縁絶
現在―――上空。
春彦の叫びを聞き届けた常光朝月は戦場へと急降下していた。
戦場にいなかったのは上空に居たからだ。上空にて待機、そのまま春彦の合
図を待って戦場へと舞い戻り致命的な攻撃を叩き込む。それが春彦の提示した
作戦の一部だった。
大きな爆発音の前に落雷に当たりかけたときは焦ったがそれにはちゃんと理
由があった。戦場へ降下している今、心が昂ぶっているのと同じ理由が。
「生きてた・・・・・」
確かに見た。十機近い戦闘機が地上へ機首を向けて墜落してきたとき、確か
に朝月は見た。
一陣の風となって次々に戦闘機を撃破する影を。
大きさも色も速度もまったく違った。大体、見たことがあったのは腕だけだ
った。
だが、やはり大きさは違ったけれども、その両手に携えられた物を忘れるわ
けがなかったのだ。
直線の一切無い曲線のみで形作られた剣。銃身色の刀身も真珠色の
刃も流麗な曲線ばかり。真っ直ぐな場所などどこにもない。
見間違えるはずなかった。かつてからあの人が扱っていた愛剣。訓練では何
度も叩きのめされ、実戦では何度も助けられた。
その刃の煌きが見えたのだ。
死んだと思っていた恩人。大切な人の一人。
ここで気持ちが高揚しなくて、どこでするというのかっ!
自分では分からない。彼自身がどれほど笑っているのか。
日坂修之が生きていたと知って、助けてくれたと知って、怖いほどの笑顔が
彼の表情となっていた。
もう真下には、金の身体を奪ったデミウルゴスの意識体。
その背後へ今、到着した。
ただただ無言で、その顔に笑みを張り付かせて。
地獄を開いた圧砕重剣を、振るった。
誰もが勝利を確信していた。疑わなかった。
だが、朝月の振るった圧砕重剣は掌に作られた磁界によって受け止められて
いた。
『・・・・分かっていたぞ。お前が空から来ることは、分かっていたぞッ!』
服が破け、所々火傷したボロボロの姿で煙の中から這い出してきた意識体は
圧砕重剣を受け止めて、それでもまだ宙へ浮いていた。
「・・・気づいてやがったのかよ」
朝月の表情から笑みが消えた。決して修之生還の喜びが失せたわけではなく
単に余裕が無くなっただけだ。
『貴様、落雷の側に居ただろう? だから気づけたのだ。それが無ければ、気
づくことはなかったろう』
朝月は舌打ちをする。あのとき、舞い戻った修之の姿に見惚れていなければ
落雷の予兆を察知して離れることもできたかもしれない。少なくとも、あの場
に留まっていることはなかったはずだ。
飛び下がって圧砕重剣を構えなおす。あのまま近くに居れば放電を浴びて即
死しているだろう。
決死の覚悟で戦いを挑みそれぞれの能力を最大限に生かして作戦を練り、そ
の作戦を敵を取り込んだ。そして成功したはずだった。
二度の爆撃を受けても倒れず不意の斬撃を防いで見せた。もうこの場の全員
にできることなど、何もなかった。
ただ、笑うこと以外は。
やはり、この戦場も誰しもが勝利を確信して疑わなかった。
そしてその確信は更に堅固になった。
金の身体を操っているデミウルゴスの意識体。その背後に、何者かの影が現
れることによって。
『な・・・・ッ!』
何事かと振り向いた先には、いや、振り向いた先の下―――地面にその何者
かは座っていた。祈るような姿勢で手を組合せて、その言葉を口にする。
春彦が提案した作戦の肝心要。これこそが最後の詰め。今までの戦い全てが
今この一瞬のための布石だった。
意識体が阻止しようと手を伸ばしたとき、その手を鎖が絡め取った。放出さ
れるはずだった蒼い電撃は全て鎖へ吸収されてしまう。
『またしても、貴様――――』
その言葉は途中で途切れた。途切れざるを得なかった。
何しろ、桜子のDEATH UNITが発動したのだから。
「鏖せ―――――――――――――」
普段の桜子からは想像もできないような低い声。優しい桜子からは飛び出る
はずのない類の言葉。
鏖。鏖殺せよ。
「大伽藍―――――ッ!」
