貧乏国のお姫様は、生贄にされかけます
やっぱりリュヒは、天然なんです
俗に言う所の剣と魔法の世界。
その世界では、トーラという帝国がその大陸の覇権を狙って、侵略戦争を繰り返し、世界を騒乱の海に陥れていて。
しかしそんな騒乱と無縁だが、とても貧乏な国、ターツのお姫様、リュヒ=ターツ。
彼女は、帝国との休戦協定の更新を終え、国の帰り道でのお話。
「あれって大丈夫ですの?」
怪しい煙を上げる火山を見ながらのトーリ伯爵令嬢の言葉にミーが複雑そうな顔をする。
「本来なら噴火しているレベルだな」
短い沈黙の後、ニーワが慌てる。
「そんな、そんな場所にお嬢様を長いさせる訳には、行きません。早く避難を!」
しかしトーリ伯爵令嬢は、冷静に告げる。
「本来ならと言いましたね? 何かイレギュラーな要素があるのでしょうか?」
リュヒが頷く。
「あの山には、守護者がいるみたいです」
「守護者?」
トーリ伯爵令嬢の尋ねるとイーヌが答える。
「あの山を守護する竜が居るみたいですね」
「そんな事が解るものなのですか?」
トーリ伯爵令嬢が意外そうな顔をするとミーが頷く。
「竜の気配って独特だからね。慣れれば遠くからでも感じる事が出来るわね」
「多分、高位のサウザンドドラゴンがあの火山を支配して、噴火しないようにして下さっていると思います」
リュヒの解説にトーリ伯爵令嬢が思案する。
「そのサウザンドドラゴンは、帝国に居を構えているって事になりますね?」
ミーが頭をかく。
「まあ、こっち側からしてみたらそうかも知れないが、ドラゴンにしてみれば、偶々住んでいた所が帝国領だったって事でしょうね」
「しかし、帝国領に居ることには、変らない筈、だったら、交渉が……」
トーリ伯爵令嬢の言葉にミーが鋭い視線を向ける。
「馬鹿な事を考えないほうが良い。ドラゴンは、余計な干渉される事を一番嫌う」
「でも、単なるサウザンドドラゴンでしたら、師匠勝てませんか?」
イーヌの指摘にミーが肩を竦める。
「冗談、ドラゴンに相手のテリトリーでやりあって勝てる訳ないだろう」
リュヒが頷く。
「そうですね。ドラゴンは、個の力でも強大ですが、場の力を利用した場合、大自然すら操る事が可能になります」
ミーが火山を指差す。
「あの火山を噴火させないようにするみたいにね」
改めて火山を見ながらトーリ伯爵令嬢が呟く。
「あの強大な火山すら支配下に置く力……」
「お嬢様、大した物を作れずすいません」
頭を下げるニーワにトーリ伯爵令嬢が苦笑する。
「この旅は、観光では、ありません。元より新たな力を得る為の旅、快適さなど求めていませんから」
「しかし、私には、お嬢様に常に最高の環境を用意する義務があります」
拘るニーワにトーリ伯爵令嬢が微笑みながらスープを啜る。
「貴女のスープは、どんな材料でも最高です」
「お嬢様……」
嬉しそうにするニーワ。
「わーなんか、凄くメイドと御主人様って感じだな」
感嘆をあげるミーに呆れた顔をするトーリ伯爵令嬢。
「貴女も一応は、リュヒ様の従者でしょ?」
「一応な」
ミーの言葉にニーワが睨む。
「従者としてなんて愚かな」
「はいはい。ところでうちのお姫様が居ないんだが、何か用事を言いつけた?」
ミーの問い掛けにトーリ伯爵令嬢がニーワを見る。
「いえ、今は、何も指示を与えていません」
「おかしいな」
いぶしむミーにトーリ伯爵令嬢が問う。
「随分と落ち着いていらっしゃるのですね?」
ミーが苦笑する。
「本当にヤバイ事には、絶対ならないって知ってるからな」
「それは、どういう意味ですか?」
ニーワの疑問にミーが肩を竦める。
「リュヒは、レジェンドドラゴンの御加護を受けている。あれに本当の意味で危害を与えられる存在など皆無」
「しかし、万が一って事もあるのでは?」
トーリ伯爵令嬢の指摘にミーが手を横に振る。
「万が一、そんなのは、人間の中の話。レジェンドドラゴンの御加護っていうのは、そんな低レベルのものじゃないのよ」
