表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/91

柚木

 桜の大木が根付いた。

 ブリッツタワー・セントラルの三十階屋上。このタワーは地上三十階までは

一つの建物として存在しているがそこから上は二本のタワーに分けられている。

つまり今朝月たちがいる場所はそのワーカータワーとディレクトタワーの間と

いうことになる。

 氷漬けにされた“未知の欠片”があるものこの場所だ。

 そしてその“未知の欠片”を巻き込んで、周囲のワーカータワーとディレク

トタワーをも巻き込んで、桜の大木が顕現した。

 まだ芽吹いたばかり。満開には程遠い枝だけの冬仕様の桜が堂々と君臨して

いる。

 芽吹いた蕾は怖いほど鮮やかなピンク色で。

 対照的に幹は恐ろしいほど真っ白だった。

 桜の木の幹は白くなどないはずなのに。


『この桜が満開になったとき、舞い散る花弁の下にいる生物全てが鏖される』


 そう宣言したのは桜子の身体を奪いDUも奪ったデミウルゴスの意識体。

 時間のほどは不明だが、朝月たちの命はそれまでということだ。

 修之が腕をカラスへと変貌させる。柚木は呆然と変わり果てた桜子を見てい

た。

 朝月は・・・・何もできなかった。


『殺そうなどと思うなよ? さっきの子とは違い、この子の生命力はまだまだ

残っているのだ。我から解放できれば、もしくは、な?』


「・・・・っ!」

 その言葉に朝月は動くことを許された。仲間がまた死の道を歩んでしまった

という金縛りから解放された。

 そして今にも飛び掛ろうとしていた修之の前に立ちふさがる。

「何のつもりだ、朝月?」

 怪訝そうにしながらも爪を収めてくれた修之に向かって朝月は言う。

「桜子を・・・・殺さないでください」

「なんだと? 仲間なのはわかるが、ここで殺さないと――――」

「――――それでもっ!」

 朝月の声は涙に濡れ、その瞳もまた涙に濡れていた。

 彼の心はもう、耐えられない。

「それでも・・・・・殺さないで・・・・・」

 ここで殺せば―――朝月はまた失うのだ。

 一度は死んだと思い込み、そして生きていると知った。

 また手を取り合えた。

 なのに―――――。

「修之さんは知ってるでしょう? 俺の身体がどんな風になっているか」

「・・・・ああ」

「彼女は・・・・桜子は! そんな俺の身体の一部なんです! 俺を助けてく

れた人なんですっ! 一度は失ったと思ってた幼馴染なんですよッ!」

 ――――また失うのだろうか?

 過去のあの時のように、何もできないまま。

 無力なまま。

「俺はもう・・・・・仲間を失うなんて・・・・耐えられないっ!」

 柚木は朝月に言った。あなたにできることは皆を助けることだと。

 朝月も柚木に言った。お前にできることも皆を助けることだろと。

「は・・・ははは・・・・っ」

 自分はいったい、誰を救えたのだろう?

 そんな疑問が千切れて落ちてきた桜の蕾のように急に現れた。

 

『そうだろう、できぬだろう、お前には? まだ生きる見込みのある仲間を見

捨てることなどできぬだろう?』


 本当なら何かしらの反論でもぶつけてやろうと思う言葉にも反応できない。

 

 自分はいったい、誰を救えたのだろう?

