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スプリング

なんだかすっげー遅れました。本当にごめんなさい。

身動き一切しない彼に朝月は近づいていく。彼のパートナーの声さえしない。

 怖い。考えたくない。現実を見たくない。

 もし声をかけたとき、彼が彼でなかったら、朝月は彼を斬らなくてはいけな

い。彼のパートナーの言っていた、いざ、という時、朝月は彼を斬れるのだろ

うか。

「春彦―――――」

 びくっ! と震えた身体がゆっくりと振り向いて、そして、言った。

「逃げて・・・・ください・・・アサツキ・・・」

 視界がブレる。腹部に衝撃を感じて、それが彼の鎖によって殴り飛ばされた

のだと気づくのは木にぶつかって地面へ倒れた後だった。

「あぁああ・・・・・・アアアアアアアアッ!」

 彼の叫びとも悲鳴ともつかない類の声が耳を打つ。その声質はエクスクレセ

ンス第三段階・プレッシャーのそれと酷似していた。

 そう、エクスクレセンスの叫び声と、だ。

「はる・・・・ひこ・・・」

 朝月が今感じているのは、絶望。

 デミウルゴスの意識体に味合わされたものよりももっと深くて暗い、重い絶

望。

 助かるはずだった人が死ぬ。

 助からなかったはずの人を助けるために。

「春彦・・・・・」

 影名の声が聞こえた。普通なら出会って間もない人間の名前を呼ぶなど決し

て有り得ない影名が呼んだ名前。彼に何を感じて影名はかかわったのか。それ

を知るものなど、彼女しかいない。

 ――ヤァアアアアアアアアッ!

 彼の左腕、永遠に失われたはずだった場所が隆起する。隆起した肉を突き破

って出現したのは――――鎖。

 遠方の空中で二十発以上のミサイルを絞めて斬り捨てた、あの鎖。

 何条にもわたる重い、重すぎる螺旋鎖鎌が朝月を木へ縫い付けた。

 環から飛び出た刃がそこかしこに当たって痛いことこの上ない。

「いざというときは・・・・・・か」

 この言葉を告げた彼のパートナーは全てを知っていたように思える。彼が死

ぬとわかっていて、それでも止めなかった。

 いや、止められなかったのだろう。

「お前ら、金を連れて下がれ」

 命令口調でそう言う。戦いに巻き込まれてしまうことを、そして金が傷を負

ってしまうことを考慮しての言葉。

 そして、この戦いは誰も邪魔するなという意味の。

「でもアサ一人じゃ・・・・・」

「無茶だぜいくらなんでも!」

「アサちゃん、私たちなら手伝いますから」

「・・・・・」

 当然、海深たちは抗議してきた。しかし朝月はその言葉を一蹴した。

「いいから下がれ。これは命令だ」

「うっ・・・・」

 隊長としてやってきた経験を使って威圧感たっぷりの命令を下す。まだ子供

と舐められないようにするためには威圧感が必要だった。

 本来なら彼女らは朝月に命令される謂われなどないのだが、頷いてしまう。

 彼女たちには知り合いを殺すなどという悲しみを背負って欲しくない。そん

なものを背負うのは、死ぬことが決まった者だけでいい。

 柚木だけではない。朝月自身もこの戦いの終了と共に自分が死ぬであろうこ

とは理解していた。

 例えそれが勝利の終焉だとしても。例えそれが敗北の終焉だとしても。


[Cataclasis]


[Reflection]


 二つのDUを同時に発動する。目から光線を放って反射板を使って反射、身

体を木に縫い付けていた鎖を溶かし切る。

 解放された手には圧砕重剣を携え、その目は悲しみに染まりながらも彼を見

ていた。

「いざ、なんて来なければよかったのにな」

 ――ヤァアアアアアアッ!

