命の芽吹いた世界で
一人は空間の狭間から自らの世界へ帰り――――。
一人はこの世から消え―――――。
一人は今もこの世界に―――――。
つまりはそういうことなのだ。
別の世界の俺は自分の世界へ帰っていき――――。
日坂修之という人物はこの世から消え――――。
俺は今、ここにいる。
この世界に真実を知る者は俺だけだ。だが、こんな真実は俺だけが知ってい
ればいい。他の誰も、知らなくていい。
心地よい風が吹く。夏から秋への変化を感じさせる今の季節が、俺はけっこ
う好きだ。
田舎の風は都会のそれとは違い、木々の葉のこすれる音や自然の匂いが混じ
っているから、身体の中の不浄な気分を洗い流してくれる、
そう。ここは大都会であるデルタセントラルシティではない。
比較的田舎の飛沫町だ。
音無隊ちょ・・・・・社長に「町復興の立役者になってきなさい。もういい
年でしょ。これも経験よ」と言われ半ば強制的に左遷された。
俺としても故郷を建て直すというのはまんざらでもなかったため特に文句も
言わず電車で何時間もかけてやってきたのだが・・・・。
「かれこれ二年、桜子と兄さん、沙良さん以外の人に会ってねぇな」
最初の一年は俺もデルタセントラルシティにいた。だが二年前にここに左遷
されてからはシティへは戻ってないし、わざわざこんな辺鄙な場所まで来る人
なんていない。兄さんはここに定住して不知火沙良さんを嫁にもらって飛沫町
復興に尽くしている。義姉さん――――まだちょっと違和感――――もがんば
っている。
ちなみに本当の姉さんはといえば――――。
『一年分、遊んできます』
そんな置手紙を残して御堂さんとどっかへ行ってしまった。
そして約三年間、帰ってきていない。
音無社長が何とか連絡取って安い給料で働かせようと企んでいるようなのだ
が、まるでわかっているみたいに一向に足取りがつかめない。
どうせ後一年かからず帰ってくるとは思うのだが。
海深と落葉はある程度手伝ったあと、夢を追うとか言って他県の大学へスポ
ーツ入学を果たしてしまった。
今でも時々便りが来るが、どうやら元気らしい。
大学へ入ってまだ一年だが、海深は高い身長と邪魔にならないバストを活か
して女子バスケでレギュラーを獲得したそうだ。落葉は別の大学で水泳のレギ
ュラーメンバーに選抜されたらしい。実力は折り紙付だがバストも折り紙付だ
とかなんとか。
雪女と影名は東京にいる。自作の小説を持ち込んだりして売込み中だそうだ。
雪女は意外性も何もあったもんじゃないBL作家になるらしい。まぁそんな情
報は隅っこにでも投げ捨てておこうじゃないか。
意外なのは影名のほうだ。純文学でも書くのかと思えば、なんとライトノベ
ル作家だそうな。自分が経験してきた戦闘の知識や本から搾取した知識、覚え
た痛みなどをリアルに表現しすぎているようで、傑作なのだが、一般小説にす
るのは難しいらしい。俺も読んでみたが、無駄に生々しすぎる。
影名がいきなり「朝月が題材だから本人の感想が聞きたい」とかいって自作
の小説を見せに来たときは驚いた。
・・・・まぁ、その直後に雪女が「兄弟の絡みを書きたいのでヨルちゃんと
ベッドへ――――」とか言ってきたときはもっと驚いたが。
当然、用件を聞き終わる前に脱兎の如く逃げさせてもらった。そんなもんは
想像の中でカバーしてくれというものだ。
桜子はまだこの町にいる。やりたいことが見つからないと言って花嫁修業を
しているらしい。この前聞いた話では、料理の腕はとうとう金を唸らせる域に
達したらしい。嫁の貰い手は見つかってないようだが、これなら問題ないだろ
うと断言できる。何せ、金の居ない今俺の世話をしているのは桜子だからだ。
家事において俺と兄さんはてんで役立たず。今我が家の財布と実権は義姉さん
と桜子が握っている。
まだこの時期ちょっと暑苦しい町役場から昼休みと銘打って抜け出してきた
のには理由がある。もちろん、サボりではない。
俺はちょっとお呼び出しを喰らっているのだった。
