護鱗爆雷鳥
遅くなって申し訳ありません。今回はこれだけです。本当にすみません。
護鱗の隙間から漏れ出ていた蒼電が弾け、銀色の鱗を方々へ飛び散らせてい
く。途中で溶けるように消えていった銀色の鱗が辿り着くはずだった場所には、
春彦と落葉の姿があった。
それぞれが別々の場所で待機している。デミウルゴスの意識体の正面に春彦、
落葉。離れた場所に影名と三島、それを護衛する海深がいる。
朝月と桜子と雪女の姿は見えない。どこへ行ったのか、この戦場に姿はない。
『若干三名ほどいないが、逃げたと思っていいのか?』
金の声で意識体かた放たれる挑発の声に、しかし、春彦は冷静に返した。
「いいえ、あなたの裏を掻くために動いてもらっているんです」
『いや、お前をハメるための作戦行動中だ』
ステレオになりきれていない聞き取りづらい春彦と夏彦のコーラスに一瞥を
くれ、また挑発するように言う。
『いいのか、言ってしまって? バレる可能性だってあるのだぞ?』
「僕たちが何を企んでいるのか、推察させる暇なんて与えませんから大丈夫で
す」
『思考に落ちれば即座に死ぬレベルの攻撃仕掛けてやるから大丈夫だ』
空間を引き裂いて幾条もの鎖が飛び出してくる。春彦のDU・螺旋鎖鎌だ。
その背後では落葉がDU・爆心地を発動させて、周囲に待機させていた海深
の護鱗を手で包んで爆弾化させていた。
離れた場所では影名が両腕を巨大な旋回式台座付ベルトリンク送弾採用弾幕
形成用ガドリングガンに変形させていた。もはや変形とは言えないレベルだが。
三島は戦力外。海深は動けない影名を守護していた。
これから始まる、デミウルゴスの意識体を金から追い出して、彼女をDUの
束縛から解放するための戦い。
目的は金の殺害。
そうするしか、彼女を救う方法はないのだから。
このままデミウルゴスの意識体の依代となってこの戦場から生き残ることを
彼女は望まないだろう。誰かを傷つけることそのものを、望まないだろう。
ならばこそ、殺すしかないのだ。
『いいだろう。どのみち本体到着までの繋ぎだ。存分に遊んでやるとしよう。
ああ、そうそう――――』
金の身体をどう操ったのか宙に浮いている意識体の上空を何か、影が幾つか
通り過ぎていく。それなりの高度を飛行していたはずのその影から、光が瞬い
た。光と認識して、回避行動を取る前にそれは着弾した。
『言い忘れていたが、呼んでおいた戦闘機は到着した。あと、君たちに許され
た戦闘時間は十分ほどだ』
「十分ですって?」
『十分だと?』
想定外に設けられた制限時間。守る必要などないのだが、今の射撃と無関係
とは思えなかった。
それに戦闘機が到着したからといって戦闘時間が制限される理由にはならな
いからだ。
『ああ。各国のメインコンピュータに侵入して、すでにミサイルは発射した。
何本ものミサイルが今、このデルタセントラルシティを目指して空を漂ってい
るのだ』
「なっ!?」
『おいおいっ!』
『証拠を見せてやろう。ほら』
全てのフェイスバイザーに映像が流し込まれる。それは次々と発射されてい
くミサイルの映像だった。
各国、というからには巨大国なのだろう。アメリカ、ロシア、イギリス、オ
ーストラリア、朝鮮辺りだろうか。とりあえずミサイル保持国はすべからくコ
ンピュータを掌握されたとみて間違いない。
『そら、新しい絶望に潰れたか?』
意識体の手から本物と同じ速度―――秒速に換算して約百五十㎞の速度。見
えた瞬間にはもう、到達している。
ディスプレイに映った映像に気を取られている場合ではない。一秒の迂闊が
直接死に繋がる。そういう戦場だ。
春彦は横っ飛びに蒼電を回避、そのときの勢いを利用して一本の鎖を横薙い
だ。落葉は意識体が回避するであろう方向へ爆弾化させ蹴り上げた土を飛ばし、
海深はどこからいつ雷撃があってもいいように壁を作った。
回避されればどこかしらにある爆弾土か爆弾化護鱗が起爆される。多少なり
ともダメージは入れられる計算だった。
『誤算は戦いにつき物だ。これもまた、誤算だったな』
春彦の螺旋鎖鎌は意識体に届いてすらいなかったのだ。金の身体を操って腕
を伸ばし、その腕に届く前に鎖は動きを止めていた。
