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貧乏国のお姫様

 俗に言う所の剣と魔法の世界。

 その世界では、トーラという帝国がその大陸の覇権を狙って、侵略戦争を繰り返し、世界を騒乱の海に陥れていて。

 しかしそんな騒乱と無縁の国があった。

 山岳部に存在し、土地も痩せていて、国民の大半が食糧生産業を営む小国、ターツ王国。

 そこでは、国王も畑仕事をしていた。

 国王が鍬で土地を耕した後を、その十四歳の娘、一応王女のリュヒ=ターツが種を植えていく。

 二人がそんな畑作業も一段落して、王城とは、名ばかりのログハウスに戻ると、夕飯の支度をしていた王妃が迎えてくれる。

「お帰りなさい。食事にしましょう」

「はーい」

 元気に返事をして、肉も入っていないシチューを美味しそう食べ始めるリュヒ。

 そんなリュヒを横に王妃が溜め息を吐く。

「どうしたんだ?」

 国王の言葉に王妃が一つの巻物を見せる。

「もう直ぐトーラ帝国との休戦協定が切れますの」

 それを聞いて国王が眉を顰める。

「更新に向わなければいけないな。しかしそうなると旅費も大変だが、畑の世話をする人間が居なくなってしまうな」

「しかし、休戦協定を結ばないわけは、行きません。畑は、私とリュヒでなんとかしますので、すいませんがトーラの帝都までお願いします」

 王妃の言葉に頷く国王。

「解った。帝都まで格安な経路を検討しなければな」

 そんな話をリュヒは、食事をしながら聞いていた。



 土産物の織物をしながらリュヒが呟く。

「帝都まで行くのには、お金が掛かるんだよね?」

 それに対してターツ王城唯一の使用人、まだ二十台に見えるメイドのミーが頷く。

「そうだな、前回の協定締結の時の後は、食事が一層貧しくなったからな」

 大きなため息を吐くリュヒ。

「なんか出費と畑作業の影響が少ない方法ないかな?」

 ミーが暫く考えてから言う。

「なんだったら、リュヒが帝都に行くか?」

「あ、あちきが?」

 驚くリュヒにミーが告げる。

「リュヒだってターツの王族だしな。協定の締結させるには、十分。更新するだけの簡単な仕事だし問題ないんじゃないか?」

「でも、あちき一人で行くのは……」

 二の足を踏むリュヒにミーが笑顔を向ける。

「なんだったらあたしがついていってやろうか?」

「良いの?」

 嬉しそうな顔で問い掛けるリュヒにミーが楽しげに答える。

「任せておけ、これでも昔は、冒険者をやっていたんだから」

 その後両親等を説得してリュヒがミーと二人で帝都を目指すことになるのであった。



「ありがとうございました」

 頭を深々と下げるリュヒ。

「リュヒちゃんも元気でな」

 リュヒは、キャラバンの雑用を手伝う事で旅費を減らし、遠く離れたトーラ帝国の帝都までやって来た。

「リュヒ、どうする? 城に向うか?」

 ミーの言葉にリュヒは、首を横に振る。

「先に宿を決めないと」

「やっぱり、あっちの城には、泊めてもらえないと思ってるのか?」

 ミーの問い掛けにリュヒが強く頷く。

「当然ですよ、ターツなんて小国の王族なんてきっと歯牙にもかけてくれないよ。だからこっちも長期戦を予想しておかないと」

 頭をかくミー。

「まー、それでも良いか。あたしが冒険者の時に使っていた安宿があった筈だ」

「知り合い割引とかありませんか?」

 リュヒの縋るような目にミーが苦笑いをする。

「暫く来てなかった難しいかもな」

 残念そうな顔をするリュヒ。

「そうですか。しかたありません。そうだ、キャラバンの時と同じでお店のお手伝いすれば宿代を安くしてくれるかもしれません」

 目を輝かせるリュヒに苦笑するミーであった。



「いらっしゃい」

 愛想が無いマスターの声がミーとリュヒをむかえる。

 そこは、俗に冒険者ギルドと呼ばれている場所であった。

 強面の男達が居て、その視線は、大きく二つに分かれていた。

 一つは、場違いの客に不機嫌を顕わにする視線。

 もう一つは、独特の魅力を醸し出すミーと垢抜けていないが美少女のリュヒに対するいやらしい視線だった。

