参加賞争奪戦2
――言うに及ばず、時間の流れるスピードというのは常に一定なのだが、その一瞬一瞬に含まれる情報量はそうとは限らない。石崎尽一郎が、そして勝利を掴まんとする者達がその腕を掲げる刹那、その場で、それぞれの心中で、非常に様々な出来事が起きた。
まず端的に、起こった事のみを記す。
石崎尽一郎が出したのはグー。
尽一郎に勝利できた参加者は三十三人(+一人)。その内、七人の参加者がギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出した。
七つ同時に発せられた毛細炸裂の衝撃波は、打ち上げ花火のこだまのような空気同士がぶつかる複雑な衝突音を矢継ぎ早に響かせ、貸し会議室内を揺らした(なお、蛍光灯にはプラスチックのカバー、窓ガラスにはダンボールを貼って前もって補強してある)。ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出した参加者達の間に立っていた一部参加者は衝撃波同士の衝突に巻き込まれ、軽く身体が押し潰されたような感覚を味わったという。
ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを放ったのはいずれも何かしらかのスポーツに精通しているらしい鍛え抜かれた肉体を有した人物ばかり。ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターが七つ同時に放たれるなどという状況はどう考えても異常な、それだけでも十分語り草に成りうるようなシチュエーションだが、勝者・敗者含めた参加者達の大部分の反応は我々が考えるようなそれとは少し違った。毛細炸裂の破裂音の余韻が覚めると共に貸し会議室内は騒然とし、重い溜息と戸惑いに満ちた。その中で一人、性懲りも無くまた勝利した不参加者である黒田雅臣(ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スター使用せず)が「ほおぉぉ、なるほどねぇ」と緊張感は無いが興奮した口調で感嘆を漏らした。
石崎師匠が想像を絶する難敵であるとあの場にいた全員が思い知らされたんです、と茂庭はあの『一瞬』について反芻する。
茂庭:まず石崎師匠のあの日のジャンケンのフォームには二つの必然性があった事を言及したい。
一つ目は意識的に無理矢理動作を最小限にしていた事。二つ目は二年前にテレビ番組のチャリティーイベントでほぼ同じフォームでジャンケンをしていたという事。この番組の映像は師匠がジャンケンをしていた公共の映像ではおそらく最新のもので動画サイトを漁れば見つかるレベル、参加者の大部分は目を通していたでしょうね。
あからさまに罠なんですね。こちら側が研究している事を逆手に取って動作を小さく抑えている振りをしつつ一番判り易いフォームを選んだ。しかしそれは型を出す直前までで、ポン、と腕を振り上げる時急にとんでもないスピードに加速した。この瞬間の動きを見て石崎師匠が出す前に後出しを取られないように何か出すのは殆ど不可能じゃないでしょうか?
日比谷:何より特異な点は、グーを出す直前、尽一郎さんは間違いなくギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出そうとしていた事です。元来フェイントを仕込むような刹那に敢えてギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スター。無論親の側がギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出してはいけないルールですが、実はこれは親側にとってかなり重要な戦術です。
ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターの勝利を強制的に喚起させる性質は無論ジャンケンの最中でも起こりえます。ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを使用する相手と長時間ジャンケンをする場合、親側も「ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出そうと思えば出せる」というポーズだけでも示し続けないと『精神的に』負けてしまう。相手の勝利に呑まれてしまう、なんて言い方をよくしますね。だから相手の勝利を自分の勝利で対消滅させねばならない。
この時のジャンケンで尽一郎からは毛細炸裂の衝撃波が発せられることはなかった。
ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出そうとする『素振り』だけで本物のギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターに因る勝利を強制的に喚起させる現象に対抗できるのかどうか、実はその科学的根拠は発見されていない。しかしギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターのジャンケンに積極的に関わろうとする者達の間では経験則である程度効果があるものとして認識されている。
因みに茂庭と日比谷の両名はこの時、ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを使わずに尽一郎から勝ちをもぎ取った。そもそも出すだけの体力を持たないゲーマーの茂庭和夫はともかく、プロレスラーの日比谷雄治は敢えてギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出さないという選択肢を選んだ。それは確実に勝てるという確信があったからではなく一種の賭けだったのだが、日比谷は「一回は確実に最良なコンディションで石崎尽一郎のジャンケンのフォームを観察しておく必要がある」と考えていたのだ。
そして石崎尽一郎二度目のジャンケン。ここから戦いは大きく動く。
次のジャンケンでも毛細炸裂の爆発音が貸し会議室に響いた。しかしその数は二つ、行ったのは先程ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出した七名とは違う人物。
尽一郎が出したのはチョキ、それに勝利したのは二十四名(プラス一名)。特筆すべき点は、先程ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出した七人の内五人がここで敗退してしまっているという点だろう。この時敗退した日比谷雄治と親交の深い覆面レスラー『ミスター・ハルバート』は後に、「最初にギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出したのは明らかに戦略ミスだった」とコメントしている。ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを放った疲労がどうしようもなく次のジャンケンに必要な判断力・集中力を減退させていた。尽一郎の『一手目』の観察が不十分だった事に加えて、一挙一動から得た情報を分析し、そして次のジャンケンのフォームから瞬発的に予測するその全ての精度が、尽一郎とのジャンケンに完勝し得るレベルには届かなくなってしまっていたのだ。
日比谷:だからと言ってギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを使わないのが正解だったのかと問われると決してそうでは無い。最初の一発目は本当に何が出てくるのかわからないブラックボックスでした。それは三十二人敗退という数字に如実に表れています。それを考えると確実に一勝できるギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターっていうのは凄く魅力的なんですよ。
……でも今回の試合に関してはハルバートが言うように早い段階でのギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターの使用は悪手だったと思います。参加人数やその実力を鑑みると長期戦は必至で、体力管理もすごく重要なんです。序盤に全力を出してしまうとそこからが続かない。確実にすぐ負けてしまうなら、少しでも長時間戦える可能性のある方に賭ける方が、少なくとも『勝利』を手にするためには理に叶っています。
勝利の象徴はあくまでも出し惜しみされる事を望まれるのか?
