春彦と夏彦
身体の感覚が失われたのは、ミサイルの撃破を確認した直後。
まるで自分の身体じゃないように言うことを利かず全ての感覚が遮断された。
うっすらと見える視界には木に縫いつけられた朝月が見える。
――ああ、僕はエクスクレセンスになったんだ。
朝月君が俺に斬りかかった。だけれど攻撃は意味を成さなかった。
もうどこからが僕でどこからが俺なのが、判断がつかない。
きっともう境界線なんか無い。全部が僕で全部が俺になったんだろう。
朝月君が螺旋鎖鎌に束縛された。このままじゃ殺される。エクスクレセンス
は容赦などしないだろう。
そんなことは僕が許さない。俺が許さない。
やり方も知らないくせに螺旋鎖鎌に干渉しようとする。意外にもそれは成功
を収めた。
螺旋鎖鎌の動きは止まった。阻害に成功したのだ。
ここです。ここだ。攻撃をしてください。攻撃しろ。
炎の圧砕重剣を構えた朝月君は一瞬だけ迷って、
「・・・・終わりにしよう」
そう呟いた。吹き上がる炎は更に大きくなって。
吐き出された炎は僕を呑み込んだ。
熱い。でもこの熱さこそが救いなのだと僕は思う。
全身を炎に包まれて、死ぬほどの苦痛でも、仲間を傷つけるよりはずっとマ
シな痛みだ。朝月には感謝だな。
死を覚悟した中で、ふと、未練を思い出す。
――ああ、結局、伝えられなかったんですね。
この戦いが終わったら告げようと思っていた。だから必死に護って、助けて、
生きて帰ろうと思ったのに。
夏彦の言っていた「いざ」が現実になってしまった。
――それが未練ですかね・・・。
その未練を思い、首へ手を伸ばす。しかしそこにあるべきものが何故か今は
無かった。
――あれ? ない・・・・・。
そのことに恐怖を感じて、視界に端に光る何かを見た。
それは探していたもの。
チェーンが溶けて首から離れてしまった大切なもの。
かつての想い人からもらった、指輪。
俺から離れていってしまう。
いかないで。いくな。戻ってきて。戻ってこい。
それさえあれば僕は地獄でだって耐えられるのに。
それさえあれはいつだって思い出せるのに。
伸ばした手は、しかし、もう届かない。
いつもどんなときも持っていた宝物。この先生涯、一生の。
それが手元から離れてしまって、悲しみの涙は流れない。
否、流せない。
伸ばしたと思っていた手もその実、一切動いていなかった。
――もう届かないんですね・・・・。
そう観念して、ずっと持ち続けた指輪を思い出す。
こうして思い出せば、まるでここにあるかのように思い出せる。
大きさも輪郭も肌触りも重さも。全部、全部。
・・・・・。
諦め切れなくて、動かない、動かせない手を動かす。さっき螺旋鎖鎌に干渉
したように、今度は手にのみ干渉する。
――動いた・・・・!
手は俺の意思通りに動いて離れ行く指輪をその掌に収めた。感覚は無くとも、
そこにあることを確信して引き寄せる。
あった。宝物が。この手に戻ってきた。
これから死に行く僕はたぶん、冥界まで持っていくことはできないだろう。
でも間際まで、持っていたい。
炎の勢いが弱くなっていく。それに伴って、下半身から消えていく。
全身が消え去る前、僕は目を開けて指輪を見た。
煤だらけになってしまっていてもなお変わらぬ輝きを持って、ちょっと熱で
歪んでしまっているけれど、ちゃんとそこにあった。
その裏。二つの指輪の裏には文字が彫ってある。英語でだ。
子供の時分によくもまぁこんな英文を考えつけたものだと思う。
そこに書いてあった文は二つの指輪を繋げてようやく二人へ向けたメッセー
ジだと気づけるのだ。
その文字を、その言葉を心に深く、深く刻み付けて―――――――。
From Kugane to Haru and Natu.
Together indefinitely.
春彦が死んでしまったとしても、あの指輪を彼はきっとずっと持っていられることでしょう。しかし、彼の魂の行きつく先は天国でも地獄でもない。
春彦と夏彦の活躍によって金の命は救われ、彼女はこれからも生きていくことができます。その世界には彼女が想った二人はいないけれど。
後はラストへ向けていくのみとなります。もうちょっとです。どうか見捨てずに最後まで見届けてやってください。
ではまた次回。