略取上皇
Ture End Story
「ふぅ・・・・・・」
音無隊長・・・・・じゃなかった。音無社長に「仕事だから行って来い」と
左遷まがいの宣告を受けてからもう二年。
それはつまり、死人戦争が終わってから三年経ったことを意味する。
それはつまり、一人の大切な人がこの世を去ってから三年という意味で。
それはつまり、俺が全てのDEATH UNITを背負ってから三年という意味で。
それはつまり、全て順調に進んでいるという意味でもある。
この世界の人々は知らない。あの死人戦争がどのような結末を迎えたか。
真実を知る人物は三人。うち二人はもう既にこの世界にはいない。
真実を知っているのは、俺だけなのだ。
秋も近づいてきたと感じさせるちょっと冷たい風に吹かれながら、ふと三年
前の大災害――――死人戦争のことを思い出す。
けっして忘れられない、けっして忘れてはいけない出来事。
どんな苦しみがあったか。
どんな気持ちがあったか。
どんな結末になったのか。
一つたりとも忘れてはならない。
だからこうして定期的に思い出すようにしている。
「前に思い起こしたのが、確か・・・・・春?」
そう、確か春の季節に入りかかった辺りだ。もうずいぶん記憶を放置してい
ることになる。
「そろそろ記憶遡行的なことしないと忘れそうだな・・・・」
あのことをド忘れしたら別世界からあいつが戻ってきかねない・・・・まぁ
戻ってなんてこないけどさ。
とりあえず、目的地に着くまでに思い起こしておこう。
死人戦争の結末を―――――。
「始めよう。これで――――この世界の決着だ」
空間を突き破って顕現する造物主の教本が明滅を始める。
その指から伸びる光のラインへ液体のようなものが流れ込み、超常の力を宿
した人ではない存在・死人へ命を流し込んでいく。
「朝月・・・・自分の名前を呼ぶなんて変な感じだ」
別世界の常光朝月はそういって苦笑し、この世界の朝月へ視線を向ける。
「この世界からDEATH UNITを消すには――――お前が全部背負うことにな
る。それが解っているんだな?」
「ああ。世界から完全に消し去ったら、俺は死ぬし、桜子や落葉たちだって皆
傷が復活しちまう。それは避けたい」
「わかった。なら、方法を言う」
命の流入は続いている。ラインは朝月にも繋がれていて、蒼白だった顔色が
戻ってきている気分にさせられる。
だが、隣にいる日坂修之にはラインは繋がっていなかった。
「これからお前は自分の力の“本質”を発揮してもらう」
「本質を発揮・・・・・って、それって死ねってことかよっ!?」
ここにきてまさかの展開・・・・・にはならなかったらしい。
「馬鹿。誰がそんなこと言うか!」
少し高い場所から見下し気味にそう怒鳴られた。
「お前は戦闘中に既に本質を発揮しているだろ? 波状の操弦が扱えたのが証
拠だ」
「波状の操弦・・・・・? ああ、舌斬雀のことか」
「そうそれだ。エクスクレセンス・・・・だったか、この世界での呼び方は。
それにならなければ本質が発揮できないと設定したのは私だ。その設定を変更
した覚えはないが、どうやらお前の言う“常識は通じない”に当て嵌まるらし
い。このDEATH UNITシステムに本当に必要なのは創造時の設定だけで、後
付けの設定は無視しても問題にはならないらしい」
つまり、後付設定である本質の発揮条件は“常識の通じない”に抵触してし
まうということ。その後付設定が“常識”であると思っている者がいれば、こ
の超常なる力は覆してしまう。
擬似暴走することが当たり前と思っていなかった軌条は擬似暴走を引き起こ
してしまったし、擬似暴走することが当たり前と思ってしまった暁や御堂、春
彦、緋月は擬似暴走を引き起こさなかった。金は感情の欠落が原因だろう。
「だからお前は本質が扱えるはずだ。それを使わなければ何も始まらない」
「そうか・・・・俺がこうしてここにいるのもエクスクレセンス化したら死ぬ
