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常光朝月

 第二十一章 造物主の教本



 灰色の氷に覆いつくされた世界で、佇むのは三人の男。

 一人は日坂修之。一度はエクスクレセンス化し、そのDEATH UNITを支配

して再び自我を取り戻した、言うなればエクスクレセンス第四段階。

 一人は常光朝月。この世界に生まれこの世界に生き、恋人を奪われ復讐を誓

った少年。新たな思い人に託され、世界のために立ち上がった少年。

 そして最後の一人―――――。

「常光・・・・・朝月・・・だとッ!?」

 別の世界で生きたという常光朝月だった。

「そうだ。この世界に生きている常光朝月とは違う存在。造物主の教本の持ち

主だ」

「造物主の教本・・・・・?」

 悠然と“腕”の上に乗ったまま、揺れなどものともせずに佇む。“腕”はその

間にも肩口までこの世の現界させワーカータワーとディレクトタワーを窮屈そ

うになぎ倒していた。

「なんだ、意識体(アバター)から聞いていないのか? 奴の意識と私は繋がっていたから

言ったはずなんだが・・・・・まぁ、いい。隠す必要もない。知ったところで、

貴様等にはどうすることもできないだろうからな」

 タワーが崩れ落ちて轟音と砂煙を巻き上げる。しかしてその下の灰色の氷は

一切の傷を負わず冷気のみを放ち続けていた。

「デミウルゴス・ルールブックという単語なら聞いたことがあるだろう? つ

まりはそれのことだ。これからは分かりやすいようにそう呼んでやろう」

 その単語ならば聞き覚えがあった。修之は知らないが朝月は嫌でも覚えてい

る。それは金を操り春彦と夏彦を死に追いやり、桜子の身体を奪ったデミウル

ゴスの意識体が言っていた言葉だ。

 そう考えると奴が―――別世界の常光朝月が言っているアバターという言葉

は意識体のことをさしているのかもしれない。

 空間を越える能力を保持し多重世界に干渉でき、別世界の常光朝月だという

とても信じられない出来事を目の当たりにして――――。

 この世界の朝月はただ一言、確認しただけだった。

「確認したい。DEATH UNITを生み出してこの世界にばら撒いたのは、お前

か?」

 その問いに、別世界の常光朝月は、簡潔に答えた。


「そうだ」


 剣が――――交差する。

 白く輝く天国篇を手に持った朝月が手ぶらの常光朝月へ斬りかかったのだ。

 いつの間にか常光朝月が手に刀を持ち、天国篇を受け止める。刃同士の鍔迫

り合いで火花が散る。

「俺にとってはそれが全てだっ!」

 再び打ち付けた剣によって常光朝月の刀は折れる。“腕”の上で攻防をしてい

た二人は距離を取って構えを改める。

「へぇ・・・・私がDEATH UNITをこの世界いばら撒いたのがそんなに気に

食わないのか?」

「ああ気に食わないさ。お前がこんな狂ったことしなけりゃ、こんな風に世界

が壊れることもなかったんだからなッ!」

 朝月の剣に弾かれ常光朝月は“腕”から落ちていく。それを追って朝月も飛

び降り、その朝月を追って“腕”が動いた。

 そのせいで無数の瓦礫が降ってくる。落下する瓦礫と追ってくる“腕”を見

ながら朝月と常光朝月は刃を交える。

「それにお前が消えればDUも消える。世界は普通に戻るはずだっ!」

 朝月の足はもう戻らない。イグアナのような皮膚を持つ足に変わり果てたま

