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DUに常識は通用しない(2)

 修之は空を飛行しながら巨大な腕の姿をしている造物主の教本と戦いを続け

ていた。

 朝月二人の会話はさっきから聞こえている。意味も理解している。だが、掘

り下げて深い意味まで理解できるだけの余裕はなかった。

 人間、死人という括りにおいて最強とされた日坂修之。それは死人だった時

代に与えられた称号で、今はエクスクレセンスという死人よりも強大で常識を

逸脱した存在。力ならば生前の数倍以上あるはずだった。

 それだけの力を持ったとしても倒せないほどに造物主の教本(デミウルゴス・ルールブック)という存

在は強すぎた。

 ズズズ・・・・ッ・・・・・ズ――――。

 地面の上を這いずっているわけでもないのに大きい地鳴りがする。最初は何

の音か見当もつかなかったが戦っているうちにそれが“腕”の関節の駆動する

音だと気付くことができた。

 指先から肩口までが裂けた空間から伸びている。想像を絶する大きさが目の

前にあるというのはなんとも現実味が欠けて仕方ない。

「 “未知の欠片”も巨大だったが、こいつはそれを遥かに凌ぐな・・・」

 大きさとしては百mを超えていたであろう。天涯ノ歯車は二十mほどしかな

いから単純計算で五倍ということになる。

 だが目の前の“腕”は違った。“未知の欠片”と同じ色をしたこの腕は小指の

大きさで天涯ノ歯車の五倍をいく。すなわち、小指の大きさが“未知の欠片”

