第九話 適格者
「ふざけやがって・・・」
男はさらにナイフに力を込める。
傷口を抉られるが、意外と痛くはない。
男はナイフを抜き、二度三度と天の背中を刺す。
ナイフを抜かれると、嘘のように痛みがこみ上げてきた。
刺される度に背中が熱くなる。
想定外の状況に集中できずに、されるがまま気が遠くなっていく。
次の瞬間、男は宙を舞った。
力が溢れてくる、傷も塞がっていた。
脳が鷲掴みにされるような痛みが走る。・・・一瞬で我にかえって痛みは消えたが酷い疲労感だ。
天は力を振り絞り、アパートまで帰った。
部屋に入ると、ベッドに倒れこむ。
仰向けに寝転がりながら、意識を集中する。
『いろいろ聞きたそうだな?』
竜は楽しそうに言った。
「当たり前だ。あれは何だ?」
『順をおって説明しよう、まずは感覚増幅。』
「・・・もったいぶりやがって。」
『これは我と同調した者が陥る感覚だ。全ての知覚機能と身体能力が増幅される。』
「なるほど・・・それでデメリットは?」
『よくわかっているな。増幅は体に負荷をかける。長時間は危険だ。』
「わかった。それでは俺が刺された時の感覚はなんだ?」
『あれは同調率を25%まで上げた状態だな。ちなみに通常は5%だ。』
「より多く力を引き出せる代わりに、精神の侵食も進むのがデメリットなわけか。」
『そういう事だ。まぁ、必要がなければ無用な力だがな。』
「本当にそうなのか?」
『何がだ?』
「この力には意味があるんじゃないのか?お前は俺に何をさせるつもりだ?」
『・・・もう少し、機をうかがうつもりであったが話したほうがいいようだな。』
竜はその澄んだ瞳で、こちらを見据える。
『お前は我に選ばれた。選ばれし者は試練を与えられ、乗り越えた者は答えを求められる。これが、今までの適格者の運命だ。』
「今までとは?俺は何か違うのか?」
『そうだな、今までとは違う。適格者は死ぬ運命の者の中から選ばれる。そして、適格者としての役目を終えるまでのつかの間の生を全うし、また死ぬ。・・・だが。』
「だが?」
『お前の前任者にイレギュラーがあってな。奴は死んでおらぬ。』
「運命から逃れたと?」
『・・・違うな。保留にしているのだ、運命と答えをな。そして我自身の存在の制限時間も今回は大きな違いだ。』
「・・・つまり?」
『お前はまず、適格者としての真の資格を得るために奴に会う必要がある。その上で、試練を乗り越え答えを出すのだ。我の活動限界時間までにな。』
「もしも、出せなかったら?」
『人類は緩やかに滅びる。』
「ちょっとスケールがでかすぎやしないか?」
『これは神の決めた趣向だ。』
「神の?」
『そうだ。その話はまたの機会にしよう。』