ま人間の足へ戻ることはない。

 だが、彼は今そのことを喜んでいた。自分の身体が人間ではなくなっている

ことに喜びを覚えていた。

 それは朝月が自殺願望を持っているといか特殊な性癖の持ち主だとか、そん

なことでは決してない。

 この人智を超えた常光朝月と戦うためにはそれだけの異常さが必要なのだ。

 落下途中の瓦礫を蹴って加速し常光朝月を叩きつける。そこは元地上三十階

に位置していた場所。灰色の氷の下では柚木が微動だにせず立っていた。

 きっと氷の中では一秒も経っていないのだろう。彼女らにとっての一秒は朝

月にとっての約三時間のはずだ。

 氷漬けの彼女らの命の残量がどれほどか、彼には分からない。だが夜明けま

で時間をかけてしまえば、それはたぶん――――負けだ。

 彼の敗北ではなく、灰色の氷の消滅という世界そのものの敗北だ。

「―――――おめでたい奴だな、君は。何の根拠があって私を倒せばDUが消

えるなどと思い込んでいる?」

「・・・・なに?」

 常光朝月が腕を上げる。その先には“腕”が居て朝月を押しつぶさんと拳を

作っていた。

「造物主の教本(デミウルゴス・ルールブック)!」

 避ける間もない速度で墜ちてきた拳は―――朝月を押し潰すことはなかった。

 その前に白と黒を持つ巨大な機械に押し留められていた。

「目の前のことに集中しろ! こいつは俺が引き受けてやるっ!」

 自分の何倍もの大きさを持つ造物主の教本を押し返す。小指一本で天涯ノ歯

車の五倍以上の大きさがあるというのに、その力は甲乙付け難いほど拮抗して

いる。

「どういう意味なんだ?」

「教えてやろうか? 私を殺してもDUは消えない。そこのルールブックを破

壊したとしても、永遠にな」

「なん・・・・だって?」

「無論。私を殺せば状況は動く。ルールブックは制御を失うから暴走するだろ

う。それが君にとって良い方向へ働くかは別問題だがな」

 確かに、何の根拠もなかった。

 朝月はそう信じていただけ。元凶を破壊すればDUは消える、と。

 それ以外に解決策が見えないのだ。

 敵の存在は未知数すぎる。その未知数の敵からばら撒かれた未知数の災禍の

種をどうやったら取り除けよう。

 ただ元凶を破壊する。それだけでいいと思いたかった。

「何でだ・・・・造物主の教本はお前のDEATH UNITじゃないのかッ!」

 DUならば持ち主を殺せば機能を停止する。だからこの別世界の常光朝月を

殺せばそれですむはずだった。

 そう。普通ならば。

「残念だがこれはDEATH UNITじゃない。DEATH UNITを生み出した母だ」

 それがどう違うのだろうか。朝月には理解できなかったし修之にでさえも理

解はできなかった。

「こいつは私とのリンクが切れれば数年で崩壊するだろう。これはDUとは似

て非なるもの。私の生命力を奪うこともなく、絶大的な力を与えてくれる私の

相棒。目的達成のためには無くてはならない存在だ」

 生命力を奪わない。

 この時点でDUとは全く別物だと誰もが気付ける。

 しかし、では“母”は何のためにあるのだろう。

「じゃあ、何なんだお前は! 何のためにこんなことして、人を殺してエネル

ギーなんて集めてやがるんだッ!?」

 朝月はずっと、誰にも言わなかったが自論を持っていた。

 これは三島にも修之にも春彦にさえ言っていない自論だ。

「お前はずっとエネルギーを集めてた――――人の命、生命力を変換して! 