「な、なんで・・・・」
『はぁっ?』
春彦はどうしてそうなったのか、理解できていない。普段の彼ならばすぐに
気づいたであろう事柄だが、身体全身の痛みを隠し仲間を助けるために必死に
戦っている彼にそこまで思考を到達させる余裕はなかった。
『この鎖は鉄製だろう? ならば電気を使えば如何様にもできるというものだ』
言われてからはたと気付く。鉄製ならば磁石化もできる。つまり、意識体は
螺旋鎖鎌を電磁石化させて斥力―――磁石の同極同士が反発しあう力―――を
用いて鎖の動きを止めたのだ。
『力の使い方を変えればほら、この通りっ』
「うわっ!」
『避けっ・・・・!』
鎖は協力な斥力によって春彦へ跳ね返ってきた。しかも鎖の先端部分は意識
体の手に残ったまま。奴は電気の発する熱を使って鎖を溶解させてその先端を
弾丸のような速度を持って持ち主へ返したのだ・
幸いにも回避が間に合った春彦は地面を転がるように避け、視線の先、意識
体の姿を見て死を悟る。
意識体の手は春彦へ向いていた。掌が蒼く放電現象を起こし今にも雷が迸り
そうになっていた。
『ハル、代われッ!』
声が聞こえた時、すでにそこに居たのは春彦ではなかった。
「来たれッ!」
温和な春彦とは一線を画す雰囲気を持つ守護人格・夏彦が自らのDEATH UN
IT・縁絶を手に構えて雷撃を迎え討った。
「絶ち斬れッ! おおおおおおおおッ!」
縁絶にある特性を利用して、蒼雷撃を両断する。
二手に別たれた雷撃は一本は地面へ奔りもう一本は木へ直撃した。
『雷撃を両断・・・・ほう、面白い』
もう一度、秒速百五十㎞を超える速度を誇る雷撃を放とうとした意識体の手
がとまる。空いていた手を伸ばした直後、そこへ無数の銃弾が飛来した。
ガガガガガッガガガガッ!
骨を揺さぶるような激しい銃声が響いてくる。普通の人間ならとっくに肉塊
になっている量の弾丸が吐き出され続け、しばらくして銃声は止む。
連続の着弾によって発生した煙の中、立っていられるものなどいないはずだ。
そう、普通なら。
『鉛弾というものは反磁性体と呼ばれる。磁石が近付いた時に反発を見せるこ
とから付いた名だ。磁石の同極同士を近づけた感覚に近いな。この反磁性とい
うものは水にさえあるものだ。つまり――――』
煙が晴れた中には以前と変わらぬ姿で浮遊する意識体の姿があった。金の身
体には一切の外傷はなく、一歩たりとも移動した気配はない。
着弾前と着弾後で唯一違っていたのは、影名へ向けて伸ばされた右手に握り
込まれていた一個の環だった。
『こうして電磁石の媒体さえあれば私は容易に磁性体を作り出せる。反磁性体
である鉛弾を弾くことなど、造作もない』
全ての弾丸はあらぬ方向へ弾き飛ばされていた。磁性体にされた螺旋鎖鎌の
先端に反磁性体である弾丸がぶつかった。斥力と同じで反発しあった二つは、
もちろん、支えのない弾丸が弾かれていた。
何千発撃ったかも分からない弾丸の嵐の中、化け物と呼ぶに相応しいデミウ
ルゴスの意識体は金の身体と金のDUを使ってそれだけの芸当を為した。
春彦の束縛も影名の弾丸も通用しない。正直に言えばこの場の基本戦力はそ
の殆どが意味を成さなくなったと言える。
しかし、夏彦は、春彦は笑っていた。
「想定の範囲内だな」
『想定の範囲内です』
夏彦から春彦へ代わることなく、そのまま夏彦で居続ける。影名はDUを解
いて三島を引き連れて逃げの体勢を取った。
そして落葉と海深が前線へその身を躍らせた。
『少女二人で何とかなるほど、私は甘くないぞ?』
「いいのよ。春彦と影名が通用しないって分かった今、あなたに対抗できる力
を持ってるのは私と落葉だけ」
「元からこういう作戦だったしな」
海深は何の警告も無く護鱗を飛ばす。何個もの銀色の鱗は海深の全身から剥
離してたちまち周囲を覆いつくす。
剥離した鱗たちは必ず落葉の身体に一度、張り付いてから空中へ飛んでいく。
一度張り付いた護鱗はそれだけでもう落葉の意思で起爆する爆弾だ。
その場から一歩でも動けば――――起爆する。
これこそが落葉と海深の持つ二人だけの必勝陣。
主目的が防御である護鱗から防御という概念を捨て去り攻撃にのみ特化させ