という常識が覆された結果なのか・・・・」
そう呟いた修之の言葉を別世界の常光朝月が鋭く否定した。
「いや、それは違う。もしそうなら他の暴走者たちも自我を取り戻していない
とおかしいだろ?」
そうか、と生返事を返す。
「修之・・・だったか? お前がこうして自我を保っていられるのは、お前に
宿るDEATH UNITの本質が作用しているからだ」
「俺の本質・・・・・」
「お前のDEATH UNIT・天涯ノ歯車の本質は“最果ての傀儡”。自らの剣で斬
りつけた相手を意のままの傀儡とすることができる、というものだ」
それと修之の復活がどう繋がるのだろう。そう朝月は考え、修之は自ら答え
を導き出していた。
「そうか・・・・自我を取り戻した俺がその本質を使ってこの身体を傀儡とし
ている・・・ってことか」
「そういうことだ。ま、自我が戻ったこと自体が奇跡に近く、もし奇跡じゃな
いとするなら・・・・・相当な化け物だ」
DEATH UNITの造物主をして化け物と言わしめた日坂修之。彼はどこまで
最強でいれば気が済むのだろうか。
修之は生き返ったわけじゃない。死んで、僅かに取り戻した自我を以って自
らを支配するDEATH UNITを屈服させたのだ。
「話を戻すぞ。この世界の朝月・・・・お前が本質を発揮すれば全てが解決だ」
「それだけで・・・・終わるのか?」
「ああ。お前の宿るDEATH UNITは“模倣”なんていうチャチなものじゃな
い。お前のDEATH UNITの正式名称は――――“略取”」
模倣とは似ても似つかない名前。意味さえも似ているようで全く似ていない。
模倣とは他人のものを見て真似ることであって、略取は他人のものを奪い取
ることを意味する単語だからだ。
「本当は他人を“真似る”のではなく他人から“奪う”ことがお前の力の本質
なんだ」
「奪い取る・・・・ね」
「どんな力があるのか、それさえ知っていれば距離も場所も関係ない。一方的
に奪い取ることができる。だから波状の操弦を扱うことができた」
確かに、朝月は舌斬雀を扱うための条件を揃えていなかった。現から借りた
ものはない。例え生きていたとしてももう一方の条件をクリアしていなければ
朝月は他人の力を使えないはずだった。
だがあの時は舌斬雀を使うことができた。そこが本質なのだという。
「これからお前はこの世界全体にある全てのDEATH UNITを“略取”する。
それが方法だ」
それは、全てのDEATH UNITを背負うということ。この一般的な体躯の少
年の身体の中に何十、何百にも達する越常なる力を内包するということ。
想像を超えて、世界を背負うというのは辛そうだった。
「なるほどね・・・・だから世界は救われても俺は救われない、か」
世界からDEATH UNITは消え、救われるだろう。だが、この少年だけは救
われない。世界を救う代わりに全てを背負うのだから。
「いいぜ。来いよ」
「これから頭の中に直接データを送る。膨大な量の知識だからな、覚悟しろよ」
この世界の朝月へ造物主の教本から一本のラインが繋がれる。頭へ繋がった
それから、大量すぎる量のデータが送り込まれてきた。
この世界に存在する全てのDEATH UNITの能力情報。それを知ることで朝
月は全てを“略取”することができる。
「う・・・・ぐゥ・・・・ッ・・・・」
激しい頭痛が朝月を襲う。そんな激痛の中、朝月はあることを考えてしまう。
逆に、激痛の中だからこそ考えてしまったのかもしれない。耐えるしかする
ことが無いから、余った余裕を思考に使ったのかもしれない。
もし考えたことが現実になるのだとしたら――――否、現実になる。その瞬
間を朝月は迎えて、果たして耐えていられるだろうか。
たぶんこの激しい頭痛を耐えるよりも辛くて、あの精神を削られるような痛
みに耐えるよりも辛いのだろう。
「・・・・・・なぁ」
