残酷すぎた結末
どうしても否定したい。逃亡したい。でも決して否定できない真実として目
の前に有り、かといって逃げることは許されない。
金のエクスクレセンス化。
今、これから戦場になるであろうこの場にいる全員が、一番見たくなかった
結末だった。
「なんでなんだよ・・・・・」
「どうしてなんですか・・・」
『ふざけんなよ・・・・・・』
朝月は押し殺したような低い声で。春彦は涙ながらの声で。春彦以外誰にも
聞こえない怒りに震えた声で。
それぞれが現状を否定した。
「戦いから一番遠かった金がっ!」
「こんな、何一つ終わってない、彼女の望むものの欠片もない場所でっ!」
『こんな理不尽な死を迎えなきゃなんねぇッ!』
何の力が働いているのか宙へ浮いている金。閉じられた瞳へ向かって朝月は
叫んだ。
「目ぇ覚ませよっ! まだ手遅れじゃねぇんだ、何とかなるから・・・・だか
ら、目を開けてくれ――――」
「アサっ!」
朝月へ迫っていたガードロボは落葉の手によって駆逐される。だがしかし、
量産配備されていたロボットはそこら中にいて、徐々に集まりだしていた。
「僕は・・・・貴女の死なんて、認めませんよ。絶対に、何があってもです」
『だから、せめて、目を開けてくれ・・・・・』
その望みが届いたかのように金の瞳がうっすらと開く。光のほとんど宿って
いない瞳には、微かだが意思が見えた。
「ご・・・めん・・・ね――――」
途切れ途切れのそんな言葉を残して金はまた意識を失う。胸がゆっくりと上
下していることから生きていることが見て取れる。そのことを知って、この場
の全員が安堵した。
「まだ生きているようですね。擬似暴走の段階ですんだようです」
「すんだようです、じゃねぇ。擬似暴走ってことは、もうあとが無いってこと
だろ?」
「―――悲しいですが、その通りです。助けだすことはもう・・・・」
「いや、解決策ならあるぜ。時間稼ぎにしかならないけど、このまま死なせる
よりはずっとマシな方法がな」
朝月しか知りえない方法。それは金と戦って時間稼ぎをし、柚木が気づいて
金を氷柱の中へ幽閉してくれるのを待つ、という方法だ。
確実とは言えない方法であり、時間稼ぎにしかならない方法でもある。根本
的な解決には直結しない、逃げの一手だ。
「それしか、無いようですね・・・・」
春彦は空間から鎖を呼び出す。周囲にあるのはガードロボなので破壊は朝月
の役目になるだろう。春彦は足止めが主たる仕事だ。
それは現と組んでいたときからそうだ。
「まずは周りのロボから片すぞっ!」
「了解です!」
鉛色の鎖が幾条も伸びて十体を超えるロボを絡め取る。朝月はそれを刀騎士
の能力を使って一度に葬り去る。地面から空間を突き破って何本もの刀身がそ
の姿を現しロボットを残らず貫通した。
朝月は次々とDUを発動していく。刀騎士に始まって圧砕重剣を振り回して
針天牙槍で突き刺す。ただ力を振るって破壊活動をしているだけに見えるこの
行為も朝月にとってはとても重要なこと。特に、目の前で金が擬似暴走を起こ
した今となっては。
一度力を振るうごとに朝月は安堵する。
ここで発動した刀騎士、圧砕重剣、針天牙槍の持ち主は存命だということが
判明した。もし持ち主が死んでいたなら、今ここでDUは発動しない。それ以
外の条件をどれだけ満たしていようとも絶対に発動しない。
三人が生きていることに安堵する。それが例え、どんなにギリギリの生であ
ったとしても。すでに三人がもう氷の中に幽閉されてしまっているとしても、
生きている。
朝月は最後にフェイスバイザーへ手を添える。さっき分かれたばかりとはい
え、確かめなければ気がすまなかった。
彼女とて、朝月にとっては大事な仲間なのだから。
[Rampage]
フェイスバイザーに電子的な文字が浮かび上がる。その文字の意味するところ
は“狂暴”。飛塚小奈のDU・化狂を朝月が扱う。
ここでもまたひとつ、安堵する。このDUの発動の意味は当然、小奈の存命を
指す。
例えプライベートな付き合いがほとんど無い副隊長であったとしても、この状
況で生きていると確認できるのは、精神的にとても救われる。
「らぁああっ!」
朝月の足がアスファルトの地面に思い切り沈み込む。地面を踏みつけた足を力
点にしてテコの原理でアスファルトが塊となって跳ね上がる。まるで畳のように
跳ね上がったアスファルトは弾丸を防ぐ壁となる。壁に攻撃を続けていて無防備
になっていたロボットを別の弾丸の雨と光線が引き裂いていく。影名と雪女だ。
海深と落葉には桜子と三島の護衛を務めてもらっている。何が起こるかわから
ない状況で戦闘力の無いものを孤立させてはいけない。
そして不意に頭の中に警報が鳴り響く。否、フェイスバイザーから警報が鳴り
響いているのだ。
ディスプレイに表示されるのはハッキングされているという警告。ハッキング
されて困るものは入っていないので放置したが、春彦が言う。
「どうしてこんなタイミングで警報なんですか? ハッキングの意味が―――」
――見えてる?
