死人の末路(2)
あれから四日。帰宅した俺は金にみっちり怒られた。
当然といえば当然なのだが何か納得いかない。
ちなみに今日も紀伊坂が学校にきていない。
先生に聞いたところ無断欠席らしい。怪しさが増した。
今は昼休み。俺と春彦、金は屋上でフェイスバイザーを装着して通話
しながら金手作りのお弁当を食べている。かなり怪しい光景だ。
「で、どうなりましたか?」
春彦が弁当を租借しながら聞く。食いながら喋るな。
『それがね、進展無しだって』
「は?進展無し?音無さんが捜索してくださったんですよね?」
『うん。でも何もなかったって。そういう奴が通りそうな所とか家の近所とか
全部に“雀”を張ったらしいんだけど・・・・』
“雀”。それは音無現のDUの略称だ。
詳しいことは俺も知らない。恐らく春彦ならある程度知っているだろうが
聞く気にもなれない。
自分の手の甲にある五本の弦。指先から伸びる無数のワイヤー。これが
形で、手の甲の弦を鳴らして音をワイヤーに伝えることで切断するらしい。
その他にはワイヤーを張って触れるものや側を通るものの風圧などを感知
して捜索や探査を行うこともできるらしい。
それに引っかからなかったということは・・・・。
『その場所を通らなかったか、もうこの街にいないか、だね』
「でもセントラルから出るには検問がありますよね?そこを調べれば
出て行ったかどうかも分かるんじゃ?」
流石に金。ちゃんと食べきってから喋った。
『それはもうやったわ』
もう一人の声。それは音無現本人のものだった。
『でもそんな男が通ったなんて記述はなかった。普通両腕の無い男が門
を通ろうとしたら監視員が呼び止めるはずだもの。だから市外に行った
可能性はほぼ無くなったわ』
「となると、市内にいて音無さんの弦にかからなかった?」
『そうね。あまり移動をしなかったとしたら引っかかるはずないもの』
「移動をしない・・・・か」
その可能性は低いのではないだろうか。あの紀伊坂の狂乱ぶりだ。何も
しないでただじっと座っているようなことにはならない気がする。
「この件はどうするんですか?」
『う~ん・・特に問題が無いなら終わりにしようと思うんだけど』
まぁ確かに問題は無いだろう。動き回ってないのなら放っておくのが
一番だ。下手に刺激する必要もないだろう。
「終わりでいいんじゃないですかね」
そう決定した。
「まぁ何かあればこっちで対処します」
『そ。お願いね』
通話が切れる。あの人たちもヒマじゃないのだろう。こっちは弁当を
早く食べないと昼休みが終わってしまう。
金は料理上手だ。しかも拘りがあるらしく、弁当を昨日の残り物や冷凍
食品で作るようなことはしない。必ず弁当は弁当用に作るのだ。そこを
凄いと思う。
そのお陰で俺と春彦は美味い弁当にありつけているのだ。
それを大して味わわずに平らげるのは気が引けるが仕方がない。
今日は放課後にちょっと行くところがある。
華南さんには終わりでいいと言ったがやっぱり少し気になる。
この前の路地付近、少し見回ってこよう。
時刻は午後五時。東セントラル駅の近くの路地。
以前まであった血痕は完全に消され、何もなかったように路地は存在
していた。
周囲に人影は無い。気配も無い。ここに紀伊坂がいる可能性は殆どゼロ
だった。
なぜ動かないのか。はたまたどっかで野垂れ死んだか。
まぁどっちでもいいことではある。
しかし何が気になるのだろう?どうしてこんなに落ち着かないのか。
無意識に背中の木刀に手をかける。頼もしく、恐ろしい存在の感触が手に
伝わってくる。安心と共にこの前のエクスクレセンスを思い出した。
このDEATH UNITは使用者の生命力と引き換えに力を与える。使え
ば当然吸われるし強力な攻撃を放とうものなら倍くらい持っていかれる。
そして奪い取った生命力に応じてDUの強さも変わるのだ。DUの強力さ
――それは即ちその人物がこれまでにどれだけ武器を取ってきたかを示す
ことにもなる。
まぁ強さは人それぞれだからどれくらい使ったかなんて分からないんだが。
そしてエクスクレセンスは自らのDEATH UNITに生命力の全てを奪い
取られて死に、力に踊らされて暴走した死人のことだ。
生命力を全て奪われた。それはそのDEATH UNITが最高に力を発揮できる
状態であり、エクスクレセンスにならない限り自分のDUの底は分からない。
暴走する――それはあの時のエクスクレセンスのようになるということ。
それは限りない恐怖であり、あんなものにはならないという覚悟を与えてくれる。
DEATH UNITは使わなくても所持しているだけで徐々に生命力を奪って