咲き誇る満開の桜。人の身長の十倍近い大きさを持つ色濃い桜は小振りの花
を無数に咲かせ、花弁の数を減らさずに散っていく。
溜められていた蒼い雷は一瞬にして霧散し、その腕を封じていた螺旋鎖鎌は
虚空に消えた。デミウルゴスの意識体に乗っ取られていたはずの金の身体は糸
の切れた人形のように地面へと落下する。
そうなるのは必定。朝月とて、この大伽藍に巻き込まれれば死ぬ。
しかして三島や春彦が巻き込まれても何の問題もないのだ。
「金っ!」
『クガネっ!』
春彦が金の身体を受け止める。本当は朝月がしたかったのだが、彼は大伽藍
の効果範囲内に入ることができない。
「大丈夫ですか、目を開けてくださいっ!」
『ここまでして死んでたなんてオチは無しだぜっ!』
気を失って目を開けない金に必死に声を掛け続ける二人。彼女が目を覚まし
たときに聞こえるのは金の声でも意識体の言葉のはずだった。
だが、瞳が開かれたとき、聞こえてきたのは晴彦が、夏彦が、朝月が最も望
んでいたものだった。
「あ・・・れ? 私・・・・生きてる・・・の?」
金の声。金の言葉。もう手に入らないと思っていたもの。
それが戻ってきたのだ。
「よ、よかった・・・・・よかったです!」
『生きてたんだな・・・・よかったぜ』
「う・・・ん」
これこそが桜子のDEATH UNIT・大伽藍の能力。
異能力の完全無効化だ。
桜の花弁の舞い散る下で、この世の常識に照らし合わせた際に“異”と判断
されたもの全てを排除する。
あの花弁の下ではDEATH UNITはもちろん、デミウルゴスの意識体とかい
う意味不明な存在も、自然的に生まれた超能力さえも無効化されてしまう。
金を蝕んでいたDUは無効化された。だから意識体が消えた今もエクスクレ
センス化しなくてすんでいる。そして朝月、海深、落葉、雪女、影名は花弁の
下へ入ることを許されない。
入れば全ての“異”は排除され、朝月は全身を、海深は右腕を、落葉は右足
を、雪女は左足を、影名は左腕を失ってしまう。
彼女らの四肢は、朝月の四肢はザ・メイガスのDUによって支えられている
のだから。
「・・・・あまり、時間もありません。これから言うことを良く聞いて下さい」
『時間がねぇんだ。いいか、良く聞けよ』
春彦は目に涙を浮かべながら、しかし、自分の感傷に浸ろうとはせず、作戦
の遂行を目指した。感動するのも、泣くのも、喜ぶのも全てが終わってからだ
と。
「これからこの桜の下からあなたを連れ出します。そうしたらまた意識を失う
かもしれません。でも安心してくださいね」
『これからクガネを連れ出すが、きっと気を失う。でも気にすんな。安心して
待っとけ』
「・・・・」
憔悴しきった金は何も言わない。無言でうなずいた。
春彦は途中で夏彦へ代わり金を抱き上げて桜の木の下から出ようとする。そ
の直前に金は何中空に指を走らせて、夏彦は目を丸くする。
「な、何だこりゃ?」
『大丈夫です。僕が分かってますから』
などというやり取りをして、無効化能力の範囲内と範囲外の境界線に立つ。
片腕で抱き上げているせいで凄く抱き辛そうだ。
「朝月君」
『アサツキ』
二人が同時に声を掛ける。そうして、当初の打ち合わせどおりに金を朝月へ
投げて寄越した。
「っよ、と」
落とさないようにしっかりと受け止める。何かを弄っていた金の指が止まっ
て、その表情が一変した。
『能力無効化などと言うから我の存在ごと消されるかと思ったが、そうではな
かったようだっ! 発動できなくなるだけではないかっ! どんなに発動を止
めて我を追い返そうとも、この子のDUとのリンクがある限り我は――――』
「なら、そのリンクってやつごと絶ち斬ってやるっ!」
『それなら、そのリンクごと斬り捨てるまでですっ!』
金を朝月へ投げたあと、彼は―――彼らは無効化能力の範囲外へ飛び出して
いた。そして、朝月の腕の中から降りた金の、金の身体を奪い直した意識体の
正面へ肉薄した。
今までにないほどの速度で移動した夏彦は手を虚空にかかげ、叫ぶ。