 そんな視線に恐れ先行するミーの背中に隠れるリュヒ。

 ミーは、まるっきり気にした様子を見せずにマスターの所に行く。

「代替わりしたんだね。マーの奴は、酒の飲みすぎで死んだのかい?」

 マスターの顔色が変わる。

「何故、先代の事を知っている?」

「何故って、あいつとは、パーティーを組んでた事もあるからね」

 ミーの言葉にマスターが睨む。

「冗談は、止めろ。先代が冒険者をやっていたのは、何十年も前の話だ。お前みたいな小娘が一緒にパーティーを組んでいたなんて事がある筈が無い」

 肩を竦めるミー。

「信じないのは、構わないさ。それより、ここは、今も泊まれるのかい? こっちは、余り金に余裕が無くってね」

 マスターが眉を寄せるて居ると、奥から一人の老婆が現れる。

「ミーじゃないか。ターツでメイドやってなくて良いのかい?」

「ヒツ、あんたは、当然生きてるか。なに、今回は、そのターツ王国のお姫様と御守さ」

 ミーが視線でリュヒを示すと、ヒツが優しい笑顔を見せる。

「いらっしゃい。部屋なら空いているよ。そうそう、洗濯物とかをやってくれれば宿代は、半額で良いよ」

「ありがとうございます」

 嬉しそうに頭を下げるリュヒ。

「それじゃ、宿も決まったし、城に行くか」

 ミーに促されてリュヒが元気に返事をする。

「うん」

 二人がさった後、マスターが問い質す。

「大女将、あの女を知ってるのですか?」

 ヒツ。

「知ってるの何も、ミーが言った様にマーと一緒にパーティーを組んでたんだよ」

「しかし……」

 信じられないって顔をするマスターにヒツが言う。

「あんただって、知ってるだろう。竜殺しのミーの名前くらい」

 マスターが頷く。

「冒険者に関わる人間だったらだれだって知ってますよ。一国を滅ぼした邪竜を倒した伝説の冒険者でしょ?」

「それがあの子さ。邪竜を殺した時に浴びた大量の血で、肉体の老化が抑えられて未だに当時のままの姿なのさ」

 ヒツの言葉に冒険者達がざわめく。

「そんな、そんな人間がどうしてメイドなんて……」

 マスターの疑問にヒツが肩を竦める。

「散々持ち上げられて調子にのったあげく馬鹿をやった罰みたいなもんさ」

 店中に疑問符が浮かぶのであった。



 城の兵士の詰め所。

「うーん、ここの仕事も単純で眠たくなるな」

 部下の兵士の言葉に年長の兵士が答える。

「そういうな、何かあった時の用心だ」

 そんな所にリュヒが現れる。

「すいません!」

「なんだい、お嬢ちゃん?」

 兵士が柔和な顔で答えるとリュヒが頭を下げる。

「あちきは、遠方の小国、ターツと言う所の王女のリュヒ=ターツって言います」

「お姫様?」

 眉を顰める兵士にリュヒは、ターツ王国の紋様が入ったペンダントを見せる。

「こんなの見ても解らないと思いますけど、一応王族の証なんです」

 困った顔をする兵士が奥に居る年長の兵士に視線をやる。

「えーと、リュヒ王女様ですか。どの様な御用件で?」

 一応だけ礼儀を整えて訊ねられてリュヒが、蝋印がされた手紙を差し出す。

「帝国との協定の更新の手続きに来ました。これは、とう……父上、ターツ国王の親書です。これに詳細が書かれていますので、どうか解る人間に渡して下さい」

 手紙を受け取り年長の兵士が困った表情をする。

「出来るだけの事は、してあげたいのですが、何分、色々と複雑な手順がありまして……」

 言葉を濁らすリュヒが察知して言う。

「はい。理解しています。ですから、直ぐに回答を貰えるとは、思っていません。宿もとってありますので、どのくらい後に改めてくれば宜しいでしょうか?」

「うーん、流石にこういった事は、初めてでして、宿をとっているいるのでしたら、その宿に使いの者を送りますが?」

 年長の兵士の言葉にリュヒが慌てる。

「そんな事をして頂くなんて、解らないのでしたら、毎朝、ここに確認にきさせてもらいます」

 腰が低過ぎるリュヒの態度に兵士達は、完全に調子を狂わせられていた。

「解りました。そういう事でしたら、この手紙は、預からせていただきます」

「よろしくお願いします」

 頭を下げるリュヒだったが、申し訳なさそうな目で見る。

