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Galactic shiny shiny star   作者: 沢城据太郎
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石崎尽一郎の分岐

 石崎尽一郎という人物を、『ある種の求道者』と捉えるか『自ら名誉をドブに捨てた愚か者』と切って捨てるかは、個人それぞれの人生観に依る部分が大きいだろうから、ここで偏った意見を言うつもりは無い。ただ、彼もまたギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターに魅せられ、そしてギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターに大きく人生を左右された人間の一人だという点は誰しもが持つ共通の認識であろう。

 それは今から三十年程前の、夏季オリンピックにまで遡る。彼は当時の柔道八十一kg級の日本代表選手としてその舞台に立っていた。オリンピックには二回目の出場で選手として一番脂が乗っていた時期と言え、金メダル有力候補の一人と目されていた。

 当初の期待通り尽一郎は決勝戦まで勝ち上がったが惜しくも敗北。しかし(ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターのトピックス的に)重要なのは次の試合、銅メダリスト決定戦の方なのだ。

 三位決定戦の対戦相手は尽一郎より一回りほど若い二十代前半ポーランドの選手で、やや荒々しいがパワフルな投技を持ち味にしている。反面尽一郎の方は瞬発的な鋭い攻めを狙うような戦い方が多く、他の参加者達より若干パワーの面で劣っていた事も相俟って、極力守りに重点を置き隙を突いて得点をもぎ取るという試合運びをこれまで展開してきた。三回戦の展開もやはり、果敢に攻めるポーランド人選手の猛攻を反発する力で御し身体を大きく振り回されるものの得点に繋がるきちんとした投げを成立させなかった。更に倒れこみ寝技に持ち込まれそうになった場面でも、瞬く間にその場を離れ相手に手足を掴む隙を与えない。だからと言って尽一郎の防戦一方だったかと言えばそうではなく、ポーランド人選手の静と動の狭間を縫うように繰り出される意表を突いた攻めは、それを凌ぐポーランド人選手の体力と精神力を確実に削っていった。

 どちら側も攻める場面はあったのだが互いの堅い守りのせいで得点に繋がらないような雑な投げにしかならなかった。尽一郎側はややパワー負けしていたせいでどうしても決定力に欠けており、ポーランド人選手の方は尽一郎の堅固な守りのせいで目に見えて投げに移るモーションや足捌きが雑になり始めていた。

 膠着状態が会場の緊迫した空気を微かに弛緩したものに変えていた。試合時間一杯までこの決め手の無い拮抗が続き判定になるのかと思えてくる。だが、残り時間が二十秒にそれは起こった。

 勢いはあるが試合開始直後と比べると明らかに精彩を欠いている足技をポーランド人選手がしかけたその直後、二人がほぼ同時に畳の上に倒れ伏した。会場が興奮と戸惑いでどよめく。尽一郎がポーランド人選手の大内刈に対して大内返で切り返したのだ。ポーランド人選手は自身の右足で組み合った尽一郎の脚の内側から左足を刈って倒そうとしたのだが、尽一郎はそのポーランド人選手の重い薙ぎに耐えて踏み止まり、逆にその左足を刈って倒そうとしたのだ。しかし切り返したのは良いが相手の勢いがあまりにも強く、堪えきれず尽一郎も同時に倒れてしまった。

 この結果、ポーランド人選手の方が『有効』を得る事になる。

 この審判の判断がまた更に会場に大きなどよめきを生じさせる。観客達の多くが大内返で尽一郎側に得点が入るものだと思っていたからだ。選手当人達も予想外だったらしく、起き上がりかけた身体を一瞬止めてきょとんとした表情で審判の腕の動きを見た。騒然とした空気の中尽一郎側のコーチの怒号が嫌にハッキリ響く。しかしそれでもジャッジが覆るはずも無く、選手双方淡々と立ち上がりそれぞれのテープの前へと戻って行った。

 その時だ、その時尽一郎はやってしまったのだ。俯き加減に立ち位置に戻る尽一郎は徐に右手を掲げ、ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターの印章を作ったのだ。

 ……この試合をリアルタイムで観戦していたというプロレスラーの日比谷(ひびや)雄治(ゆうじ)に当時の放送についての話を偶然訊く事が出来た。『支配者と命運 第二章』の発売記念大会に参加していた彼にインタビューした所、快く応じてくれた。彼は若手の時代にプロレスラーとしての石崎尽一郎と同じイベントに参加した経験もある。