そして尽一郎三度目のジャンケン。
やはり肉眼で捉えられないほどの高速で腕を掲げる尽一郎が出したのはグー。
参加賞争奪戦開始時の三分の一に減ったデュエリスト達の腕が掲げられると同時に今回も爆発音を響かせたギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スター。今回も二人、だったのだが、グーを掲げたままの尽一郎は爆音の余韻の後、その内の一人をじっと凝視した。
その人物の名前は曳山 保。大学駅伝にも出場経験がある市民ランナー。彼が掲げていたものはギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スター、それも『二回目』である。曳山は、尽一郎が最初にジャンケンをした時にギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出した七人の内の一人なのだ。一度普通にジャンケンをしたとは言え、短時間に二度もギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを行えば体力の消耗は相当なものだ。しかし二度目のギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出した彼からは疲労の色らしきものはほとんど見られない。二回大きく深呼吸をした後、体調を確かめるようにその場でジョギングの真似事をする。表情には爽やかかつ挑戦的な笑みさえ浮かぶ。
……動体視力という面ではマラソンランナーという人種はそれほど高い能力を持っているとは言えないかもしれない。しかしその体力・持久力は言うまでもなく驚異的で、42.195kmを走り続けるという極限の状況下において肉体のコンディションを管理し運動能力を維持し続ける体力と技術を、曳山はギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを用いたジャンケンで応用してみせているのだ。
新たなる異能者の存在を認知した尽一郎はその人物を興味深げ、かどうかは判り辛い仏頂面で見詰めている。が、この時の会場はそれに加え、いや、それとは別の事情で不穏な緊張感に満ち溢れていた。曳山が二度目のギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを放ったジャンケンでの勝者の数は十九人(プラス一人)。そう、偏りだ。またもや三分の一の確率でしか勝てないはずのこのゲームで極端に多くデュエリスト達が勝利を掴んでいる。即ち、参加者達が遂に今この瞬間の石崎尽一郎のジャンケンの癖を掴みつつある事を意味する。そしてそれが未だ生き残ったデュエリスト、敗北し勝負の趨勢を見守る者達、フール・オン・ザ・ヒル側のスタッフ達の大部分にとって共通の認識になってしまった。明らかに極端な勝者の数とそれに『気付いてしまった』関係者達の緊張感。この二つを百戦錬磨の古強者が見逃すはずが無い。しばし曳山の面構えを確認した尽一郎は会場全体に視線を移し次のジャンケンに参加者達を促す。見え透いている。状況の変化に気を留めていないフリをしているようにしか見えなかった。
会場にひりつくような焦りが走った。石崎尽一郎は確実に現状に気が付いている。それを受け、あの男は一体どう動くのか!?