頭痛が治まって、ようやく少し喋る余裕が出てきた。
「俺が全世界のDEAHT UNITを略取するってことは、修之さんのDUも奪い
取らなきゃいけないのか?」
あくまで確認のため。そう、寄越される回答などわかりきっている。
何しろ、その当事者が自ら言ったのだ。自分はDUと一体化していると。
「そうだな。朝月、お前は俺から――――俺自身を略取しないといけない」
「そんな――――」
分かりきっていても、やっぱりどこかでは奇跡を願っていて。
奇跡なんてそう何度も起こらないことを再認識させられただけだった。
「今ここで躊躇うな。躊躇ったら、そこまでだぞ」
「・・・・でも!」
「俺はもう死んでいるんだッ!」
「――――――ッ!」
彼自身、自らに言い聞かせるように叫んで、その言葉は結果的に朝月の胸の
奥深くまで突き刺さった。
そう。朝月は決して恩人である修之を殺すわけではない。既に死んでいる人
間をどうやって殺すのか。例えもう死んでいるとわかっていても、否、死んで
りるとわかっているからこそ、今の時間を保ちたい。
略取して消滅させてしまえば、それこそ本当の別れだ。
「俺はもう死んでるんだ・・・・このまま略取しないで放置しても、俺は二年
も保たない。いずれ必ず消えるんだ」
「じゃあ二年生きてください! 居られるだけ、俺たちの側に居てください!」
悲痛な叫びは、しかし、逃げでしかない。
痛みを先延ばしにする逃げだ。
「逃げるなッ!」
修之はそう叫ぶ。その言葉はやはり自分に言い聞かせているように感じた。
「ここで痛みから逃げたら、その先の痛みには絶対耐えられない」
「お前には何とかできないのかよ!?」
「・・・・できないな」
別世界の常光朝月は容赦なく切って捨てる。
「なら、別の身体を作ってそこに魂を入れ替えれば――――」
「おいおい、いくらなんでもそれは不可能だ。何と勘違いしているか知らない
がこの造物主の教本は万能の神でも何でもない。ただDEATH UNITを生み出
し、あらゆるものをエネルギーへ変換し、空間を跳躍できるだけだ。何でもか
んでも生み出せるわけじゃない。それに――――」
別世界の常光朝月は一度そこで話を区切り、再開する。
「魂は肉体が命を失ってから一度でも離脱すると、その前世――――すなわち
一つ前の身体の記憶を強固に封印してしまうんだ。その魂が次の肉体に入った
時、前世の記憶の乱入が起こらないように、厳重にな」
それは魂が使いまわされる上でかなり重要なことなのだという。そしてその
封印は肉体を離れた瞬間に自動的に行われてしまうものらしい。
「時々その封印が緩むことはある。例えば天才。子供の頃から途轍もなく頭の
良い子供は大抵、知らず知らずのうちに魂の前世の記憶を呼び起こしているん
だ。頭が良くて当たり前だ。何せ一人の一生分の知識を生まれた瞬間から持っ
ているんだからな」
「じゃあ降霊術とかイタコとかは?」
「ありゃインチキだ」
ばっさりと切って捨てた。今の理論をイタコに聞かせてやりたい。
「もし、今この場に修之の新たな肉体があったとして、魂を移し変えたときに
出来上がるのは――――修之の姿形をした赤ん坊だ」
たぶん、この案が朝月に思いつく最後の案だったのだろう。
悲しみに瞳を伏せ、失血のせいでぐらつく身体を修之に支えられる。
「一度肉体から離れればそれだけで記憶は封印される。肉体から肉体へ魂を移
し換えたとしても必ず体外へは出てしまうんだ。修之と同じ身体をしていても、
そこにいるのはお前の知る修之じゃない」
逃げたかった。辛すぎる事実を否定したかった。
でも元から、逃げ道なんてなかったんだ。
「修之さんまで・・・・・」
「朝月・・・?」
小声で何かを言う朝月。その声は小さすぎて修之にさえ届かなかった。
今度は大きな声で言い直す。
「修之さんまで・・・・俺の手からこぼれていくのかよ・・・・・っ」
春彦という大切な人は朝月の手からすり抜けてしまった。