日比谷:あの試合の判定については今でもたまに議論になるんですけどハッキリと結論は出ないですよね。当時のテレビ中継を改めて観返してみたらポーランド人の方が先に倒れているように見えるけど、多分あれは見る角度によって変わってくるようなケースで、現場にいた審判の場合は角度の都合でポーランド人選手のほうが有利に見えてしまったのかもしれない。再現CGなんかでも結論は出ないんじゃないですか? まぁ、あの試合の審判には災難だったんじゃないですかね? 石崎さんがやらかしたせいで延々とジャッジの成否について世界中で議論され続けてるんですから(笑)。

 ジャッジそのもの以上に注目すべきはやっぱり、石崎さんがギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターで何故毛細炸裂を出す事が出来たか。

 あの毛細炸裂をしたシーンをリアルタイムで初めて見た時に感じたものは今でも忘れられません。まず音が異質なんです、音が。当時は中学生で大内返の掛けたかどうかとか全く分かってなくて単純にドゥイチュ選手(対戦相手のポーランド人選手の名前)に技を掛けられて有効を取られたと思ったんですよ。残り試合時間も二十秒を切っていましたし、ああ、これは負けたなぁって諦め始めていました。そんな時立ち上がり様に石崎さんが観客席に向かって、丁度向かいにあるテレビカメラに向かって背を向ける形でおもむろに右腕を上げるんです。まるでタクシーを呼ぶような気軽さで。その瞬間、ぼんっ、ていうね、打ち上げ花火みたいな腹に響く破裂音がテレビから鳴ったんですよ。それでドゥイチュ選手や審判、場外に居る立っているスタッフやら関係者が衝撃波で軽く仰け反って驚いた様に石崎さんを見て。いや、石崎さんじゃなく掲げた右手のギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターに注目していたんです。でも一番印象に残っていたのは実況してたアナウンサーのリアクションですね。石崎さんのギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターのせいで騒然として殆んど試合が中断されてしまっていた会場の様子を公共放送のアナウンサーだとは思えない位熱っぽく捲し立てるんです、それまでの淡々とした実況とは別人みたいに。アレは完全にギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターのせいで石崎さんの勝利を喚起させられていたからなんですけどアナウンサー自身も途中でその事に気付き始めてちょっとずつ冷静さを取り戻していった。そのアナウンサーの熱の籠った状況説明とテレビ越しからもギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターの影響を受けたので試合内容以上に、凄いものを見ちゃったよ! ってやたらテンションが上がったのを覚えてますよ。

 ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターや毛細炸裂は何度か見て来たけど、あれ程に鮮明というか、見事な物は見た事がありませんね。あの石崎さんの毛細炸裂をの事を「自分に不利な判定をした審判への腹いせだ」なんて揶揄する人がいるんですけど、まずあり得ない。あんな凄い毛細炸裂を出す『拠り所』としては、それは余りにも弱い。あれは自分自身で自分の勝利を一点の曇りも無く確信できたからこそ出す事が出来た毛細炸裂です。


―――石崎尽一郎さんが過去のインタビューでしばしば口にしていた言葉に「事実と審判の判断に齟齬が生じていたから正す義務を感じた」というのがあるんです。当事者自身がそこまで勝負の結果を確信できてしまうものなんですか?


日比谷:ほとんど第六感的なものでしょうね、これまでの夥しい数の経験から自分の勝ちパターンと試合状況がかっちりと当て嵌まってしまったっていう。

 でも何よりも決め手になったのは、ドゥイチュ選手の心の動きに呼応したからじゃないですかね。相手が負けを認めてしまったことを試合という形のコミュニケーションで読み取れてしまったんですよ。相手が負けを認めた上でなら、あれほど見事な毛細炸裂も納得が容易です。



 勝者の所在を明確にする事がギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターの存在意義とするのならば、当事者両名が同じ勝敗を暗黙の裡に認めている状況が、ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターに非常に大きな力を与える。無論、対戦相手のポーランド人選手が負けを認めたという直観は石崎尽一郎の思い込みかもしれない(もっと言えば、日比谷の分析間違いかもしれない)。ただ、それと共に、達人同士のみが持ちうる常人には理解できない領域での知覚、そして言語化できない意思の疎通というものがどうしようもなく存在してしまっている可能性も否定できない。