「まだ何か?」

「その、うちの国の人間がこの城に出稼ぎに来てると思うのですが、会えないでしょうか?」

 リュヒの質問に兵士が腕組して悩む。

「何処で働いているか解れば、何とかなるかもしれませんが?」

 リュヒが眉を顰める。

「それが、ここで働いているとしか聞いて無くって。名前は、イーヌって言いますが御存知でありませんか?」

 首を横に振り合う兵士達。

「すまない」

「そうですか。変なことをお願いしてすいませんでした」

 申し訳無さそうに頭を下げるリュヒ。

「良いんですよ。一応回りの人間にも確認してみます。もし解ったら、こちらに来た時にお教えします」

 表情を明るくするリュヒ。

「本当にありがとうございます」

 何度も頭を下げながら去っていくリュヒに若い方の兵士が苦笑する。

「とてもお姫様には、見えませんね?」

「そうでもないさ。一通りの教養と礼儀作法が出来ている。まあ、あそこまで腰が低いのは、流石に面食らったがな」

 年長の兵士が問題の手紙を兵士に渡す。

「あの子の為にもちょっと頑張って文官の所に行って来い」

「はいはい。奴等は、相手の都合なんて無視ですからね」

 そういって若い兵士が手紙を届けに行くのであった。



 その夜、若い兵士が同僚に昼間の件を話す。

「いいなーそのお姫様。子供の遊びじゃないですか?」

 年長の兵士が首を横に振る。

「少なくてもあの親書は、子供の遊びで用意出来る物じゃないな」

「しかし、イーヌなんて名前の下働きか、変な偶然があるな」

 同僚の言葉に若い兵士が頷く。

「そうだよな。うちの将軍と同名なんだからな」

「俺と同じ名前とは、何の事だ」

 立派な鎧を着た男がやってくる。

 慌てて立ち上がり敬礼をする兵士達。

「いえ、将軍、大した事では、ありません」

「自分の名前が出て来て、大した事が無いといわれてもな。話してみろ」

 将軍の言葉に年長の兵士がリュヒの事を話すのであった。

「ほう、リュヒ王女が来ておられるのか?」

「知っておられるのですか?」

 驚く兵士達に将軍、イーヌが答える。

「その姫が探しているイーヌとは、俺の事だ。そういえば、将軍になってからまだ国には、帰ってなかったな」

 驚きが広がる中、イーヌが言う。

「それでリュヒ王女が泊まっている宿は、聞いているか?」

 年長の兵士が戸惑いながら答える。

「いえ、本人が来ると言っていたので聞いておりません」

「そうか、仕方ない。明日、来たらこっちに連絡をくれ」

 イーヌの命令に兵士達は、敬礼をする。

「了解しました」



 翌日、約束通りにリュヒが来ると兵士の一人が走って将軍を呼びに行くのであった。

「イーヌさん、お久しぶりです」

 リュヒが頭を下げるとイーヌも頭を下げる。

「お久しぶりです。リュヒ王女は、停戦協定の更新の為に来られたそうで」

「はい。それと、国を出る時にイーヌのおば様にイーヌへの伝言を受けてきました。『早く孫の顔を見せに来い』だそうです」

 舌打するイーヌ。

「リュヒ王女に下らない伝言を頼みやがって」

「何言っているの、家の畑も手伝わず国を出て行った親不幸者を未だに待ってくれているんだから感謝しなさい」

 ミーの言葉にイーヌが苦々しい顔をする。

「師匠まで来てたんですか。すいませんが国に帰ったら最善の努力をしているとだけ答えて置いてください」

 ミーが指でエッチのマークを作って言う。

「つまりやる事は、やってるって事?」

「師匠! リュヒ王女が居るんですよ」

 睨むイーヌにミーが笑いながら言う。

「こんくらいは、リュヒにも良い刺激さ。それより、偶には、顔を見せて両親を安心させてやれよ」

 罰が悪そうな顔をしながらもイーヌが頷く。

「解っています。今度の遠征が終わったら、一度国に戻ります」

 そんな雑談をしていると一人の高貴な女性がやってくる。

「イーヌ将軍、この様な所で何をなさっておられるのですか?」

「これは、トーリ伯爵令嬢様、故郷の者が会いに来たので、話をしていた所です」

 イーヌの答えにトーリ伯爵令嬢は、リュヒ達の格好を見る。

「随分とみすぼらしいのですね。まさかと思いますが……」

