参加賞争奪戦3
プロレスラーの日比谷雄治、社会人野球の捕手・新井和也、市民ランナーの曳山保。鍛え抜いた肉体を駆使し勝負の世界で生きる三者ともそれぞれが、息も絶え絶えに何とかその場に立っているという状態。反面、実は参加賞争奪戦に参加していない黒田雅臣は息ひとつ乱さず真っ直ぐ石崎尽一郎を見据えている。参加賞争奪戦開始当初は部屋の隅で勝手に参加していただけだが、今や部屋を囲む敗者/ギャラリー達に押し出され、部屋の中心の正式勝者三名の脇に堂々と立つ形になってしまっていた。肉体的な疲労は他の三人に比べれば微々たるもの。茂庭の言に拠ればギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターに因るプレッシャーで精神的にはかなり圧迫されているはずなのだが、ポーカーフェイスを駆使しているのか、表情の上では何も読み取れない。
ここまで勝ち上がり、静かな闘志を湛えた瞳で尽一郎の挙動を観察する四人。そんな『生存者』達の姿を仏頂面で、しかしどこか満足気に眺めた尽一郎は、各自に力尽きて崩れ落ちない程度の体力が残っている事を確認した後、無慈悲に次の掛け声を上げる。
そして高速で素直に振り上げられたチョキ。
対するアスリート三名は全員ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スター。そしてギャンブラー一名はグー。
この期に及んでまさかの全員勝利である。
ギャラリーからは感嘆の声が上がったが、反面ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出した面々はまた更に追い詰められた。殆ど最後の力を振り絞った形の決死のギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターで得た成果が現状維持のみだったのだ。ギャンブラー・黒田雅臣はまた、余裕有り気だが感情までは読み取れない絶妙のポーカーフェイスを貼り付ける。
もしや黒田雅臣は尽一郎の出す型の法則を発見したのではないか? ギャラリーの一部はそんな風に疑り始めていた。勝ち残った他の三名も似たような懸念を抱いていたそうだが、自身の中の弱気を打ち消し、何よりも自分との戦いだという気持ちで挑んでいたのだという。
姿勢を低くし呼吸を整えながらも勝負への集中力をさらに鋭く高めている三者、反面背筋を伸ばし淀みのない表情で次のジャンケンを待つギャンブラー。それぞれの再戦の覚悟を読み取り確認した尽一郎は次なる雌雄を決する右手に力を込める。
じゃーんけん
そして腰の辺りで小さく振られる右腕
ぽん
そして目にも留まらぬ速度で振り上げられる左拳
出されたのはまたしてもチョキ。
貸し会議室の全員が五者が掲げた拳を沈黙の中で確認した刹那の後、歓声とどよめきが場を満たした。
グーを出したのは二名、日比谷雄治と曳山保。
パーを出したのは新井和也。
チョキを出したのは黒田雅臣。
最小限のギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターで勝ちを繋いで来た新井和也、そしてギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターのプレッシャーを跳ね除け続けて来たギャンブラーの黒田雅臣、二者は遂に最後のリソースである『運』を使い切ってしまった。特に黒田雅臣が変幻自在のフェイントを織り交ぜた石崎尽一郎のジャンケンのパターンを解析出来ていなかった事は参加者達に少なからず安堵を与えた。しかしそれは同時に尽一郎がフェイントを始めてからこれまで、ずっと運のみで勝ち進んで来た事を意味し、その圧倒的な勝負強さにはやはり驚嘆せざるを得ない。
こうして二名が、もとい一名が脱落し、最後の勝利者は日比谷雄治と曳山保の二者のいずれかにまで絞られた。
この時点でギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出せるだけの体力を温存していたのなら圧倒的なアドバンテージを得られる。しかし両者ともそんな余裕は残っていないと傍から見ていてもハッキリとわかる程に疲弊している。ここでギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出すとなると、普通にジャンケンをするのとはまた別の種類の賭けを強いられる事となる。
日比谷は足を広げて腰を落とし、両膝に手を置き肚に力を込めるように前屈みになる。曳山は脇腹の辺りに両腕を添えて突き出し、意識的に背筋を伸ばしその場で軽くステップを踏む。片や敵に飛びかかる直前の姿勢、片や未踏の地に軽やかに踏み出す姿勢。それぞれの経験則で自身の肉体のコンディションを再確認し、あわよくば最後のエネルギーを絞り出そうとしていた。
貸し会議室の中を満たすのは沈黙。ここまで勝ち抜いた二人のデュエリストの最後になるかもしれない次なる一矢を一部も逃さぬように見守る。
心なしかいままでよりもたっぷりと時間を取って、両雄の準備が整うのを確認した尽一郎は、視線で次の戦いの開始を促し、二人も視線を合わせることでそれに応える。
じゃーんけーん
重く響く声、射抜くような眼光で運命を分かつ掛け声を上げる。しかし今回尽一郎は腕を全く動かしていない。掛け声に併せて身体を若干揺すってはいるが、どちらの腕から繰り出すつもりなのか全く判らない。
