなしだったものですから──どこかゆっくりと話せるところをご存じありませんか?」

くっ!ご存じないですな。

女子をお誘いできる、くつろげる、しゃれた店。1ミリも知りませんな。

おお、そうだ。駅前にスタバがあったな。あそこは数あるファーストフード及びコーヒーチェーンの中でも比較的に言って高級な部類に属する筈。

「では駅前のスタバに…」

「そこじゃあ遠いでしょう。」

突然の声にはっとして振り返るとそこには永遠のご近所さん岡めぐみがやや苛立った風体で立っている。

「その子はもう立っていられないほどフラフラなのよ。」

ああそうか、その通りだ。今更ハッと気づいた。なんたるうかつ。

「アンタのことだから学校の裏の方とか、行ったことないでしょう?」

まぁな、俺の人生に必要ないからな。

「すぐ近くにお茶っ葉売ってる店あるんよ。小さいテーブルが2つあって、今の時間ならたぶん座れるから。」

岡さんの後にぞろぞろとついてゆくと2分もしないうちにそこについた。

1階にコンビニがあるアパートとクリーニング屋の間のせっまい敷地に申し訳なさそうに存在している小さな店だ。

「おーめぐちゃん。おいっす。」岡さんは店員さんに気安く声をかけられている。

常連かよ!店に立っていたのは以外にも若い女性。

髪の毛が茶葉に混入するのを嫌ってか、長い茶髪をまとめて洒落たバンダナで覆い隠している。

服装もカジュアルなシャツとジャージで和風のイメージはない。

「よかったテーブル空いてた~。」

”よかった”って、なんだそれ”たぶん座れる”って言うから確率は90%超えていると思ったのに、実は五分五分くらいだったのか?

まぁいいわ。取りあえずハンカチを口元にあてているこの美少女が心配なので椅子に座る。

「エツ子さんアイス6つでー。」

「あいよー」

俺が不思議そうな顔を向けると俺のご近所さん様は表ののぼりを指さした。”抹茶アイス250円”──成程、俺たちはこの店を知らなかったが、実はわが校では有名で中学生相手にも商売をしていたってわけですな。把握しましたわ。

ソフトクリームが運ばれてきて、その美少女がコーンの部分にそっと手を添えて、桜色の唇から舌を出してアイスを少量ずつ舐めとりだすと、俺たち男衆4人、無論目は釘付けでござる───ござる口調になっちゃったよ。

ソフトクリームを食べ終わったところでふぅっと”ひと心地ついた”ことを象徴するため息を美少女はついた。

「自己紹介が遅れて申し訳ありません。私は小川まゆみと申します。本日は突然押しかけてしまい、本当に申し訳ありませんでした。」

彼女のお辞儀につられて俺たちも深くこうべを垂れた。岡めぐみさんは椅子にふんぞり返ってアイスをぺろぺろと舐めている。

AND俺たちは”美少女≡小川まゆみ”という式を完全記憶した。

「今日お伺いしたのはほかでもありません。皆様に今一度考えなおしていただけないかと思い、小さな可能性に藁にも縋る思いでやってまいりました。」

「さて考え直すとは?」俺には心当たりがない。でも、今この文章を読んでいる読者さんなら、きっと何のことか察しが付くし、この後の展開も予想できることでしょう。いや、まゆみさんが登場した時点でおおむねばれていたに違いない。

ちょっと物語の構成的に美少女成分を追加する必要が出まして、タイミングの良いときに説明させていただきますが。

「先日、父の太郎がカルフォルニアで起きた盗難事件への助力を求めた件です。」

2日前に田中先生が相談してきた話ですな。

「皆様に依頼を断られてしまい、父はほとほと困り果てております。どうか思い直して父を─いや父の会社を助けてはいただけないでしょうか?」

やばい、なんか美少女が泣きそうっっぽい感じになっている。

岡めぐみさんが俺のわきを肘でつついてくる。

分ってますよー。俺も美少女を泣かせたくないですよ。でも他の3人がなぁーなんて言うかなーと彼らの顔を覗く。

すると、どうだ。なんということだ。

「あれ?あの話、断ったんだっけ?」オイオイかのえ君、君は一体何を言っちゃっているのだね。

「てっきり快諾したものだと思ってた。」コラコラさっちん、あんまり根ひょうきんなことを言うと、その可愛いお尻に俺のお楽しみ棒をぶち込むぞ、公衆の面前で。

「むしろやる気満々。」たお先生までーーーーーーーっっっ!!!!