それはお前自身がDUに奪われていく生命力を補うためじゃなかったのかっ!」

 もしかしたら特別なDUか何かで他のDUを生み出すこともできる能力だと

して、別世界の常光朝月は何かがしたかった。でもそのためには生命力が足ら

ないと思い至った。そして他人の生命力をエネルギーというわかりやすい形に

変えて奪うことを考えた。

 そして何万、何億という人間の命を奪っては自分から奪われていく生命力の

足しにしていたのではないか。

 朝月がずっと持っていた自論とはこういうことなのだ。

「違うな。私がエネルギーを集め続けていたのはそんなくだらないことのため

じゃない。もっと、大切なことのためだ」

 瓦礫の全て墜ちきった灰色の氷の上で対峙する二人の朝月。一人は余裕を失

った様子で、もう一人は余裕を保っていた。

「私の願いは――――日向陽の蘇生だ」

「な・・・・・ッ!?」

 朝月の攻撃の手が止まる。飛び出た名前に虚を突かれたのだ。

 その隙を見逃さず常光朝月が蹴りを入れる。また離れた二人の間に弾かれた

天涯ノ歯車が墜ちてきて氷の上を滑っていった。

「そのためにエネルギーを集め続け、自分に生命力を注入し続け何百年も生き、

人の魂を回収し続けてきた」

 造物主の教本もその動きを止め、修之も動かない。朝月も攻撃することがで

きず、誰もが動かない。

 朝月は夢を見た。このまま別世界の朝月を行動させてやればいずれ陽にまた

会えるのではないかと。

 再びめぐり合うことができるのならば、と。

 だが、すぐにそれはできないと思いいたる。

「その願いを阻害するのならば、それが例え異世界の自分だとしても容赦はし

ない。排除させてもらおうっ!」

 初めて大声と言えるほどの声量で言った常光朝月は手を虚空へ掲げる。何も

ないはずのそこに緑色の針金のようなものが集まり始める。骨組みを組むよう

にして、それは刀の形を形成していく。

 最後に肉付けをするようにして出来上がる深緑色の刀。それは永遠に失われ

たはずの武器。

「縁絶ッ!」

 夏彦が使い金を助け、そして失われた。

 この世にあるはずの無い武器・縁絶。

 それが今、別世界の朝月の左手にあった。

「お前が何でそれを・・・・・っ」

「貴様等も知っていることだろう? DUは“回収”されるのだ。宿主が死ん

で依代を失い、この世界に居られなくなったDUは造物主の教本(デミウルゴス・ルールブック)へ召還

される。それは私の手に戻ることを意味する。当然、エネルギーを失い活動限

界を迎えたDUも召還される・・・・・彼を見ろ」

 常光朝月は修之を指差す。何事もなかったかのように戦っていた彼の左腕は

透き通るようなガラス細工へと変化していた。

「修之さん・・・・・! それって――――」

「・・・・余計なこと教えるなよ、お前」

 朝月の言葉を無視して修之は常光朝月へ非難の視線を浴びせる。肩をすくめ

ただけで受け流した彼から朝月へと視線を戻した。

「知られなきゃいいとは思ってたんだがな・・・・・。俺は今、DUと一体化

している状況にある。簡単に言えば第三段階の状態を俺の自我で動かしている

状態だ。俺の生命力も糧になる肉体も全部なくなった。そのあと、DUがこの

世界で活動するために必要なエネルギーはどこから供給されているのか。この

腕に気付いたときには焦ったが、よく考えれば簡単にわかった」

 朝月は修之がエクスクレセンス化していることを知っていた。だから今ここ

に生きているのはおかしいと、最初戦闘機群を破壊したときにも思った。

 だがそれは何かがあったのだろうと思い込んだ。きっとまだエクスクレセン

ス化はしていなかったとか、きっとそんなことだろうと。

「DUは自分が奪ってエネルギーに変換した生命力を消費して活動を続けてい

たんだ。だからDUと一体化している俺は、DUが活動限界を迎えれば同時に

――――消える」

 結局、彼は死んでいたのだ。生きてなんていなかった。

 金みたいにギリギリ擬似暴走だったとか、そんなことではなく。そんな奇跡

みたいなことは起こらなくて。

 朝月の恩人だった人は――――死んでいた。

「そのガラス細工に変化しているところは召還された証だ。私は還元化現象と

呼んでいる。全身がガラス細工に変わったとき、それは日坂修之という個人の

消滅を意味する」

 朝月は信じたくなかった。春彦と夏彦に続いて修之まで失うことを。

 否、失ったことを。

「つまり、だ。召還されたDUを私は自在に使うことができる。これは君の仲

間が使っていた武器だろう? 私なりに趣向を凝らしてみたのだが、どうだ?」