軌条という仲間も朝月の手からこぼれてしまった。
そしてまた、修之まで。
「勘違いするな、朝月」
修之がしばらく考え込むように視線をさまよわせたあと、両腕が無く失血で
顔面蒼白な朝月に向き直って言う。
「略取されても俺は完璧に消滅するわけじゃない」
「・・・・え?」
思いがけない言葉に呆気に取られる朝月の後ろで、別世界の常光朝月は怪訝
な表情をしていた。
「俺は今、DEATH UNITと一体化している。お前が略取するのは天涯ノ歯車
だ。天涯ノ歯車と一体化している俺を略取することと同義だ。だから俺は、略
取された後、お前の中に居続けることになるんだ」
思わず、なるほど、と納得しそうになる。実際、朝月は納得してしまってい
た。
だが別世界の常光朝月は怪訝な表情をしたままだった。
「俺の自我は消えてなくなるだろうけど、俺はお前の中でDEATH UNITとし
て存在することになるんだ」
「・・・・そっか。じゃあ――――」
「ああ、死ぬことに代わりはない。でも、俺の魂はいつでもお前と一緒にある
ってことだ」
そこまで聞いて、別世界の常光朝月はようやく、なるほど、と言った。
「だからもう躊躇うな。お前から俺を感じることはできないだろうけど、俺は
いつでも見守ってやれる」
「・・・・・」
まだ踏ん切りがつかないのか、朝月は黙ったまま。もうこれ以上、修之に朝
月を説き伏せるための手管はなかった。
今まで傍観していた別世界の常光朝月が声を上げる。
「踏ん切りのつかないお前に選択肢をやろう。二つだ」
指を二つ立てる。ちなみに立てられた指は彼のものではなく、彼の後ろにあ
る造物主の教本の巨大な指だった。
演出のつもりなのだろうが、笑うものなどいない。
「一つはお前がこの場で修之を略取すること。二つ目は私が造物主の教本の力
を使って強制回収することだ」
「強制回収・・・・」
「そうすれば彼の魂は造物主の教本の中に吸収されるが、どうか?」
それは、それこそDEAtH UNITに修之を奪われたことになる。朝月は最後
の最後で負けたようなものだ。
「頼む朝月。俺をあんな変なもんの中へなんて行かせないでくれ・・・・」
状況を読んでの言葉と思いきや、割と真剣味のある鬼気迫る言葉だった。
本気で嫌なのだろう。
「朝月、もしお前がどっちの選択肢も選ばないで、俺を残したまま他人への略
取を始めたら、俺は実力で止めるぞ」
修之と別れたくなくてこんな子供のような態度を取っている朝月にとって、
それは論外といえる選択肢だ。
「・・・・・・わかった」
その言葉を聞いて、安心したのはきっと修之だ。
崩落の収まった灰色の氷の上で修之の身体が徐々に燐光を放ち始める。それ
は朝月が迷いが再発しないように始めてしまった“略取”だった。
燐光はバラけて飛散し朝月の身体へ。
「悪かったな、朝月。辛い思いさせて」
「・・・・本当だよ全く」
皮肉で吐いた悪態は全く意味を成さず、涙に震えた声は朝月の心境を物語っ
ていた。
それは修之も同じ。涙こそ我慢しているものの、彼自身、最後まで決心がつ
いていなかったのだから。
修之が自分に言い聞かせるように叫んだ言葉。それは朝月に向けられたとい
うよりも、やはり自分に向けられていた。
生きることが許されない身として、迷いを断ち切るために。
「ここまできて無愛想な返事はないだろ・・・・全く」
足元から徐々に霧散して消えていく。霧散して飛散した燐光は全て朝月の身
体の中へ吸い込まれていく。
「さよならは言わない。だって、見続けているんでしょう?」
「・・・・ああ、そうだな。なら、俺も言わない」
そんなやり取りを最後にして修之は燐光と消えた。
燐光全てが朝月の中へ収まったとき、堪えていた涙が流れ出し、止まらなく
なった。
その場で泣き崩れ、自らが落とした血液を涙で薄める。両腕が無いから涙を
拭うこともできなかった。