3人ともふざけやがって。俺だけ悪者になるなんて御免だからな。

「どうやら情報の伝達に齟齬があったようですね。僕たちはその件に関しては今だって前向きに考えておりますよ。小川さんが心配することなんて何もないのです。」

「よか……った…」美少女の頬につたうのは安堵の涙。

店のエツ子さんと岡めぐみさんは顔を見合わせてゲラゲラ笑っている。いいよもう、好きなだけ笑えよ。

「よしよし。男の子、男の子。」と岡めぐみさんが俺の頭をなでまわしてきたので、俺は首をブンとやって手を振りほどいた。

「ところでなんでこんな時間に校門の前に居た?」

「私も委員長の仕事があってね。遅くなったからアンタと帰ろうと思って、教室で本読んでアンタが出てくるの待ってた。で、ダッシュで追った。」

「じゃあ窓際…あ、お前、俺の席座ってたろう?」

翌日の朝一で田中先生に評価ボード盗難事件の件を話にゆくと何故かほっとした表情。

「実はな、断った後もしつっこく電話が来てな、お前たちには黙っていたが対応に窮していた。」

「そうだったのですか。」

「うむ。テロリストの存在がな。やはりな。日本の外務省にも話を通さざるを得なくなったようなのだよ。」

「え!?どんどん話が大きくなるじゃないですか。」

「そうだ。だがまだ何とかできる、特にお前たちならばな。」

田中先生は携帯電話を取り出してあの美少女の父君である小川氏と打ち合わせを始めた。

ほんともう、すぐ電話しちゃうんだからこの人。あ、終わった。

「お前たち4人、明日から渡米だ。期間は4日間。今日帰ったら旅支度を整えておけ。学校には俺が書類を出しておく。」

「先生。僕たちはパスポートを持っていません。確か発行に一週間ほどかかるはずですよね?」

「心配するな。外務省が手をまわして今日中には出来上がる。…おお、写真がいるな。俺が撮影してメールしておく。全員理科室に呼び出せ。」

本当に何者なのですか田中先生、あなたは。本当にただの中学校の教員なのですか?

写真を撮って教室に戻ると岡めぐみさんに校舎裏に引きずって連れていかれた。

「カルフォルニア行くんでしょう?」

「ああ。」肯定。

「何時?」

「明日。」

「よかったー。」

何か小さいものを胸のポケットに入れられた。取り出してみるとそれはお守りだった。

「旅の安全を祈願してね、昨日すぐに友達の神社あてにして買いに行ったの。今日だったら間に合わなかったから、昨日無理して買いに行ってよかったー。」

「……ありがとう。」客観的に見てありがたい状況なのだろうけど、個人的にはご近所さんからのこの手の贈り物に対して、正直、何の感想もない。

翌朝。俺たちは中学の校門前に集合し、田中先生が車で俺たちを送る。

「やっかいごとは蟻のように小さいうちにつまんで潰してしまうのに限る、スズメバチになったら厄介だ。頼んだぞ。」

連れていかれた先は車で30分ほど離れた路地裏の時間貸駐車場。どうやら目立たないところで俺たち4人を先方に引き渡したいらしい。これではまるで俺たちがテロリストのようではないか。

