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天国篇

第十九章“未知の欠片”



 一駿河春彦は死んだ。

 エクスクレセンスとなり、朝月の手によって葬られた。

「・・・・・」

 自分が葬ったという事実を理解して、朝月は思う。戦っているときは自分を

殺した。そうでもしなければ春彦を、夏彦を斬ることなんてできなかったから

だ。

 そして今になって喪失感と罪悪感、やり場のない怒りが鎌首をもたげてくる。

  地面に落ちたアクセサリーを拾う。それはかつて春彦が見せてくれたもの。

とても大切だといって、好きな子から昔にもらったものだという。そして、今

も好きだといった。

「あつっ・・・・・!」

 二つの指輪を拾ったときの熱さに驚いて取り落としそうになる。地面に落と

すことなく取れた指輪の内側には何かが書いてあった。

 英語のようだ。内径の小さい指輪の内側に彫られているものだから読み難い

ことこの上ない。何とか読むと、それはこう書いてあった。

 

 From Kugane to Hatu and Naru.


Together indefinitely.


 訳すと、


 クガネからハルとナツへ。


 いつまでも一緒に。


 この指輪は金から春彦と夏彦へ贈られたものだったのだ。

「く・・・・っ・・・・・そぉ」

 悔しさがこみ上げてくる。彼を救うことができなかった悔しさと、彼の気持

ちに気づくことができず、想いを告げる時間さえ作ってやれなかったことに。

 チェーンが溶けてしまった二つの指輪をポケットへ入れた。そしてDUを発

動する。

・・・・・・・・。

 何も起こらない。DUは発動しないし、指輪に電子的な文字が浮かぶことも

なかった。

「・・・・・しろよ」

 歯軋りしながら呟く。ここでDUが発動しないということは、一つの真実を

示している。

「発動しろよッ!」

 春彦と夏彦の死。

 朝月自身が引き寄せた、最悪の結末だった。

「くそ! くそっ! くそぉッ!」

 何度も何度も地面に拳を叩きつける。皮が切れて骨が軋み、血が滲み出ても

やめず、落葉たちに無理矢理止められた。

 心配そうに覗き込む彼女らに向けて言ったわけではない。ただ、口と突いて

出ただけだ。

「・・・・発動しねぇんだよ。あいつがずっと身に着けていた物を俺が持って

るのに、俺のDEATH UNITは何も反応しねぇんだよっ! どうしてだよっ!

