『支配者と命運 第二章~覇権~』発売記念大会
そして三月。発売記念大会のその日がやって来た。
この日のために借りた貸し会議室に集まった人数は定員八〇名に対して一一〇名。当初はもっと参加者が多くなるのではないかと予想されていたが、前情報の段階で、幅広いジャンルからかなりの猛者・実力者が終結する事が周知されていたので、腕に自身の無い者(無論、ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを用いたジャンケンに関しての)は、大部分が空気を読んで自重したらしい。
大会開始の前に、参加者を絞る所から始めねばならない。本大会、というか『フール・オン・ザ・ヒル』がゲーム大会を行う際の通例として、前日予約と当日受け付けに定員を半分ずつ割り振るシステムを採用している。今回の場合は前日予約に四〇人、当日受け付けに四〇人。無論、試合終了後の参加賞争奪戦には試合そのものに出場せねば参加できない。
大会が行われる前からすでに戦いは始まっている。しかし、参加者選別直前の貸し会議室を支配していた張り詰めた空気を作り出していた原因はそれだけではなかった。会場の端に設けられたスタッフブースに座る石崎尽一郎の存在感に因るものだ。尽一郎は今回のイベントに大会見届け人兼臨時スタッフとして門下生の丹羽慎吾と共に参加。ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターに関する不測の事態に対する対処のためというのが名目(単にお祭りに参加したかっただけかもしれない)。参加者受け付け前は軽い握手会の様な感じで参加者達に応対していたが、その握手する相手や他の参加者の様子をじっと見守る尽一郎は一人一人を敵か獲物かを値踏みする猛獣の様で独特の威圧感を放っていた。
隅のブースでイベントの進行を見守っていた尽一郎だが、いざ参加枠を争うジャンケンが始まる段になって進行役の石崎祐介を呼びひとつ提案をした。参加者を決めるだけなら勝ち抜けにした方が良い、と。 ――当初から当日参加枠の抽選はジャンケンで行われる予定(ただしギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターは使用不可)だったが、そのルールは参加賞争奪戦同様負け抜け、つまり代表者とのジャンケンで負けた者がリタイヤしていく形式を採る予定だった。それを尽一郎は、勝った者が即参加権を得て負けた者が残っていく形式に変えるべきだと提案したのだ。
石崎祐介を始め他のスタッフはこの時点では何故尽一郎がこのような提案をするのか見当が付かなかった。ただその予定変更を拒否する理由も特に無いと思った石崎祐介はそれを採用、当日枠を争う参加者達にそれを伝えた。
……そして一回目のジャンケン。石崎祐介のチョキに対し、グーを出した者は五十三名。『フールオン・ザ・ヒル』のスタッフ達はここで少し違和感を覚えた。当日参加枠を争う七〇名の中で勝者が五十三名もいるというのは異様に偏っている。勝者が四〇人に絞れなかったので二回目のジャンケンを行ったがその勝者は五十三名中三十八名、やはり偏っている。この時点で三十八名の参加者が決定したが残りの参加枠二つを争うために一回目に勝利した十五名で勝ち抜けジャンケンをした。これは中々勝者が絞られず、四回のジャンケンの末にようやく最後の参加者二名が確定した。
参加者抽選でのジャンケンにおける勝者の偏りは偶然なのか。そうではない、と教えてくれたのが格闘ゲームプレイヤーとして有名な茂庭和夫だ。彼は当日参加者選抜のジャンケンで勝ち抜けた三十九人の内の一人だ。
茂庭:要するに、参加者が皆『石崎祐介対策』が出来てるって事が見抜かれていたんでしょうね。それを察知して早々にジャンケンが終わるように勝ち抜けを提案したんだと思います。いやぁ、悪戯を学校の先生に見抜かれたような気分でしたね(笑)。
―――『石崎祐介対策』というのは一体どういうものなんですか?
茂庭:文字通り、石崎祐介さんにジャンケンで勝つための対策です。これには二種類のアプローチがあって、一つ目は過去の傾向。ジャンケンで出す順番のパターンって人によって癖がある場合があるでしょ? 最初に必ずチョキを出す、とかグーを出した後次は必ずパーを出すとか。そういうデータを出来るだけ多く細かく集めて状況状況で何を出すかっていうたらればを詰めていくんですよ。
―――データというのは、どのようにして集めたのですか? つまり石崎祐介店長のジャンケンの仕方の傾向というのは?
