DEATH UNIT(2)
あれから――――――。
陽の死からしばらく経って、俺は今“空間の狭間”とやらにいる。なんとも
住み心地の悪い空間だが、一人でいるのにはちょうどいい。
この左腕に宿った不思議な力の使い方にも段々慣れてきた。空間跳躍という
ファンタジーじみた芸当を可能にすること。自分の望んだ世界を映し出せるこ
と。この世界は無数の可能性の下に生まれていて、それこそ無数に並行する世
界があるらしかった。
その世界全てを見ることができるらしい。
まだ名前さえも決めていない能力に頼りきるのは如何なものかと思いもした
が、こんな希少とも言える力だ。使わない手はない。
いつかこの手も元に戻す方法を考えなくてはいけない。いつでも人の中に戻
れるようにしておいたほうがいいと思うから。
さすがにこんな腕では人前になど出れないだろう。
今俺の前にはいくつもの世界が映し出されている。その世界の“常光朝月”
という存在を映し出しているのだ。
どうしてそんなことをしているのか。そう聞かれれば即答できる。
まぁ、その答えが正しいかどうかなんて俺には分からないが。
「まだ始めたばかりだしな・・・・・気長に待つしかないか」
俺は待っている。いや、待つしかない。
別の世界で日向陽が生き残る世界が見つかるまで。
そうしたら俺がその世界の常光朝月と入れ代わるんだ。
その世界の俺には悪いとは思うが―――――。
もうこの頃から俺は壊れ始めていたんだ。
どこが、なんて。そんなの分からない。
でもこんな行動に出て、そんなことを思いついてしまったから。
別世界を監視し続けてもう何年経ったか。
それでも俺は以前と変わらない姿をしていた。
「くそッ! ・・・・また、かよ」
俺は目の前にある画面のようなものを拳で叩いていた。
もう何十年経ったかもしれないここでの生活。そして待つだけの日々。もう
うんざりだ。
「この力を持ってても、結局、陽は手に入らないのかよ・・・・」
俺の願いは未だ叶っていなかった。
「何がいけない・・・・運命だとでもいうのか? ・・・・・くだらない!」
どの世界でも陽は死んだ。同じ日の同じ時間に、様々な死因で。
恋人の様々な死を見続けてきた俺はもう、限界が近かったんだ。
「待ってちゃダメだ・・・・・自分から動かないと」
グルグルと同じような場所を回って思考をまとめる。これから自分が何をす
るべきなのか。自分の思うことを成すためには何が必要なのか。
「必要なものは揃っているか・・・・・」
俺が導き出したのは俺に宿った力に元々記録されていた概念。
いろいろと欠けた部分があって使い物にならなかったもの。
DEATH UNIT――――デスユニットと呼ばれるエネルギー蒐集用システム
だ。
このシステムの大枠は既に組み上げられていた。人の身体を三つに大分する。
命と魂、肉体の三つだ。肉体とは人が作り上げていくものとし、命と魂は天よ
り授けられるものとする。人の身体が完成した時、天より人一生分の命を抱え
た魂が降りてきて肉体に宿る。これで生きた人間の完成となるわけだ。
この力にある特性の一つとして、エネルギーを溜め込める。人でも物でも何
でもかんでもエネルギーへ変換してしまい、それを命に再変換できるのだ。
人の魂さえも取り込みエネルギーへ変換してしまう。そして変換の仕方次第
で魂を別の物質へ換えることも可能だった。
それがDEATH UNIT。人の魂を変質させて特別な力を宿し、それを他人へ
植えつける。そして人の持つ魂と競り合いながら宿った人間の命を消費して自
らのエネルギーへ変換していく。ここでの定義として命はガソリンのようなも
ので魂はそれを燃やして生きるエネルギーとする点火剤ということ。
魂とは使い捨てではない。燃やしきったら終わりの命と違って魂は天から与
えられた使い回しの利く装置なのだ。だから魂はその内側に天へ戻るために必
要なエネルギーを蓄えている。DEATH UNITがその蓄えているエネルギーを
上回るエネルギー量を獲得したとき、その魂を喰える――――取り込むことが
できるのだ。
そしてDEATH UNITはここへ戻ってくる。そうしたら蓄えたエネルギーを
取り出して空っぽにしてからまた送り出す。別の魂を回収できた場合はそれを
変質させて送り出せば、単純計算で二倍になって帰ってくる。
それを繰り返せばおのずとエネルギーは溜まっていく。何に変換するにして
もエネルギーは使うのだ。あって困るものでもない。
総じて見るに、どの世界でも常光朝月という存在は決定的に“力”が足りて
いない。自分自身が無力を痛感しているために、別世界の自分が無力だと十分
に理解できる。見ただけでわかってしまう。
「だったら力を与えてやる・・・・その力で護ってみせろ」
俺はある世界を見て、そこにいる常光朝月へ力を向ける。元から備えられて
いた名も知らぬ他人の魂。それを変質させて力を持った魂へと変換する。
たったこれだけの作業で超常な力を持ったDEATH UNITの出来上がりだ。
俺はそれを別世界の自分へ向けて放った―――――。
一回目は失敗だった。与えた力が強すぎて覚醒した時に自分も陽も巻き込ん
で全部を消滅させてしまった。
二回目も失敗だった。力を弱く制御してから与えたのだが、陽が異常な力の
発現に怯えて逃げてしまい、交通事故。
三回目は与えた力が弱すぎて失敗。
四回目はあっという間に命を吸い取られ、暴走して死んでしまった。
そして今回。五回目になる今回こそは何とかしてみようと思う。
そのためにはいろいろと設定を追加する必要がありそうだ。
「まずは、DEATH UNITを見ても怯えない状況が必要だな」
そのためには慣れさせなければいけない。異常とも言える力を持った存在に