田中先生の車が駐車場に入ってくるのを見つけて、すでに止まっていた白いミニバンから男が一人出てきた。

彼が小川氏で間違いないだろう。

彼の娘である美少女小川まゆみさんの容姿からは想像もつかない、七三分けの筋肉だった。

スーツの上からでも分厚い胸板が十分に把握でき、ズボンも鍛え上げられた足に太ももの部分が窮屈そうだ。



俺の小学生の妹霰あられには放浪癖がある。

何にでも興味を持って、蝶を追いかける仔犬のように無邪気にどこにでも行ってしまうのだ。

そんな我が妹のエピソードを紹介したい。

最初の5話は家の近所での小さな出会い。

6話以降は無謀な兄妹二人旅の話を予定している。

今回第一話は電車の駅から見て我が家の反対側、河川敷の方にある駐車場での出来事。

ちいさな霰はある月極め駐車場でふと足を止めた。

一見どこにでもある砂利敷きの駐車場なのだが、隣家に突き当たる壁の手前に5m×5mくらいの面積で野菜を育てているのだ。

しかもどの野菜も立派に育っていてとても美味しそうなのである。

霰さんの目を侮ってはいけない。

自称”芸術家”のお料理マニア。野菜を見る目は確かだ。

そんな妹をうならせるのだからこのちっぽけな畑の主は相当な達人です。

しかしそう考えると、畑の主の腕前は畑の小ささに対して本当に不釣合いです。

妹がよく手入れされた土を農業の知識がないなりにしげしげと眺めていると、突然、背中の方から声をかけられた。

普通なら誰でも、何かに集中して回りなんか見えていない時に声をかけられたら、びくっと肩をこわばらせて驚きます。

でもその声は、ちいさな霰を驚かしてしまわないようにとても慎重に気を使って、少女の耳に届けられたのです。

「野菜が気に入ったのかい?」

「ふえ?」

霰が振り向くと、そこには小柄な老婆の笑顔があった。

霰が何をこたえるべきかぴんと来ないでいると、老婆は少女の頭をやさしくなでます。

その手は指が太くごつごつとしています。長い年月ずっと必死で働いてきた手。

老婆は小さな畑からトマトを一つもいで霰に渡しました。

「かじってごらんなさい。」

霰はそのトマトを見た時から、これは美味しいとわかっていたし、食べてみたいとも思っていた。

そして一口頬張れば思った通り。濃厚なトマトの風味と甘みが口の中を満たします。

老婆も霰さんの表情を読んで「美味しいだろう?」と満足そう。

彼女は駐車場の周囲をぐるりと見渡します。その目が見ているのは30年も40年も前の風景。

「昔はね、このあたり全部わしの家の土地だったんだよ。」

老婆は縁石に腰を下ろす。

「農家を…」

霰はきょとんとしている。

「…ばぁちゃんはね、野菜を作っていたんだよ。でもねうまくいかなくなってね、ばぁちゃんの畑はこんなに小さくなっちまったんだよ。」

老婆の家は農業で失敗し、土地を売り払ってしまった。

最後に残ったこの土地で賃貸を始めたのだが低い入居率の収入に対して、修繕費だの広告費だの出費が大きくこれも失敗してしまった。

最終的にアパートを売らざるを得なくなったのだが、先祖代々守ってきた土地をすべて失うことに老婆が猛反対。

更なる借金を背負って、土地を死守するために赤字の元凶であるアパートを取り壊したのだ。

「でも、このトマト、すごくおいしいよ。」

霰さんは力説したが、それでも老婆の笑顔に力は戻らない。霰さんはこんなしょんぼりした空気をぶち壊してやりたいのだが、彼女には手段がない。

では、誰ならその手段を持っているか?

子供用携帯電話を取り出して兄…つまり俺だが…に電話をする。

「あ兄ちゃん?あのね、おいしいトマトを作るおばあちゃんがしょんぼりしているの。」

『はい?』

「だからねー…」

『いやいや。藪から棒に何ですかと、何の話か分からない。』

「うーん。あ兄ちゃんならできる!」

『なにがだよ!あー、もういい。分った!待ってろ。』

で、霰さんの携帯のGPS情報を頼りにクロスバイクをこいでその駐車場に行ったわけだ。

俺のクロスバイクにはスマフォホルダーがついているので、スマフォにナビをさせて目的地に到着できる。

「おばあちゃんがしょんぼりしているの。」霰さんが駆け寄ってくる。

「あー、それは、よくわからんが、もうわかった。」

状況を見れば大体察しが付く。よくありそうな話ではないか。ただ一つ異なるのは5m四方の畑。ここにプライドを感じる。

俺は妹に「詳しくは知らぬが、おばあちゃんの抱えている問題を俺がどうにかすることはできない。だが、しょんぼりしない程度に元気づけることはできる。」と言った。

俺を子供と思ってか老婆は話半分に聞いていて、やさしい男の子だなと微笑んでいる。

俺のIT面での有能さを知る霰は「やって!やって!」と必死に手を振り回している。

俺は畑にある野菜の写真を撮り老婆の家に向かった。

そしてYohaaショッピングに老婆のための通販サイトをつくった。

「入金を受け取るために必要なので銀行口座を教えていただけますか?」

俺は一通りの設定をして、老婆にオンラインショップの運営の仕方を教え、霰を連れて帰った。

「もし解らないことがあったら俺にメールをください。ショップの宣伝は俺ができうる限りやっておきます。」

「は、はい…」

老婆は戸惑っていた。

後日、老婆から来たメールはしかし、救難信号ではなかった。

”野菜売れました。美味しかったというメールもいただきました。手に入るお金は微々たるものですが、私は農家の女ですので自信になります。ありがとうございました。”