と同じなのだ。

 第四段階へシフトして惜しみなく力を発揮できるようになってから天涯ノ歯

車の大きさは変わった。だが精々五mが二十mになった程度。機神の葬器(マキナ・ローズ)と呼

ばれている二本の剣も二m五十㎝から十mサイズになっているが、やはりその

程度。象と蟻のように差がありすぎる。

 何度剣で斬りつけても、何度カラス仕込みの爪で引っ掻いても大工用具の鉋

で鰹節を削っている気分になるだけだった。

 嘴で突っついた日にはポッキリ折れかねない。

「いくぞ、歯車っ!」

 修之自身は全身を濡羽のカラスへ変貌させ、天涯ノ歯車は塵鬼・葬鬼を構え

て空を切る。

 上から叩き潰すように振り下ろされた掌を避け肘から肩へ、修之は肘から指

先へ駆け抜ける。

「おおおおぉおおおおっ!」

 剣も爪も造物主の教本の表面を削る――――引っ掻いているようにしか見え

なかった。

さっきからこれの繰り返しだ。

「これじゃ立ち行かない・・・・ていうよりもラチがあかん」

 朝月へ攻撃が向くようなことがあれば無理矢理にでも押し止める。自分にだ

け攻撃が向くのなら戦い続ける。

 それだけが重要なことであって、修之の力では倒すことなどできはしない。

 ズズ・・・・ッ・・・・・。

 指先から蒼白い稲妻が吐き出される。指一本につき一本の放電だったが、な

にしろ指と同じ直径を持った雷だ。ともすれば蒼いレーザーにも見える。

 当たったら、死ぬ。

「く・・・っ!」

 ひたすらに空を移動して五本の極太稲妻を回避する。決して破壊されない氷

と分かっていても、仲間のいるであろう場所を稲妻が落ちていくのを見るのは

少々心臓に悪い。

 さっき小指に当たる部分を破壊・・・・もとい、切り落とすことには成功し

た。それはひたすらに同じ部分を寸分違わず削り続けた結果、というなんとも

すっきりしない上に見栄もへったくれもない理由だったりする。

 もう一度やることは不可能だろう。戦闘が始まってから今までずっと同じ場

所を攻撃し続けてやっと一本、しかも一番細い小指を切断できたのだ。

 もう一度、となると気付かれるおそれもある。・・・・あの腕に知能が備わ

っていればの話だが。

 危険な賭けをする必要はない。もしあの腕に知能が備わっておらず、別世界

の常光朝月が制御しているのならこの世界の朝月が別世界の常光朝月を倒すの

を待てばいい。制御している主が居なくなれば腕は棒立ち、動けなくなるはず

だ。

 もし知能が備わっているのなら別世界の常光朝月を倒しても腕は止まらない

はず。そうなったら修之とこの世界の朝月とで腕を破壊すればいいだけの話だ。

 だから、朝月が生き残らないことにはどうにもならない。

「今の戦い方じゃ・・・・・死ぬぞっ!」

 そうは思っていても口にして朝月へ伝えることはできない。今の朝月が優勢

を保っていられるのは爆発した復讐心のおかげだ。ここでそれを鎮火させるよ

うなことは、朝月の勢いを殺して優勢を覆させかねない。

 後先考えず、戦闘結果による生き死にさえ考えない怒りに身を任せた戦い方

は確かに強い。だがその分生きられる可能性を捨て去ってしまうのだ。

 それを止めることは修之にはできないし、余裕があってもなくてもあの戦い

に介入することは、たぶん無理だ。

 ズズ・・・・ッズズゥ・・・・・ッ!

 向けられた指から何十、何百の鎖が伸びる。見たことのある鎖であって、修

之の記憶の鎖とはかけ離れた形をしていた。

 螺旋鎖鎌の本質。

 鎖から螺旋を描くように飛び出た刃は修之の身体をかすめていく。接近しな

ければ、危険だ。

 修之は進む。天涯ノ歯車の背に乗って何百の鎖の中を突き進む。

 機械を作るのに必要なスプリングパーツのような軌道を描いて鎖を回避し、

時には斬り捨て、また回避する。

 天涯ノ歯車の巨体をもってして全てを回避しきるのは至難の技だったが、そ

こはやはり最強と呼ばれし者。人間とは思えない離れ業で成し遂げてみせた。

「ぅおおおおぉおおおおッ!」

 天涯ノ歯車の巨躯によって振り上げられた塵鬼・葬鬼の二本の剣。造物主の

教本の弱いであろう部分――――間接へ剣の強度を完璧無視した威力で叩き付

けた。

「・・・・っ!」

 弾かれた。比較的弱い関節部分でも一撃で破壊することはできなかった。

 おまけに弾かれた衝撃で剣が腕ごと跳ね上がってしまった。これでは体勢を

立て直すことも難しい。

 存外、空中での戦闘というものは難しい。衝撃緩和ができないのだから。

「ぎァ・・・・・・ッ!?」

 体勢を直せない状態で頭上から重い何かが叩きつけられた。それは幾重にも

束ねられた螺旋鎖鎌だったのだが、修之にそれを確認する余裕はなかった。

 肉が硬い場所へと打ちつけられる鈍い音の直後に機械を壊すような耳障りな

音が続く。修之と天涯ノ歯車が揃って灰色の氷の上に叩き落された音だった。

「う・・・っぐ・・・・・・ぅ・・・直撃か」

 立ち上がるために左手を着こうとして、動かない。仕方なく左手無しで立ち

上がったあと確認する。

「力を使いすぎたか・・・・・・っ」

 左腕の殆ど全部がガラス細工へ変化を遂げていた。

 ・・・・いや、変化を遂げた、というのも変な言い回しか。

 あれだけの戦闘で左腕一本。すなわち、あれと同じ密度、時間の戦闘を六~

七回も繰り返せば修之は完全に還元化現象に呑まれる。

 天涯ノ歯車もさっきの攻撃のせいで右腕を大破させていた。近くに大剣・塵

鬼が落ちている。

 それを拾って修之は還元化した腕を見る。

(保ってくれよ・・・・朝月より先に退場なんてごめんだ)

 そう思い、再び造物主の教本と戦うために空へ飛び立とうとした瞬間―――。

「――――――――ッ痛!」

 脳裏にノイズが走る。すると同時、別世界の常光朝月の声が聞こえてきた。


「ある世界では殺された。灰色の氷の身体を貫かれて血塗れになって死んだ!」


「それは全て貴様のせいだっ! それを今から教えてやるッ!」


 どうやら修之も精神攻撃の範囲に入ってしまったようだ。別世界の常光朝月

の記憶が脳に流し込まれてくる。


 朝月と修之は記憶を見、戦慄する。


 それは、それこそが、別の世界に生きた常光朝月が辿ってきた絶望に満ちた

世界だった。



次回からは別世界の常光朝月の記憶回想になります。どうして彼がこんなことを始めてしまったのか。それが明らかになります。


またしばらくしたら更新にします。ではまた次回。

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