 その視線から何を言いたいのか察したミーが言う。

「安心しなよ、あたし達は、たかりに来たんじゃない。こいつの母親からの伝言を伝えに来ただけだ」

 敬った様子の無いミーの態度にトーリ伯爵令嬢にありありと不機嫌そうな顔を見せる。

「そうでしたか。イーヌ将軍、御両親がいらっしゃるのでしたら、早く帝都にお呼びして上げる事です」

 イーヌがすまなそうな顔をする。

「御配慮、感謝致しますが、両親は、ターツ王国を愛しております。国から離れる事は、ない筈です」

「……そうですか。まあ良いでしょう。それより、同郷の者とおっしゃっていましたが、どの様な御関係なのですか?」

 トーリ伯爵令嬢の質問にミーが不敵な笑みを浮かべて言う。

「あたしは、こいつに戦い方のイロハを教えた師匠で、こっちは、ターツ王国の王女様だよ」

「貴女みたいな若い人がイーヌ将軍の師匠?」

 怪訝そうな表情を浮かべるトーリ伯爵令嬢にイーヌがフォローする。

「師匠、ミーは、こんな外見ですが少なくとも五十は、越えている筈です」

「イーヌ、女の年齢を軽々しく口にするなよ」

 ミーに頬を引っ張られてるイーヌ。

「す、すいません」

「あのーところで、親書の件は、どうなっていますか?」

 リュヒの言葉に兵士の一人が慌てて言う。

「そっちは、まだ時間が掛かりそうです。すいません」

「そうですか」

 残念そうな顔をするリュヒ。

「親書とは、どういった事ですか?」

 トーリ伯爵令嬢の疑問にイーヌが答える。

「トーラ帝国とターツ王国の間に休戦協定の更新の為にリュヒ王女が帝都に来たのです」

「休戦協定? そんな話は、聞いてた事がありませんが?」

 眉を顰めるトーリ伯爵令嬢にミーが告げる。

「あんたが知らなくても仕方ないさ。うちと戦争をやっていたのは、五十年前、先々代の皇帝の時代の話だからな。それから十年ごとに休戦協定の更新を行っているのだからな」

「しかし、信じられません。ターツ王国など聞いた事もない国と我が帝国が休戦協定を結ぶなんて」

 怪訝そうな顔をするトーリ伯爵令嬢。

「それでは、また明日来させてもらいます」

 リュヒが頭を下げるのを見てトーリ伯爵令嬢が睨む。

「貴女は、何をなさっているのですか?」

「あの、何か礼儀に反していましたでしょうか?」

 おどおどと訊ねるリュヒにトーリ伯爵令嬢が声を荒げる。

「どんな小国かは、知りませんが一国の王女がたかが兵士に無闇に頭を下げるなどあっていい事では、ありません。貴女には、王族の誇りは、無いのですか!」

 困った顔をするリュヒ。

「あのー、うちの国は、本当に小さな国でそういうった物は、あまり必要ないんです」

「そうそう、国民の数が千人以下の小国で、しゅちこばった礼儀なんてな」

 ミーも同意するのを見てトーリ伯爵令嬢が憤りを覚える。

「なんたる事でしょう、我が帝国と休戦協定を結ぶような国の王族がこんな等とは、信じられません!」

「トーリ伯爵令嬢、ここは、抑えて下さい」

 イーヌがとりなし、その場は、何とか治まるのであった。



 数日後、ようやく親書が処理されて、リュヒは、謁見の間に呼び出された。

「……凄く豪華」

 緊張しまくるリュヒをその場にいたハート伯爵令嬢が毛虫を見るような目で見ている。

「ターツ王国の王女リュヒ、ターツだな」

 玉座に座る皇帝、イガー五世の言葉に恐縮した様子でリュヒが答える。

「はい。お初にお目にかかります。この度は、我が国の為に貴重なお時間をおさき頂、感謝しております」

 ガチガチの態度で頭を下げるリュヒにイガー五世が告げる。

「構わぬ。ただし、協定の更新は、行わない」

「その様な事をいきなりいわれましても!」

 慌てまくるリュヒにイガー五世が告げる。

「あくまで休戦協定、更新の有無は、両者の任意。今回は、我が帝国に更新の意志が無いという事だ」

「困ります! もしも協定が無くなったら再び戦争になったら大変な事になります!」

 リュヒの抗議をイガー五世は、受け付けない。

「当時、何故休戦協定に応じたかは、知らないが我は、過去の因縁などに拘らぬ。だがしかし、我等帝国も無慈悲では、無い。早々に帝国の一部となるのなら侵攻は、行わずに済むぞ」