ちなみに、町役場を仕切っている副隊長・・・・じゃなくて、小奈からの説
教でもないと言っておこう。
この町も様変わりした。かつて、壊滅する前までは田舎然とした風貌だった
のだが、復興するのなら近代化もしてしまえと、いろいろハイテクになりつつ
ある。数年後にはこの辺りで有数のハイテク町の出来上がりかも。何しろ支援
者がデルタセントラルシティのトップなのだ。向こうも向こうで大変だろうが
こっちへの支援を怠らないところ、流石だと思う。
でも俺はやっぱりこの町がハイテクすぎる最先端都市になるのは反対だ。こ
の心地いい田舎の風が無くなってしまうのもそうだが、それよりも、この町は
記憶の中で見た“あいつ”の故郷に似ていたからだ。
当然といえば当然でもある。あいつの記憶の中には自分が過ごし、絶望を味
わったあの町しかなかったのだろう。
俺にとっても忌々しい記憶の残る町だが、そこで逃げるのは、嘘だ。
俺の時間を、陽との時間を否定することになるからな。
あの戦いのせいで――――いや、DEATH UNITのせいでたくさんの人があ
らゆるものを失ってしまった。
それは俺にとっての陽であり修之さんで。
それは金にとっての春彦であり夏彦で。
それは暁さんにとっての軌条さんだ。
大切な人を失った傷は、だけれど、決して癒えることはない。代わりが見つ
かってもそれは結局代わりでしかないからだ。
それでも、いつかはきっと、決して同じにはなれないけれど、代わりが見つ
かれば同じくらい大切な存在になってくれる。
死を免れ、命が芽吹くことができるこの世界で、きっと、そんな人を見つけ
られるはずだ。
目的地が見えてきた。太陽は空高く昇っていて、直上から暑くないほど良い
暖かさの日光を降らせている。
そんな中に人の影が見えた。日光をよく反射する真っ白なノースリーブワン
ピースが色白な彼女の肌の色に合っている。
その身体に、その顔に、もう包帯はない。かつて痛々しいまでに全身を覆っ
ていた包帯も、その下にあった死の証ももう存在しない。
死人戦争が終わってから三年。最初の一年は大仕事だらけで一日中働きづめ
で帰宅してからは泥のように眠っていた。二年目からはこの町の復興のために
左遷されたので、約二年ぶりの再会ということになる。
話をする暇なんてなかった。彼女自身、最初の一年はデルタセントラルシテ
ィに居なかったのだから、先延ばしになってしまったのはお互い様だ。
驚いたことに、彼女は俺よりも三歳も年上だったことだ。どう見ても年下だ
と思っていたから二倍、驚いた。
優しい風が吹く。乱れた髪を直そうとして、彼女は俺の接近に気付く。
彼女は俺の補佐役としてこっちに来たのだそうだ。つまり、この町が復興す
るまでこっちにいるということ。
この先、彼女の口から届けられる言葉を想像して、その返事をどう意表を突
いて返してやろうかと考え、自然と口元が緩む。決まっている答えの先の、も
っと先の未来まで想像して、以前の俺では考えることもできなかっただろう暖
かい未来に顔を上げた。
彼女は頬を膨らませている。どうやら近くまで来ていたのに声もかけなかっ
たことと、ニヤけていたのがお気に召さなかったらしい。可愛らしい怒り顔に
さらに笑ってしまって、頬はもっと膨らんだ。
すぐに口の中の空気を抜いて、彼女は微笑みながらこう言うのだ。
そしてそれに対する俺の答えも決まっている。
「常光君――――ううん、朝月さん」
かつての約束を果たすために、彼女はかつての太陽のように。
「ボクは―――――――――――」
Fin
別の世界の常光朝月がしあわせになるために帰ったように、この世界の常光朝月もしあわせになれる。日向陽という女性を失ってしまい、その心と体に負った傷は一生癒えないとしても、彼は新しい“太陽”を見つけられた。
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いつかまたここに書ける日を夢見て。