尽一郎は今まで同様に腰を少し落とし、腰の辺りで小さく拳を振りながらジャンケンの掛け声を始めた。そして「ポン」という飛翔感のある掛け声と共に超高速で右手を掲げる。
と思われたが
出したのはパー
しかし掲げていたのはなんと左手だった。
「ポン」という掛け声を言いながら右腕を動かしている挙動は辛うじて肉眼で確認できた。しかしそれを途中で止め、右腕を動かすより更に素早いスピードで「ポン」と言い終わる前に左手を出していた、要するにありがちなフェイントなのだが、どう考えても一朝一夕では習得できない、長い期間練習してようやく実戦投入に耐えるような大技を参加者達の意表を突くためにさらりとやってくる辺りに尽一郎のこのイベントに対する並々ならぬ情熱が伝わってくる。間違い無く主催者の甥よりノリノリだ。
それに対し、勝利者は十二人(プラス一人)。その内ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出したのはなんと九人にも上る。その中には、今大会三回目、しかも二回連続でギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを放った曳山 保と、プロレスラー日比谷雄治も含まれていた。この日最大規模の毛細炸裂。参加者達が印章を突き上げると共に炸裂する衝撃波に思わず仰け反るギャラリーの面々。
毛細炸裂の余韻、耳に残る反響が消え始めた頃、ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出した参加者の一人が膝を付いた。東北出身の若きマタギ、吉田太一(三十二歳)だ。彼は尽一郎の一度目のジャンケンでギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出したのだが、二度目のそれを出すには肉体のコンディションが万全ではなく、自力で立つ事が出来なくなったのだ。ルールにより吉田太一は失格、残りの参加者は十一人(プラス一人)となった。……吉田太一が起立を維持出来なくなったのは二度に及ぶギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターの使用に加え、尽一郎との苛烈な読み合いと駆け引きに因り精神的に疲弊させられた部分が大きい。森林という巨大な総体からそこに住む獣の動向を読み取る狩人の能力を持ってしても石崎尽一郎という奇妙で豪胆な小宇宙を見極めることは難しかった、という事だろうか。いや、尽一郎を見極められなかったのは吉田太一だけに限った話ではない。ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出した九人は次の尽一郎の出す型(或いは行動)を予測できずやむなく安全策を取った。無理矢理ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを使わされたようなものだ。ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出さずに勝利した残りの面々、茂庭和夫とその友人で同じく格闘ゲームプレイヤーのファンクマン(格闘ゲームにおけるプレイヤーネーム)、社会人野球で捕手をしている新井和也、そして参加賞獲得権の無い黒田雅臣の四名は、尽一郎が裏をかこうとしている事を予測し、直感のみでチョキに行き着いた。
……この時点に至って、ようやくジャンケンが本来のジャンケンらしい三分の一の確率から正解を選ぶゲームに回帰したと言える。そして、本来のジャンケンから合法的に逸脱した面々、ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出した八名は、傍からもわかるほどに消耗した肉体をバテ気味に呼吸しながら支えていた。……ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターはそれを出した自身の精神にも影響を与える。自分の勝利を喚起させる事により脳内麻薬のような昂揚感で自分を鼓舞する事も出来ると言われているが、日比谷曰く、この時のギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターには自身に勝利を思い浮かべさせるような要素は何も無かったそうだ。追い詰められていく中で空威張りで出した、という心象があまりにも強く肉体的疲労だけが重く圧しかかってきた。今まで出してギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターの中で一番苦しかった、と日比谷は後に語った。
ここまで勝ち上がってきたデュエリスト達にも最早見極められないレベルのフェイント。それにまだ違う種類のフェイントを用意している可能性も十分に考えられる。しかし生き残った面々の顔に浮かぶのは絶望感ではなく、開き直りを含んだ朗らかな闘志だった。そう、尽一郎が何を繰り出してくるのか予想できる者はもういなかった。あとは三分の一の確率に賭けるか己の肉体の限界に挑戦するかだけ。
次のジャンケン。尽一郎は左手でチョキを出した。無論、超高速で。
それに対してグーを出したのは三人プラス一人。プロボクサーの五十嵐 卓と日比谷雄治、茂庭和夫と黒田雅臣だ。チョキを出して敗退してしまった茂庭の友人、ファンクマンは尽一郎のチョキを見た瞬間緊張の糸が切れたように脱力した笑いを浮かべ、茂庭の肩をかるく叩きギャラリーの方へと歩いて行った。
ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出したのは僅か三人。国体出場経験も持つテニスインストラクターの川井慎太郎、先ほどのジャンケンでギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出さずに切り抜けた新井和也、そして今日四度目のギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターの使用となる曳山保だ。
これで残り六人と一人。
ここで間を空けるとギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターで消耗した体力が回復し不公平が生まれてしまうので間髪入れずに次のジャンケンが始まる。
フェイントを加え右手で出されたのはパー。
それに対しギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出したのは日比谷雄治と新井和也。賭けに出てチョキで勝ったのは曳山保と黒田雅臣。四回連続でギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出すのは危険だと判断して久しぶりに真っ当にジャンケンした市民ランナー・曳山は勝利した瞬間「おお」と声を上げて喜んだ。
ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スター無しでここまで喰い下がってきた格闘ゲームプレイヤーの茂庭和夫は遂にここで敗退となった。茂庭は親が尽一郎に入れ替わった後、他の参加者がギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出し始めた頃から感じていた精神的圧迫感について言及した。
茂庭:ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出せない事でのハンデキャップっていうのは無敵状態で回避できないというだけじゃ無いんですよ。他の参加者さん達の勝利に対する貪欲さというか意志がどんどん心理的な圧迫感としてのしかかってくるんです。ええ、勝利に呑まれちゃってましたね。
完全に言い訳なんですけど、未知の領域だったといいますか、こんな大多数のデュエリストがギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出し続ける大会なんて想定外でしたよ。負けは負けでしたけど貴重な体験をさせていただきました。