第十四話 世代交代
男は寝転がったまま、話しかけた。
『おい竜、いるのであろう?』
すると、どこからとも無く声がする。
『我の意識を介して、形成された空間だ。当然であろう。』
竜は天の傍らに姿を現した。
男は竜を見るわけでもなく、空を見上げて続ける。
『精神の侵食を受けない我でも、50%以上の同調は恐ろしくて出来なかった。』
竜は何も言わず、ただ男を見据える。
『あの時、適格者として再び生まれた村に降り立った我は、その惨状を見て我を忘れるほどの怒りにかられた。』
『・・・そして、適格者の力を使って復讐を果たしたな。』
竜が口を開く。その瞳はどこか悲しげだ。
『そうだ。怒りに任せて力を揮い、地図から小国を一つ消した。力を持ち、どんな状況にさらされようとも、自らを律する事ができるか?それが我の試練だと知りながらな。』
男は目を閉じる。
『いくら壊しても、いくら殺しても、気が晴れることはなかった。それどころか、後悔と恐怖にかられて、俺は逃げた。・・・適格者としての使命からも、自分からも。』
『使命を果たすまでは、適格者が死ぬことはほとんど無い。契約は一度してしまうと、それが履行されるまでは、お互いの承認無しには解除もできない。』
竜は少し機嫌悪そうに言った。
『そうだ、我は不死の存在となって各地を放浪した。・・・神に逢うために。』
男は竜の方を見て、続ける。
『まさか、竜に寿命があるとはな。誤算であった。』
男が言うと、竜は首を振る。
『そうではない。決められた期限の間だけ、存在できるようになっていたのだ。その時が来ただけに過ぎぬ。それに・・・』
竜は一度口ごもる。男は不思議そうな顔で竜を見る。
『それに・・・なんだ?どうせ逢えないと言いたいのか?・・・やはり、この世界には神はもういないのだな?』
男が聞くと、竜は少し驚いたような顔をした。
『気がついていたのか?』
竜の言葉に男が答える。
『数百年の間、文献や伝承、遺跡に至るまで神に関わるものは調べられるだけ調べた。・・・そしてある仮説にたどり着いたのだ。』
『神が見捨てたわけではない。』
竜は男の言葉を遮った。
『過保護な親の存在は、子の成長を阻害する。だから、神はこの世界を離れ人が自律的に繁栄することを望んだのだ。』
『すると、適格者は人が神の思惑通りに成長しているかを確かめる為のシステムなのか?』
男は尋ねる。
『そこまでは、神にしかわからぬ。だが、人がこの世界を脅かす存在となれば、存在を抹消される事もあるやもしれぬ。』
竜は半ば投げやりに話す。
『この世界が神のフラスコだからだな?』
男は竜の瞳を見据えて言った。
『どこまでわかっているのだ?』
竜は露骨に嫌な顔をした。
『さあな。まぁ、神に逢えぬとわかっただけでも良かった。諦めがつくというものだ。・・・俺はこいつが見せる未来の方が興味が湧いた。今こそ俺の適格者の権限を全てそいつに引き継いで、十三番目を正式な最後の適格者にしよう。』
竜は不思議そうな顔で問う。
『よいのか?契約を解除すれば、お前は人の理を受ける。それがどういうことか分かっているのか?』
男は答える。
『十分に長く生きた。それに目的が果たせぬなら、この世に未練は無い。・・・さぁ、やってくれ。』
『わかった。』
竜がそう言うと、二人の男を囲むように陣が現れた。
陣の中で法成式が男の体から取り出され、天に移っていく。無数の碑文が絡み合い天の中へと入っていく。
『もうすぐ儀式も終わる。我との繋がりが断たれれば、お前の意識もこの空間から離れる。そして限界を超えている肉体は塩塊となる。・・・つまり、儀式が終わると同時にお前は死ぬのだ。』
竜は男に話しかけた。男は満足そうに笑顔で答えた。
『わかっている。竜よ、お前に会えたおかげで面白い時間を過ごすことが出来た。礼を言う。元はと言えば我のせいだが、本来は存在しないはずの十三番目にどんな試練が与えられるか、何もない筈はないと思うが。お前がどんな答えを見つけるか、我は先達たちと共に楽しみに見ている。そう後輩に伝えてくれ。』
男はそう言い残すと、姿が消えた。
『まったく、最後まで勝手な奴だ。』