DUに常識は通用しない
「常識が通じねぇってんなら・・・・・こっちが常識を捻じ曲げてやるッ!」
その朝月の手に、本来なら決して有り得ないものがあった。
黒い手袋。それは音無現がつけていたものと同一のもの。
彼女がDUを繰る際に使っていた手袋だった。
「舌斬雀ッ!」
朝月の叫び声と同時、黒い手袋から弦がいくつも吐き出されて別世界の常光
朝月へ挑みかかる。
「なぜ・・・貴様が、それを扱える・・・・ッ!?」
次々と弦が常光朝月を取り囲んでいく。立ち行かないと感じた別世界の常光
朝月はまた空間の狭間へ逃げ込む。
さっきは同じ場所へ戻ったが今度は違う。この世界の朝月の背後へ道を作り
そこへ飛び出し刀を振るう。
両手は弦で埋まり武器を持つ暇も与えなかった。回避する暇もなかったはず
だ。
この世界の朝月の背中――――正確には着ている上着に電子的な文字は浮か
んだまま。それの意味するところは、刀騎士の発動持続。
振り下ろされた縁絶は空間から飛び出た数本の刀身によって阻まれた。
「う・・・・・くっ!」
怯む常光朝月を取り囲むように刀身が現れ、その刀身は元素・リンを素にし
て構成されたものだった。
(この能力は・・・・・!)
檻のように四方八方を塞いだ刀身は突然発火する。元素のリンは少しの衝撃
と常温で簡単に発火してしまう危険な物質だ。
それを利用した炎の檻。
「爆縮っ!」
別世界の常光朝月は軌条氷魚のDU・爆縮を用いて檻を構成してた刀身の一
部を圧縮して道を作りそこから逃げ出した。
「ルールブックッ!」
重い岩が動くような、ともすれば地鳴りにも聞こえる音を発しながら造物主
の教本の拳が握られ、修之と天涯ノ歯車を無視して朝月へ遅いかかった。
「逃げろ、朝月っ!」
修之の声が朝月の耳へ入る。だが、彼に逃げるなどという選択肢はなかった。
[Rampage]
朝月の持つフェイスバイザーに電子的な文字が浮かんで、消えた。その文字
の意味するところは「狂暴」。
見た目になんら変化は現れない。しかし飛塚小奈のDUは死人の身体を狂わ
せ常に常軌を逸した力を発揮させ続ける。
そしてそれはDEATH UNITにまで伝播した。
朝月の頭上、造物主の教本の拳が降ってくる方向へ護鱗が集中する。壁にな
るように集まって朝月と拳の間に銀色の壁を生み出した。
そして造物主の教本による超重量のパンチを完璧に受け止めた。
「ぬぅううううああああああああッ!」
決して傷つかず壊れない氷を足に敷き、抗わなければならない圧力を上から
受ける。朝月の四肢、筋肉は狂化されておりその狂い具合はDUにまで伝わる。
つまり、DUそのものも常軌を逸した力を発揮できるということだ。
朝月は肩膝を着いて超重量を受け止める。拳がどけられた後の五体満足な姿
を見て別世界の常光朝月は恐れを半分、不可解を半分の声を上げる。
「なぜだ・・・・どうして貴様がDEATH UNITの“本質”を扱えるッ!?」
別世界の朝月にとってそれは決してありえないことだった。
DEATH UNITの本質を引き出せるのは顕現した時、または召還されて造物
主の教本へ戻ったとききのみだ。
「顕現もしていない今どうして本質が見えたっ!? あえりえないッ!」
朝月はその“本質”を現した多面鏡を発動させる。自分の周囲に多面鏡を張
り巡らせて光の屈折率を変化、姿を消していく。
針天牙槍の穂先を背に着け、開いた空間に刀身を待機させながらこの世界の
朝月は言った。
「それこそ、お前の言った“常識は通じない”じゃないのか?」
俯き、答えない。ただ唇を噛んでいる。
別世界の常光朝月は認めたくなかった。
認めたくないやら知りたくないやら、そういった感情は全ての世界共通で常
光朝月という人物が持っている言語なのか、と思ったくらいだ。
別世界の常光朝月にとってDUの“本質”は普通には扱えないものだ。だっ
て、彼自身がそう設定したのだから。
宿主の命を奪いきり、その血肉を奪って初めてこの世に顕現できるように彼
が決めた。そうした後付の設定なのだ。この状態で、この世界の朝月が生きて
いる状態でDUの本質が現れることなどないはずだった。
だからこそ彼にとってはそれが“常識”で、常識の通じないDUには彼の常
識さえも通じなかったというのか?