しかし生き残った二人は最早尽一郎の行動予測など放棄している。己の運と肉体の限界を天秤に掛け、次の選択に全てを賭ける。
ぽん
高速で放たれたのは右手からのグー(因みに後で茂庭に訊いた所、フェイントで左手を挙げようとしていたらしいのだが、常人である私にはそのフェイントすら捉えられなかった)。
そしてまさかの炸裂音がひとつ。
掲げられているのは日比谷雄治のパーと曳山保のギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スター。
またもあいこ。会場には畏怖の篭った溜め息が漏れる。
しかしギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターが僅かに、そして曳山の腕と上体が僅かに揺らぐ。
次の瞬間、男達の悲鳴が満ちる。
曳山は自壊する高層ビルのように膝を折って倒れ、そうになったのだが両側から参加者達が素早く曳山を抱きかかえて支えた。残り人数が三人(或いは四人)になった頃から、敗退した参加者達はギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターで倒れそうになった時に備えて邪魔にならない程度に距離を空けていつでも飛び出せるようにスタンバイしてくれていたのだ。全身から力が抜け表情も虚ろで弛緩した曳山を、抱きかかえる参加者達はパイプ椅子にゆっくりと座らせた。
スポーツドクターが曳山に駆け寄り様態を確認する最中、石崎祐介により日比谷雄治の勝利と優勝が宣言された。その時点でようやく日比谷は掲げたパーをグーに変え、疲労の色濃い笑顔と共にガッツポーズを作った。貸し会議室に熱狂的な歓声が湧き上がる。
歓声の余韻が冷めやらぬ中、日比谷はパイプ椅子に身を沈める曳山の前に歩み寄り握手を求めた。自失したような表情だった曳山はそこで微かに笑顔を見せ、日比谷の右手を固く握り返した。貸し会議室一杯の拍手が二人の健闘を讃えた。
―――改めて、参加賞争奪戦優勝おめでとうございました。
日比谷:ありがとうございます。
―――難しい駆け引きの連続だったと思うのですが、最後にギャラクティック・シャ
イニィ・シャイニィ・スターではなくパーを出した理由というのは何だったのですか?
日比谷:いや、あれは単純です、体力の限界。ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出す余力はありませんでした。だから曳山さんがギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出してきた時は本当にもう心が折れそうになりました。ただ曳山さんも本当にギリギリのラストスパートのつもりで出したギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターでしたからね、私がジャンケンで負けることを見越してか、或いはギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターの出し合いでこちらの心を折る事が目的だったと思うんですが、私がジャンケンで普通に勝ってしまったので抱え込んだ疲労がメンタルに大きなダメージを与えてしまう形になった。体力では曳山さんに勝つ自信はもうありませんでしたから、ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターの打ち合いになったらまず勝ち目がない。だからまぁ、普通にジャンケンをするしか勝ち筋が残されていなかったんですよね。
―――尽一郎さんがフェイントを始めた以後のジャンケンは全て勘だったのですか? 予測する手掛かりみたいなものは結局見つかりませんでしたか?
日比谷:これは憶測ですけど、フェイントのバリエーションは今日見せた以外にも
まだいくつか温存していると思いますよ(笑)。傾向を見定める上で必要なデータの量が普通の人よりも圧倒的に多く必要ですからね。あれだけの回数でフェイントを全て予測するのは不可能ですね。でもだからこそあれだけの回数ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スター無しで勝ち続けていた黒田雅臣さんの存在が本当に不気味でした。自分よりも更に次元の高い『ジャンケンの』達人なんじゃないかと思えて。いや、勝負運だけであれだけ連勝できる時点で十分驚異的なんですが。
尽一郎さんの出す型は最後まで読み取れませんでしたが、どうも何をどういう順番で出すのか事前に決めてジャンケンをしている節がありました。
―
――ええと、それはどういう……?
日比谷:ジャンケンを出すまでの動作の中に、次に何を出そうのか悩んでいる素振りが全く見られませんでした。身体全体の動きで、どういうフェイントで行こうか悩んでいる気配はあったんですが、グー・チョキ・パーのどれで行くのかを悩んで絞っているような雰囲気は全く感じられませんでした。恐らくどの順番で何を出すのか予め決めた上で『親』に望んでいたのだと思います。咄嗟の判断で無意識に参加者側を負かすようなジャンケンの仕方にならないための配慮。本当に尽一郎さんの情熱があってこその大会でしたよ(笑)。