何で発動しねぇんだよっ! 発動しろよっ! 春彦が、夏彦が生きてる証拠を

俺にくれよぉ―――――――ッ!」

「アサ・・・・」

 思いのままに、慟哭する。彼自身が殺したのだ。生きているわけはないと理

解していても、認められない。

 自分が選んだ結末だったとしても。

 自分が招いた結果だとしても。

 その死を簡単に容認することなんて、できそうになかった。

「発動・・・・しろよ・・・」

彼の―――春彦の言葉が蘇ってくる。


『いやぁ朝月君の手はいつもすべすべだなぁ』


『以前の朝月君よりも今の朝月君のほうが好きですよ』


『この街を失くしたくないんですよ。半年も過ごしていない街でも、僕には

思い出が、大切なものがあるんです』


 鮮明に思い出せる言葉の全てがもう、二度と聞くことのない言葉。

 彼自らが、現実から消し去ったのだから。

「はつ・・・どう―――――しろよぉ・・・・っ」

 認められない現実から逃げようとして、認められない現実を突きつけられた。

 現実を見ようとして、上げた瞳には何が映っているのだろう。

 一瞬だけ視界に入った金は、悲しそうに涙を流していた。

 眠りながら、気を失いながらも、大切な人の死を感じ取ったのだろうか。

 虚空に伸ばされた手は何も掴むことはなく、何かを求めるように空を掻く。

 寝言のように、うわ言のように、苦しみながら名を呼ぶ。

「春彦・・・・・・夏、彦・・・・」

「・・・・・ッ!」

 無意識のうちに紡がれた金の言葉を聞いて、朝月の心に芽生えたのは復讐の

炎。

 かつて恋人を殺されて燃え上がった炎のように。

 それと同等の復讐の劫火が噴きあがった。


 ふざけるな、と心が叫ぶ。

 叫んだ心は再び復讐に呑まれた。


「うおおおおおおぁあああああああああああああッ!」

 周囲の空間を瞬時に無重力へ変え、自分が向かう場所までの道筋を思い描き、

その道さえも無重力へ変貌させる。

作り出されたのは“未知の欠片”へと繋がる無重力の一本道。

 その道を、朝月は爆走した。

 右足の裏から爆炎を舞い上がらせ、その目には怒りの炎を舞い上がらせ、た

だ道を突き進んだ。

 復讐は復讐でも、さっき柚木に諭されたときの復讐とは違う。自分のことが

分からなくなって、行き場がなくなって暴走したのとは違う。今彼が怒り狂っ

ているのは、ただ、純粋な怒り。

 仲間を、家族を殺された、怒りだ。

「てめぇが・・・・・てめぇみたいなのが居るからッ!」

 無重力の道を爆発の推進力で突き進む。その背後で動く気配を察知できなか

ったのは怒りに身を任せていたからか。

 彼の生み出した無重力の道に桜子も巻き込まれてしまったことに気付けなか

った。

「桜子!?」

「え・・・ふわっ!?」

 桜子の意思に反して身体は勝手に浮き上がった。少しの衝撃で無重力空間を

移動してしまう。

 地面から相当浮き上がってしまった。

 そして朝月はそんなことには気付いていなかった。

「お前が居たから・・・お前みたいなのがこの世界に来たからッ!」

 憎しみを撒き散らし、怨嗟を叫び、空を翔る彼の怒りは何の怒りか。

「こんなバラバラに・・・・・滅茶苦茶に・・・・・ぐちゃぐちゃになったん

だろォがァアアアアアアアアッ!」

 世界そのものを混沌に陥れたことに対する怒りか。

 恋人を、仲間を殺された、殺したことに対する怒りか。

 彼自身にこんな辛い思いをさせたことに対する怒りか。

 その存在そのものに対する怒りか。

「乗れっ! 朝月!」

 飛翔する朝月のしたへ修之が巨躯を寄せる。神々しい真珠色(パールホワイト)の右翼と禍

々しい銃身色(ガンメタルグレイ)の左翼。翼の色と左右反転した色を持つ巨体。翼の付け根

から噴出すジェット推進力によって爆発的な速度を生み出した日坂修之のDE

ATH UNIT・天涯ノ歯車。

 その背へ朝月は飛び乗った。当然、無重力空間は解除されてしまう。

「・・・・・へ?」

 朝月の通ってきた無重力の道には桜子もいたわけなのだが、そのことを朝月

も修之も知らなかった。

「ひゃああああああああッ!?」

 重さの無い空間を漂い漂い、桜子は相当な高度まで上がってしまっていた。

そして海深たちのいた場所からはかなり離れてしまっていた。

 桃色の髪の毛を風になびかせて落下する。


『仕方がない。この子で我慢するとしようか。本体の到着までに、多少でも戦

力を削っておきたいからな』


 黒い、空間の狭間へ呑み込まれた。

 その後の彼女の行方を知るものはいない・・・・・・。



 怒り狂う朝月を背に乗せながら修之は思う。

 このままでいいのか、と。

 朝月は目に見えて復讐に囚われている。仲間を失い続け、数多の絶望に等し

き思いを感じ、その全てが濁流として流れ出てしまった。

 だが同時に、これでいいのだとも思う。

 もし無理に抑制すれば本当に心が壊れかねない。

 それほど膨大な感情が蠢いているのだ。

 “未知の欠片”まであと少し。

 さっきまで怨嗟を叫んでいた朝月は口早に何かを唱え始めた。

「愛せっ! 死ぬほど深く、貴女を求め――――」

 それは修之でさえも聞いたことのない詠唱。地獄篇、煉獄篇の詠唱ならば何

度か聞いたことはある。だが、それより上の詠唱はかつて無い。

「地を抜け煉を抜け、天を目指す奏者(ダンテ)を愛せ」

 今までならば詠唱はその程度の長さで終わりだった。元の持ち主である緋月

でさえも扱いきれず自滅覚悟の切り札としていた圧砕重剣の最終段階。