た。
一枚一枚の護鱗を爆弾化することで攻撃に特化させた。
二人の息がぴったりでなければ決して成功しない陣形。
「こういうとき、名前考えとけばよかった~、て思うよね」
「そーだな・・・名前なんて考えたこともなかったな」
そういう二人の表情は笑みが占めている。
必勝陣とはいっても目の前にいるのは今まで戦ってきた化け物ではなく、正
真正銘の“化け物”だ。そんな常識の一切通用しない相手に対しても必勝でい
られるのか、甚だ疑問ではある。
しかしながらこれが彼らに取り得る最後の戦法。この戦場で意識体の視界内
にいる限り、彼らに勝ち目などないのだ。
『数があればいいというものではないと、教えてやろう』
意識体が金の身体を操って周囲へ蒼電を大量に放出する。本来ならその放電
だけで終わるはずだった。吐き出された雷は護鱗へ直撃し暴発させて殲滅する
はずだった。
『・・・む?』
蒼電が当たる前に鱗たちは遠ざかっていく。放電から逃れるように、その隙
間を縫うように漂いながら離れ、放電が終われば近づいていく。
精密過ぎる操作は海深の集中力を激しく削っていく。そんなことはお構いな
しに一つ一つの銀色の鱗が個別に意思を持って動いているかのように蛇行しな
がら戦場を駆け抜ける。
意識体にその全てを捉えることはできていなかった。
『厄介な・・・・。しかし、なぜ磁力から逃れた?』
意識体の質問に答える声は一つ。ほかでもない、その磁力から逃げ遂せた護
鱗を操る海深だ。
「私の護鱗はね、意味不明な反磁性体とかそんなんじゃないの。現在発見され
ている中で地球上に存在しない物質で構成されてるんだよ。だから、磁力じゃ
くっつかない」
この陣、実働するのは海深だけだ。護鱗を爆弾化させてしまえば新たに爆弾
を生み出す必要が出てくるまで落葉は不要となる。回避に専念できる。
しかし逆に一番負荷が大きいのが海深だ。多数の護鱗を精密に操作して敵を
撹乱、攻撃し必要ならば自身さえも護らねばならない。
いかに短時間で決着を着けられるか。特にデミウルゴスの意識体のような化
け物相手では勝利条件はさらにシビアになってくる。
『・・・・・ならば、持ち主を狙うまで』
蒼電が瞬く間に海深へ迫る。その速度たるや瞼が降りきる前に到達するほど。
集中を乱してはいけない海深に回避など、できるわけもなかった。
「海深ッ!」
これまでにも何度かこの陣を使ってエクスクレセンスを倒したことがあった。
エクスクレセンスだけでない、死兆星の隊員を滅多打ちにしたこともあった。
当然ながらこれまでにも海深は狙われてきた。だが、それは全て自力で回避
してきたのだ。それを可能としていた最大の理由はやはり“人間”か“化け物”
が相手だったからだ。だから攻撃を回避することもできた。攻撃される前に倒
すことだってできた。
だが今目の前にいる敵はどうだろう。仲間を殺すと決めた者たちの決意を簡
単に砕き、決意を砕いた希望を取り上げ、その常識の外の異能力を完璧に使い
こなす“本物の化け物”。
そこから放たれるのは本物の雷。
一秒経っただけで百五十㎞彼方まで直撃する。そんな攻撃を平然と放つほど
の“本物”なのだ。
だから蒼電を回避などできるわけもなかった。
そう、独力ならば。
「間に合―――――えッ!」
蒼電が直撃コースから逸れる―――いや、海深の身体がコースから外れたの
だ。
必ず海深を狙って攻撃が来ると予見していた落葉は意識体の言葉が終わると
同時に駆け出して海深に体当たりをかましていた。下手をすれば蒼電のコース
上に自分が入ってしまうというのに、そんなものはお構いなしに。
『回避されることなど、お見通しだ』
風を切る音がする。大空を旋回して何機もの戦闘機が機首を斜め下の方向へ
―――海深たちが戦っている場所へと向けていた。
戦闘機が機首を下へ向けるときは、着陸するときか失速したとき。
今のこの状況で着陸する必要性は皆無。ならば、答えは一つ。
あの戦闘機・・・合計十機ほどは全てこの場所を目指して自ら墜落しようと
しているのだ。
『私が攻撃したのでは、避けれるかもしれない、という希望があってしまう。
