死人の末路(3)
俺たち死人にこんなことを頼むのも気が引けたが俺は金に頼んで少し
調査をしてもらっていた。
狭い範囲で構わないから紀伊坂のようなものを探してもらうのだ。
何かが引っかかっているようでどこかに潜んでいるように思えてならない。
今、金は調査を行っていて彼女のDU――神の瞳を用いて範囲的に
異常な存在を洗い出してもらっている。
神の瞳の範囲内なら何者でも逃れられない。
始めてからそれなりに時間が経っている。あまり長引かせると金が
危ない。
そろそろ止めさせようと思った矢先、金に変化があった。
「何・・・これ?」
「どうした?」
「何かいる・・・・?東中央・・・・何これ!?」
「どうした!?」
金の様子が変だ。何か変なものでも見たように口を抑えている。
「人間・・・・なの?」
「何がいるっていうんです?」
春彦の言葉に気付いて金が顔を上げる。
「身長三m強。手足の長さが二m超えてる。しかもこれ手足じゃない。
これって・・・・蛇?」
意味不明だ。しかしそこに異常生命体がいることだけは分かる。
「金、そいつどこにいる?」
「東中央公園・・・」
「分かった」
俺が走って家を出て行く。それに続いて春彦も家を出た。
しかし金はその場に留まったままだ。
「どうした金?」
口を抑えてまま片手で頭を抑えて膝を着く。
「おい金!?」
近寄ろうとした俺を金が止める。
「大丈夫だから先行って。変なもの見て気持ち悪くなっただけだから」
「大丈夫なんですね?」
「うん」
春彦の確認に応じたのを見て俺は後ろ髪を引かれながら東中央公園に
向かった。
二人が出て行った後。急いで鞄を取ろうとする。
私の鞄は向かいのソファの上。少し移動すれば届く距離だった。
「ぅあ・・・っ」
テーブルに躓く。頭が痛い。薬の効果が切れてきたみたいだ。
このままじゃ何もできなくなる。脳に負荷をかけすぎた。
何とか鞄を取ってそこから一つのビンを取り出す。
中にはカプセルが幾つも入っていた。今の私の命を繋ぎとめている
薬だ。
「んく・・・・っ」
水を使わずに飲み込む。水を取りに行っている余裕なんかない。
少しずつ頭痛が収まっていく。これで何とか大丈夫。
ビンの中の薬も少なくなってきた。また貰ってこないといけない。
ブレイン・スタビライザ―――脳波安定化剤。これがないと私は――。
しばらく床に座ったまま天井を眺めた。
一度壊れた私の脳。それでも復活してくれて、しかも複数脳なんていう
超能力までくれた。
それでも、一度壊れたんだ。
金との会話は音無さんと御堂さんと修之さんに繋いでいた。さすがに
三人とも行動が早い。俺たちよりも先に東中央公園に到着していた。
そして目の前の異形を見上げていた。
俺と春彦を含めた五人の眼前にはとても同じ生き物とは思えない存在
がいた。
高さは三mを超えている。幅こそ無いが長大な手足が異様な恐怖を
煽る。
手足だけで二mはいっている。しかしその先端に指は無く、そもそも
手が無い。あるのは蛇の頭のようなもの。顎が開かれその中には無数の
鋭利な牙がびっしりと規則的に並んでいる。
足も同様。だが足は牙が地面に食い込んでいて攻撃用ではないみたいだ。
「これは・・・・エクスクレセンスなのか?」
「俺に聞くなよ。お前のほうが知ってんだろ、修之?」
俺は修之さんと御堂さんがここまで動揺しているのを初めて見る。
それほどまでに常軌を逸した存在なのだ。
これがエクスクレセンス?
俺たち死人の成れの果てなのか?
この前見たやつと全然違う。あいつらは人間のカタチをしていた。でも
こいつは違う。人間のカタチじゃない。そもそも生き物のカタチを成して
いない。
俺も――こうなるのか?
