絶対なる勝利の象徴と人類の相互関係
ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スター、光の渦に在れどもなお輝く星という名で呼ばれるこの印章は、象徴化された勝利という概念そのものをヒトの心に喚起する事は広く知られているが、そのメカニズムについては未だに科学的に全て解明されている訳ではない。
指を折り曲げたり広げたりして作った形に特別な意味を持たせる、という文化は偶発的にしろ意図的にしろ古今東西様々な場所で見られる。ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターの指のサインと『勝利』との深い繋がりが最初に発見されたのが古代ヨーロッパだとする説は有力だが(かのサモトラケのニケ像は一九五〇年に右手が出土するまでギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを掲げていたのではないか、とする説が一部で存在した)、ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターのサインの持つ超常的としか言い様のない力の発散はある程度成熟した文化圏では場所を関係無く何らかの形で語り継がれている。人差し指と中指・薬指と小指の二組をそれぞれくっつけ中指と薬指の間を開き、親指を内側に折り曲げる。単純な形だが指が攣りそうになる痛みが微かに生まれ、予備知識が無ければこんな指の形を敢えて組もうとはしないだろう。
この印章は見た物に勝利を誇示する働きがある。この指の形を組んだ者と『勝利』という概念そのものに断ち難い関連があるように思い込ませるのだ。脳の部位に、ヒトの顔や身体を瞬時にそれと認識する機能を持つと言われる紡錘状回がある。他の生物、或いは同族の姿を素早く見つけ出すのは野生の時代から今に至るまで脳に認知のショートカットをする部位を造る程に重要な機能だが、顔や身体同様にギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを認識する部位が脳に特別に存在するという説が研究者の間では一般的だ。社会的動物の代表格である人間の活動において、争い事の勝利者を明確にする事は非常に重要なプロセスである。人間以外の生物でも、繁殖の優先順位やナワバリ争いで勝負をし、勝敗を決する方法をシステム化させている種族は多い。ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターはそんな社会活動において不可避なプロセスを簡略化するための本能に組み込まれた機能、なのかもしれない。
ただ、勿論このポーズを取っただけで勝利できる訳ではない。そんなハズが無い。戦争で完膚無きまでに叩きのめされても負けた側の代表がギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを掲げれば勝敗がひっくり返る、などという事は勿論無い。飽くまでもギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターは勝利と自身を関連付けるだけ、自身が勝利に近しい存在だと周囲に思い込ませるだけだ。しかし、実態の曖昧な勝利を誇張できるという特性は決して役に立たないと切って捨てられるようなものではない。拮抗した戦況において少しでも自軍が優勢になってきた場面で効果的にギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターでアピールすることで内外からの心証を操作しようとする戦術(不利を有利に見せかけ、僅かな有利をより圧倒的な有利に見せかける)は古くから利用されている。 最近の例では二〇〇三年、四月のバグダッドでのサダム・フセイン像の引き倒しと駐留していた米軍兵がカメラに向かってギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターをした後派手に『毛細炸裂』を起こす映像がセットにされて全世界に配信されたケースだろう。この二つの映像は米国当局が戦闘の終結を全世界に喧伝するための演出として行われた事だと後に判明する。各国の兵士達はこの後も続くゲリラ戦やテロ攻撃に苦しめられる事になるが、あの二つの映像の判り易いインパクトについては誰も異存が無いだろう。
……バグダッドの地で米軍兵が『毛細炸裂』を起こしたという事は、少なくともその米兵は何らかの勝利・優勢を強く信じていた事が判断できる。この『毛細炸裂』現象がギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターをより神秘的かつ不気味なイコンに仕立て上げている。その現象はギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターそのもの以上に解釈や理解を拒む正体不明な現象なのだ。件の米軍兵の映像は非常に鮮明に現象発生の様子が撮影されている。歓喜の表情で興奮気味に何かを捲し立てていた若い米軍兵が不意にギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターをカメラに向けた途端、身体から何か噴出した。それにより軍服はビニール袋に息を吹きかけたように膨らみ、バンドで留めてあるヘルメットが一瞬宙に浮く。『噴出』した直後、米軍兵は放心したように地面に崩れ落ちそうになる所を仲間達が慌てて駆けつけ身体を支える。仲間に抱えられた米軍兵の顔は最初とは打って変わり青白くなり、生気も無くなった。