 返ってくるのは言葉の通じない叫びだけ。彼はもう、ここにはいない。

「コールネームをつけようか」

 御堂がやっていたようにコールネームをつけることにする。隊長格が危険と

看做したエクスクレセンスのみが冠する異名。これをつけるということは、目

の前存在を“危険なエクスクレセンス”と認めたことになる。

 決別しなくてはならない。

 彼のパートナーの願いを聞き届け、彼を助けるのなら。

 朝月はここで彼を斬る。

 その決別の証がコールネームなのだ。

「コールネームは―――――スプリング」

 彼の名前から一文字とって、スプリング。

 エクスクレセンスが生前の嫌いだったものの名を冠するというのは御堂が勝

手にやっていたことだ。朝月はそのことを知らない。御堂が真っ先にコールネ

ームをつけていたのは、朝月と同じ気持ちだったから。かつての仲間との決別

を意味していたからだと、知らない。

 そうしなければとても刃など向けられなかった。

「コールネーム・スプリング。これからお前を―――――討伐するッ!」

 ――ヤァアアアアアアアアッ!

切断された腕の断面だけからでなく、身体のありとあらゆる場所から肉を、

骨を突き破って螺旋鎖鎌が出現する。それは一様に朝月へ踊りかかった。

「・・・・・」


[Blaster]


 無言で地面を蹴る。右足から迸った爆発は朝月の身体を宙高く飛ばし鎖から

逃がした。

 着地してから振り向きざまに小石を蹴り飛ばす。爆弾化した小石は迫る鎖の

軌道を逸らし、朝月が飛び込む道を生み出した。

「ハッ!」

 新たな鎖が生み出されてしまう前に一気に距離をつめる。彼の鎖は長く伸ば

された後。元に戻した頃には朝月はもう肉薄している。

 だから、新たな鎖を生み出させなければいいのだ。

「さぁああああああッ!」

 大きく天へ向けて振り上げた圧砕重剣をスプリング目掛けて力任せに振り下

ろす。このとき朝月は以前、修之に言われたことを思い出していた。


『お前のDUは攻撃力が高いんだ。だから下手な小細工はいらない。ただ振り

下ろし、振り上げ、突き崩し、薙ぎ払え』


 その教えに従って、ただ無心に振り下ろした。

 この一太刀で終わるはずだった。

 かつての友の肉体を引き裂いて、熱い血液を噴出し、生臭い臓物を撒き散ら

して、朝月がそれを浴びて、終わるはずだった。


 ガギィッ!


 例えエクスクレセンス化していようとも元は人間の肉体。百八十㎝を超える

大剣を叩きつけられて大丈夫なはずがなかった。

 両断どころか原型が残っているほうがおかしかった。


 ――ヤァアアアアアアアッ!


 ましてや、目の前にいるスプリングのように皮膚を裂いただけで刃が止まる

など有り得るはずがなかった。

「がッ・・・・ァ!」

 スプリングの口の中から飛び出した鎖に殴打されて後ろへ後退する。軽く身

体が浮いたところへいくつもの螺旋鎖鎌が殺到して朝月の身体を宙へ吊るした。

 目がチカチカする中で自分が斬ったはずの場所を見る。皮膚が裂けて血が一

条流れているが、それだけだ。何か特別なものは――――。

「・・・・っち。何でもありかよ!」

 傷口を良く見れば、カラクリが分かった。

 皮膚の下。本来なら筋肉などの肉があるべき場所には鈍い鉄の輝きがあった。

 さっき皮膚を突き破って鎖が出てきたときに勘付くべきだった。スプリング

の身体はもう人間とは違う。皮膚の下には肉と血があるのではなく、鎖と刃が

あるのみだったのだ。

 だからこそ圧砕重剣の刃は阻まれた。

「くっ・・・・そぉッ!」

 鎖の束縛から逃れようと身を捩るが螺旋鎖鎌はビクともせず、余計に身体を

締め上げる。朝月が肉体変化系のDUを持っていなければ全身粉砕骨折で死ん

でいてもおかしくない圧力だ。

 ミサイルを雑巾のように絞めたのだから、ある意味では当然だが。

 ――ヤァアアアアアアアッ!

