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サキガケ(2)

『彼女を生かしているのはこの私だ。私がこの子の中に入りDUを制御してい

るからこそ、彼女は生き永らえている』


 言われて、しまった。

 知らなければ、よかった。

 言われなければ知ることはなかった。

 知らなければ、もし意識体を倒して金がエクスクレセンス化しても、普通の

現象と納得できた。

 だが、それはもうできない。


『彼女のDUを一時的に支配下においてその行動を制御しているからこそ、彼

女は今ここで生きているのだ』


 ここで金が死んだら、それは彼女に刃を向けた者の仕業。

 さっきまでは金を殺すことが、彼女を救う唯一の道だった。

 それが急転直下、正反対の意味へ成り代わる。

 ここで金を殺すことは、彼女の命そのものを絶つことになる。

 それは救いでも何でもなく、ただの死。

 しかし、刃を向けないということは、抵抗しないということ。

 それは、朝月たちの死に繋がる。

「・・・・・なんで」

 辛うじて搾り出した言葉は掠れていた。まるで、日坂修之の死を知った時の

ように。

 同じ程度の重さを持つからこそ、朝月の声は掠れたのだろう。

「どうして・・・・・」


『彼女のDUは優れていた。私の意識を受信するのにも。教えておいてやろう

か? お前たちの仲間の力の真髄を』


 聞きたくもない。聞く必要もない。聞くな。

 そう思っているのに、手は耳を塞がない。情報を欲している。

 デミウルゴスの意識体が金を選んだ、納得のいく理由を欲している。


『この子のDEATH UNIT・神の瞳は探査能力が主ではない。その能力の“本

質“は全く別物だ。神の瞳、というのも真の名ではない』


『真の名は“神鳴り”。その名の示す通り、電気を操るDUよ』


 電気・・・? その電気を操るという能力と金の使っていた周辺探査能力。

それがどう関係しているのか、理解できなかった。しかし、理解の追いついた

少数派はいた。

「放電・・・・電気信号、ね?」

 普段は全く喋らない影名が自ら声を発したことに朝月は少なからず驚き、そ

れ以前に不知火沙良との戦闘で影名が叫んだことを知っている面々は驚くとい

うよりも自ら進んで声を発したことに意外と感じているようだった。


『そうとも。周囲にある物体の位置を把握できたのは、周囲へ微弱に放電しそ

の電気が触れたものを情報として感じ取っていたからだ。ロボットを動かせた

のは内部の回路へ電気を流したから。自衛隊などのコンピュータへのアクセス

も全て、電気を介したが故に成し遂げられた技』


『故に彼女は適任だった。私の意識体を受信し受け入れる依代として』


 それが理由だというのなら。

 たったそれだけの理由で金を助けたのだとしたら。

「そんな理由で、許せるわけねぇだろうがっ!」

 決して許せはしない、と朝月は叫ぶ。

 正直に言ってしまえば、彼は金が生き永らえているこの状況を歓迎してはい

なかった。

 それは春彦も夏彦も同じ考えであり、決して他人に言ってはいけないこと。

 殺してしまいたかったのだ。助かる見込みのない金を、安らかに。

「それをあなたは邪魔したんですっ! 彼女に無意味な生を与えて、僕らに水

のような希望を与えただけですッ!」

 助からないと決定されてしまっているのなら、いっそ。

 殺してしまいたかった。

 

