この世界の決着
「ァあああぁああああぁぁぁぁぁぁあああああああッ!?」
そんな悲鳴が響き渡った。
「朝月っ!?」
修之が倒れかけた朝月を抱きとめる。動かない左腕を使わず右腕だけだった
ため受け止めきれず倒れこむ衝撃を緩和した程度にしかならなかった。
「うぅあぁあああああああっ!」
灰色の氷は紅く染まっていた。決して砕けず、破壊されなかった灰色の氷は、
その曇った色彩を鮮やかな紅に破壊されていた。
その紅い液体が朝月の血であることに気付くのに、数秒。
その側に転がっていた左腕が朝月のものであることに気付くのに、更に数秒。
どうしてそうなったのか、状況を判断するのに、更に数秒かかった。
「どうした朝月っ! いったい何が起こった!?」
修之は朝月に呼びかけ、必死に状況把握に努める。そして落ちた腕がちょう
ど連結部分だったことを知って理解した。
「朝月の身体と幼馴染の腕の連結が――――解かれている!?」
朝月の肉体がどうなっているのか、それは朝月本人から全部聞いている。ど
うして、どうやって繋いでいたのかは知らないがこの腕が朝月本人のものでは
ないということは聞いていた。
自分ではこれ以上何かを導き出すことはできない。そう感じた修之は別世界
の常光朝月へ視線を向ける。
情けないことだが、この状況で自分にできることは殆どなかった。
「身体と腕を繋いでいたDEATH UNITの効力が弱まっている・・・・・?
まさか―――――」
別世界の常光朝月はクリスタル化した左腕に意識を集中して目を閉じる。
DEATH UNITの造物主である彼には“母”である腕を通してDEATH UNI
Tの所在、その力の強さを知ることができる。
「やっぱり・・・・!」
「何がわかったんだ?」
修之はすかさず問う。別世界の常光朝月の力を借りなければこの状況を打破
することは不可能とわかっているからだ。
無駄な意地など本当に無駄でしかない。
「身体と腕を繋いでいたDEATH UNIT保持者の生命活動が終わろうとしてい
る。この氷のおかげかまだ時間はあるみたいだが、それも数時間だろう。時間
が経てば経つほど彼の身体の連結は途切れていく・・・・!」
修之は知らないことだが、それは柚木が氷の中へ封じた高嶺司の生命力が枯
渇しようとしているということ。
そして、柚木の生命力も枯渇しかけているということだ。
「確かこの氷の力は時間進行速度の制御・・・・彼女があの場面で最大発揮し
ない理由がない。ということは少なくとも私たちの時間感覚で約三時間経てば
氷の中での一秒になるはず」
「待て、俺たちはそんな長時間は戦ってないはずだ。それじゃDEATH UNI
Tの保持者は一秒も命が無かったことになるじゃないか」
「だからたぶんきっと・・・・この氷の時間制御そのものが甘くなってきてい
るんだ」
柚木が死に、時間制御が緩くなる。そうなれば当然、氷の中の時間進行速度
も早まってしまう。
もし氷が完全に解ければ、それは柏原柚木という個人の死を表し、同時にこ
の世界の常光朝月という人物の死をも意味する。
「すぐに何か処置しないと・・・・」
別世界の常光朝月はグルグルと同じ場所を腕を組みながら回る。鬱陶しいと
思いながらもその場に留まって顎に手を当てて思考に浸る。
直接的な関りをを持つでもない、当事者でもない修之に何かできるとは思わ
ない。だが、こういうときほど専門家の理論じみた思考回路よりも素人の柔軟
な思考回路が必要になったりするものだ。
そう。偉大な発明が突発的な思いつきから始まるように。
「なぁ・・・・」
「ん?」
同じ場所を回っていた足を止め組んでいた腕を解いて修之を見る。顔は朝月
と殆ど同じでも口調はちょっとだけ違う。
「命を入れることはできないのか?」
「命を・・・・・?」
「お前、記憶の中で言ってたじゃないか。自分の中へ再変換した命を加えてい
って無限に近い命を手に入れたって。それと同じことができれば――――」
「なるほど・・・・・いけるかもしれない!」
また目を閉じ、今度はクリスタル化していた左腕が輝き一瞬、突き破られた
空間からあの巨大な“腕”が巨躯を晒していた。
別世界の常光朝月の左腕は元の、普通の人間の腕に戻っている。
「これが成功すれば、全部のDEATH UNIT保持者の命は保たれる・・・・!」
造物主の教本の巨大な指から幾条もの光が漏れる。それは紐のように細い線
となってデルタセントラルシティ全土――――いや、地平線の彼方まで伸びて
いる。
「このラインを通して再変換した命を流し込む。そうすれば侵食も元通りにな
るし擬似暴走も止まる・・・・死にかけてる人だって生きられるはずだ!」
そう言って光のラインの中へ液体のようなものが入り込もうとして、
「―――――それだけじゃ・・・・ダメだ」
「・・・・っ!?」
左腕を失い青い顔をしたこの世界の朝月が疲弊しきった声色で止めた。
「命を供給して・・・・生き永らえるだけじゃ、ダメなんだ」
「どうして・・・・?」
「俺は柚木と約束したんだ・・・・全部終わらせるんだって」
DEATH UNITとか“未知”とか全部終わらせないと、約束を果たせない。
「柚木は俺に託したんだ・・・・DEATH UNITなんて消し去って、柚木を助
けるんだ」
パラパラと、冷たい破片が落ちてくる。
それは崩壊の印。
刻限境界がその身にヒビを入れ、崩れ去ろうとしていた。