ディスプレイ内に突如として文字が表示される。コンピュータの中を勝手に
弄られて外部から文字を打っているのだ。
相当な腕前を持つハッカーでなければ、到底できない芸当だ。
――私は金よ。ギリギリの意識でこれを打ってる。とにかく、見て。
――これはDUがハックした情報よ。日本の至る場所にハッキングしてる。
――その中でも自衛隊のコンピュータにまで入り込んでるわ。
次々と表示されていく文字を読みながら、朝月と春彦たちは戦い続けなければ
いけない。一時でも気を抜けば傷を負うし文字を読み逃せばバックログができる
かどうかも不明。
――それどころか独立した、ネットに繋がってもいないコンピュータにまで
忍び込んでる。
――今DUがやっていることは・・・・・。
「・・・・金?」
表示されていた文字が消える。ハッキングを警告していた警報も鳴り止んで
耳はしばしの休息を得る。
結局、金が何を言いたかったのか、最後まで聞くことはできなかった。
だが分かったこともある。
それは、今、この場所に留まることが途轍もなく危険だということ。
さっき金から送られてきた情報の中には動画も移っていた。リアルタイムの
動画の中には発進していく戦闘機が何台も移っていたのだ。
もしネットから切り離されているコンピュータにまで介入できるなら戦闘機
のメインコンピュータに入り込んで制御を奪うことも可能だろう。
そうなれば乗っ取られた戦闘機の向かう先は、唯一つ。
主である金を護るために、ここにやってくるのだ。
自衛隊の基地からここまで戦闘機でどの程度だろう。
戦闘機が辿り着いたら、おそらく、朝月たちでは太刀打ちできない。
戦車や船なら破壊する自信が朝月にはある。だが、高速で飛行する金属物体
を打ち落とす自信は、無い。
だからそれまでに決着をつけなければいけない。
これで柚木が氷に幽閉してくれるまで時間を稼ぐという戦法は使えなくなっ
たといえる。
金を助けるためには、殺すしかなくなった。
「くそったれがぁッ!」
圧砕重剣を地面に突き立てる。自分の仲間を助けられない憤りがその行為を
することで発散される。地面から引き抜かれた直後、圧砕重剣はその姿を煉獄
篇へと変貌させていた。
「ブーメラン・イグニッションッ!」
煉獄篇が峰から炎を吹き上げ回転しながら金を目掛けて飛んでいく。苦も無
く回避された煉獄は朝月の手へと舞い戻った。
剣を握った朝月の襟を春彦が掴む。
「何考えてんだてめぇッ!」
否、夏彦だった。
仲間を、金を殺そうとした朝月に挑みかかっている。
「クガネが避けなきゃ死んでんだぞっ!? お前は仲間を殺す気だったのかよ
アサツキッ!」
「じゃあお前は、このまま金がエクスクレセンスになっていくのを黙って見て
ろとでも言うのかよッ!」
「ここで殺したってどのみちクガネはエクスクレセンス化しちまうだろうがッ」
「ちょっと二人とも・・・・」
割って入った海深の声を無視して朝月と夏彦の言い争いは続く。どちらが金
にとって正しい選択なのか競うように。
「エクスクレセンス化したのならその場で間髪置かずに斬り捨てればいいっ!