実際には何か気体が噴き出していた訳ではない。どうやら、肉体から周囲の空気を外側に押し出す様な運動エネルギーが発生しているらしいのだが、勿論その運動エネルギーが何なのかは一切解明されていない。エネルギー保存の法則から鑑みればその空気を押し出しているエネルギーがどこからか発生しているはずなのだが、現代の科学でもそれすらハッキリしていない。この『毛細炸裂』という呼び名は、かつて有力説とされていた皮膚呼吸時に二酸化炭素を毛細血管から通常以上に排出するというものがそのまま定着したからなのだが、今ではそれも間違いだったと証明されている。
この『毛細炸裂』において判っている事は三つ。
一つはギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを行うと『たまに』発生するという事。飽くまで『たまに』である。毛細炸裂が発生する条件は『どれだけ強い覚悟と確信を持ってギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターの印章を掲げたか』という事だとされている。要するにギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを形造るのに相応しい場所と状況が無ければ毛細炸裂は起きないのだ。バグダッドの映像はプロパガンダの演出だとしてもあの毛細炸裂した米軍兵には何かしら誇示したい意志なり勝利なりがあったというのは確実なのだ(自軍の戦争と全く関係の無い理由でギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを掲げていたという可能性は残るが)。二つ目は毛細炸裂が発生するとギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを行った人物は酷く体力を消耗するという事。疲労度には個人差があるが、毛細炸裂一回で一〇〇〇mを全力疾走するのに匹敵する体力を消耗すると言われている。体力が無い者が行うと急激な肉体の疲労でそのままショック死してしまう可能性が無くも無いので実は非常に危険である。身体のエネルギーを何らかの方法で毛細炸裂の衝撃波に変換しているというのが一般的な説だがそのメカニズムは全く解明されていない。ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを巡る最も印象的で派手な現象だが同時に最大の謎でもある。三つ目は毛細炸裂が起きた場合ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターが持つ行った者と勝利がより深く関連付けられてしまうという事だ。これは心理学の実験で証明されている事だそうだが、例によってメカニズムそのものは謎のままだ。
毛細炸裂がその不可解な神秘性を保ち続けている理由としては、発生条件が科学で扱うにはあまりにも曖昧過ぎる事と、何より炸裂後の疲労のせいで連続した実験が非常に難しいという点が挙げられる。被験者の安全は勿論の事、人道的な観点からも決して褒められたモノではない。
科学的な観点からは指の型が人間心理に及ぼす影響や毛細炸裂ばかりが注目されているが、大衆文化に於いてはやはり勝利の象徴として、それもやや過激過ぎる表現手段として捉えられている。強制的に『勝利』を喚起させるという性質は人間の心を抗い様もなく操るとされ褒められたモノではないとする見方もある。また同時に、毛細炸裂の猛烈な体力消費がギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを行う事自体に恐怖を与える。
しかし毛細炸裂が発生しないギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターというのもまたそれはそれで良い印象を持たれない。毛細炸裂が発生しないギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターというのは要するに実の無い空威張りのような扱いを受ける。指の型から勝利は喚起されるが、それは独りよがりの自己主張なら逆に痛々しさを大っぴらに強調してしまう形になる。
極端な言い方をすれば、ギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを行うと毛細炸裂で体力を奪われるか何も起こらずに白い目で見られるかの非常に過酷なニ択に挑む事になるのだ。そしてだからこそ、完璧な形で掲げられる波動を放ち恒星の如く輝く様なギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターは強い畏怖と憧れの対象となる。特に、勝負の世界に身を置く人々にとってその影響力は絶大である。
ルールに則って判り易い勝ち負けを争う人々というのは、勿論そのゲームなりスポーツなりを行う事自体が純粋に好きだから行っているのだろうけれど、それとは別に、いやそれだからこそ、勝負の末に得られる勝利に抗えない魅力を感じている。そういう人々は勝利の波動を放つギャラクティック・シャイニィ・シャイニィ・スターを掲げる者に向けられる畏怖と尊敬の念が与える恍惚感、所謂勝利の美酒というものの味を知っている。