 結果、石崎尽一郎は『警告』の処置を受けた。要するに反則の一種なのだが、対戦相手に『技あり』を与える事と同等の重い罰である。理由としては試合の円滑な進行を妨害した事と柔道精神に反する行いをしたからであろうが、この処置については妥当な判断だったと各方面ではほぼ一致している。(たとえ対戦相手との共感が勘違いではなかったとしても)選手の主観と客観的なジャッジは別物、当たり前である。ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを組んで掲げた事は判定内容は別として審判そのものを侮辱した行為として捉えられた。その後試合自体も特に動きの無いまま終了し、ポーランド人選手の勝利に終わった。

 審判の判断を甘んじて受け入れていればまだメダル獲得のチャンスがあったのかもしれない。しかし石崎尽一郎はそれを突っぱねギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを掲げるという奇行に出た。当時この行動は日本国内の大多数の人々、特にスポーツ・柔道の関係者からはかなりのバッシングを受けた。オリンピックでの日本のメダル獲得のチャンスに平然と背を向けたという点、そしてギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターで審判を捻じ曲げようとしたスポーツマンシップに泥を塗る行為に世間は冷たかった。そんな強い風当たりに耐えられなくなった、のかは定かではないが、石崎尽一郎はオリンピックの数か月後に在籍していた柔道部があった製鉄会社を退職し、しばし世の表舞台から姿を消す(この時分の石崎尽一郎の動向には諸説あるがいまひとつハッキリしない。山伏に交じって武者修行をしていたとかツキノワグマをギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターで制する訓練をしていたとかメディア業界の関係者とコネを作るために毎晩飲み歩いていたとか色々好き勝手言われている。というか、石崎尽一郎自身が箔を付ける為に敢えて噂を独り歩きさせている節がある)。

 数年の謎の充電期間の後、石崎尽一郎はプロレスラーに転向。大手のプロレス興行団体『環日本プロレス』の選手としてリングの上に現れた。『柔道界の異端児』『無冠の勝利者』などというニックネームで呼ばれ、間違いなく世界最高クラスの柔術を基礎とした投げ技と寝技を駆使し、そして何よりオリンピックの厳粛な舞台で暴挙を働いた“前科”をキャラ付けに利用。メリハリの利いた技捌きと、リング上でも何をしでかすかわからないダーティな威圧感が人気を呼び、更には強面の割に意外とサービス精神が旺盛でテレビのバラエティ番組にもしばしば顔を出し、バブル期前後のショウビズ業界で広く顔が知られるようになった。三十代前半から後半の世代にとってはこの頃の尽一郎、リングの上において架空の襟を掴む様な構えで対戦相手に相対する姿とバラエティ番組において無表情でお笑い芸人に次々と大外刈りを仕掛ける姿のワンセットで一時代を作った代表的なプロレスラーの一人としての姿を思い浮かべるだろう。しかし四十代から上の世代にとっては恐らく、オリンピックのギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターの一件で各界から糾弾されている印象の方が強いのではないだろうか? しかしどの世代にも共通している石崎尽一郎を象徴するシルエットはやはりアレ、全世界に放送された背中越しのギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターであろう。柔道の世界を追われる切っ掛けでありショウビジネスの世界に身を投じる切っ掛けになったそれは石崎尽一郎を語る上で欠かせないワンシーンなのだ。そしてそれは一人の人間の人生が変わる瞬間の鮮烈なデフォルメである。詮無い事だが、もしあのオリンピックの会場で石崎尽一郎がギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを掲げなければ、彼自身の人生、そして彼が関わる事になる様々な物事がどのように変化していたのだろうかと、想像せずにはいられなくなる。

 プロレスラーを引退した今は地元に戻り小さな柔道場を開き、ごくたまにメディアにその姿を見せるという様な静かな暮らしをしている。若い世代で石崎尽一郎をよく知っている者はそれほど多くないだろう。プロレスファンか、ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターに関心を寄せる人物に限られるのではないだろうか? そして、石崎尽一郎の甥である石崎祐介も、自分の伯父が活躍した時代を知らない世代なのだ。


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