俺が霰さんに老婆からのメールを見せると、目をまん丸くして「やったーっ!」と飛び上がった。

翌年。老婆から別なメールを受け取った。少し大きくなった、新しい畑の写真が添付されていた。



僕の名前は…仮にMとしておきましょう。

僕のお話はちょっとたちが悪いものですから、もし同姓同名の方がいたら大変申し訳ないのです。

性別は男。

第一話現在で大学4年生。

今日はよく晴れています。

東京でこの様な気持ちの良い青空がみられるなんて奇跡にすら感じる、そんなけがれない天気です。

朝はちょうど日の出のころに近所の公園まで散歩に行ったのですが、陽の光に追われるように涼しい風が吹き抜けていきまして、これが心地いい。

陽の光は地を這ってその凹凸を忍者や天狗のように跳び伝ってやってきます。

自転車の漕ぎ出しにちょっと力が必要なように、太陽も登り始めは一瞬力んで顔を真っ赤にしますが、ある程度登って勢いがついてしまえば、顔の充血は引いてゆくのです。

僕は陽が沈む時も太陽が顔を赤くするのはなぜか考えました。

あれは太陽の優しさだと思うのです。

夜から朝になる時とは異なり、夕方陽が沈む時にいきなり真っ暗になられては困ります。

街灯や車はヘッドライトをつけなければ事故を起こしてしまいます。

だから太陽は少しずつ光を落としながら更に赤い色で僕たちに注意を促してくれているのです。

僕はその様な事をいちいち考えては”なんて呑気な”と、自分を笑ってしまいます。

陽の光が地面に浮かび上がらせたのは一匹の蛙の死体。

夜中に車に轢かれてしまったに違いありません。

僕はカエルに向かって手を合わせお祈りを捧げます。

カエル特有の強烈な匂いが間もなくカラスどもを呼び寄せるでしょう。

カラスといえば今日は可燃ごみの日です。

ごみ集積所を見にゆくと案の定、網の四隅の重しの乗せ方が甘く、今まさにカラスがごみ袋を網の外に引きずり出さんというところでした。

カラスだって必死で生きているのでしょうが人間も自然と戦ってアスファルトとコンクリートの街を手に入れたのです。

僕が近づいてゆくとカラスはひょいと3mほど逃げ、恨めしそうにこちらを見ております。

僕がごみ袋を全部網の中にしまいなおして、コンクリートブロックを四隅によりしっかりと置くと、彼らは怒りから僕に向かって激しく鳴きわめき、その迫力は背中に殺気を感じるほどで、僕は奴らのくちばしで血まみれにされてしまうのではないかと本当に心配しました。

サバンナやジャングルに比べれば小さくかわいいものですが、僕たち人間がどれだけ自然の驚異を排除しても、台風や地震のように逃れ得ないものを別にしても、人間はそれをゼロにできないのだと、そんなことを考えました。

散歩から戻ってきてシャワーを浴び僕が何をするのか?

もちろん勉強です。

勉強は朝起きたばかりの脳でするのが良いのです。

しかし、本当に起きた直後はまだ少し寝ぼけているので体を動かし、脳をしゃっきりさせるのです。

今から朝ご飯を食べるまでの2時間は脳に血液が集中し、最高に勉強がはかどります。

おなかに食べ物が入ってしまうと血液が胃の方へと行ってしまい、眠気すらさしてきます。

僕には夢があります。

それは大きな夢物語ではなく、僕という人間の身の丈に合ったきわめて現実的な目標です。

僕はその目標を達成するために、この生真面目にもほどがある生活を中学2年生の時から続けてきました。

母校の名に傷をつけたくないので名は伏せますが、僕の目標に手が届き得る大学にも進学できました。

大学の授業には真面目に出席し…これは僕にとって当たり前のことです。

日中授業のないときは研究室にゆき先生の指示を仰ぎ卒業論文の作業をします。後輩たちの面倒も見ます。

夜、家に帰ったら夕食を食べてその日受けた授業の復習をします。

このときはそれほど脳が働いていなくてもよろしいのです。

そして、翌日の朝4時半に起床するため、10時には片づけをして10時半前後に眠ります。

…どうでしょうか。

僕が…Mという男がどのような人間だったか、理解していただけたでしょうか?

それでは次回二話から「僕がどのようにして桜野まりのストーカーになったか」、そのお話をさせていただきたいと思います。



次回、第二話「1802秒」

スナイパーに狙われます!

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