そうすれば何の被害も出さずに決着が着けられるっ!」
「クガネを殺さない道を探そうとは思わねぇのかっ!」
「そんなものがあるんなら―――――っ」
「いい加減にしなさいッ!」
言い争いを続ける二人の頬を海深が打つ。さっきは三島の言葉に頬を打たれ
たが、今は海深の掌に打たれた。
そうしてやっと二人は自分たちのしていたことに気づく。
「今はそんな言い争いをしてる暇じゃないでしょ? もう金のエクスクレセン
ス化は避けられないのよ!」
海深の言葉が夏彦に重くのしかかる。朝月はそれを理解していたからこその
言い争いであり、夏彦はそれを認めたくないからの言い争いだった。
「金が何を望んでいるのか、考えてみて!」
金が何を望んでいるのか。それを推察するのは難しくなかった。
さっき、発作を起こす前に金が言っていたこと、それを思い出す。
『大丈夫だってば・・・・私には、これくらいしかできないんだから』
彼女は戦闘に参加できないことを、命を削って戦っている彼らの足手まとい
になっていることを嘆いていた。周囲を警戒して危険を知らせることしかでき
ないからと、無茶をして限界を超えて、大事な大事な薬を飲むことさえも忘れ
役に立とうとしていた。仲間の役に立ちたいと、自分も誰かを救いたい、と。
だが、今はどうだろうか。
今の彼女は正反対だ。金自身の意思に関係してないとはいえ、今の彼女はあ
らゆる人を、朝月たちを襲っている。それは彼女の望んでいたことだろうか。
答えは、否。
「答えは出た? 今の私たちにできることは、金を殺すこと。エクスクレセン
ス化した直後に、もう一回殺すこと」
辛い、あまりにも辛すぎる未来。何年間も連れ添った仲間をこの手にかける。
それも二回。それが最良の答えだというのだから、世界は理不尽だ。不条理だ。
そして朝月は圧砕重剣を構えた。化狂を発動して、刀騎士を左手に。
夏彦は縁絶を振る。大気が震えて、その震えが夏彦の心の慟哭を表している
ようだった。
金を殺すために二人は武器を取った。
「躊躇うなよ、夏彦」
「・・・・・わかってるさ」
先に出たのは夏彦だった。縁絶を横に薙ぎ、朝月は夏彦の肩を足場にして上
へと飛び上がる。
振り下ろされた圧砕重剣は、しかし、横から割って入ってきたロボットによ
って軌道を逸らされる。左手の刀でロボットを両断した朝月は一度地面へと降
りた。
宙へ浮いているだけあってゆらゆらと回避されてしまう。それは金の回避力
が高いだけなのか、夏彦と朝月に未だ迷いがあるからなのか。
刀を消して左腕を銃へと変える。影名を含めて彼の能力を知らないものは残
さず驚きに開口していたが、朝月の意識はそっちへはない。
今はひたすら、この行為が正しいと己に言い聞かせていた。
銃身が溶解するまで撃ち続けた、だが一発も被弾することはなく、ただ刻々
と時間のみが過ぎていく。
どうしても朝月は、夏彦は、金に決定打を入れられない。
彼女の肉体の原型を崩してしまうことに激しい抵抗を覚える。
もう一度夏彦が挑みかかる。遠距離への攻撃手段を持たない夏彦は必然的に
ジャンプを強いられる。それを見越してなのかただのまぐれなのか、夏彦は跳
んだ瞬間にロボットに殴り落とされた。
「っ痛ぅ~・・・・頭脳派の敵なんて初めてだ・・・どう戦っていいのか分か
らねぇ」
そんな夏彦の脳内に春彦の声が響く。
『僕に代わってください、夏彦』
『でもこれは・・・・』
『いいから、代わってください。この戦いはあなたには不利です』
『お前の手でクガネを殺すことになるかもしれないんだぞ?』
『それでも、ただ黙って見てるよりはずっとマシです』
『・・・・わかった』
数秒目が閉じられて、次に開けられたときには夏彦から春彦へと様変わりし
ていた。
「朝月君、僕が金の動きを阻害するので、その隙にっ!」
いくつもの鎖を同時に撃った春彦は立ちふさがるロボットを悉く打ち砕いて
いく。その先には金が浮いていて、回避するために移動していた。
「逃がすと思いますか?」
金の移動する先を読んで出現した鎖は鞭のようにしなって身体を拘束する。
躊躇いを一切感じさせない行動に朝月の方が驚いてしまった。
空中から金を引き摺り下ろす。朝月のすぐそばへと。
「朝月君、攻撃をっ!」
春彦の声に我に返った朝月は圧砕重剣を振り上げて金へ向けた。
ついに時がきた。自分の仲間を切り捨てる時が。
幼馴染を殺すときが。
春彦の覚悟を、金の決意を無駄にしないため、彼は剣を振り――――。