「それほどの物なのですか?」
ニーワの言葉にミーが頷く。
「例え、あの火山が噴火してこの町が消滅しようと、リュヒは、火傷一つ負わないでしょうね」
「凄まじいですわね」
冷や汗を垂らすトーリ伯爵令嬢であった。
「あのーこれは、どういうことでしょうか?」
何故かリュヒは、祭壇に縛り付けられていた。
「すまない。これは、契約なのだ。偉大なりし竜との契約。毎年、一人の少女を捧げる事で火山の噴火を封じてくださるのです」
ずさんな作りの頭巾を被った町人の言葉にリュヒが首を傾げる。
「あのーどうして竜が人の生贄を?」
「竜といったら人の生贄をとるものだろう」
確信を持って告げる町人の言葉にリュヒが困った顔をする。
「あのー、竜が人の生贄を得て何をするというのですか?」
町人達が顔を見合わせる。
「やっぱり食うんじゃないのか?」
「嫌々、ここは、所謂別の意味でくわれるんじゃ」
様々な意見が出る中、リュヒがオズオズと告げる。
「あのー竜にとって、人一人を食べてもあまり意味が無い事でして……」
「「「そんな訳があるわけ無い!」」」
揃って反論されて怯えるリュヒ。
「すいません」
そして、天から大きな羽ばたきと共に一体の竜が舞い降りる。
『契約の通り、やって来た。さあ、生贄を』
「はい、ここに」
町人は、頭を垂れてリュヒを差し出す。
『中々の生贄だ』
竜が満足そうな顔をするのをみてリュヒが不思議そうな顔をする。
「あのー、どうして人の生贄なんてとるんですか?」
『決まっている。そういう物だからだ』
竜の答えにリュヒが戸惑う。
「えーともう一度聞いて良いですか? どうして少女の生贄を欲するんですか?」
『だからそれがロマンだからだ』
竜の答えにリュヒが眼を細める。
「本気で言っていますか?」
『本気だとしたらどうする?』
竜の問い掛けにリュヒが答える。
「否定します! そんなロマンは、認めません!」
『矮小な人間などに認めてもらう必要などない!』
竜の言葉にリュヒが告げる。
「矮小かどうか関係ありません。大切なのは、行為の意味です!」
『人間の分際で竜である私に意見するとは、なんと愚かな! 死にたいようだな!』
竜がその口に炎を点らせた。
「おやめ下さい! いま攻撃されたら、我々まで!」
必死に止め様とする町人を無視して、竜は、ブレスを放った。
「駄目です!」
リュヒの声と共にブレスが割れる。
『馬鹿な! 何故我がブレスが裂けた!』
驚愕する竜を圧倒する存在が現れた。
『我等の加護を受けたリュヒに、貴様程度の力が通じる訳が無かろうが』
竜が愕然とする。
『そんな、何故、貴方ほどの方がこの様な所に!』
『五月蝿い! 今関係あるのは、貴様がリュヒに危害を加えようとしたその事実だけ!』
火のレジェンドドラゴンのカーイがその姿を露にする。
「カーイさん、どうしてここに居るのですか?」
リュヒの素朴な問い掛けに今にも竜を襲おうとしたカーイの動きが止まる。
『そ、それは……。そう! 散歩の途中に偶々ここに居るのだ!』
誰が聞いても苦しい言い訳だったがリュヒが頷く。
「そうですか。それでしたら、ここは、あちきに任せて貰えませんか?」
『任せるとは?』
眉を顰めるカーイにリュヒが応える。
「この竜と話をします。そして、人と一緒に歩んで貰います」
『黙れ、人間が。我ら竜と人が同じ立場だと思ったのか!』
怒鳴る竜をカーイが睨んで黙らせてから告げる。
『リュヒ、お前のその清らかな心は、なにものにも代えたられぬ宝。しかし、お前を生贄としようとした竜や人にお前の慈悲を掛ける価値などあるまい?』
リュヒは、首を横に振る。
「慈悲では、ありません。これは、同じこの世界に生きる者。同じ竜と共に生きる生き方を選んだあちきが求める未来を語りたいのです」
『リュヒ……良いだろう。おい、お前、リュヒにこれ以上何かしようとしたらその時は、覚悟をしておけ。それでは、私は、散歩を続ける』
カーイがそう言って再び消えていく。