「・・・・・ぁ」
また負の方向に思考が落ちそうになったのを止めたのは奇しくも目の前
のエクスクレセンスだった。
「死・・・・人・・・・DU・・・エク・・・レセ・・ス・・・・許さ・
・・ない」
よく見れば、エクスクレセンスの上方――本来なら頭があるであろう
場所に埋もれた感じで見覚えのあるものがあった。
顔だ。人の顔。それも、俺がこの前路地裏で腕を切り落とした人物の
顔だ。
「やっぱり・・・・こいつは朝月が探していた奴だ・・・!」
音無さんが後ろに下がる。DUを発動するためだ。
やっぱり、これは紀伊坂衛の成れの果てだったのだ。
「許さ・・・ない。ぜっ・・・たいに・・・・許さ・・・・」
その虚ろで生気の無い瞳はあいつらにそっくりだった。でも表情は
全く別物だった。DUの力に踊らされて死んでもその顔には憎悪と
悔恨、後悔がはっきりと浮かんでいた。
そしてその瞳が俺を写した。
「じょ・・・じょおおおおこおおおおおおおッ!」
憎悪が増した表情が俺を捕らえて歓喜する。まるで長年追いかけた仇
が目の前に現れたかのように。
「狙いは俺か・・・っ」
それは半ば予想していたことだった。もし紀伊坂がDUを手に入れた
なら真っ先に俺を殺しにくると。だからこの化け物が紀伊坂だと分かった
時からこの展開になるのは分かっていた。
だから俺は迷わず木刀を抜いた。
「砕け散れ」
木刀が変化する。腕をも巻き込んで、何処からか現れた黒い闇が侵食して
いく。
純白の刀身。その根元にある漆黒の宝石。見た目美しい剣だが、二mにも
届こうかという姿が美しさを打ち消して恐怖を誘う。
「圧砕重剣」
完全に姿を現した長大な剣は目の前の元人間――紀伊坂衛に向けられる。
「皆は下がってください。奴の狙いは俺のようなので」
「ば、バカ言うな!あんなのに一人じゃ・・・・っ」
「俺はこれでも隊長です。大丈夫ですよ」
ゆっくりと上段に構えて走った。
「こんなただ感情と溢れる力に任せて暴れるだけの化け物に負けやしま
せんから」
蛇のような動きでこっちに伸びてくる腕。それを避けて本来手首に
なっているはずの場所。ただ金属のような反射を返すだけの何も無い
所に圧砕重剣を力任せに振り下ろす。
「おおおおおッ!」
ガィンッ!
金属をハンマーで叩いたような音がして腕にもの凄い衝撃が跳ね返って
くる。
「硬ってぇッ!金属かよ!」
圧砕重剣が全く刃が立たない。逆に刃毀れしたんじゃないかと思うほど
の衝撃だった。
「のわりにゃクネクネ動いてるな」
御堂さんたちは本気で傍観に決め込んだらしい。離れた場所で胡坐を
かいて座り込んでやがる。
斬撃が通用しない。となると俺に残された戦法は限られる。
高密度の重力で押し潰す。これが最適で簡単だろう。
「でも・・・」
この動く腕。これが厄介だ。
二mかと思いきやこれがかなり伸びる。ざっと見ただけでも十mは
超える位伸びたのではないか。
回避してもすぐに反転して追撃してくるし、しかもそれが両腕ときた
もんだ。近接戦闘型の俺にとっては厳しい。
バースト・カラットは・・・・難しい。あれは撃つのに時間がかかる。
面倒臭い。紀伊坂も大概にしろと言ってやりたい。
まぁ、言ったところで俺の言葉なんぞもう届かないだろうがな。
「さぁて・・・どうするか」
金がいつも言っていた言葉を借りてみた。こう言ってみると意外と
落ち着くものだ。
こいつは俺が倒さないといけない。どうしてエクスクレセンスになって
しまったのかは不明だが、DUを得るきっかけを作ったのは間違いなく
俺だろう。だとしたら御堂さんや修之さんに頼るのは筋違いだ。俺が
処理しなくちゃいけない。当然、春彦にも頼れない。
まず確かめなくちゃいけないことはあいつの身体までこの硬度なのか
ということだ。
試しに足元にあった拳サイズの石を拾って思いっきり投げてみる。
その石は紀伊坂の本体に届くことなく右腕に噛み砕かれてしまった。
バリボリと石を噛み砕く様はかなり怖い。石であの様だ。人間なんか
骨まで咀嚼されてしまう。
こうして対策を考えている今も左腕がグネグネ動いて攻撃してきている。
春彦もそれのとばっちりを受けていた。
「あの腕に捕まったら頭からはむはむされちゃいますね」
「嫌なモン想像しちまっただろうが!」
迫ってくる腕を払いのけながら懐に入ろうと試みる。
奴の右腕は今春彦を追っている。つまりは胴体までの道程はがら空き
なわけだ。
もしも胴体や頭部まで金属硬度を持つならかなり苦しい戦いになりそうな
予感。できればそうならないのを祈る。
「じょおおおおこおおおおおッ!」
しかし俺の想像は打ち砕かれた。
紀伊坂は片足だけでバランスを取って空いた左足を伸ばしてきたのだ。
「うおわッ!?」
突然のことで回避がギリギリだった。それでも回避できたので危険を
承知で突っ込む。
流石に足。どうバランス感覚が良くっても腕みたいに自由自在には
動けない。後ろからは当然腕も追いかけてきているようだが腕が追いつく
よりも俺が胴体に辿り着くほうが速い。
「せぁああっ!」
横回転しながら思いっきり圧砕重剣を人間でいう鎖骨付近に叩き込んだ。
ガキィンッ!!