『――――・・・・ヤメテ』
「・・・・・ッ!?」
不意にフェイスバイザーのスピーカーから声が漏れる。それは金の声であっ
て、その内容は朝月のしようとしていることとは正反対の内容だった。
『タスケテ・・・・コロサナイデ・・・』
朝月は――――その手を止める。
振り下ろそうとしていた圧砕重剣はその行き所を失い、虚空へ消えた。
解除されたDUを見た春彦は叫ぶ。
「何をしているんですか朝月君っ! 早く、金をッ!」
しかし、朝月にはできない。金の声を聞いてしまった。願いを、懇願を。死
にたくないという望みを。
「金・・・・」
朝月は一瞬の希望を見る。その希望を掴もうとして、その手を振り払われた。
目の前にいる金。擬似暴走を引き起こしていた彼女の顔には―――笑みが浮
かんでいた。
それも、ニタリ、と表現できるほどの醜悪な笑みが。
『ヒッカカッタァ・・・・・キひヒヒヒヒひッ!』
次いでスピーカーから聞こえた声は、とても金の声とは思えない、しかし金
の声で紡がれた悪趣味な、忌避するべき類の笑い声だった。
朝月は悟る。自分は謀られたのだと。
目の前の、金の姿をした何かに。
「ふ、ざけんなぁぁああああああああッ!」
怒りに顔を歪め、悔しさに手を振りかぶり、悲しみに涙した。
そんな朝月を金だった何かに制御されたガードロボが殴り飛ばした。
「う、がぁッ!」
一回、二回。バウンドして春彦の鎖に受け止められた朝月は圧砕重剣を手に
金だった何かを睨む。
「絶対・・・・許さねぇ。てめぇだけはっ!」
地獄篇を開いた圧砕重剣を金だった何かへ向ける。金を想う気持ちを逆手に
取られ弄ばれたこと。それを見抜けなかった自分。激しい、爆発するような怒
りに身を委ね、『金だった何か』という存在を抹消しようとする。
例えまだ金が生きていたとしても。エクスクレセンスではなく擬似暴走だっ
たとしても。朝月はもう限界だった。
金にこんなことをさせるDEATH UNITという化け物を消し去ってやりたか
った。
そして、それを決行しようとした地獄の剣は、止められる。
仲間の鎖によって。
「春彦っ!?」
「待ってください、朝月君っ! 聞こえないんですか!?」
春彦は朝月に聞こえない何かを聞いているようだった。
「金は・・・・彼女は助けてって言ってるんですっ! 死にたくないってっ!
それが聞こえないんですかっ!?」
金が助けてと言っている。
朝月は思い至った。春彦は今、自分と同じ状況にあるのだと。
フェイスバイザーのスピーカーから聞こえる金の助けを求める声。金を殺さ
なくてすむ道を探していた、この現実を認めたくない彼らだからこそ嵌った罠。
人の心に付け込んだ卑劣な手段。
湖子宮金のDEATH UNIT・神の瞳の行動だった。
「よせっ! 止めろ春彦ぉッ!」
朝月の制止も空しく春彦は金へ駆け寄っていく。その春彦を、ガードロボが
背後から打ち抜いた。
「・・・・・っえ?」
突然の攻撃に理解できず二発、三発と弾丸をその身に受ける。全て急所は外
れ、後から放たれた二発は鎖が半分近く威力を削ぎ落としていたために大事に
はいたらなかった。
だが、春彦へ言葉が降りかかる。
その身にダメージを与え、その精神にまで攻撃する。
『キひヒヒヒヒひッ! マァタ、ヒッカカッタァ・・・・キひ』
春彦の目に浮かんでいるのはどんな感情だろうか。
怒りだろうか。
絶望だろうか。
それとも、悔しさか。
『ワタシ二・・・・マドワサレタ・・・・キひヒヒヒ――――』
春彦は、『金だった何か』を殴り飛ばした。
「お前が! 金をっ! 語るなッ!」
春彦が滅多に見せない、怒りの口調になる。一度朝月とケンカして腕を切り
落とされそうになった生徒を助けたときに、向こうの過失を叱責したことがあ
る。そのときに見せたのが最初。そして最後だった。
殴った『金だった何か』のうえに乗って何度も何度も殴る。立て続けに殴っ
て殴り続けた。右腕一本で。
「化け物のお前が! その姿でっ! その声でッ!」
右手の拳が赤く腫れても殴るのを止めない。朝月はただ呆然とし、行動する
ことを忘れていた。
「金の名を語るなぁぁああああああッ!」
スピーカー越しに―――いや、金の口が動いてまた声が聞こえる。金の声を
使った、DUの言葉が響いた。
もう終盤に差し掛かってきましたね。って言ってもまだしばらく続くんですが。
中途半端な切り方になってすみません。すぐに続きを上げます。
次へ。