 また肉体を突き破って幾条もの鎖が皮膚の下から這い出てくる。螺旋鎖鎌に

ついた刃が朝月に巻きついて、引き裂こうと――――。

 ――ヤァ・・・・・ァッ?

 引き裂こうとした鎖の動きが目に見えて鈍る。しなるように動いていた鎖は

驚いたようなスプリングの声の後、ノロノロとした動きへ変わったのだ。

「・・・・!」

 背後のほうでチャカッ! と銃を構える音が聞こえ、朝月はさっきにも増し

て言った。

「手ぇ出すなッ!」

「・・・・ッ!?」

 影名の驚く気配が伝わる。銃弾は発射されず、銃口は下げられた。

「どうして・・・朝月」

「これはお前らが手出しすることじゃない。関わるな」

「春彦はもう私の知り合いなのに・・・・関わるななんて」

「・・・・お前たちの手を汚したくないんだ」

 最後に言った言葉は鎖の軋む音にかき消され、届くことはなかった。

 例え化け物になってしまっても、彼女たちは朝月のように割り切ることはで

きないだろう。彼はもう人間ではないのだと、認められないだろう。

 攻撃してもそれは仮初の攻撃でしかない。

 ――ャ・・・・ッ!

 スプリングは行動はおろか声を出すことさえも何かに阻害されている様子だ

った。おそらくは影名の殺意のない仮初の攻撃でさえ防げないほどに。

 どうして、何に妨害されているのか、朝月は感じた。

 それはたぶん、直感という類の信用ならない感覚。でも確かに感じた。

 彼が、彼のパートナーがきっと。

 そこまで知って、理解しながら、朝月はこれを敵の隙と見た。

 友の生み出したチャンスではなく、敵が生んだ隙として。

 朝月はもう、目の前のコールネーム・スプリングを仲間と、家族と、幼馴染

として見ていなかった。

 一個の敵として、認識していた。

 

[Reflection]


 目と口から光線を放って反射板を用いて屈曲、手足と身体を束縛していた鎖

を焼き切る。

 拘束から解放され、自由になった手足を繰って距離をとる。手にした圧砕重

剣はその口を煉獄へと繋げ、獄炎を吹き上げる。

 朝月は刀を振ることを、一瞬だけ躊躇った。未だ彼の原型を留めてしまって

いるスプリングへ死の攻撃を放つことを、躊躇った。

 その一瞬で、涙が零れ落ちた。

 零れた涙は宙を彷徨い真っ黒な刀身へと辿り着き、刃の上を流れた。それは

朝月の本心を示しているようで、流れた涙は吹き上がった炎に蒸発した。

 それは朝月の迷いが消滅したことようで・・・・・。

「・・・・終わりにしよう」

 未練を写すように僅かに残った涙を高熱で振り払う。空へ掲げた圧砕重剣を

振り下ろす。

 並ぶ二つの刃。対となって存在する二つの峰。そこから紅蓮の炎が高く舞い、

正面へと、スプリング目掛けて放たれた。

「サモン・ブラストッ!」

 熱波はアスファルトを溶かして空気を上昇気流に換えて迸る。そして数秒も

経たずにスプリングの身体を灼熱の内に取り込んだ。

 ――ヤァアアアアアアアッ!

 断末魔の叫びが聞こえ、消えた。

 空気に反響する余韻を残して、消えた。

 火の粉が消えない間に地面へと何かが落ちて小気味良い金属音を響かせた。


 戦いの後に残ったのは、今も消えない大空の硝煙と地面に落ちたアクセサリ

ー、そして、記憶の中の彼の笑顔だけだった。



なんでこんなに遅れたんだろう。原因が見つからない。たぶんただ怠けていただけだorz


こんだけ遅れておいてほんの少ししか更新できないこの馬鹿をどうかお許しくださいませ。


もう一個だけの更新になります。次へ。

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