「どうして貴様は・・・・邪魔をする・・・・っ!」
背中に問答無用で貫通する槍の穂先を押し付けられながら、別世界の常光朝
月は激昂する。
「そもそも、この世界の日向陽が死んだのは私の責任ではないっ! それは全
て貴様自身の責任だ・・・・・っ!」
「・・・・・」
「私は元々、自分の世界で陽が死んだからこの力を手に入れた! そしてこの
力を使ってあらゆる並行世界を見続けてきたっ! 陽が死ななかった世界があ
ったとして、その世界の常光朝月へ自分が成り代わるためにッ!」
「お前は・・・・・陽の蘇生が目的じゃなかったのかっ!?」
「ああそうさ、それが『いま』の目的さっ! ルールブックを手に入れた当初
は別世界の、陽の死ななかった世界の自分と入れ代わることだったッ!」
そうすれば無駄な苦労などせずに日向陽を取り戻せるから。
例え自分の世界でなくとも陽はそこに居てくれるから。
そう思って幾つもの世界を何年にも何十年にも渡って見続けてきた。
それなのに――――。
「どの世界を見ても、どれだけ見続けても――――必ず同じ西暦、同じ日、同
じ時間に陽は死んだッ!」
それは、この世界の朝月にとっても衝撃的で、信じられないこと。
この世界だけじゃない、全ての並行世界における日向陽は必ず死ぬ。
それが運命であるとでも言うように。
「そんなのって・・・・・・」
「死に方は様々だったよっ!」
怨嗟を吐くように、運命を呪うように叫びとも悲鳴ともつかない声が、決し
て溶けない灰色の氷に響く。
神にまで届くような呪いの声は映像として別世界の記憶を朝月の脳内へ流し
込んできた。
「ある世界では事故に遭った。トラックとガードレールの間でミンチになった」
「ある世界では火事に遭った。放火されて発見されたときには消し炭だった」
「ある世界では強盗に遭った。朝月の不用意な行動が犯人を怒らせた」
「ある世界では愉快犯に殺された。発見されたときはバラバラ死体だった」
「ある世界では誘拐された。発見されたのは山奥ですでに腐ってた」
「ある世界では自殺した。イジメが原因の投身自殺だった」
「ある世界では溺死だった。数日後に外国へ流れついた」
「ある世界では病気で死んだ。運悪く新種の高致死率の疫病だった」
「私の世界では強姦に遭った。私の目の前で精液まみれのままころサレタ」
「やめろぉッ!」
頭を抱えて膝を着いたのはこの世界の朝月だった。刀身を待機させていた空
間の穴は全て閉じ、圧砕重剣と針天牙槍を取り落とす。氷の上に金属が落ちる
音が響いて、脳裏にこびりついた映像を振り払うように頭を振る。
だが、一度見た陰惨極まる恋人の死の光景は消えてくれなかった。
「やめろ・・・・・もうやめてくれッ!」
「わかるか・・・・? 希望を抱いて見続けてきた結末がこれだッ! だから
私はこの世界に最後の希望を預けて目的を変えたのさッ!」
いつの間にか立場は逆転していた。怒りと憎しみを別世界の常光朝月へぶつ
けていたはずの朝月は頭を抱えてうずくまり、別世界の常光朝月のほうが今は
怒りと憎しみをぶつけていた。
「その最後の希望が貴様だッ!」
「・・・・・ッ!?」
別世界の自分の声に怯えたように顔を上げ、徐々に後ずさっていく。それを
許さないように追い立てて別世界の朝月は言い続ける。
「ある世界では殺された。灰色の氷に身体を貫かれて血塗れになって死んだ!」
「それは全て貴様のせいだっ! それを今から教えてやるッ!」
再び脳内へ映像が流れ込んでくる。そこに映るのはかつての朝月自身であっ
て、全くの別人。
そこに映るのはかつての陽の姿であって、全くの別人。
別世界に生きた常光朝月の記憶そのものだった。
常光朝月にとって、DUの本質はDUがこの世界に顕現した時にのみ見ることができる。それが常識だったがゆえにDUによって覆された。”DUには常識は通用しない”という後付けの設定に、足を取られたのだった。
ちなみに別世界の記憶が流れてきたのは、そういうDUがあったということです。
次へどうぞ~。