参加賞争奪戦1
そして遂にメインイベントが終わり、参加賞争奪戦のジャンケンが始まる。
まず、ジャンケンを行うためのスペースを確保するため、スタッフ達の手によって速やかに机と椅子と『支配者と命運』が片付けられ、小学校の掃除時間のように会議室の隅の方に固められた。開けたスペースに究極の勝利の印章に魅せられた七十七人の敗者達が思い思いの立ち位置に並び立つ。
だが、ジャンケンを始める前に石崎尽一郎が呼んだスポーツドクターの指示によりラジオ体操が行われる事となった。ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターは肉体を瞬間的に疲労さえ莫大な負担をかけてしまうので急な心臓麻痺などに繋がる恐れもある。適度に体を動かしておくことにより急激な肉体の状態変化に慣らしておくのだ。まぁ、プールに入る前に体操をさせられるのと同じ理屈だ。ごく控えめなテープレコーダーの音声とともに(尽一郎と同年代のスポーツドクターの私物らしい。二十一世紀に突入した現代においてテープレコーダーが現役で稼働しているという事実に会場内で微かにどよめきが走った)、スポーツドクターがジャンケンに挑むデュエリスト達の前でラジオ体操を実演し、参加者達もそれに併せる。それは大会参加の誓約書に『会場のスポーツドクターの支持には必ず従う』という一文があったから、という理由からだけでなく、ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを用いてジャンケンを行う際に主催者と参加者の双方が協力して安全な試合運営を目指す雰囲気作りをして行く事で世間におけるギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを用いたイベントの印象を良くしようという意図もある。何より、ちゃんと体操をしておかないと割と本気で命に関わるのだが。
……そして、ラジオ体操を行ったスポーツドクターと入れ替わりに、満を持して石崎祐介が参加賞争奪ジャンケンの参加者、デュエリスト達と向き合う形で目の前に立つ。さて皆様、オマケの本編が始まりますよ、という掴みで軽い笑いを取り、改めて勝ち抜きジャンケンのルール説明をする。特に、安全面に関しては念入りに注意を呼びかける。ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを発動した後に自力でその場に立てないと失格とする、という特別ルール(これは『参加賞争奪戦概要』で前もって触れられていた)を改めて確認した。無論、体力的に自信がない状態なら絶対に行わないようにと念を押しつつ。だが、石崎祐介の前置きをする様を黙って見詰めている参加者達は注意をちゃんと聞いているという雰囲気とは少し違う。その大部分は集中力を高め、石崎祐介の一挙一動を余さず観察しているようで、既に臨戦態勢に入っていた。
人並み外れた集中力と静かな闘志が篭った視線に怖気付きそうになりながらも注意を終えた石崎祐介は最後に、参加者それぞれのジャンケンの邪魔にならないよう各人の間に一定のスペースを空けるように促した(毛細炸裂の衝撃波を間近で受けると耳の鼓膜が破れる危険性がある、と言われている)。ただラジオ体操の間にもう十分集団は部屋いっぱいに広がっていたので参加者達はお互いの距離を再確認するだけに留まった。
では、そろそろ行きますよ。
参加者側の準備が整ったことを確認すると、石崎祐介は右手を掲げ、小さく振りかぶる。
じゃーん、けーん
石崎祐介同様利き腕を掲げ振りかぶる者、腰に拳を構え少し腰を落とす者、全く腕を動かそうとしない者、それぞれの体勢で掛け声のリズムに体を揺らすし、
ぽん
最後の掛け声と共に七十七人のデュエリスト達が拳を突き出す。空を引き裂く音が会議室の中に響き渡る。――しかしそれは毛細炸裂の爆発音ではなかった。
石崎祐介が最初に出したのはチョキだった。
それに対し、参加者の大部分が出したのはグー。七十七人中なんと七十人がグーを出していた(残りはパーが三人でチョキが四人。今回は勝者のみが残留できるシステムを採っていたのでこの七人は脱落となる)。
この時、石崎祐介は二重に驚いたという。一つは無論参加者の大部分が本来三分の一の確率でしか勝てない事になっているジャンケンというゲームで当たり前のように勝利してしまっているという不自然なはずの事象を目の当たりにした事。そしてもう一つが誰一人として一回目のジャンケンでギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出さなかったという事だ。これほど大量の参加者、一人ぐらいは初っ端からギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを敢行する者が居るのではないかと身構えていたが、誰も行わない。ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを用いたジャンケンに魅せられたデュエリストのジャンケンというゲームそのものに関しての常人離れした技術に纏わる話は石崎祐介もある程度耳にしていたが、それはよくある都市伝説やネットで散見される笑い話の一種だと思って心の底では信じてはいなかった。石崎祐介はこの時初めて、自分が集めてしまった者たちに対する理解が如何に足りなかったかを痛感させられる。目の前のこの人達はギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを用いたジャンケンをやりに来たのではないのか? ジャンケンで確実に勝てる技術を身につけてしまったのならギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを出す必要がないのではないか。……この人達は一体何と戦っているんだ?