そんな中で別世界の常光朝月は小声で、朝月の泣き声で掻き消される程度の
声量で言った。
「よくもまぁあの土壇場であれだけのハッタリを思いついたな」
彼が遅れて、なるほど、と言ったのは、修之の言葉の真意を探っていたから。
「修之が略取されるということは吸収され、侵食されきってDEATH UNITと
同化した肉体も分解されるということ。確かに魂も朝月の中へ収まるが・・・
・・その魂に記憶はない。堅く封印されてるだろうな」
それはさっき別世界の常光朝月が魂について説明したことと同じだ。命を失
った肉体から魂が離脱すれば前世の記憶は閉ざされる。修之も肉体が分解され
たのだから、意味は同じだ。
あの場で修之が咄嗟に吐いた嘘はこの先、朝月を救うだろう。彼が真実を知
らない限り、ずっと救い続ける。
別世界の常光朝月は修之の戦闘力ではなく、今、ここに畏怖を感じた。
たぶん、百年以上も生き続けた彼にだって、他人を救う“やさしい嘘”なん
て吐けない。一時的ではなく、ほぼ永久的に救い続ける嘘など、もっと。
泣き声がだんだんと小さくなり、この世界の朝月は別世界の常光朝月を見上
げた。
「これから“略取”を開始する。・・・・それでいいんだろ?」
「ああ」
簡潔に答えを返して、この世界の朝月の身体が周囲から集まってきた燐光を
取り込んで淡く光り始める。燐光は半壊したブリッツタワー・セントラルの真
下から、足元の灰色の氷の中から、地平線の向こう側から、限界を知らずに集
まってくる。
別世界の常光朝月は、その燐光に煌く自分と同じ姿をした別人を見て、その
身に宿っているDEATH UNITについて思い馳せる。
(なんとも、因果なこと・・・・幾多ある世界の中で同一固体である私と彼が
これほどの力を互いに掴み取るとは・・・・)
別世界の彼が手にした力は、造物主と言えるほど強力で、異常な力を生み出
してしまえるほど、他人の命を弄べてしまうほどの力を持っていた。
この世界の彼が手にした力は、他者の力を問答無用で奪い取るもの。自分が
なんら苦労をせずとも強大な力を得られてしまう。
(それだけの力をもっても、運命を覆すことはできなかったのか・・・・)
無数の並行世界の中で『日向陽』という存在が同じ日付の同じ時間に必ず死
ぬという運命。
それを覆そうと必死になり、結局、無理だった。
燐光の量が増し、光量が多くなってきた。
そんな中でこの世界の朝月は、
「これって・・・・俺が略取したDEATH UNITが消費する生命力って俺が全
部負担すんのか?」
やはり失われた両腕から血を垂れ流しながら言った。
「いや・・・・それは安心していい。問題ない」
「そっか・・・・よかったよ、割と本気で。もし全負担とか言われたら俺って
一年生きずに死ぬだろ?」
「そうだな。ざっと数えてもお前が背負うのは五百を超える。一年と言わず半
年かからないな。まぁ、そこは大丈夫だ、安心しろ」
「・・・・その根拠は?」
信用できない、とかではないのだろう。たぶん、定型句的に聞いたのだ。
「説明し辛いが・・・・お前が奪ってきたDEATH UNITは“勘違い”の状態
にあるんだ。生命力が無いとき、奴らはどこから活動エネルギーを調達してい
た?」
「あ~・・・・自分で奪ったエネルギーだっけ」
「そう。お前のDEATH UNITである“略取上皇”は意図的にその状態
へ移行させる。つまりDEATH UNITたちは略取された時から勘違いしている
状態になり自分の中に溜め込んだエネルギーを生命力と勘違いして使うわけだ」
そしてその溜め込んだエネルギーを使い切ったとき、造物主の教本に召還さ
れる。
そう付け加えて、また一言。
「ああ、でもお前の意思で自分の生命力を分け与えることはできる」
そういう、確認的な会話をしている間にも朝月を取り巻く燐光の光はピーク
に達していた。
その眩しいほどの燐光の中で朝月は考える。
(つまり・・・・どういうことだ?)
