マンホールをぬけると…
「動物の世界にとりっぷ!」に参加させて頂きました。
のんびり更新ですすみません汗
どうぞ宜しくお願い致します。
『拝啓 お母さま、お父さまへ
突然いなくなってしまった私に、さぞかしびっくりなさっていることだと思います。
私もお嫁に行くまでは、……いえむしろお婿さんをとって二世帯住宅を建て孫の面倒を見て貰い休日には家族揃ってお買い物をし老後の面倒も……と一人娘としての甘えと責任とで思っておりました。
でもどうやらそのささやかな夢は適いそうにありません。
なぜなら今、私がいるのはお二人のいる日本どころか地球上のどこでもない異世界にいるそうなのです。
来ることは出来ても戻ることが出来ないのだとか。
お二人に会えない寂しさに枕を濡らすこともございましたが、今はとても充実した毎日を送っております。
こちらでお友達も出来ましたので安心して下さい。
私が居なくなって寂しく思って下さっているかと思いますが、近所で評判のおしどり夫婦ですから、いつかはその寂しさも癒されると願っております。
離れて暮らす娘の為にもどうかくれぐれもお体をご自愛下さいませ。
貴方の娘、綾より』
◇◇◇
加々美綾は、現在地面に向かって絶賛落下中である。
コンクリートを踏みしめていた筈の綾の足元には、今その代わりに抜けるようなうす青い色をした空と、深々とした赤と緑に染まった森が、地平線の果てまで広がっていた。
つい先程まで、綾は河川敷を歩いていた。
学校からの帰宅途中に毎日通るコンクリート敷の河川敷。 その舗装された道から川辺に向かって下りてすぐの草むらの中、その隙間を縫うように通り過ぎた白いヘビ。 きれいなヘビ。
思わず追いかけた瞬間、何故かぽっかりと開いていたマンホールの穴に落ちた。
「『長いトンネルをぬけると雪国だった』とは有名な小説の一節にありますけれど……マンホールを落ちたら大自然だった、とは意外でしたわ」
綾が常人ならば気絶しそうな遥か上空から落下しつつも独り呟いていると、ほう、と感心したように応える声があった。
声のした方へ顔を向けると、声の主らしい相手は空中だというのに、まるで水の中を泳ぐようにすいすいとこちらへ近付いてきた。
「……落ちているというのに面白い娘だな」
見た目の印象を随分と裏切る、落ち着いた男の声だった。
「そうですか? ありがとうございます」
然り気なく暴れ放題だったスカートの裾を押さえつつ、綾はニコっと笑いかけた。
「……恐ろしくはないのか?」
不思議そうな声音の相手に、
「どうしようかとは思っておりますが……」
言葉通り、綾は困ったなあとでも言うように小首をかしげた。
「困っておるようにも見えんが」
「いえ、そろそろ地面が近くなって来たのですが何も手立てが有りませんので、どうしようかと」
「……そうか」
にこりと笑って答える綾は、男の目には困っているようには全く見えなかった。
「そろそろ地上がはっきり見えてきましたわね」
あ、白馬ですわと指差す先、遥か彼方にある草原を走る馬のたてがみがなびくのを美しいと褒める綾に、のんびりしている、と男はどこか呆れたような声で笑った。
その間にも、地上が見えてきたどころか、緑豊かな大地が今にも二人を抱きしめんと大きく手を広げて待っていた。
ほのぼのしてる場合じゃないという。