ならば、戦闘機の墜落、という避けることも迎撃することも叶わぬ絶望に潰さ
れるといいっ』
墜落してくる戦闘機をどうやって止めろというのか。春彦の螺旋鎖鎌は遠距
離座標にも出現可能だが、不可能だ。数秒後の予測進路が判明していないこと
には鎖の出現させようがない。今見えた場所に鎖を出したとしても、絡みつく
頃にはすでに通り過ぎた後。螺旋鎖鎌で戦闘機を捕らえるには予測進路が必要
だった。
影名の弾丸で打ち落とすこともまた、不可能。銃弾は風に煽られ易い上、高
速で飛行する戦闘機を打ち落とすなど、どれほどベテランの狙撃手でも不可能。
粉微塵になるまで破壊しなければ、仮に弾丸が当たったとしても炎に包まれた
戦闘機が墜落してくる羽目になってしまう。
落葉は遠距離に向かない。掌に収まるサイズしか爆弾化できない上、一度は
肉体に触れなければ爆弾化はできない。上空から迫ってくる戦闘機相手に落葉
が取り得る行動などなかった。
頼みの綱だった海深も、無理。金の身体を奪ったデミウルゴスの意識体を倒
す好機を逃さないために、集中は乱せない。防御に気を裂いた一瞬に隙が生ま
れるかもしれない。
この場の誰しもに、現状を打破し得る力はなかった。
墜落する戦闘機をただ見ているしかできない彼らには、死をスローモーショ
ンで見させられているような気持ち悪さだけが与えられていた。
しかし、その気持ち悪さも与えられ損だ。与えたほうも与えられたほうも損
をした。
与えたほうは意味を成さなくなってしまい、与えられたほうは怯え損。
墜落してきた戦闘機群は地上まで百mを切った辺りで急に爆散した。十機ほ
どの戦闘機が全て。
一陣の風と共に過ぎ去った黒白の巨体によって。
戦闘機の大きさに負けず劣らずの大きさを持った黒と白の何か。それは巨大
な日本の剣を手に持って黒い右半身、白い左半身と対を成すように真珠色の右
翼、銃身色の左翼を広げていた。
『なん・・・・だとッ!?』
戦闘が始まってから初めて、意識体が動揺を見せた。そして、それは決定的
な隙となる。
それを海深は、見逃さない。
「集えっ! 護鱗爆雷鳥ッ!」
落葉は名前を決めてないといっていた。おそらくは海深が即興で考えたもの
なのだろう。
護鱗が七枚以上が集団となって飛来する。発光現象を持続させている“未知
の欠片”からの光を反射して、さながら寒冷地にいる白銀のライチョウのよう
に白く輝く鱗は鳥のような形を成して飛ぶ。
爆雷のように爆裂し周囲へ死を撒き散らす。
護鱗爆雷鳥。
『ちぃッ!』
無差別放電もピンポイント放電も全て護鱗爆雷鳥は回避しきる。打ち落とす
のが不可能と感じ取った意識体はすぐさま標的を海深と落葉へと変えた。
海深に体当たりをして雷撃のコースからはずしたために地に倒れたまま。そ
んな彼女らへ向かって蒼電が容赦無く放たれた。
“未知の欠片”が光輝いてるせいで昼とあまり変わらない視界の中、今まで
とは明らかに違う変化が起こった。
地面から天空へ伸びる蒼い先駆放電。それを迎えるように天空から落ちる
先行放電。その光が目に映るのは一瞬、そして、合成されるのも一瞬。
そこに生み出されるのは本物の落雷。それも、おそらくは、十億ボルトを超
えるほどの。
秒速百五十㎞の速度を誇る十億ボルト、数万アンペアの落雷が地面に落ちる
まで一秒も無い。
『消し炭と消えろっ! 少々誤算はあったが、結果は変わらぬ!』
彼にとっても結果とは、この場の殲滅だと、最初に言っていた。
だがそれは叶わぬと、春彦は笑みを浮かべる。仲間を生死の境から逃すため。
「螺旋鎖鎌ッ!」
地面の中を通ってきた幾条もの鎖がねじり合い落葉と海深を覆い隠す。天と
彼女らの間には鈍く光る鎖が隔たりを生み出した。
雷光は一瞬、ほぼ同時につんざくような雷鳴が轟いて蒼い落雷が螺旋鎖鎌を
直撃する。電撃は導体である鉄製の鎖を通って接地面から地面へと流れていっ
た。
一撃必殺のはずの十億ボルトの落雷。それはいつの間にか入れ替わっていた
春彦の螺旋鎖鎌によって完璧に阻まれた。
『一駿河春彦・・・・貴様っあああああああぁぁあああッ!』
状況を打破するべく放たれた落雷は不発に終わり、デミウルゴスの意識体を