『無意味というか? 仲間の永らえた命を、無意味と言うかっ?』


「言いますよ、言ってやりますよっ! 彼女にはもう、生きる道なんてなかっ

た。エクスクレセンス化は決定されていたし、薬の利かない状況じゃ生き残る

なんて到底無理なはずでしたっ! 僕らも金を殺すことを、救うためと割り切

って戦ったんですッ! それはあなたは――――――」

「自分の目的を果たすためだけに利用して、決意を鈍らせて、決して掴めない

希望をぶら下げただけじゃねぇかッ!」

 デミウルゴスの意識体が宿っている間のみ、金は生き永らえることができる。

つまり、意識体がいなくなってしまえば、結局、彼らは彼女を殺さなければな

らなくなる。

 殺さなくてもすむ、意識体の力を借りれば金は生きられる。

 そんな希望を見せられて、無惨に投げ捨てられた。

 結局、彼はこの場の全ての人間を苦しめただけだった。

「どこまでいったって、俺たちは金を助けたかったっ!」

「あなたが齎したものは、利点でもなんでもありませんッ!」

 叫ぶ先には金の身体に宿ったデミウルゴスの意識体がいる。

 彼はきっと、朝月たちにせめてもの救いを与えたつもりなのだろう。

 仲間は生きているのだと、それを知らせて、救ったつもりだったのだろう。

 それがデミウルゴス・ルールブックとやらの命令なのか、意識体の独断なの

かは分からない。けれども、それは決して救いなどではない。

「ただの――――絶望です」

 

『なら、その絶望に潰されるか?』


 金の、護りたかった女性の声色で、得体の知れないデミウルゴスの意識体は

言う。そうなる運命だと決定付けるように、威圧しながら。

 しかし、彼らは違った。ただ事実を聞いて黙っていた今までを切り捨てて、

威圧してくる瞳に威圧して返す。

 自信たっぷりにキマッた眼光で、漫画みたいに指差しながら、不自然にコー

ラスしている声で春彦は言った。

「いいえ、その絶望を叩き潰します」

『いや、絶望そのものをぶっ壊してやる』

 朝月が言ったわけではない。当然、三島が言ったわけでもない。男性はこの

場に三人しかいないのだから、一体誰が言ったというのだろう。

 いや、もう一人、いた。

 この場にいる四人目の男性。

 一駿河春彦の守護人格・一駿河夏彦が。

「え?」

『なんで俺の声が・・・』

 しかし、夏彦が表層意識に出ていない間は声を外界へ出すことはできないは

ずである。その証拠に今まで夏彦は春彦としかコンタクトを取っていなかった

し春彦との会話も脳内会話のみであった。

 それがどうして外へ漏れ出しているのか。

 春彦にはひとつだけ、思い当たる節があった。だが、それを公に言う気には

ならない。ただ自分の胸の内に秘めておけばいい。

『何がどうなってる? どうして俺の声が外に漏れてんだ?』

『驚くことでもないでしょう。昔はこうだったのですから』

『でもよ、いきなりすぎないか?』

『たぶん、DUの制御力が落ちているせいでしょう。あなたを何年間も意識の

底へ封じていたのは何を隠そう螺旋鎖鎌です。束縛が緩んでいるんでしょう』

『・・・・限界、か?』

『限界、ですね』

 脳内の会話は誰にも届くことはない。精神の別たれた同一人物であるからこ

そ行える会話で彼らは自らの限界を悟る。

 それ即ち、生命力の枯渇。

『もう限界だというのなら、最後に暴れましょうか』

『だな。クガネを助けて、あのデミグラスとか何とかを追い返してやろうぜ』

『ふっふふふ・・・。夏彦、あなた朝月君と同じ間違え方してますよ』

 脳内での会話を打ち切って、春彦は自分の身体に走る痛みを自覚する。どう

いうことか、定期的な激痛以外の侵食痛は生命力が枯渇しかけていると自覚し

た途端に現れる。今の春彦がそうであるように、夜月も戦闘が終了してから痛

みを自覚したし暁も自分が死ぬと理解してから痛みが駆け巡った。

 それはDUからの警告。これ以上無茶をすれば命を奪うぞという警告だ。


『なら見せてもらおう。その“絶望”を叩き潰して、私という“害悪”をどう

やって弾き出すのか・・・・楽しみだっ!』


強めの口調で叫んだ意識体の掌が蒼く放電する。金の身体を蒼電が取り巻き、

電気を操ることができるというのは嘘ではないと理解する。

 理解をした瞬間、本物の雷と同じ速度を以ってして蒼電がほぼ同時に全員を

襲った。

「うわっ・・・と。残念ですけど、もう道筋は見えてるんです。観賞用ではな

いので―――できるだけ手早く済まさせてもらいますっ!」

『うおっ! 悪いが順序立てはもうできてんだ。見世物じゃねぇからじっくり

見せてなんてやんねぇぞっ!』

 春彦と夏彦の言葉が同時に聞こえる。声色は一緒なのに言っている言葉が違

うせいでステレオになりきれていない。耳に痛いことこの上なかった。


[Scale]