腕を攻撃した時よりも倍近い衝撃が返ってきた。
「ぐ・・・あぁッ!」
あまりの衝撃に思わず圧砕重剣を落としてしまう。
「やばっ」
取ろうとしたときにはもう真後ろまで腕が迫っていた。
仕方なく圧砕重剣をその場に残して後退する。
「朝月君。どうするんですか!?」
「仕方ないだろっ。あのままじゃ俺死んでたって」
片足の牙を地面に深く食い込ませてバランスを取り、両腕と片足で
攻撃してくる紀伊坂。
そして武器の無い俺。
結構ヤバい状況だ。
圧砕重剣は紀伊坂の足元。武器無しであの場所に辿り着くことは不可能。
春彦の螺旋鎖鎌に頼るしか・・・・。
いや、それはダメだ。俺の撒いた種なんだから。
圧砕重剣を解く。今紀伊坂の足元にあるのはただの木刀だ。
そして俺は周囲を見回して落ちていた木の枝を拾う。
それを圧砕重剣に変貌させた。
「へぇ・・・そんなこともできたのか」
御堂さんの声が聞こえた。しかしその直後に春彦の声も聞こえた。
「サイズは小さくなってますけどね」
「うるせぇよ」
あの圧砕重剣はあの木刀だからこそあのサイズなのだ。一m八十㎝を
超えるために必要な大きさ。それが普遍的な木刀なのだ。
だが俺が持っているのは全長五十㎝にも満たない枝。今の圧砕重剣は
切っ先から柄頭まで一mくらいしかない。当然攻撃力も耐久力も重さも
従来のものよりも低い。
その分小ぶりだから狭い場所とか素早い敵とかには有効なんだ。
圧砕重剣は二本同時に発動できない。だから木刀を取り返すまでは
これで我慢しないといけない。というか、これで倒せるなら倒して
しまいたい。
こんな面倒はとっとと終わらせたい。
だから、出し惜しみなんてしない。
「圧の強欲。砕の嫉妬。重の憤怒。剣の暴食。神の怠惰。喜劇の傲慢。
奏者の色欲。神曲よ、蘇れッ!」
圧砕重剣の形が変わっていく。純白の刀身は漆黒に毒され、漆黒の
宝石は純白に染められた。切っ先が左右に開き、宝石は狂ったように
振動している。浮遊した純白の宝石は美しさよりも禍々しさしか与えない。
「神曲喜剣・地獄篇!」
圧砕重剣の真の姿。呼称とかは特に変わらないが地獄篇は重力制御
ができるのだ。
実は細かい制御は剣ではなく俺がニガテだったりするのだがこの場面
でそんなことは言ってられない。
なんとか懐に潜り込んで一撃で叩きのめす!
「春彦、下がってろ」
「朝月君・・・?」
「俺が仕留める!」
「ちょ・・・朝月君!?」
無視して紀伊坂に向けて駆け出す。もう覚悟は決めた。これが決まれば
勝ち。失敗すれは大怪我、悪くて死。
俺らしくないが賭けるしかない。
「もうっ。細かい制御は苦手だって自分で言ってたくせにっ」
春彦も螺旋鎖鎌を飛ばして朝月の援護に入る。
伸びてきた二本の腕と足を螺旋鎖鎌が絡め取る。
幾重にも絡まれて完全に動きを止めた腕の下を俺が通っていく。
「下がってろって言っただろうが春彦!」
「そんな無謀を見過ごせるほど非人道的な性格はしてませんよ」
春彦の螺旋鎖鎌は見かけによらず意外なほどに力が強い。一度絡め
取られたらこんな化け物でも身動きできないほどに。
それでもさすが力の権化エクスクレセンス。通常のDUに力比べで
負けるはずもなかった。
すぐに鎖は引き千切られ、開放された腕が俺を追ってくる。足は
春彦のほうへ向かった。
「朝月君・・・!」
「ああ・・・十分だ!」
しかし俺はもう紀伊坂の本体に辿り着いていた。
紀伊坂は目の前。約十m後方にいる腕がどんなに急いでも間に合おう
はずもない。
まさか牙が飛翔してこようとは思わなかったが。
「痛ってぇッ!」
背後から突然飛来した多数の牙が俺の左腕を引き千切っていく。
まだ完全に治ってなかったのに!これでまた華南さんに頼らないと。
それでもこの圧砕重剣は小さい。いつもでも片手で扱えるがこれなら
片手で余裕だ。
細かい重力制御は苦手だが、やるしかない。
俺は重力制御を使って反重力を行う。それは簡単に言って普通の重力
に相殺する重力をぶつけて一時的に無重力化しようというもの。力の
制御が大変だから使うのが苦手なのだ。
過去に一回だけ修之さんとの訓練で成功したことがあるが、あの無重力
の感覚は病みつきになったりする。
無重力は軽く地面を蹴っただけでも相当高くまで上昇できる。今の俺
