灰色の上で
感傷にも絶望にも浸る間もなく、世界は揺れる。
その揺れはどんどん大きくなってきているように感じた。
だが、絶望の淵にいた朝月とってはどうでもいいことになりかけていた。
「・・・・朝月、気を保て」
「・・・・」
朝月は答えることができなかった。大切な人を護ろうとして、結果的には二
人同時に大切な人を失う結果になってしまった。
どこで判断を間違ったのだろう。
どこがいけなかったのだろうか。
そのことが、朝月にはわからない。
「朝月っ!」
「・・・・・ッ!?」
突然肩を掴まれ修之の方へ向かせられる。
「お前がそんなんでどうするつもりだ! 彼女はお前に託したんだろっ!?
もっと気張れ。お前と俺しかいないんだ・・・・もう・・・・ッ!」
おそらくこのデルタセントラルシティにいた全てのものは氷の中だ。修之と
朝月の二人を除いて。
「お前は勘違いしてるのかもしれないがな、今のこの状況は返って好都合なん
だぞ?」
「・・・・は?」
「彼女は言ってた。自分自身が凍りついたら外部から物理的な干渉は一切でき
ないって。あの桜は意味を失って、この先どんな激しい戦闘になっても氷の内
側は絶対無傷なんだ。つまり彼女たちは何があっても死なない・・・・っ!」
それは氷の内部時間で彼女たちの生命力が尽きるまで、という制限つきだけ
れども。
朝月は確かに、光を見た。
「そう・・・か」
「そうだ! だから諦めるのは早い。もしかしたら“未知”を破壊すれば何と
かなるかもしれない。確実な解決方法なんて知らないが、諦めたらそこでお終
いだからな」
柚木も言っていた。朝月はたくさんの人を助けるのだと。DUの元凶を破壊
してこの世界から消し去るのだと。
彼は失ったわけではない。
助けるための猶予をもらったのだ。
ズゥ・・・・・・ン・・・・・・ッ!
「・・・・!?」
世界が再び揺れる。この世界ではないどこかから、世界を揺らしている何か
がいる。
修之はホッとした。朝月が立ち直ってくれてよかったと。もし絶望の淵にい
たままだとしたら、この先、確実に死んでいただろうから。
朝月は安堵した。絶望から立ち直れてよかったと。もし絶望に潰されたまま
でいたら、この先、絶対に生き残れなかっただろうから。
世界が壊れるその瞬間を――――見る。
紫氷に包まれた“未知の欠片”の背後。その空間に――――亀裂が走る。
空間に亀裂が入る、などという瞬間を一生に一度でも見れる人間がどれほど
いるだろうか? いるならそれはきっと、DUの奥深くまでかかわったことの
ある人物だけか、あるいは、自らのDUが空間を突き破って現れるものだった
人物のみだろう。
朝月自身、空間の狭間から抜け出すために空間を突き破ったことがあるから
分かる。
空間を破るなど、そうそうできることではない。彼とて脱出できたのは殆ど
まぐれだ。自分一人分の穴を開けるので精一杯だった。
亀裂は蜘蛛の巣状に広がり――――砕けた。
空間が砕ける音というのは案外、ガラスが砕ける音に似ていた。
ぽっかりと穴が開いたその向こうには赤とは言えず、かといって別の名称が
当てはまらないような不思議な色が占める空間が広がっている。
そんな空間の狭間から出てきたのは―――――腕。
指先から肩まで、人間の左腕を模った“未知の欠片”と同じ色をした巨大
すぎる腕。
おそろしく巨大だった、おそらくは高さ百mを超えていたであろう“未知の
欠片”。見ればそれは現れた“腕”の小指ほどしかない。
「これが――――“未知”・・・・ッ!」
“未知の欠片”を紫氷ごと握り潰して、とうとうこの世界に腕の全てが現れ
た。
その腕の上には――――何者かがいる。
「欠片の機能停止。意識体との通信途絶。本当に、手間のかかる世界だ」
腕に乗りこの世に現れた何者か。
それは、とある人物に酷似していた。
「貴様は・・・・・何者だッ!?」
修之が叫ぶ。朝月を立ち直らせた修之でさえも、信じがたい光景。
「私は―――――」
「―――――俺?」
そうつぶやいた朝月の言葉に賛同するように『何者か』が微笑む。
だが、その微笑に優しさは微塵もなく、別の何かがあった。
「私の名は常光朝月――――――こことは違う世界で生きた、君自身だ」
今回は短いです。なんだかちょっと更新が滞った分一気に巻き返しを図りました。
異世界で生きた常光朝月。それこそがデミウルゴス・ルールブックの主だった。
DUをこの世界へばら撒いた本人だった。
どうなっていくんでしょうねラストバトル。ではまた次回。