 最初に助けに入ったとき、確かに御堂十四の危機を救ったかもしれない。

 だが結果として、軌条氷魚は魂までDEATH UNITに喰われ暁輩連は灰色の

氷柱へ封じ込まれた。

 その次はエクスクレセンス化した日坂修之から逃げるために御堂十四に逃が

され、その彼は追ってこない。

 春彦と夏彦をこの手で葬り、二度と覆らない現実に涙し、怒り。

 “未知の欠片”を破壊しても何も変化は訪れず。

 今もこうして大切な幼馴染を救えずにいる。


「なんだよ・・・・・俺って―――――」


 誰一人として、助けることなんてできてないじゃないか。


「朝月・・・・」

「常光くん・・・・」

「結局、俺は何もできてないんだ。だったら、せめて、桜子だけでも俺の手で

救いたい・・・・」

 それはもちろん、殺すという意味などではなく。

 生きてこの手に取り返したいんだ。

 方法なんて無い。唯一の奇跡だった縁絶は持ち主と共に永久に失われた。

 それでも朝月は諦められなかった。

 自分の行動が結果的に大勢を殺すとわかっていても。

 修之も柚木も自分も、もしかしたら海深や落葉、雪女、影名たちを殺すとわ

かっていても。

 動くことは・・・・できなかった。


『さして面白くもない茶番をありがとう。さて、自分の無力に気付いて絶望に

潰されたところで、最悪の朗報をあげよう』


 真っ白い桜の木の下でデミウルゴスの意識体は高らかに言う。もう勝利を確

信しきっている表情だ。


『開花まで二分だ。それまでに何とかしなければ・・・・・死ぬぞ』


 決定的な死の宣告。それを聞いた修之は走り出して――――。

 やはり朝月に止められた。

「朝月、お前・・・・っ!」

「・・・・・」

 こんな状況でも朝月は退けなかった。

 ここで桜子を殺してしまえば、朝月はもう、誰も護れない。

 本当に誰も護れなくなってしまう。

「常光く・・・・ッ!」

 朝月へ寄ろうとした柚木が朝月の胸へ倒れこむ。受け止めることに成功した

彼は心配そうな瞳で柚木を見る。

「お、おい柚木!? どうした大丈夫か?」

「は、い・・・・」

 弱々しいその声に不安を抱いた。そして最悪な光景を目の当たりにする。

 以前からその身に這っていた青い棘のような刺青。それがほとんど全身に伝

播していたのだ。

「もう・・・限界なんです・・・・だから、聞いてください」

 自分たちの今いる状況も忘れて朝月は聞き入る。一刻も早く桜子を殺そうと

していた修之も立ち止まっていた。

「常光くんは、たくさんの人を助けるんです・・・・DUなんかの元凶を壊し

て、この世界から消し去るんです・・・・それができるのは、あなただけ」

 抱いた柚木の身体は冷たかった。これが侵食の証とでもいうような棘の刺青

は食い込むように伸びていき、そのたびに身体は冷えていく。

 身体のぬくもりこそが命の残量とでもいうように。

「こんなところで立ち止まっちゃいけないんです・・・・・・立ち止まったら、

本当に誰も助けられません・・・・」

 朝月の腕から離れて、意識体の元へと歩いていく。激痛に襲われているのか

足取りはフラフラで今にも倒れそうだった。

 その背中はとても大きくて、誰かを信じて命を預けられる心を持った人の大

きさなのだと、朝月は思った。

「ここはボクが何とかします・・・・・だから、助けてくださいね」

 その助けては決して殺してという意味ではなくって。

 きっと、もっと別の意味での、助けて。

 彼女はそれが朝月にしかできないと言い。

 自分の命をあっさり朝月へ託した。

「このままデルタセントラルシティ全土を―――――凍結させます」


『ば、ばかなッ!』


 驚きの声を上げたのは意外にも意識体だった。朝月よりも修之よりも先にあ

げた声には得体の知れないものに対する恐怖も宿っていた。

「そうすれば、ボク自身が凍り付けば外部から物理的な干渉は一切できなくな

ります。つまり、その桜も意味を失くします」


『そんなことをすれば貴様の命とて――――』


「大丈夫です。常光くんが、DUを消して助けてくれますから」

 事も無げに、あっさりとそう言う。

 他人を信じるという。

 そのことがデミウルゴスの意識体には理解できなかった。


『なぜだ・・・・なぜそこまで他人に自分を預けられるッ!? 確証の無いこ

とに命を賭けられるッ!』


「それはボクが人間だからで、あなたが人の心を持たないから」

 間を置かずに答えた柚木の手は空に向けられ、その手には既に灰色の雪が降

りていた。

 朝月が止める間もなく修之が彼を抱え上げる。全身をカラスへと変貌させた

修之は出来る限りブリッツタワー・セントラルから距離をとった。

「待て、柚木――――――ッ!」

 抵抗する力も出せなかった朝月は修之に連れられて柚木から離れていく。

 そして柚木は言った。



「時を擁け――――――」



 灰色の雪が降る。

 それは世界にとっては救いの雪で、朝月にとっては絶望の雪。

 世界を、意識体を覆い尽くしてすべての時を止める。

 今このときになって、朝月は気付く。



「刻限境界――――――」



 灰色の雪がデルタセントラルシティを覆い尽くして、氷結結界内部の全ての

時間の流れが遅くなる。

 その氷の中には微動だにしないデミウルゴスの意識体に身体とDUを奪われ

た桜子と――――同じく微動だにしない柚木の姿。

 今このときになって、朝月は気付く。

 彼は今、同時に二つ、大切なものを失った。



まさかのヒロイン退場。死んではいません。死んだらDU解除されますから。


柚木自身を内包した刻限境界は外部からの一切の干渉を受け付けません。中から柚木が自身で解除するしかないのです。


次でとうとう”本体”がやってきます。次へどうぞ~。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