「やはりこうなったわね」

 トーリ伯爵令嬢が冷めた顔でそう呟く。

「きっと、誇りなどもってない人間は、あっさり陛下の提案を受け入れる筈」

 謁見の間に居た大半の者が同様の想像をしていた。

「残念ですが、その申し出を受ける訳には、行きません」

「そうか、成らば休戦協定の失効と共に侵攻する事になろう」

 イガー五世の宣言にイーヌが声をあげる。

「お待ち下さい! ターツ王国には、侵略する価値もありません。侵攻は、無益です!」

「意味は、ある。我が帝国と対等条件の休戦協定等あっては、ならない。この侵攻は、我の意思を示すものである」

 イガー五世の言葉にイーヌは、納得しない。

「ですが……」

「クドイ! 汝の祖国である事は、知っている。お前に出来るのは、祖国を護る為にそこに居る王族を帝国に下るように説得する事だけだ」

 イガー五世の宣言にもイーヌは、更なる抗弁をしようとした時、リュヒの後ろに居たミーが言う。

「諦めな、イーヌ。残念だけどあんたの仕事先は、無くなる。大人しく実家に帰って農業を継ぐんだね」

「貴女、それは、どういう意味です!」

 トーリ伯爵令嬢の言葉にミーが肩を竦める。

「だってそうでしょ? 五十年前の休戦協定は、ターツの慈悲だった。それを続けられるのもね。それを無下にして、あいつ等が納得する訳が無い。今度は、王族の人間がなんと言ったところで帝国を潰すだろうな」

「何を言ってるの! 帝国を潰すなんてそんな真似が出来るわけが無いでしょう!」

 トーリ伯爵令嬢の言葉と裏腹にイーヌが怯えた表情を見せる。

「どのお方がそんなにお怒りだったのですか?」

 ミーが呆れた顔をしたいう。

「誰って、怒っていない奴が居ないよ。酒に付き合わされる度に、帝国に対す不満を口にしてる。カーイなんてどうにか王族にばれない様に帝国を叩けないかって何時も口にしてるもの」

「冗談ですよね?」

 冷や汗を大量にかくイーヌに対してミーが投げやりな調子で答える。

「そう思いたければそう思えば? 負け犬のイーヌ」

「負け犬って将軍に対して失礼でしょうが!」

 トーリ伯爵令嬢が怒り、リュヒがミーを咎めるように見る。

「ミー、幾らイーヌが国で彼女をかけた決闘で十連敗したからってそんな事を言ったら駄目でしょう」

 周囲がざわめく中、イーヌが必死な顔になる。

「リュヒ王女、それ以上は、言わないで下さい!」

 ミーがニヤリと笑う。

「あらあら、それってまさか、全部違う彼女と相手で、最後には、弟弟子に完膚なきまでに負けたって事は、知られてなかったのかしら」

 頭を抱えるイーヌと動揺する謁見の間。

「五十年前の戦いについては、聞いている。我が国で無敗とも言われるイーヌ将軍が弱者扱いされるほどにターツの兵士達は、全てが一騎当千で、多くの帝国兵が返り討ちにあったらしいが。しかし、今の帝国なら一騎当千の兵が百いようとも打ち破るだけの兵が居る」

 イガー五世が自信たっぷりに答えるとミーが馬鹿笑いをする。

「そうか、そういう風に勘違いしてたのね。きっとあたし達が言っているあいつらの事も単なる達人とかそんなレベルだって思ってるんでしょ?」

「五十年前の達人など、最早、老害でしかあるまい。今だ老害が大きな顔をしている様な国には、帝国が負けるぬわ」

 怯まないイガー五世にイーヌが首を横に振る。

「違うのです、陛下。私と師匠が言っているのは、ターツ王国の王族と親愛を結んでいるレジェンドドラゴンの事です。火のレジェンドドラゴン、カーイの逸話なら良く知られている筈です」

