貧乏国のお姫様は、メイドもやります
帝都からの帰り道、何気にミーの活躍回でした
「という訳で、よろしくお願いします」
頭を下げるリュヒ。
「よろしく頼むわ」
ミーが適当に挨拶をする。
呆れた顔で答えるトーリ伯爵令嬢。
「本気で、王女としてのプライドとかないのかしら?」
「どういう事なのですか、お嬢様?」
そう問い質す侍女は、トーリ伯爵令嬢に仕えるニーワである。
ミーが面倒そうに言う。
「イーヌの奴の里帰りなんだけど、意外とあっさり承認が降りたのは、良いんだが、あっちは、あっちでちゃんと人員が居るって話でな。そんで、こっちだったら女手が必要って話で回された」
トーリ伯爵令嬢は、溜め息を吐く。
「貴女達の事は、諦めましたわ。とにかく、雇うとなれば特別扱いは、しませんよ。ニーワ」
「はい、びしびしと使って差し上げますわ。生半可な覚悟で居ないで下さい」
ニーワの目が怪しく輝く。
「頑張ります!」
元気に返事をするリュヒ。
「んで、思惑は、外れたみたいだな」
旅の途中の宿でミーは、意地悪そうな顔で告げる。
「思惑とは、何ですか?」
しらばっくれるトーリ伯爵令嬢にミーが失笑する。
「厳しい仕事をやらせて弱音を吐かせた上で、仕事を辞めさせて、ただの同行者する。はっきり言えば、旅費の全部を出すことで恩を売ろうと思ってたんだろう?」
トーリ伯爵令嬢は、表情を変えずに答える。
「好きに想像して下さい」
楽しげに微笑むミー。
「いいね、さすが厳しい政治の世界に生きてるだけは、ある。まあ、うちのお姫様は、そういうのは、全く向かないが、家事全般は、得意でね」
そういって、宿の外で山のような洗濯物をせっせと洗うリュヒを見る。
「そういう貴女も侍女として雇われた筈ですが?」
ニーワの突っ込みにミーが肩を竦める。
「あたしは、どちらかといえば護衛が専門でね」
「イーヌ将軍が同行されているのです。護衛など不要です」
トーリ伯爵令嬢の言葉にミーが真剣な目になる。
「イーヌの里帰り、やけにあっさり受諾されたと思わないか?」
「話を誤魔化さないで下さい」
詰め寄ろうとするニーワを制し、トーリ伯爵令嬢が言う。
「裏があると言うのですか?」
ミーが外、リュヒの洗濯物の出所、イーヌに同行した兵士達を眺めながら言う。
「将軍の凱旋だっていうのに、お供が十も行かないおかしいだろ。それに元々イーヌには、遠征の予定が入っていた筈だ」
「ですからその前に一度故郷に帰る時間を下さったと言っておられました」
ニーワは、イーヌからの説明をそのまま口にするが、トーリ伯爵令嬢は、鋭い視線になる。
「なるほど、そういう事ですか?」
ミーが頷く。
「そういう訳で、あたしが護衛としている必要があるわけだ。まあ、本当に危なくなったら、リュヒを護っているレジェンドドラゴンが消し炭にするだろうが、そうすると周りの被害が大きすぎるだろうしな」
「まだ居るんですか?」
呆れた顔をするトーリ伯爵令嬢にミーが小さく頷くのであった。
イーヌ将軍の里帰りとそれに同行を申しこんだトーリ伯爵令嬢の一行は、その面子から、周囲に興味を大いに引きながら旅を続けていた。
比較的小さな町、多くの人々が寝静まった頃、眠って居たトーリ伯爵令嬢が揺すられた。
「何ですか?」
起こした人物、ミーが小声で告げる。
「皇帝陛下の招待したお客様が到着した。一応気をつけろ」
「陛下の招待したお客様?」
困惑するニーワと違いトーリ伯爵令嬢は、察知する。
「リュヒ王女の平気なのですか?」
ミーが苦笑する。
「あれの睡眠を妨害するとレジェンドドラゴンが怒るんだよ。イーヌの奴、派手にやってくれなければ良いだけどな」
そういっている間に剣戟の音が響き渡る。
「な、何が起こって……」
大声をだしていたニーワの口を塞ぐミー。
「イーヌ将軍の命を狙った刺客の襲撃です」
トーリ伯爵令嬢の言葉にニーワが意外そうな顔をするのをみてミーが解説する。
「皇帝陛下は、これを見越して今回の里帰りを承認したんだよ。自国の将軍に刺客を送られては、反撃しない訳には、いかないっていう今度の遠征のお題目を作るためにな」
「元々、今度の遠征は、過去の延長としてあまり推進派の力が強くなったかので、良い切っ掛けになる事でしょうね」