「来たれッ!」
その腕に緑色の針金のようなものが集まり始める。骨組みを組むようにして、
それは刀の形を形成していく。
最後に肉付けをするようにして出来上がる深緑色の刀。ただ振るわれただけ
で大気を振動させる能力値未知数の夏彦のDEATH UNIT。
「縁絶ッ!」
手に収まった深緑色の刀を夏彦は右腕一本で構え、豪快に薙いだ。
『なっ――――――』
金の頭の上を、何も無い場所を縁絶は素通りした。何の音もせず、ただ何か
を切断した感触のみが夏彦の手に残る。
そして、金は意識を失うようにしてその場に崩れ落ちた。
「おっと・・・生きてるな」
朝月は金の身体を支えて息をしているのを確認してから横たえた。視線を夏
彦のほうへ向ける。
「何を・・・・したんだ?」
朝月たちが作戦と称して聞いていたのは夏彦が金の身体を投げて寄越すまで
だ。そこから先は「任せて」としか言わなくて何をするのか、何をしたのか一
切分かっていなかった。
「簡単だ。縁絶の特性を使ったのさ」
『その特性を使って金とDUとのリンクを切断しました』
「特性ってのは何なの?」
海深が問う。特性とだけいわれても分かりはしない。
「縁絶は“同じ存在同士の縁を絶つ”刀だ。例え物質じゃなくても斬れる。
たとえば空間。空間同士の繋がりを絶てばそこは空間の狭間へ繋がる。たとえ
ば雷。電子同士の繋がりを絶てばそれは雷の両断に繋がる」
『それはDEATH UNITにも言えること。DUと人間を繋いでいる“何か”は、
それを管とするなら、その管はどこを取っても同一の素材、工程で作られた同
じ存在なんです。その人間とDUをリンクさせている管を絶ってしまえば、も
うDUは人間に干渉できなくなります。命を吸い取ることも、ね』
もう金にDUは宿っていない。ここに眠っている湖子宮金は死人ではなく、
普通の人間ということ。
DEATH UNITの侵食に怯え、エクスクレセンス化する心配が無いというこ
と。それはおそらく、今まで幾人もの死人が目指して、結局、到達できなかっ
た場所。
エクスクレセンス化せず、殺すこともせず、生きたまま死人から普通の人間
に戻ってDUから解放される。
そんな偉業をたった一本の刀が成したのだ。
「さて、僕にはまだ最後の仕事が残ってます」
『俺にも、いや、俺は何もできない。見てるだけしか、な』
縁絶を消して夏彦は春彦と入れ代わる。朝月へ背を向けて、フェイスバイザ
ーを弄りながら春彦は去っていく。
それが朝月には、手の届かない場所へ行ってしまうように思えた。
「春彦っ! ・・・・何をする気だ?」
立ち止まった彼は何かをしばし考えて、それからポケットから何かを取り出
して朝月へ投げた。
咄嗟のことに驚いた朝月は取り落としそうになるが、何とか受け取れた。
「それは影名さんが僕に渡したものです。朝月君に渡してくれと。自分の帰る
場所になるようにって」
『お前が離れていかないように、俺たちがお前を見捨てないようにってな』
それは本だった。お気に入りなのか読み古されていてブックカバーも本自体
もボロボロな本。これを影名が携帯していて、よく読んでいたことを朝月は知
っていた。
「そう・・・か」
「ええ。全部が終わったら、ちゃんと返してあげてくださいね」
『無くすなよ?』
そういって彼は、彼らは桜子の場所まで歩いていく。DUを解いてへたって
いた桜子に肩を貸して落葉へ渡した。
そして、空を見上げた。
方々に見える小さな黒い点。それは徐々に、徐々に近づいてきていた。
それが一体何なのか、朝月は思い出した。
中途半端な切り方ですみません。
今回は意識体を倒す話です。金の体を乗っ取っていた意識体は、金のDUとの繋がりを絶たれてデミウルゴスの下へと送り返されました。
縁絶は“同じ存在同士の繋がりを絶つ刀”です。鉄同士や革同士、要は同じ素材で作られた一つの存在を切断できるのです。
面倒な能力設定かもしれませんが、理解されることを願ってます。
すぐに更新します。次へ。