リュヒは、竜と町の人双方に話し掛ける。
「竜は、人より数段優れた存在です。どうしても一方的に崇め、縋り、頼ってしまいます。でもそれでは、いけないんです」
『人が我ら竜に出来る事等、皆無だろう』
冷めた目で告げる竜の言葉をリュヒが頷く。
「そうです。でも人には、竜には、絶対にもてない物を持っています」
『そんな物がある訳がない!』
断言する竜に対してリュヒが笑顔で答える。
「多くの家族、仲間、友です。竜は、その強大さ故に、その数は、限られ、孤独に生きる事を強いられます」
『人間のお前に何が解る!』
感情的な声をあげる竜にリュヒが再び頷く。
「解りません。でも、無理に解ろうと思いません。あちきは、同情をしたいわけじゃありませんから。あちきがしたいのは、例え、竜の一生の中では、ほんの一時だろうと共にある事。親愛を結び、一緒に喜び、悲しみ、思い出を作る事です」
リュヒは、楽しげな語る。
「カーイさんは、怒りっぽいですが、情熱的なだけです。ミーウさんは、穏やかで優しく一緒に甘いお菓子を食べて話してると笑ってくれます。ツーノさんは、頑固な所もありますが、じっくりと事情を話せば理解してくれます。カーシさんは、少し気が早いところがありますが、何かがあった時一番にきてくれます。ヒーラさんは、とにかく明るいですし、ヤーイさんは、無口ですがあちき達の事をよく見ていてくれて理解してくれています。レジェンドドランと言われる皆さんと共に過ごせる時間があちきにとってもとても大切な時間なんだと思えます。そこには、上も下もないんですよ」
町人達が竜を見上げ、竜も人を見下ろす。
暫くの時が過ぎた後、竜が語る。
『遅過ぎる、私は、人に多くの犠牲を強いてしまっている』
諦めの表情を見せる竜に対して町人達が反応する。
「そ、そんな事は、無いです! 貴方のお蔭で私達は、この町で暮らし続けていたのです!」
「そうだ! あんたに感謝してるだ!」
『お前たち、本気なのか? 我は、多くの同胞を食らった竜なのだぞ?』
戸惑う竜に対して町長が応える。
「それは、我々が決めた事です。どうか、その事を自ら咎める事は、しないでくだされ。そしてできるなら貴方の話を聞かせて下され」
『……長くなるぞ』
長い沈黙の後の一言に町人達が頷く。
「時間は、いっぱいあります」
こうして一つの不幸な連鎖は、断ち切られた。
町を出た数日後、一行から別れていたミーが合流して言う。
「あの町の竜、生贄の子達を自分の巣に連れ帰っては、話し相手をさせてたみたい。まあ、殆どの子が怖がって話にもならなくって自分のプライドを護る為に遠くの町に送っていったみたいだけどね」
「なんて下らないオチなんでしょうか?」
トーリ伯爵令嬢は、呆れるがリュヒが笑顔になる。
「誰も死んで無くって本当に良かったです」
その笑顔にトーリ伯爵令嬢が不思議がる。
「それにしても貴女も大概ですね。自分を生贄にしようとした竜と人、両方を許すなんて」
困った顔をするリュヒ。
「許すなんて、あちきは、そんな偉い存在じゃありませんよ。だってカーイさんは、偶々散歩だっただけであの後も直ぐに居なくなったのです。竜だけでなく町の人達もその気があればあちきをどうする事も出来た筈です。でも、そうせずに話を聞いて下さったのです。そんな竜や人が良い人じゃないわけがありません」
断言するリュヒに苦笑しながらミーが上空を見る。
「本当ね、偶々散歩している何処かのレジェンドドラゴンが姿を隠してずっと監視してる訳ないものね!」
「カーイさんが、あちきに嘘を吐く訳ありませんから当然です」
一片の疑いを持たずリュヒがそう言うと、何故か上空の風景が歪む。
「とにかくもう直ぐターツ王国ですよ」
そう話を誤魔化しにはいるイーヌ将軍。
トーリ伯爵令嬢がシリアスな顔をする。
「眩しすぎる程の純粋さ、それがレジェンドドラゴンを心を捉えたのでしょう。私には、真似できない。やはり利用する方向で進めるしかないわね」
密かに今後の展開を思案するのであった。