大伽藍
第二十章 アッシュ・ライク・スノウ
“未知の欠片”を氷漬けにした朝月は修之の天涯ノ歯車に乗ったままその真
下へと降り立った。
真上には凍りついた“未知の欠片”がある。
彼らの着地した場所には柏原柚木が座っていた。
「あ、常光くん・・・・・」
「柚木、無事だったな」
互いの無事を確認し合って、ようやく一息つく。
怒りが収まったとはいえ、今の朝月にとって他者の生存というのはこの上無
い安堵。それが自分の知り合いなら尚更。
特別な存在なら、更に。
さっきの攻撃は怒りに任せた激情的な行動であったけれど、結果的にはそれ
は他人を護ることに繋がる。
“未知の欠片”という元凶を絶てば、それのせいで苦しむ人が少なくなるは
ずである。
彼はもう、誰一人として失いたくなんてなかった。
「戦いは終わった・・・んですか?」
「さぁな。でも“未知の欠片”は、壊した」
朝月は凍りついたそれを見上げる。氷が解ければすかざず砕け散って崩壊す
ることだろう。実質上、壊れたのだ。
これで終息するのだろうか。
これで終わりなのか。
“未知の欠片”という、おそらく、本当に“欠片”なのであろう存在を破壊
しただけで。
奴も言っていた、本体―――デミウルゴス・ルールブックとやらを破壊しな
いままで。
本当にこれで終わりなのだろうか?
朝月と修之、柚木の導き出した答えは、否、で。
目の前に現れた存在も、否、を表していた。
『ふふははははははッ! 終わらせるか、終わらせるかっ! 我はまだ終わら
んっ! 本体の来訪まで、貴様らに安寧など与えてやるものかッ!』
空間を引き裂いてその場に立ったのは――――桜子。
否、桜子の中に入りその身体とDEATH UNITを奪い取ったデミウルゴスの
意識体。
春彦と夏彦が決死でこの世界から追い出したはずの存在だった。
「な・・・・なんでてめぇが・・・・・ッ」
朝月の仲間が葬ったはずの敵だった。
『貴様らに葬られそうになったが、運よく依代の側に出られたのだ。リンク無
しにこの世界まで渡るのは危険だったが、思いもよらない逸材が手に入った』
「それが桜子のことだっていうのかよっ!」
『そうとも。前の子は利便性と送受信の楽さを主点において選んだが、この子
は違う』
意識体は言った。我は本体来訪までの繋ぎだと。
そして、コロスとも。
『ただ殺すことだけに主点をおいたが故に選ばれたのがこの子だっ!』
「ふざけんなっ! 桜子のDUは“異”の無効化だぞ! 殺すことなんてでき
るわけが――――」
『本当にそう思うのか?』
朝月の言葉を遮って意識体は言う。その実、朝月は思っていなかった。
金の時はDUは全くの別物だった。朝月たちの知っていた金のDUは周囲の
存在を感知できる。システム等に侵入できて警報を止められる。その程度のこ
としかできなかった。
だが本当はどうだった? 実際は電気を操る能力だった。感知能力もシステ
ム侵入も電気を操る一部だったのだ。
なら、桜子の“異”無効化も・・・・・。
『この子のDU発動の台詞を覚えているか?』
唐突にそんなことを言われたので自然に返してしまった。
「鏖せ、だったか?」
「それがどうした? 俺は聞いたことはないが、それに何の意味がある?」
『鏖せ・・・・これには二つの意味がある。一つは言わずもがな、DU異能に
向けられた意味だ』
そのほかに意味なんてあるのだろうか。
空間を裂いて現れた意識体は桜子の身体を奪った。桜子の声で語る姿は似て
も似つかない。普段の優しい桜子を知っているだけに今の彼女は到底受け入れ
られないものとなった。
『大伽藍――――鏖せという言葉は、人間にも向けられたものなのだ』
「なんだと?」
『もとより伽藍というのは僧侶などが集まる場所。そんな場所を示して鏖など
という。鏖殺などという』
意識体はまた“本質”とやらを見ているのだろうか。意識体がDUを制御し
ているからこそ無理矢理に引き出せるDUの“本質”。奴はまたそれを見てい
るのか。
『伽藍は神聖な場所。故に“異”の存在を許さず鏖殺せよという。神聖な場所
に“異”を招いた伽藍の住人を許さず鏖殺せよという』
『それこそがこのDEATH UNIT・大伽藍の“本質”だ』
世界が――――揺れた。
比喩でも何でもなく、本当に。
地震で揺れたような、しかし木造の門を思い切り叩くような地響き。
世界そのものが揺れたような感じだった。
『・・・・来るぞ。本体がこの世界に来るぞッ!』
高説を終えて朝月たちの反応を楽しむように黙っていたデミウルゴスの意識
体が高らかに叫んだ。
本体がこの世界に来る。
本体とはおそらく、デミウルゴス・ルールブック。
DUを制御する権限を持った存在が――――来訪する。
『それまでに貴様らを葬ってやるとしよう』
確実に世界は崩壊へと向かっていた。
実はそういう意味でした大伽藍。大伽藍って言葉を聞いた時点で分かった方もいたかな? かな?
と、ちょっと調子に乗ってみましたすみません。
次へどうぞ。