二話おばあちゃんとの会話(ちづる視点)
「あー陸、コンビニの場所は覚えているかい?」
おばあちゃんがそんなことを言うと、陸くんの方を見ると少し考える素振りをする。……思い出そうとする時、右上を向く癖は変わっていないらしい。
「あー、ちづるの飲料と塩飴。あと冷却シートだね。道は覚えてるから行ってくるよ」
どうやら私のためらしかった。
おばあちゃんがお金を渡そうとするので、慌てて自分のものを出そうとするけど、両方断られてしまった。
「これくらい、俺のところから出しとくよ。じゃ、行ってきます」
昔からこう言う優しいところは変っていない。
私にとって、変わってしまった部分より、変わらなかった部分の方が大事だったと言うことだ。
陸が玄関の方へ行ったタイミングで、おばあちゃんがこちらを見ていることに気がついた。
私のためではあるが、陸がいないと話せないこともあったらしい。
「ちづるちゃん。あの子の様子はどうだった?」
「相変わらず表情には出しませんが、疲れてるみたいでした。道中で話を聞いてあげるつもりでしたが、熱中症になっちゃって。逆に看病されてしまいました。……なにか?」
「いいや、相変わらずあの子の話になると表情が柔らかくなるなと。……今でもあの子のことが好きなのかい?」
「ええ、ずっと」
幼い頃から陸くんだけが友達だった。
私の両親に近づくよう親に言い含められた子供たちは、私をやたらと持ち上げてくるだけで鬱陶しかった記憶しかない。
私は気が弱かったから、取り巻きに対しても笑顔で接するしかなくて、いつも疲れていたのを覚えている。
そして夕方になり取り巻きたちが帰っていくと、いつのまにか陸くんがいるのだ。
いつも冷めた目で取り巻きを見ている陸くんが、私の隣にいる時だけはとても温かい目になるのだ。
口数が多いわけではなかったけど、その可愛らしい笑顔と気遣いに徐々に惹かれていったのを覚えている。
「おばあちゃん、改めて陸くんを呼び戻してくれてありがとうございました。私ではなかなか会うことが出来ませんでしたから」
両親から逃げるため住居を転々としていたようで、私が向かっても行き違いになっていた。
それを何回か繰り返した頃、おばあちゃんが一肌脱いでくれたのだ。
「あの子もそろそろ限界だったからね。早いか遅いかの違いだったさ」
「それでもありがとう。これで、あの頃の続きを始められます」
「察しが悪い、女か心も分からない不出来な孫ですが、よろしくお願いするね」
散々な言われようで私はこふっと、むせてしまった。
お互いくすくすと笑い合ったあと、しばらく沈黙が流れる。
おばあちゃんがお茶を飲み、私もそれに応えることで空気が変わったのを感じた。
「あの子は……これでとどまってくれるだろうか」
「おばあちゃんは気付いていたのですね」
「わしが気付かずにどうする。それに今の陸は昔のちづるちゃんを彷彿とさせる」
父様と母様が続けて亡くなった時のことだろう。
陸くんが引っ越して泣き通しだった頃に、両親までもが亡くなった。あの時は全てに絶望して、このまま永遠にひとりぼっちになるくらいならと、楽になりたいと思ったものだ。
そして、小さい身体で井戸によじ登ろうとしているところをおばあちゃんに助けられた。
言われたのだ。いつか必ず陸と会わせてやる。だから生きろ、と。
両親を亡くしてひとりぼっちになった事には変わらないけど、死んでしまえば今度こそ陸くんに会えなくなる。
小さな希望を胸に、私は再び生きる事にした。
「……あの時はお世話になりました」
ほんのり恥ずかしさを感じて礼を言うと、おばあちゃんは頬を緩めた。
「気にしなくてもいいさ」
……
多分察しているだろうけど、お世話になっているおばあちゃん達に、まず根回しをしておかなければならないだろう。
私は湯呑みを置くと姿勢を正す。
「陸くんはまた働きたいと言い出すと思います」
「そうだろうね。あの子の性格的に一方的に養われることを良しとはしないだろう」
「それでなのですが、私の屋敷へ住み込みで雇わせてもらおうと思います。
おじいちゃんとおばあちゃんは特に驚いたようでもなく、ただ続きを促すだけだった。
「私はね、もう二度と陸くんに辛い思いをして欲しくないんです。だから本当は私の屋敷で永遠に養ってあげたい。だけど、陸くんは嫌がると思うので、屋敷の管理という仕事をしてもらいます。もちろん、強要は出来ないのですが……」
ここまで言って、陸くんに拒絶されたらどうしようと言う気持ちが強くなってくる。
昔から陸くんが好きだ。
おばあちゃんを通して陸くんの様子を知るたび、その気持ちは強くなっている。
だけど、今の私に気付かなかったと言うことはそういうことなのだ。
こんな私と一緒に住めと言われて、陸くんは受け入れてくれるだろうか、ちゃんと異性として興奮してくれるのだろうか。
そんな私を見透かしているようにおばあちゃんは笑った。
「なんというか、そこまで不安にならなくて良いと思うがね」
「そうですか?」
「ああ。あの様子だと間違いなく異性として見ているだろう。まあ、あの嗜好は気になるところだが……」
きっと、真っ赤な顔で足跡を凝視していた陸くんのことを思い出したのだろう。とても複雑そうな顔をしている。
私も、頬が熱くなっているのを感じる。
お互い色んな意味で気まずくなっていた所で、玄関の開く音がした。
この気まずさの原因である陸くんが帰ってきたのだ。
「ただいま……って、何この空気」
「あんたのせいだよ」
「お前のせいだ」
「陸くんのせいよ」
おばあちゃん、おじいちゃん、私が揃って言う。
陸くんは、えぇ……と、言いながらもスポーツドリンクを出してコップへ注いでくれた。
「美味しいわ……」
「スポーツドリンクを美味しく感じるということは、水分や塩が足りていないという事だからしっかり飲んで。あと冷却シートも……」
なんだか妹でも世話をしているかのような素振りだ。
いいえ。
ここに来るまで散々無様を晒したのだから仕方ないのだけど。
だが、いつまでも幼子を見るような目で見られているわけにはいかない。
私は妙案を思いつくと、後ろ髪を持ち上げた。
「首を冷やすと良いのでしょう?髪を持ち上げるから陸くんが貼ってくれる?」
顔を見ると、真っ赤になって固まってしまっている。
私が一矢報いたと思って髪を下ろしたその時だ。
髪を手の甲で押し除けて、首元に貼り付けられたのだ。
「ひゃんっ」
髪の毛を触れられたこそばゆさと冷たさで、おかしな声が出てしまった。
思わず口を押さえると、陸くんが満足げに笑っているのが見えた。なんだか、いらっとした私は八つ当たりをする。
「陸くんのえっち」
「なんで!?」
陸くんはおばあちゃんに頭をはたかれ、おじいちゃんは生暖かい目を向けている。
陸くんは都会へ出て少しだけ、すけべになったようだ。
だけど、疲れた目をしているよりかはずっと良い。私はどうすれば喜んでもらえるか、考えを巡らせるのだった。