 そんな冗談にさえ、反論する気になれない。反論しなければいけないのに、

心に根付いた痛みがそれをさせない。

 また仲間を、大切な人を失った。そのことが痛くて痛くて、彼は涙を流す。

 痛みの涙は決して溶けない灰色の上に落ちて、流れ、落ちていく。

 その痛みの行方を追って、朝月の目に飛び込んできたのは氷の底。

 氷底に閉じ込められている柏原柚木の姿だった。

「・・・・・・ッッ!」

 朝月は立った。自分がここで挫折することが良い方向へ傾かないと知り、自

分の行動がもう自分だけのものではないと再び認識したから。

 彼は戦って、勝たねばならないのだ。

「へぇ・・・・立つのか? 何人もの仲間を失って、まだ失うかもしれない戦

いに挑むつもりか?」

「悪いがな、ここで退いたほうが、もっとたくさん死ぬんだよ!」

 壊れない氷に爪を立てた爬虫類の足がありえないほどの瞬発力で常光朝月へ

の距離を一瞬でつめる。

 白く輝く天国篇と深緑色に染まる縁絶が火花を散らしあう。見た目からすれ

ばどちらが先に限界を迎えるかなど一目瞭然だった。

「掌れ! 煉獄第七冠―――――」

 だが、常識外が普通の戦いで“見た目”などあってないようなものだった。

 天国篇の白い刀身に走っていた一本の黒いライン。根元にある宝玉から流れ

たそれは徐々に炎のような赤へと色を変えていく。

 神曲喜剣において地獄と煉獄は半分近くが同じと捉えられている。煉獄で司

る七つの大罪は地獄における第二圏から第五圏と酷似しているのだ。愛欲、暴

食、貪欲、憤怒。それらが殆ど同じなのだ。

 だからその場合、内容は地獄篇でも煉獄篇として扱われる。

 地獄では、愛欲者の地獄は暴風に満ちているとされた。

「シン・ラストッ!」

 罪・色欲。

 赤く色づいた台風よりも激しい暴風が荒れ狂う。

 地獄の責苦の内容でありながら煉獄として扱われるため、その暴風は熱風と

成り代わる。

 人が触れれば肌が焼け爛れる熱風――――火砕流だ。

 気流を読むことの難しい風を避ける術など人間にあるはずもない。

「断裁――――風」

 そう呟いた常光朝月は深緑色の刀を縦に振る。赤く色づいた熱波はその刀を

避けるように――――否、刀に両断されたように二股に裂けた。

「私としてはここで退いてくれたほうが楽なんだが・・・・・まぁ、いい。退

かないというのならその“退かない”という意思の源を潰してやるまでだ」

 朝月は何を源にしてまだ戦っているのか。

 それは柚木に託されたからであり、DUを滅ぼすのが目的だからだ。

 そのどちらかでも欠ければきっと、朝月は自暴自棄になるだろう。

 復讐という感情だけでは生き残るための戦いはできない。

 理由と目的があってこそ生き残るために戦えるのだ。

「いいか、よく聞け。私を殺そうが造物主の教本を破壊しようが――――この

世界からDEATH UNITが消えることは有り得ない」

「・・・・・っ!」

 朝月の耳から、音が消失した。

 それはただ驚いたから。それはただ奴の言う言葉一字一句聞き逃すまいとし

たから。それはただ何も聞きたくなかったから。

 一度聞いているとはいえ、完璧な形で聞きたくなかったから。

「造物主の教本はDUの母だ。母から生まれた子が、母が死んだからと言って

子も死ぬわけではない」

「ふざけるなッ! じゃあ、どうやったら消えるっていうんだ!」

 空で“腕”と戦っていた修之が叫ぶ。朝月は叫ぶことさえも忘れ、言われた

言葉の意味を反芻していた。

 常光朝月を殺しても造物主の教本を破壊してもDEATH UNITは消えない。

母が死んでも子は生きられるように、DUは消滅しない。

 それならば、どうすればいいのだろう。

 柚木から託されたことはDUの元凶を破壊してこの世から消し去ることだ。

それこそが朝月が戦う理由であり、唯一持てる希望。

「DUを消す方法なんかないさ。造物主の教本を破壊すれば増えることはなく

なるが、消えることもない」


「つまり、貴様等のしていることは全て無駄ということだ」



最初書いているとき「ラスボスの能力の形が左腕一本ってどうよ?」って友人に聞いたら「逆にそういうモンのほうが奇抜的でいい」とか言われてデミウルゴス・ルールブックはあんな形になりました。すっごくでっかいけど。


この常光朝月戦が最後の戦いになります。もうそんなに長くありません。たぶん100部まではいかないと思います。


というわけなので最後までお付き合いください。次へどうぞ。

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