トーリ伯爵令嬢も頷く。
「そんな、それでは、今回の旅は、かなり危険な物になります! 直ぐに領地にお戻りを!」
ニーワの主張にトーリ伯爵令嬢が首を横に振る。
「それは、出来ないわ。帝国での力を更に高めるその為には、多少の危険は、覚悟の上。そして、ターツ王国には、それだけの価値があるのよ」
「そういう訳で護衛の待遇改善をよろしく?」
舐めきったミーの態度にトーリ伯爵令嬢が挑発的な視線を向ける。
「貴女にそれだけの価値があるのかしら?」
それを聞いてミーが不敵に笑った。
「良いわ、証明してあげる」
ミーは、扉をあけるとそこには、黒装束の男が禍々しい光を放つ刃を構えていた。
「リュウカブトの毒を塗った短剣って殺意高いわね」
分析しているミーに黒装束の男が刃を突き出す。
しかし、刃は、空を切った。
姿勢を低くしたミーの拳が黒装束の男の腹に決まった。
男の口から大量の血が吐き出される。
「師匠、手助けしてくれるんですか?」
あんまり苦戦している様子がないイーヌと違い、兵士達の数人は、倒れていた。
「帝国の兵士って本当にひ弱ね。まあ、こっちは、大丈夫そうだから、あれを片付けてくるわ」
ミーが窓から見える小さな光を指す。
「良いんですか?」
イーヌの言葉にミーがあっさり頷く。
「今の依頼人があたしの実力を知りたいそうだからね」
「それでは、お任せします」
イーヌの返事を待たず、ミーは、窓から外に出て行くのであった。
「大丈夫ですか?」
騒動が落ち着いた頃を見計らってやってきたトーリ伯爵令嬢にイーヌが作り笑顔で答える。
「私は、大丈夫です」
その視線の先には、リュウカブトの毒で死に掛けている数人の部下が居た。
「彼らも覚悟の上のはずです」
トーリ伯爵令嬢の言葉にイーヌが頷く。
「そうでしょう。しかし、部下が死ぬ姿は、何度見てもなれません」
感傷ひたるイーヌにトーリ伯爵令嬢が尋ねる。
「あのミーって人は、本当に強いんですか?」
驚いた顔をしたイーヌだが、暫くして納得した様子で言う。
「人間で師匠に勝てる存在なんていません。あれが証拠です」
イーヌが指差した先では、小さく点っていた火がドンドン消えていく。
「あそこで何が行われているのですか?」
「一方的な虐殺です」
イーヌの言葉の正しさをトーリ伯爵令嬢が知るのは、夜が明けてからであった。
森のイーヌ将軍暗殺部隊の待機場所。
「まだ、成功の連絡が無いのか?」
隊長の言葉に部下が恐る恐る答える。
「流石は、トーラ帝国最強の将軍、一筋なわでは、いかないようで……」
「そのくらい解っている。最悪は、ここに居る部隊を総動員して、町ごと殲滅してやる」
隊長の言葉に予想外の返答が帰ってくる。
「そういうのは、困るんだよな」
「誰だ!」
隊長が声の方を向くと、そこには、メイド姿の女性、ミーが立って居た。
「イーヌの師匠だ。うちのヘタレ弟子の命を狙う塵芥を掃除するってメイドらしい仕事をしに来た」
「ふざけるな! イーヌ将軍の関係者なら人質になるかもしれん、捕まえろ!」
隊長の命令に兵士達の数人が襲い掛かる。
ミーは、自ら前に出ると、素手で襲い掛かってきた兵士の腕を掴むと人形の様に頭から地面に落下させる。
地面にめりこみ、崩れていくその兵士の腰から剣を抜き取った。
「手入れも出来てないけど、あんたら程度ならこれでも十分ね」
目の前で行われた異常な状況に兵士達も相手が只者じゃないことに気付き、武器を手にする。
「遅い!」
ミーは、武器を構えようとする兵士達の渦中に入り、剣の一閃。
短い沈黙の後、ミーの剣の軌道にそって兵士達の体が両断される。
「ば、馬鹿な! 鎧ごと切断するだと!」
驚愕する隊長、恐れる兵士達。
「言っておくけど、一度敵意を向けてきた相手を逃がすつもりは、ないよ」
ミーの目が怪しく輝く。
「どれだけ強いか知らないが、相手は、たった一人だ! 囲い込んでやれ!」
隊長の指示するが、兵士達は、躊躇するのを見て、ミーが思案顔になる。
「あらあら、もうびびっちゃった? 良いわよ、そんなに怖いんだったら特別見逃してあげる。あたしって凄く優しい」
その笑顔は、場違いに美しかった。
「ふざける! 逃げた奴等は、命令違反で処刑だ!」
隊長の怒声に兵士達が悲愴な覚悟で突っ込んでいく。