いく。新生児がDUを手に入れたとして一度も使わずに生き続けて四十歳まで
しか生きられないらしい。使えばその分死を早める。
それが運命だと知りつつももどかしい。何とかならないものかと今まで
何人の人間が――いや、死人が研究を続けてきたのだろうか。
それでも辿り着けなかった。それが運命なのだと諦めるしかないのかも
しれない。
ふぅ・・・・いけないな。また変な方向に思考が流れていく。
ここから人目につかない場所を中心にして東中央公園まで行くか。
少し距離があるが仕方ない。どうせ家に帰るんだ。家の近くに公園はある。
本来、学校に行った後帰宅する際に駅には近づかない。なぜなら方向が
真逆だからだ。
歩いてしばらく、公園に到着した。
未だにキープアウトのテープが張られていて血痕も少し残っている。今は
一般開放されていないはずだ。
テープを避けて移動する。勝手に中に入るのはまずいがバレなければいい。
人影なんてないはずの公園内部に人影があった。
気配を殺して近づく。右手は木刀を握っている。
「そこで何をしている?ここは立ち入り禁止のはずだが」
少し低い声で呼びかける。びくっとした影はこっちを向いた。
「あ、あの・・・すみません」
ぺこぺこと頭を下げる。俺が関係者だと思ったのだろう。
「つい出来心というかこういうテープとかあると潜って入ってみたくなる
というか・・・ですね」
「いいよ。俺は関係者なんかじゃないし、むしろお前と同じ不法侵入者
だよ」
「あ・・・」
俺の服が学生服だと気付いたのだろう。表情が和らぐ。
見れば人影は少女だった。小柄で俺よりも年下に見える。ただ髪の毛は
非常に長く綺麗で地面にまで届きそうなほどだ。黒い髪の毛を結ばずに
自由にさせている。整った顔立ちと黒い髪のおかげか大和撫子といった印象
を受ける。
しかしそんな少女に似合わないものがあった。それは右目から右頬
にかけて巻かれている包帯だ。
よく見れば少しだけ見えている肩にも包帯が見える。スカートから
見える足にも巻かれていた。
少女は結構な厚着をしていた。そして今は五月だ。そこまで暑くないに
してもコートみたいなマントみたいなものまで身に着ける必要はないだろう。
病弱なのだろうか。それともここでの戦闘に巻き込まれたとか?
もしそうだとしたら引け目を感じなくも無い。殆ど感じないが。
「何してんだこんな場所で。普通好き好んでこんな所に来ないと思うが」
なぜ俺は話かけているんだ。いつもならすぐに興味を無くして立ち去って
いるはずなのに。
変な感じがする。どこかで見たことがあるような少女だ。俺はこんな娘は
知らない。もし過去に会っていたら忘れないと思う。
しかし雰囲気が似ているのだ。誰かと。
「あの・・・ふらふら歩いていたら、いつの間にかこんな場所に・・・」
なるほど、迷子か。なんか見た目通りって感じだな。
「ああ、迷子か」
「ま、迷子ってわけじゃ・・・」
何かモゴモゴ言っているが聞こえない。気にしないことにする。
「あ、あなたはどうしてここに・・・?」
反撃のつもりなのか質問してきた。残念だが俺にはお前みたいに面白い
理由はないぞ。
「俺はちゃんと理由がある。お前みたいに迷子になったわけじゃない」
意地悪気味に言ってみる。どうしてこんな風に接するのか自分にもよく
わからない。
一目惚れ、なんてことはないと思う。俺は今でも陽が好きなのだ。それは
おそらく一生変わらない。
「俺はここの事故に巻き込まれてな。おかげでこんな様だ」
肩をすくめながら包帯グルグル巻きで首から吊るされている左腕を少し
上げた。
「あ・・・・怪我」
「そうさ。左腕切断間際の大怪我だ。いい迷惑だったよ」
少し痛みが走った。何これしき、切断された時に比べれば何のその。
顔が歪んだのを見て心配にでもなったのだろうか。少女がこっちに
来て左腕に手を添えた。
「痛そう・・・・ですね」
「そうだな」
他人に感情移入できるのかもしれない。俺はできないからわからない
が、たぶん他人の痛みを想像して泣ける人のことなのかもしれない。
純粋、そういう言葉がこの娘には当てはまると思う。
そして我に返ったように俺から離れた。
「あ、あの私はこれで・・・・っ」
顔を赤くしてパタパタと去って行ってしまった。
「・・・・」
取り残された俺はなんとも言えない気持ちだ。
けっして意識しているわけじゃない。でも今まで他者とは極力関わりを
持ってこなかったからああいう風に接せられるのは慣れていないのだ。
「こういうのもたまにはいいのかもな」
またここに来れば彼女に会えるだろうか。
そんなことを思った。