 詠唱とて、長い。

「アケローンを超え、ディーテを潜り、コキュートスへ踏み入った奏者(ダンテ)を」

 神曲を司っているのだろう、その詩を、その意味を修之は理解できない。

 真に意味を理解できるものなどいるのだろうか。

 いるとしたらそれは、きっと奏者(ダンテ)と同じ思いを持つものだけだ。

「七つの罪を刻まれし奏者(ダンテ)を赦せ」

 圧砕重剣にようやく変化が訪れる。地獄を開き漆黒だった刃は純白へと還り

その鍔も柄も、狂おしく震える宝玉さえも純白へ。

神曲(ベアトリーチェ)よ、導けッ!」

 その刀身は神々しくも荒々しく光を孕み、天涯ノ歯車を超える巨刀身となっ

た。

 地獄を孕み煉獄を内包し、その先に見えた頂点。

 神曲の行き着く先だ。


神曲喜剣(ディヴィーナコメンディア)天国篇(パラディーゾ)ッ!」


 地獄を制し煉獄を押しのけ、天国へ辿り着く。

 朝月は大きく天国篇を振り上げて、まだ距離の離れている“未知の欠片”へ

向けて振り下ろす。

 時間にしては一秒もなかったろう瞬間で、光の刀身は十倍以上に伸び、目測

で二百mを超えた。

 神々しさを裏切るように。

 荒々しさを認めるように。

 その純白すぎる刀身も、まばゆい光剣も、怒りに満ちていた。


「散れよ。てめぇに天国なんざもったいねぇ。本物の地獄って奴を拝ませてや

るよ」


 刀身の根元に埋まり純白に輝いていた宝玉。純白が漆黒へと染まりその黒が

刀身へと流れ込む。

 まるでウィルスに犯されたかのように白く輝く刀身の中心へ黒が一本、入っ

た。

 白に走る一本の黒は、それこそが朝月の怒りだった。

 神曲喜剣・天国篇。

 この最大にして最強の武器は、(つかさど)るそれぞれによってその性質を変化さ

せる千差万別の武器。

 全てを総べる天国にふさわしい。


「掌れ。地獄第九圏――――」


 黒く一本線の入った光剣の周囲へ紫色の毒々しい円盤が四つ現れる。それは

異様なまでに巨大を誇り、円盤一つが“未知の欠片”と同程度の大きさを持っ

ていた。

「第一の円・カイナ」

 一つ一番大きい円盤が瘴気を撒き散らしながら光輝く“未知の欠片”の上部

へ移動する。その速さは異常とも取れる速度。

「第二の円・アンテノラ」

 高速回転しながら移動した二番目に大きい円盤は“未知の欠片”左部へ。二

箇所の道は塞がれた。元より移動を目的としていない“未知の欠片”には無意

味かもしれないが逃げ道の二つは消えたことになる。

「第三の円・トロメア」

 紫色の色素を飛散させて三番目に大きい瘴気と化しながら右部へと移動する。

 これで退路はあと一つ。

 そして紫円盤はあと一つあるのだ。

「第四の円・ジュデッカ」

 最後に残った一際濃密な、一番小さい紫円盤は毒々しさを惜しみなく振りま

いて“未知の欠片”下部へ移動した。

 もし移動できる敵ならば、退路は正面か背後の二択しかなくなったことにな

る。だが、退路が残されていることこそがこの技の真意。

 

 希望が無いのが地獄ではない。

 希望があって、それを目の前で叩き潰すのが本当の地獄というものだ。


「同心に集え、四円の裏切りよッ!」


 退路を塞いでいる四つの紫円盤―――カイナ、アンテノラ、トロメア、ジュ

デッカ―――と全く同じ紫円盤が現れる。それが“未知の欠片”と朝月の間に

大きい順に並んだ。朝月から見れば手前にジュデッカ。その後ろの一回り大き

いトロメア、更に一回り大きいアンテノラ、最後に一番大きいカイナと並んで

いる。

「その四大の裏切りの内へ、すべてを封ぜよ」

 純白だった圧砕重剣は紫氷を纏い、二百mを超えていた光剣はその刀身を凍

らせていく。ほんの五秒も経たずできあがったのは、長さ二百mを超える紫氷

の刃を持った氷の剣。

 “未知の欠片”からの光を円盤が遮断する。暗くなった場所で朝月は言った。

静かに、静かに。

 死を、恐怖を相手に塗りこむように。


「―――――コキュートス・レプリカ」


 巨大な紫氷剣が投擲された。

 本来なら持つことさえも不可能に思える巨大で長大な剣。それは朝月の手に

よって空を疾駆する紫電のラインとなる。

 朝月と“未知の欠片”との間に並んだ四枚の紫円盤。その中心を寸分の狂い

無く貫いた紫氷剣はそのままの勢いを持って“未知の欠片”を貫通した。

 

 ――――。


 ひび割れ、砕ける――――その前に。

 “未知の欠片”は一切の行動を封じられた。

 中心を貫いた紫氷剣から四方にある紫円盤へ伸びる濃紫色の柱。円盤と結合

したそれは更に伸び、十字とも正方形とも取れない形になった。

 紫氷に囚われ、そのすべてを封じられた“未知の欠片”は発光現象が収まり、

周囲は本来あるべき夜の闇に包まれた。

 だが、夜の闇の中であっても紫氷と各地に聳える灰色の氷柱だけは煌々と透

き通って澄み切って、輝いていた。


 かつて地獄には“裏切”の大罪を犯した大罪人を永遠に閉じ込める永久凍土

の川があったという―――――。



もし「超展開ないわー」と思った方がいたら申し訳ありません。でも当初から考えていた圧砕重剣の最終技なんです。


”未知の欠片”が壊れたことでどうなるのか。”未知の欠片”はその名の通り、欠片にすぎません。これでストーリーが終わることはありません。


では次へどうぞ。

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