「残念、だったら死になさい!」
突き出される槍の斬りおとし、振り下ろされるハンドアックスを受け止めるとそのままその兵士引っこ抜くように投げ飛ばし、向ってきていた兵士の剣に突き刺させる。
「魔導師!」
隊長は、遂に虎の子、魔導師に声を掛ける。
「多少は、やるようだな。しかし、どれだけお前が強かろうが、魔法の前では、無力だとしれ」
呪文の詠唱を始める魔導師を愉快そうに笑うミー。
「本当に面白いわね」
『デスサンダー!』
化け物でも瞬殺出来る電撃がミーに直撃した。
「やったか?」
隊長が笑みを浮かべる中、動かないミーに兵士達がオズオズと近づく。
「安心しろ、間違いなく……」
自信たっぷりの魔導師の言葉は、途中で止まる。
ミーが空中に印を刻んでいた居たのだ。
『サンダースピア』
雷撃の槍が魔導師を貫き絶命させる。
「魔法まで使えるだと!」
驚愕する隊長にミーが告げる。
「長生きしていると色々と芸達者になるんだよ」
「じ、時間を稼げ! 私が逃げるまでの時間を稼ぐのだ!」
そういって、一目散に逃げ出す隊長。
そんな隊長より多くの兵士達が足早に逃げ出していた。
「まて、お前らは、あいつの足止めを……」
そう命令しようと隊長の目の前で、兵士達が次々に倒れていく。
「何が起こっている?」
呆然とする隊長の顔の横を何かが通り過ぎ、逃げ出す兵士の体を貫いた。
小石をお手玉しながらミーが言う。
「あたしが使えば道端の小石だって必殺の武器になるんだよ」
そういいながら、指弾でまた兵士を貫くミーを畏怖の眼差しで見る隊長。
「さて、残るは、貴方だけね?」
ミーの視線を受け、隊長は、腰を抜かしていた。
「ま、待ってくれ! 命だけは、助けてくれ! そうだ! 我が軍に入らないか? お前だったら直ぐに出世できるぞ!」
名案の様に言う隊長にミーが笑顔で答える。
「ごめんなさい。あたしは、宮使いが嫌いなの」
ミーが剣を振り下ろすと隊長は、左右に分かれて地面に崩れ落ちた。
「これで暫くは、安全でしょうね」
剣を適当に放り捨てて帰路につくミーであった。
「あちきがお願いしてみますから、湖の傍までお願いします」
リュヒに言われイーヌは、残った部下と一緒に死にかけた部下を湖の傍に連れて行く。
「お願いしますってどうするのでしょうか?」
ニーワの疑問にトーリ伯爵令嬢が真剣な顔で言う。
「お願いすると言っていた。もしかしたら……」
その答えは、直ぐにリュヒが出す。
「水よ水よ、その化身である水のレジェンドドラゴンに我、リュヒ=ターツの声を、呼び声を届けたまえ」
湖の水が立ち上り、その中より巨大な水蛇の様なスタイルをした青き竜、水のレジェンドドラゴン、ミーウが現れた。
『リュヒよ、こんな夜中に起きていては、体に悪いぞ』
頭を下げるリュヒ。
「すいません。でも、一刻を争うのです。どうか、この人達の毒を消してください」
ミーウは、眉を顰める。
『帝国の兵士か。生かす価値があるとは、思えないがな……』
躊躇するミーウにリュヒが真摯な表情で訴えかける。
「助けたいんです」
『リュヒに頼まれては、仕方ないな』
ミーウの周囲から水柱が立ち上り、それは、生き物の様に倒れた兵士達を包む。
「何をしているのですか?」
トーリ伯爵令嬢の疑問にイーヌが答える。
「ミーウ様の癒しの水です。死んでいない限り、どんな傷や病気も癒してしまう。俺も何度もお世話になっています」
暫くして解放された兵士達の顔から死相が消えていた。
「ありがとうございます」
頭を下げるリュヒにミーウが言う。
『礼を言われる程の事でもない。イーヌよ、リュヒの睡眠時間をこれ以上減らすでないぞ』
そう良い残してミーウが水の中に消えていった。
「そういう訳で宿に戻りましょう」
イーヌに言われてリュヒが頷くのであった。
「リュウカブトと言えば、中和しようもない毒。それをこうもあっさりと中和するなんて……」
戸惑いを隠せないニーワにトーリ伯爵令嬢が言う。
「それがレジェンドドラゴンの力という奴でしょう。そしてその力を自由に使えるリュヒ王女。この旅に同行したのは、正解でした。この旅の間に更なる関係を結ばなくては」
思惑を感じさせるトーリ伯爵令嬢とリュヒ達の旅は、まだ始まったばかりであった。