日比谷:目的と過程が逆転してしまっているのは認めざるを得ないという部分はあるでしょうね。ただそれはギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを扱う上で致し方ないというか原理的な部分なんです。
ジャンケンの勝率を上げるための訓練や研究は言うなれば体力節約術。如何にギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターの使用回数を最小限にするか、それに徹底的に拘った末に生まれたテクニック。その結果、ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを一切使用せずに常勝するような超人的なデュエリストを多数生み出してしまったのは傍から見ていると本末転倒しているように感じられるかもしれません。ただこれはギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターの魅力が持つ『引力』故に起こりうる事態なんです。ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターが絶対的な勝利の象徴である故に、それを扱うに際し誰も一切の手加減をしない。
ハッキリ言って私はあの瞬間(最初のジャンケンで七十人もの参加者が勝利した時)、ちょっと感動しちゃったんですよ。ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターのジャンケンに自分と同じように惹かれて、全力を傾けている物好きがこんなにもいたんだなって。
その後三回のジャンケンを行ったがそれで敗退したのはなんとたったの五人。六十五人が勝利を収めた。いや、正確には六十六人。『支配者と命運』で優勝してしまったギャンブラーの黒田雅臣も勝手にジャンケンに参加し、三連勝していたのだ(当然彼には参加賞を獲得する権利はないが)。石崎祐介は何かペテンか手品、ドッキリの類に巻き込まれているような釈然としない怪現象に当惑していた。後出しをしている気配はない(ように見える)のに会議室にいる大部分の人間が確実に平然と勝利をもぎ取って来る。ジャンケンというゲームに対する理解度が自身とは次元が違う事を認めざるを得ない。そしてここに至り、大会企画者としての冷静な自分が警鐘を鳴らし始める。このままジャンケンを続けていても参加者が勝ち続けていつまでも勝負が決まらないのではないだろうか、と。
だが、この膠着を待ち望んでいたかのように、遂にあの男が動いた。
底なし沼に足を取られたように途方に暮れている石崎祐介に対して、スタッフブースから彼を呼び止める声があった。無論その主は石崎尽一郎である。
その瞬間、黙して石崎祐介を見詰めていた参加者達に更なる緊張が走った。
尽一郎は石崎祐介にジャンケンの親を自分と交代する事を提案した。一瞬戸惑った石崎祐介に、最早一般人のレベルでは対抗できない領域だ、と諭した。ジャンケンに対する常識を猛然と覆す現状を荒唐無稽な程に端的に言い表した一言に激しい反発を覚えたが、眼前の六十五人(と一人)の勝利者達を前にすれば、その言葉を事実と受け入れ、伯父の言う交代について一考せざるを得なかった。
立ち上がる石崎尽一郎。畳やリング上、そしてバラエティ番組などでの圧倒的な威圧感を放っていた過去からかなり大柄だと思われがちだが、実際は成人男性の平均的な身長程度しかなく、初対面の相手からは想像していたより小柄だ、という印象を抱かせる。その貌は全盛期の頃よりは明らかに皺が深く、尽一郎を視てき者、同じ時代を生きてきた者達に否が応でも時代の移り変わりを感じさせる。