「カーイさんってそんな有名なの?」

 リュヒの質問にミーが頷く。

「幾つもの国を滅ぼした、恐怖の象徴。そんなんだから邪竜を倒して、調子に乗っていたあたしが退治しにいったのよ。あっさり返り討ち、王族の人間のとりなしで命を救われた結果、百年の間、ターツ王国の王族に仕える事になったんだけどね」

「れ、レジェンドドラゴンなんてハッタリよ!」

 トーリ伯爵令嬢の言葉に謁見の間の誰もが頷く。

「そうだ、ここで王女を人質に取れば戦いが有利に進む筈だ!」

 だれが言ったか解らないその言葉に、動揺をしていた兵士達がリュヒに迫る。

「止めろ!」

 イーヌの制止は、届かない。

 兵士の刃がリュヒに触れた。

「大人しく人質に……」

 その言葉を言い終わることは、出来なかった。

 獄炎が壁をぶち抜き、兵士達を消し炭にしようとしたのだ。

「駄目!」

 リュヒがその炎の前に立ち塞がると、炎は、リュヒに阻まれるように消えていく。

 ミーが外を見て言う。

「もしかしてと思ってましたが来てたのねカーイ」

 ぶち抜かれた壁の先には、巨大な真っ赤な竜、レジェンドドラゴン、カーイが存在していた。

『やはり帝国などあの時に滅ぼしておけば良かった。まあいい、今からでも遅くない。ターツ王国にあだなす者どもなど、痕跡一つ残らず焼き尽くしてやろう』

 多くの臣下が恐怖に打ち震える中でもイガー五世は、矜持をもっていた。

「まさか、レジェンドドラゴンを有していたとは、予想外だった。しかし、それでもレジェンドドラゴン一体におめおめと引き下がる帝国では、無い」

「それこそ冗談、ターツ王国には、水のレジェンドドラゴン、ミーウに土のレジェンドドラゴン、ツーノ、風のレジェンドドラゴン、カーシ、光のレジェンドドラゴン、ヒーラ、闇のレジェンドドラゴン、ヤーイも居るわよ」

 ミーの言葉に顔を引きつらせたトーリ伯爵令嬢が震える口で言う。

「そ、そんなふざけた事があるわけが……」

「あるのです。ターツ王国は、元々がレジャンドドラゴンの憩いの場所であり、王族は、レジャンドドラゴンに親愛を受けた者の血族。国民の多くが達人なのは、その多くが元々は、レジェンドドラゴンに挑もうとした兵の弟子や子孫だからなんです」

 イーヌの言葉に続けるようにリュヒが答える。

「ですからターツ王国は、どの国の下にもつくわけには、いかないのです」

 悔しげな表情を見せるイガー五世。

「なるほど、確かに休戦は、ターツ王国の慈悲だな」

『その慈悲を無下にしたお前等にかける情けなど我には、無い。焼け死ぬが良い』

 カーイの口が開きファイアーブレスが放たれようとした。

「カーイさん、ターツ王族に協定を守れぬ者にするつもりですか?」

『それは、しかし、この者達は、休戦協定の更新を拒否しようとしていたのだぞ』

 カーイの反論にリュヒが辛そうな顔をする。

「そうかもしれませんが、それでもまだ休戦協定は、有効です。それなのにターツ王国を守護してくださるカーイさんが帝国に害を成せば、ターツ王国が休戦協定を破った事になります!」

 悔しそうな顔を見せるカーイ。

『親愛なるターツ王族に恥をかかせる訳には、いかない。しかし、覚えておけ、休戦協定が失効した時、それが帝国の滅びの時だと』

 にらみを利かせるカーイにミーが追い払う様に手を振る。

「納得したならさっさと消える」

 上空に去っていくカーイを見送ってからイーヌが呟く。

「絶対に今のは、ふりで、魔法で姿を隠して近くに潜んでますよね?」

「カーイは、レジャンドドラゴン全てから親愛を受けるなんてターツ王族でも珍しいリュヒを過保護なまでに擁護しているからね。今回だって、リュヒの帝都行きを反対してたから」