 朝月が振りぬいた煉獄篇はかつてないほどの量の炎を撒き散らし、同時に右

腕から剥離した銀色の鱗が意識体を取り囲んでいく。まだ制御が不慣れな朝月

の護鱗の周りから、更に一回り大きい護鱗の群集が二重に意識体を包み込んだ。

「さんきゅ」

「いいのいいの。それで、春彦はどうするつもりなの?」

 一旦敵を閉じ込めたのはいいが、それも長くはないだろう。ぴっちりと閉じ

たはずの護鱗の隙間から蒼電が漏れている。それまでに春彦の見た道筋とやら

を聞いておかなければ、朝月たちとて手の打ちようがないというもの。

 具体的な作戦を期待していた七つの顔を前にして、しかし、春彦は期待に応

えない回答を寄越した。

「実は、成功するという確証は無いんです」

『成功するって保障はどこにも無いんだなこれが』

「・・・・は?」

 何人かが同時に気の抜けた声を発する。全員のやる気を殺いだのではないか

と焦った春彦は次いで言った。

「そ、それが何分、試したことのない内容でして・・・・」

『試そうと思ったことすらない奇抜な内容でな・・・・・』

 あれだけの啖呵を切っておきながら成功するか分からないと言う。

「じゃああれか? 「道筋は見えてるんです」とかいうのはハッタリか?」

「いえ、あれは本当です。成功すれば・・・・ですが」

『事実だが、まぁ、成功すればだな』

 ほとんど同時に同じような内容で違う語句を並べてくれるものだからうっと

おしくて仕方ない。人間、耳は二つ付いていても一度に聞き取れる内容は一つ

と相場が決まっているのだ。

「まずは近づくことが肝要です。無闇に接近しても感電させられるだけでしょ

うから、何とかして動きを止めたいところですね」

『近づかないことには何にもできねぇからな。下手に接近しても感電させられ

てお陀仏だ。動きを止められれば、何とか』

 でもよ、と落葉が言う。雪女も何か言いたそうにしていたが落葉に先を譲り

それに甘えた落葉が春彦に指摘する。

「動きを止めるだけじゃダメなんじゃねぇ? 放電能力なら身動きできなくて

も波状放電くらいお手の物だと思うんだが?」

 その背後で雪女も必死に頷いている。どうやら同じことを言いたかったよう

だ。

 思えば奴は―――デミウルゴスの意識体は言っていた。金が周囲の状況を把

握できるのは知らず知らずの内に周囲へ放電し、その電気が触れたものを情報

として感じ取っていたからだと。

 ならその時点ですでに周囲への放電は可能という結論が出る。すなわち、動

きを一時停止させるだけでは不十分なのだ。

「そう・・・ですね。だったら最低でも能力を使えなくする必要がありますね」

『そっか・・・ならせめてDUを一時的に使えなくする必要があるな』

 正直、手詰まりだ。身動きを止めるだけならこの場の戦力でも可能だったか

もしれない。だが、DUを使えなくするとなれば話は別だ。使えなくするとい

うことは最低でも気絶させる必要はあるということ。しかし気絶などさせれば

何が起こるか分からない上に攻撃を当てる手段さえあるかどうか定かではない。

 朝月がどんなに万能だとしても、その能力の半分はここにあるのだ。桜子、

海深、落葉、雪女、影名のDUがここにある以上、それらが通用しなければ同

時に朝月の模倣されたDUも意味を失う。

 思わぬ障害にぶつかって考えあぐねていたところ、桜子がおずおずと手を挙

げた。

「能力無効化なら、私できますけど―――――」



今日はここまでで。次の投稿で決着させるつもりです。


ここは大きなきっかけです。この戦いがなかったらこの先はああならなかっただろうと思います。


次回も読んでもらえますよう。

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