は紀伊坂の頭上数m。反重力を解いて一気に降下する。
「バースト・カラットに続く大技、見せてやるぜ」
剣の先端を地面に向けて逆手に持ち、足から紀伊坂の頭の上に着地
する。
ドンっと着地の音と同時にガキッと剣が紀伊坂の頭にぶつかる音が
した。
「俺のせいでこうなったかもしれないんだよな・・・・せめてカッコ
よく散れ」
よく考えればあの紀伊坂の行動は俺にも理解できることだった。
恋人を殺されて、自分は何もできなかった。行き場の無い怒り、
憎しみ、後悔。俺はそれらを自分の中に抑え込むことができた。でも
紀伊坂はできなかった。ただそれだけの違いだったのだ。
それを理解してやれず、ここまで追い込んでしまったのは俺だ。
だからこの戦いの責任は俺が取らないといけない。
押し付けられた切っ先に蒼く縁取られた黒い光が収束していく。
それがバースト・カラットと同質ではないことは一目瞭然だった。
蒼く暗い光。それが一番光った時。
「ゼロレンジ・グラビティス!」
蒼く暗い光が膨張して紀伊坂を飲み込んでいく。
元の大きさは紀伊坂の頭くらいだったのがその三倍くらいに膨張、
そこで膨張は止まった。
もう膨張せずとも良い場所に到達したのだ。
黒い球体を縁取っていた蒼い光が内側――球体の真ん中に向けて
収束し始めた。
まるでブラックホールに吸い込まれる星屑のように。
そしてそれに巻き込まれて紀伊坂の身体も飲み込まれていく。
バキゴキと気味の悪い音を立てながら圧砕重剣では歯が立たなかった
金属硬度の肉体が捻じ曲がり、へし折れ、押し潰されていく。
金属なんて紙のようにグシャグシャになってしまう。これがブラック
ホールの威力。
そう。ゼロレンジ・グラビティスは剣先の隙間に小型のブラック
ホールを形成して至近距離の物体を全て押し潰す。相手の防御なんて
完全に無視した絶対的な攻撃。発動したら動けないし、技の発動から
効果を発揮するまで若干のタイムラグがあるのが問題だが。
小型とはいえブラックホール。一度捕まれば逃げられはしない。
「じょおおこおお・・・・」
そんな断末魔を残して紀伊坂はブラックホールの中へと消えていった。
随分とあっさり、呆気無く消えた。
「・・・・」
俺は圧砕重剣を解除して木の枝を捨てる。ブラックホールに飲まれ
かけた木刀を拾って背中の袋に納めた。
「朝月君」
そこへ華南さんと金が駆けてきた。華南さんは俺の左腕を抱えている。
「またこんな怪我して。すぐ治すから待っててね」
「・・・はい」
血を流し続ける左腕に華南さんが切断された腕を宛がう。
「快方直下、死海の底へ」
DUを発動するための言葉が紡がれる。
「致死快生」
華南さんの手に小型の注射器が現れた。
それが華南さんのDU“致死快生”。
注射器を突き刺した場所にある傷を大小問わず八割回復する。
俺の腕が徐々に接合されていく。いつみても気持ち悪い光景だ。
「終わったよ」
「ありがとうごさいます」
立ち上がろうとすると修之さんに頭を押さえられた。
「まだ動くな。せめて包帯巻いて首から吊っとけ」
腕は治りきっていない。無理に動かせばまた取れてしまう。
華南さんはせっせと包帯を取り出して腕に巻きつける。
この戦いは終わった。DEATH UNITに呑まれて暴走した紀伊坂。そして
異形の姿へと変貌してしまった。
エクスクレセンスになってしまった場合、DUに飲み込まれてしまう
だけではない。エクスクレセンスにもレベルがあるということか。
第一段階では身体を奪われる。持ち主の自我は消えDUが持ち主の意識
を乗っ取り暴走を始める。
第二段階ではDUに肉体そのもの侵食されてしまう。歪な形となって
現れ、強大な力をもって暴れる異形。
じゃあ、第三段階は?そのもっと上は?
そもそもどこからがスタートなのか。エクスクレセンスはどうして現れて
しまうのか。生命力の枯渇――それが原因だ。だがこの年齢では相当の回数
DUを使っていない限り生命力の枯渇などありえない。
同時にDUを入手したばかりの紀伊坂の生命力が無くなることもありえない。
何がどうなっている?急増したエクスクレセンス。ありえない年齢で生命力
が枯渇する人々。限りない暴走。
今までなかった現象が現れている。