ダメだったらしい。
「俺が死んだら、略取したDEATH UNITはどうなる?」
「宿る主を失い活動エネルギーの枯渇とともに召還される」
なんとも簡潔すぎる答えが返ってきた。
少し考えればわかることだったと朝月は恥ずかしい気分になる。
灰色の氷の中から、ブリッツタワー・セントラルの真下から、地平線の向こ
う側から集まってきていた燐光の軌跡が途切れる。燐光の途絶はこの世界に存
在する五百を超えるDEATH UNIT全ての略取が完了したという証。
朝月を取り囲んでいた燐光は掃除機に吸われる埃のように彼の身体の中へ吸
い込まれていく。
ものは試しとその場で力を使って両腕をまた結合させる。一応、痛みは消え
て出血も止まったが、いかんせん、今まで垂れ流した血が多すぎる。宿主が変
わり新たな宿主が維持の必要がないと思ったことで形態を維持できなくなった
デルタセントラルシティ全土を覆い尽くす灰色の氷は一斉にひび割れ、そのひ
びの隙間へ流れていく自分の血を見ながら、しばらく貧血に悩みそうだと場違
いなことを考える。
「完了したか・・・・これでお前以外の全てのDEATH UNITはこの世界から
消えた。お前がその内に宿し続ける限り、な」
「墓ん中まで持ってくつもりだぜ。それで、誰にも知られない」
それは無理だとわかっている。どう足掻こうが朝月が死ぬとき、その全ての
効力は失われる。すなわち、朝月の死後、その遺体から手足と心臓は消えてな
くなる。
事情を知っている者が見れば、おそらく気付かれる。
その辺をどう誤魔化そうかと未来に思い馳せ、背後の気配が動いたことに気
付く。
振り向けば別世界の常光朝月が空間の狭間へ造物主の教本と共に消えようと
していた。
「行くのか?」
「ああ。もうここにいる意味はないしな。言われたとおり、自分の世界に帰る
とする。・・・・まぁ、あそこに私の知っている人物はもう誰もいないがな」
自分のしてきた行動を後悔する風でもなく、全く後悔していないというわけ
でもなく。
割れた空間の裂け目に巨大な“腕”は姿をほぼ完全に隠しつつあった。
「じゃあな。もう二度と会うこともないだろう」
「しっかり“しあわせ”掴み取れよ」
「・・・・言われずとも」
山崩れのような音を立てながら灰色の氷山は崩壊していく。全体に渡ったひ
びが深さを増していき、いずれ決定的な亀裂を刻む。
夜空はまだ暗く、煌々と輝く半分の月が空高く昇っている。残念ながら東の
空はまだ白んでいない。
身体がだるい。めまいがする。失血が原因なのだろうが、朝月はこのだるさ
が、めまいが、この先背負っていくものの重さに思えた。
灰色の氷山が砕け、虚空へ散る一瞬前。
宵闇の空に走った空間の裂け目は――――何事もなかったように閉じていた。
常光朝月は別の世界で、どう生きるのでしょうか。日向陽という最愛の人を失った世界で、ほかの誰かを愛せるのでしょうか。
彼は絶対にしあわせになろうとする。それが彼の最愛の人の願いだったから。
次でおしまいになります。どうぞ。