茂庭:もちろん、石崎祐介さんのジャンケンを実際に見た結果です。今回のボードゲームの大会が行われる以前にも別のゲームの大会が彼のお店主催で行われていますよね? その都度店長は参加賞の獲得者の決定など含めてジャンケンを行っています。
今回の大会に参加していた人達の大部分はその様子を実際に観察してデータを取っていたか、撮影していたと思うんですよね。
―――あなたも実際に見に行ったり撮影をしていたんですか。
茂庭:はい。ていうか実際にカードゲームの大会に参加させてもらって店長とジャンケンしました。撮影については……、ははは、ノーコメントでお願いします。
……ただし、その出す順番の傾向は意識的に無くそうと思えば出来ますから絶対ではない。もう一つの方法はジャンケンで手を出す時の身体の動きで何を出すかを様子するという方法。一つ目が傾向から癖を見つける方法ならこれは肉体の所作から癖を見つけ出すんです。ジャンケンする瞬間の腕の振り方や肩の上がり方、そして身体全体のバランスの取り方でどれを出す予備動作なのかを相手が出す前に見抜く。パターンの癖と動作の癖の両方を総合して次に何を出すかを予測するんです。もっと凄い人なら相手の指の動きを確認する直前まで何を出すか決めずに腕だけ上げる、何てことをする人もいるみたいですね。所謂『後出し』なんですけど訓練した人が本気でやると全然わからない、普通に対戦相手と同じタイミングで出しているようにしか見えない。
……正直にわかには信じられない部分もある話だが、参加者の一部がそれらのデータや技術に基づいてジャンケンをしていたのならあの異様な勝率の偏りも説明が付く。とにもかくにも参加者八十名が絞られた。先に参加が決まっていた四十人同様、当日参加組の四十人も参加者名簿への氏名記入(偽名可)と参加費三百円の支払い(第一回大会と同じ額)、そして一枚の誓約書へのサインを要求された。参加賞争奪のジャンケンでギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを使用した場合に被った身体への影響に対して『フールオン・ザ・ヒル』側は一切責任を負わない、というモノだ。無論、全員両方にサインをした。
そしていよいよ大会が始まった、無論『支配者と命運 第二章~覇権~』の発売記念大会の方が。大方の予想通りルールを碌に把握していない(或いはある程度予習してきたがルールが複雑過ぎて充分に理解できなかった)プレイヤーが大多数を占める大会は開始の準備にすら大幅な時間を要したが、多店舗のスタッフ達と、敢えて空気を読まず参加した前作の愛好者達の活躍により何とかゲームの態を成した。序盤こそ進行に大幅な時間を要したが、ルールの飲み込みの悪い者は試合を重ねる度に自然淘汰され、後半はルールをよく理解した者だけが生き残ったので非常に円滑に試合が進行した。ボードゲームで脱落した者達は上着やジャージを脱いでストレッチを始めるたり椅子や床に座ってコンセントレーションを高めたり会場の外で時間を潰したり、はたまた手の空いたスタッフを巻き込んで『支配者と命運』の野試合を始める一団も現れた。
試合は五人ずつ十六組のグループに分けられてその中の上位二名が次のラウンドに進める。勝ち上がった参加者で各ラウンド毎に四から六人のグループを作り更に参加者を振り分ける。 そして決勝まで勝ち上がった六人の中からベストスリーが決まる。余り興味の無い情報かも知れないが、『支配者と命運』の方の優勝者についてとその決定の際のハプニングについて触れておく。今大会の優勝者、黒田雅臣はテキサスホールデムの世界大会の出場経験を持つプロのポーカープレイヤーでやはりギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターの参加賞争奪戦を目当てにこの大会に参加した。無論『支配者と命運』は彼にとっては初めてのプレイするゲーム(一応ルールを解説した特設ホームページには目を通したという事だが)であったが、持ち前のゲームセンスで実戦の最中に瞬く間に『支配者と命運』のセオリーを理解し、プロギャンブラーのポテンシャルを勢い余って存分に活かしてしまったせいで、『支配者と命運』の方で優勝。『支配者と命運』の敗者しか参加できない参加賞争奪のジャンケンに参加できなくなってしまったのだ。黒田雅臣には前大会同様、優勝賞品の『フール・オン・ザ・ヒル』の商品券一千円分が贈呈された。如何なる勝負事にも手抜きせずに挑んでしまう己の性にに苦笑いしつつ、彼は神妙に優勝商品を受け取っていた。因みに黒田は商品券で『支配者と命運 第二章~覇権~』を買っていた。定価で三千五百円なので足りない分は現金を出さねばならないのだが。
そして二位のプレイヤーにもやはり前回同様、商品券三百円分。そして三位のプレイヤーには『支配者と命運 第二章~覇権~』の宣伝ポスターが授与された(宮殿の大広間において、ひとりの男が、多くの来賓客の前で賢者か神のデフォルメのような長い白髭の老人を眼前で自ら王冠を冠るという、ジャック=ルイ・ダヴィッドの『ナポレオン一世の戴冠式』を露骨に意識した構図のイラスト。イメージイラストで過去の名画をパクるというのがどうも恒例になっているらしい。そして、このイラストのポスターこそが今大会の参加賞、ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターの覇者に与えられる景品なのだ)。……ゲームイベントにおいて三位のプレイヤーへの景品授与が行われる一幕などというのは、普通は弛緩し疲れの篭った、まるで縁日の帰り道のような空気が会場を満たしているようなものだが、送られる拍手は硬質で鋭く、参加者それぞれの緊張を現し高めているようだった。
そして遂にメインイベントが終わり、参加賞争奪戦のジャンケンが始まる。