「命を与えただけじゃスタートに戻るだけ・・・・何も解決しないんだ」
これは我侭なのかもしれない。
だけれどこれだけは決して、譲れなかった。
「DEATH UNITを消さなきゃ――――死んでいった人たちにどう顔を合わせ
りゃいいんだよぉッ!」
死んだ人も、まだ生きている人も。
エクスクレセンスになった人も、今も灰色の中で命を繋いでいる人も。
どこまでいったって、この世界の死人の願いは一つ。
――――人間に戻りたい。
こんな化け物じみた力なんて要らない。消えてしまえばいい。
確かにこの力を得て喜んでいる人もいるかもしれない。無くなってほしくな
と思っている人もいるかもしれない。
でも、心のどこかでは思っているはずだ。
やっぱり、人間のほうがいいって
ボトッ―――また、鈍い音がする。
次の瞬間にはひび割れた灰色の色彩は再び鮮やかな紅に破壊されていた。
「ぐッ・・ゥ・・ッ・・・・・!」
果たして人は、人生において二度も腕を引き千切られる痛みを味わうものだ
ろうか。
答えは否であり、その痛みを味わうと知っていて我侭を言い続けた朝月には
どれほどの覚悟があっただろう。
「もう俺は嫌なんだ・・・・あの時みたいに、何もできないでいるのが・・・」
託されたのにそれに答えることができない。
それは結局、何もできないということで。
何も出来ないということは、あの場で陽を救えなかったことと同義だ。
だから、例え手足が千切れ、心臓が破裂しようとも、彼は決して諦めない。
この世界からDEATH UNITを消し去ることを。
「・・・・なぁ、お前の願いは“この世界からDEATH UNITを消し去る”
ことか? それとも“DEATH UNITが無くなって皆が助かる”ことか?」
別世界の常光朝月は試すように問う。まるでこの世界の朝月が間違っている
とでも言うように。
そして、それは事実で。朝月自身、言われてようやく気付くことができた。
自分の間違いというものに。
「俺の願いは――――DEATH UNITが無くなって皆が助かることだ」
「―――――そうだよな」
安心したように、別世界の常光朝月は吐息を零す。
DEATH UNITがこの世界から消え去るだけじゃ不十分。消え去って、そし
てこの世界の皆が助かってこそ、柚木の想いに応えられる。
「なら、一つだけ手がある。擬似的にだが、その状態へ世界を導ける」
「何っ!? それは本当なんだな・・・・!?」
「だが―――――」
喜び勇む朝月を制するように、目の前に開かれた手は大きく見えて、それが
この先の苦難の大きさを示しているようだった。
「お前が全て背負うことになる。DEATH UNITが消えて、この世界が救われ
たとしても、お前だけは救われない。永遠に、死ぬまで蝕まれることになる」
それでも、いいのか?
別世界の常光朝月と修之の瞳はそう問いかけていた。
修之は朝月の決定を否定するつもりはなかった。それでいて肯定するつもり
もなかった。どちらが正解でどちらが間違いかなど、わかるわけもないのだか
ら、否定も肯定もできない。
どの道、自らは死ぬのだから。
「――――それで、いい」
「そうか・・・・そういうと思ってたよ」
そうして別世界の彼は呟いた。「どうして常光朝月って存在は、どの世界で
もわざわざ重荷を背負おうとするのかね」
「どの世界でも・・・・? 待て、ほかの世界全ての朝月は失敗し続けている
んじゃないのか?」
そう聞き返す修之に、彼は微笑み半分に答えた。
「ああ。陽を救い出すことには全員失敗してるよ。でも、その後で何かしら自
分に背負わせている。陽の死の責任を背負って犯人を追い詰めたり、必ず、何
かしら背負っていくんだ。それも自らの意思でな」
もしここで“別の世界の日坂修之”という単語が一度でも出てくれば、修之
は問うただろう。
別世界の俺はいったいどんな行動を取っていた? と。
しかし、それは愚問だと気付く。
どの世界の朝月も自ら何かを背負っていったように、同じ状況だとしたら別
の世界の修之もここで彼が取ろうとしている行動を選択するだろう。
それは決して褒められる行動ではないかもしれない。
だが、それが最良なのだ。
「・・・・・こっちの人の決心もついたみたいだし」
いつの間にか心の葛藤を見透かされていたみたいで、修之は少し恥ずかしい
気分になる。
思えば見透かされていたとしても不思議はない。別世界の彼はDEATH UNI
Tの造物主だ。どんな操作をすればどんな影響が出るか、知っていてもおかし
くもなんとも無い。
修之は自らの心に決着を着けた。
この世界の朝月は全てを背負うことを。
別世界の常光朝月は修羅の道へ行こうとする自分自身を。
「始めよう。これで――――この世界の決着だ」
空間を突き破って顕現する造物主の教本が明滅を始める。
その指から伸びる光のラインへ液体のようなものが流れ込み、超常の力を宿
した人ではない存在・死人へ命を流し込んでいく。
この地獄のような日を境にしてこの世界から死人と呼ばれる存在は一人残ら
ず消え去った。
その超常なる力・DEATH UNITと共に―――――。
今回で一気に完結させます。あと本当にちょっとですので。
DEATH UNITを消し去らなければ、この世界は救われない。そのためならば朝月はなんでもする。柚木の期待に応えるために。もう誰も失わないために。
では次へどうぞ~。