慣れてもらわなければ。
「だったら十年単位の過去から存在していることにすればいいか・・・・」
そうなれば世界に知れ渡る。こんな超常な力、そんな何十年も何億人規模の
人間に隠しとおせるわけがない。
「いずれ帰ってくるような仕組みと・・・・・強すぎないような枷か」
世界全体にDEATH UNITをばら撒くならそれ相応の量の魂が要る。相応の
エネルギーだって消費する。ならば消費したエネルギーをどこかで補完せねば
ならない。
ばら撒いたDEATH UNITがいずれ戻ってくるシステムに加えて力が強すぎ
ないようにする枷も要る。
「あとは生命力が少なくなってきている警告もいるか」
警告が無ければ人はどんどん湯水のように力を使って、勝手に死んでいくだ
ろう。それはあまり望ましいことではない。
それからいろいろと悩んで―――どうしたらエネルギーの蒐集を効率化でき
るかとか―――結果的に完成した。
ここで作られたシステムは、まず人にDEATH UNITを植えつける。それか
ら一定時間ごとに、または人がDEATH UNITを行使した時に生命力を吸い上
げてそれをエネルギーに変換して蓄える、というシステムだ。
問題になってくることとしてDEATH UNITは力を発揮するのに殆どエネル
ギーを用いない。しかし本体であるこの“腕”から離れて活動するためにエネ
ルギーを多少消費する。人一人から奪えるエネルギーの量を鑑みれば無視でき
る量ではないのだが、これが一番バランスがいい。結果的に人一人から奪える
エネルギーの総量は半分近くまで減ってしまうことになるが、仕方ない。
どのみち時間だけなら無限にあるんだ。俺自身に割くエネルギーなど何十年
に人一人分程度。さして問題にはならない。
もしこの世界がダメでも、次の目的を果たすまで。エネルギーはたくさん必
要になってしまうが、それも時間次第だ。
「これで・・・・・いいか、な」
完成したDEATH UNITシステム。これを使えば効率良くエネルギーを補完
できて尚且つこれから赴く世界の常光朝月へ力を与えられる。
「この世界が最後か・・・・」
それに俺はこの世界を最後と決めていた。
並行世界はまだまだ無限にある。だが、もう殆ど見えない希望に縋っている
のは無理だった。
あの、陽が殺された一件から俺は信じる心というものの大半を失っているの
だから。
あらかじめ肉体へ命を流し込んでおく。この力が宿ってから俺は無限とも言
える命を手にした。エネルギーから命へ変換して腕を通して減ってきた命へ加
えていく。そうすれば命が尽きることはない。
おまけにこの空間の狭間という場所では肉体が老いない。細胞の変化が止め
られているようで、老化も成長も体調不良も一切なかった。
だからこの空間にいる限り、エネルギーが蓄えられていて命へ変換できる限
り俺は死ぬことはない。
俺は今、降り立つ。
この世界に最後の希望を持って。
降りた俺はまず、一つの町を作った。
この世界は“陽が死ぬ運命の時間”に辿り着くまで五十年近い時間がかかる
世界だ。一番進みの遅い世界を選んだのだから、当然だ。
町の名前は何でもよかった。とりあえず一個の町を興しておく必要がある。
多少の時間はかかるだろうが、それもこの先を思えばこそ。自分の願いを叶
えるためには必要なことなのだ。
興した町はとても小さくて、都会から離れていて。田舎と呼ぶに相応しい出
来になってしまった。まぁ、仕方ないのだろう。自分の故郷に似せて作った町
なのだから、田舎のようなつくりになってしまった。
後は――――この世界にDEATH UNITをばら撒くだけだ。
まずはこの町の人間を起点にしてウィルスのように感染させる。あとは別の
町にも行って感染させてくる。なるべく高齢な者に感染させて増殖を図る。
DEATH UNITの散布は終わった。あとはこの町から去って別の場所で散布
して、何年も先に実るのを夢見るだけだ。
・・・・・・。
町の連中が名前を付けてくれとうるさかった。町を興した旅人。それが俺の
設定だった。だからここから去ることは容認してくれたが、せめて名前だけで
もつけていってくれときかなかった。
仕方が無いから予定を少し延ばして考えることにする。あまりにもあっさり
決めてしまうとテキトウに名づけたことがバレてしまうから仕方なく、だ。
DEATH UNITが生まれた町。死を司る武器が生まれた町。
死武器町。
飛沫町。
これだ。これに決めよう。我ながらナイスなネーミングだ。
町人にこれを伝えたら諸手を挙げて喜んでいた。町の名前の由来も聞かない
とは、なんともな連中だ。
かくして俺は町を去る。残念だがやらねばならないことなど山積みなのだ。
別の町へ赴いてウィルスを撒き散らして、また去る。
そしてまた別の町へ。
それを幾度か繰り返して、俺は世界から立ち去った。
これ以上俺がこの世界に居ても何もできることはない。あとは常光朝月とい
う存在が生まれるまで待って、ある程度成長したなら力を授けてやればいい。
そういうシステムは全部自動化してしまったから俺が力を選んでやることは
できないが、たぶん、強い力が渡ってくれるだろう。
その存在が、その力が、今度こそ日向陽という少女を助けてくれることを願
って。
恋人の死という呪いのビデオのテープが切れることを祈って。
あとの全てをその世界に託した。
彼が真っ先にしたことは、陽を取り戻す算段を立てること。他者から奪ってきたエネルギーを生命力へ戻し、自分自身へ追加していって何百という年月を生きる。そうしてまで彼は取り戻したかったのだ。
これで過去の別世界の常光朝月の回想はおしまいになります。次回からしっかりと本編の時間軸へ戻りますので、ご安心を。
ではまた、次回。