守るものはなくなった。自己防衛手段を失った獲物に群がるは、銀雷鳥の群れ。
触れれば、爆炎と散る。
金の身体を奪い、その力を使い、金の気持ちを無視してこの場の全員の命を
奪おうとした化け物、デミウルゴスの意識体。
それは、護鱗爆雷鳥に呑まれた。
膨大な爆音の後、訪れたのはわずかな静寂。煙の晴れ切らぬなか、誰一人と
して自分たちの勝利を疑っていなかった。
さすがに化け物だとしても、これで死ぬはずだと。肉体は人間なのだから。
『ふっはははははははッ! 何だ、何だ、何だッ! 爆雷といっても何も危惧
することはなかった! どれほど精密に操っても、着弾の寸前に軌道を変える
ことなでどできんのだからなッ!』
どうして奴がまだ生きているのか。そのことに疑問を抱くこともなく、戦場
にいる、作戦を知っている者全てが不敵に笑う。
春彦の作戦に、奴は嵌っていたから。
「まだまだ、想定の範囲内ですね」
『オッケー。想定の範囲内だ』
意識体の周囲の景色が歪む。
その歪みと取り払われた後には、銀色に煌く護鱗爆雷鳥がありえないほどの
距離に悠然と浮遊していた。
この戦場にいる者たちは誰一人として、勝利を疑っていない。
『なん・・・・だ、これは――――ッ!』
離れた場所、三島の隣の景色が歪み、その中から姿の見えなかった雪女がゆ
っくりと出てきた。
「私の力です。反射板を生み出してたくさんの護鱗を隠し、待機させておきま
した。爆発の後、反射板に隠れるようにして移動させたんです」
雪女はにっこりと笑って、しかし目は笑っておらず、怒りに満ちていた。
彼女もまた、朝月や春彦と同じ理由で。
「反射板の形って、自由なんです。鱗を覆うような形にもできます。ついでに
言えば、反射板が反射できるのは光。私の光線だけじゃ、ないんです」
そう、意識体に護鱗爆雷鳥が見えていなかった理由。それは雪女の多面鏡の
能力によってのもの。雪女によって放たれた光線を反射できるのなら、燦々と
振ってくる陽光も反射できるのではないか。
それならば当然“未知の欠片”が放っている光も反射できる。光の反射率、
屈折率、吸収率のうち反射率を変えられて視認できなくなっていた。
それ故に意識体は致命的な距離まで爆雷の接近に気づけず、許してしまった。
『ふ、ざ、けるなぁあああああッ!』
放電の暇など与えない。回避できる隙間など与えない。行動できる時間など、
与えはしない。
海深と落葉、雪女の声が同時に響く。リハーサルでもしたかのように完璧に
シンクロした言葉は、最後の技を命名した。
「不可視光爆雷鱗ッ!」
さっきの護鱗爆雷鳥を防ぐことができたのは護鱗が接触する前、ある程度の
距離のところで護鱗は直進しかできなくなる。どんなに精密に操作していよう
とも速度を持って接近する以上、急なハンドル捌きは事故に繋がる。だからコ
ースからはずさないために直進させざるを得なかったのだ。
意識体はそこを突いた。直進に入った直後、放電をして出来る限り遠距離で
護鱗を誘爆させたのだ。
だが、今回はそれは通用しない。
もう爆風は、爆炎は、爆熱は確実に届く距離に護鱗は存在する。今誘爆させ
ても必ず巻き込まれるのだ。
今度こそ彼に、意識体に回避のすべはなかった。
悲鳴すらも、絶叫すらも爆音に呑まれて消える。今の彼らは最善を尽くした。
これで死んでいなければそれこそ“本物の化け物”か、運が悪かったか。
煙の中には、影が見えた。浮遊する、人の形をした影が。
本来なら絶望の象徴となる影。“本物の化け物”の存在を認めることになる
決定的証拠。
だが、やはり誰一人として勝利を疑っていなかった。
「今です、朝月君――――――――ッ!」
『チャンスだ、アサツキ―――――ッ!』
春彦は遥か上空へ向かって力の限り叫んだ。その声が確実に届くように。
そして、その叫びに答えるように、天空から舞い降りる影が一つ――――。
地震の影響もあってなかなか執筆できず、こんな時に投稿するのも不謹慎かと思い自重していました。もし待ってくれていた方がいたなら申し訳ありません。
しかも今回はこれだけという、ていたらくですorz
次は! 次こそは! この意識体をぶっ倒したいと思います。
ではまた次回。