しかし今、尋常ならざる妙技で連戦するデュエリスト達の前に立つ尽一郎からは年の衰えなど一切感じられない。所作ひとつひとつに老齢故の重みはなく、柔らかかつ軽やかで、時代を超えても語り継がれる武芸者の威圧感を狭い貸し会議室にまざまざと再現する。
……ジャンケンの親を新しい人物、まだパターンや肉体の動きなどが判明していない未知の存在に変更するというのは勿論有効な戦術である。ただし尽一郎の登場は予め想定されていた(そしてさっきのラジオ体操にも参加していた)。インタビューに応えてくれた日比谷や茂庭、そして参加者の大部分も大会告知の時点で石崎祐介対策と平行して尽一郎に関するデータ(ジャンケンの傾向に関する物)を収集していたという。 特に石崎尽一郎に関してはその得意な経歴のお陰でテレビ番組やイベントでジャンケンをさせられる事がしばしばあり、資料も豊富だ。
茂庭:ただし石崎師匠(一部ファンには尽一郎はこう呼ばれている)のジャンケンに関するテクニックは今回の参加者に匹敵するレベルだというのはほぼ間違いない。交代の時点で参加者全員のジャンケンを観察していた事を考えると逆に参加者側の出すモノを予測してジャンケンをやってくる可能性もあります。参加者一人一人をピンポイントで撃破していく事だって可能なはずですよ。そうなると僕みたいなひ弱な人間には 圧倒的に不利です。ジャンケンのセンスだけでギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを使う相手を負かそうと画策しているような弱キャラにとっては厳しい環境です。
……ただまぁ、石崎師匠はギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スター絡みではそういう誰かを贔屓するような真似はしないでしょうけどね。あの人は純粋にあのイベントを楽しむためだけに参加していたでしょうし。
対策は成されている。しかしそのデータの大部分が二十年以上前の古いものが大部分。更に相手はこんな小規模なイベントに嬉々として現れる格闘技界の変人にして英傑。自分達の予測など役に立つのか、という不安を押し殺しながらその男の挙動を見守る一同。
勝利の頂を目指す六十五人の敗者(及び一人の優勝者)の前に石崎尽一郎が立ちふさがり、改めて彼の口からジャンケンの親の引き継ぎが伝えられる。参加者達から重々しい溜息が漏れる。が、その一瞬後には何かの試験会場のような衣擦れの音だけが支配する静けさと緊張感が貸し会議室に満ち、個々が、自身の中の石崎尽一郎と対峙する。そして尽一郎の登場と戦局の変化に浮き足立っているただのミーハーと脳内シミュレートの結果次の展開が予想できてしまった一部の者がひきつった笑いと共に「ヤバい、ヤバいよ」と場を煽る。
対石崎祐介戦以上に深いコンサントレーションに入る参加者達を見渡し、ではそろそろ始めさせてもらう、と確認を取る。誰も何も応えず只見詰め返すだけの返事を見て取り、尽一郎も居住まいを正す。
そして掛け声。
じゃーんけーん
どちらかというと強面の六十歳目前の男性がジャンケンをしようとする姿というのは正直シュールだ。そしてそのフォームは少々独特。両足の間を少し開け、腰の辺りでタイミングを測るように右手の拳を掛け声に併せ少し振るだけ。しかし日比谷・茂庭両名はこのフォームに見覚えがあった。そして『ごく偶にグーに変質する事があるチョキ』ではないかと、やはり両名とも目星を付けていたらしい。そう、この時までは。
ポン