 ミーの言葉にリュヒが困った顔をする。

「カーイさんには、もう少し信用して欲しいです」

 リュヒの一言の直後、穴から見える風景が歪んだ事にミーとイーヌは、気付くのであった。

「それでどうするの? まだ休戦協定を更新する気は、無いわけ?」

 そう言うミーに対してリュヒがあわてていう。

「ミーさん、いま言ったらターツ王国がカーイさん達の力を使って帝国に休戦協定を強要した事になります。ターツ王国は、レジャンドドラゴンの力に頼らないのが王族の誓いです。ですから、今日は、もうこの話は、辞めましょう。すいませんが、日を改めてこの話の続きをさせてください」

 頭を下げるリュヒに対してイガー五世が苦笑する。

「今更の事だ。あれだけの力をみせておいて、ターツ王国は、レジャンドラゴンに頼らないといわれた所でそれを信じる事等出来ない」

「そうかもしれませんが、しかし……」

 言いよどむリュヒに対してイガー五世が告げる。

「日を改めても無駄。だからここで休戦協定をこちらからお願いする」

 そういってあの状況でも動かなかった玉座から立ち上がり、イガー五世がリュヒに頭を下げる。

 動揺する臣下に対しイガー五世が告げる。

「この状況でどちらが立場が上かを理解できぬ程愚かでは、無い。我々は、休戦協定を自ら願い、受理しててもらわなければいけないのだ」

 困惑するリュヒの背中をミーが叩く。

「ほら、諦めて、休戦協定を受けな。そうしないとカーイが帝国を滅ぼすぞ」

「それは、困ります」

 そういってから空咳をしてからリュヒは、手を差し出す。

「どちらが上かでは、なく共に争いを望まない。そういう事でお願いします」

「甘い、しかし、その限りなき甘さがレジェンドドラゴンをひきつけるのかもしれない」

 イガー五世がリュヒの手を握り、ここに新たな休戦協定が成立するのであった。



「大体、カーイの情報ってヒツからのなんだから責任の一端は、あんたにもあるんだからね」

 宿で酔っ払いくだをまくミーにヒツが面倒そうに言う。

「何を言ってるんだい。邪竜を倒していい気になってどんなドラゴンでも退治してやるって言ったから、教えてあげたんだよ。自業自得って奴さ」

「だからって、レジェンドドラゴンは、無いだろう! 結局、負けちまって、ドラゴン相手の酒の相手をさせられるんだぞ」

 尚も愚痴るミーをイーヌが宥める。

「あの方々と酒を飲み交わせる人間なんてそう居ないんですから我慢してください」

「わーてるわよ。せめてリュヒが酒が飲める様になるまでは、あたしの出番が多い事を覚悟してるわよ」

 ミーが荒れ、それを抑えようと名うての冒険者達が挑むが、酔っ払い相手に手も足も出ずに叩きのめされる事になるのであった。



 休戦協定締結を祝したパーティーに慣れないリュヒがバルコニーに出て青褪めていた。

「うちの国だったら一ヶ月分の食料が惜しげもなく振舞われてるなんて帝都ってやっぱり怖いところだよ」

「七体のレジャンドドラゴンの親愛を受けた貴女に比べたら、大した事では、無いですわ」

 トーリ伯爵令嬢が呆れた顔をして突っ込むと、慌てて頭を下げるリュヒ。

「うちの臣下の者が大変無礼を致しましてすいません」

 大きく溜め息を吐くトーリ伯爵令嬢。

「本当にどうして頭を下げるのか解らないわ。もしも私が貴女なら、皇帝陛下相手でも頭を下げるとは、思えない」

「人と人との関係は、力とは、関係ない。それが両親の教えです」

 リュヒの答えにトーリ伯爵令嬢が冷めた目をする。

「本気で甘い考え、そんな考えでこの時代を生き残れるのは、偏にレジャンドドラゴンの力よ。それを自覚して欲しいものだわ」

 困った顔をするリュヒ。

「そうかもしれませんが。それでもターツの王族は、レジェンドドラゴンに頼っていては、駄目なんです。そうでないと対等な存在になれませんから」

 万歳するトーリ伯爵令嬢。

「私の負けよ。レジャンドドラゴンと対等で居ようと思えるその強い意志には、勝てそうも無いわ」

 そして去っていくトーリ伯爵令嬢を見送りながらリュヒが呟くのであった。

「残ったご飯を持って帰れないかな」

 どこまで行ってもリュヒは、貧乏王国のお姫様なのであった。

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