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湖子宮 金

朝月たちが案内された場所は左程離れていない場所にある建物。辛うじて倒

壊を免れている、と形容できるほど酷い有様だった。

「設備も何もあったもんじゃありませんが、休憩程度なら可能でしょう」

 空いているベッドへ金を寝かせる。錠剤では抗しきれないのか苦悶の表情は

残ったまま。荒い息を繰り返している。

 別室へ移動してから、

「さて、湖子宮さんの状態をお聞きしましょう」

 三島は椅子に腰掛ける。朝月と春彦は立ったままだ。椅子が無いのだから仕

方ない。

「ついさっきのことだ、金が走っている最中に突然倒れたんだ。助け起こした

んだが意識が朦朧としてて虚ろな目をしてた」

「持っていた薬は飲ませましたか?」

「ええ、これですね?」

 春彦はブレイン・スタビライザとラベルの張られた瓶を取り出す。それを三

島は受け取って確認、うなずいた。

「これです。何錠飲ませました?」

「一錠です。多すぎは危険と判断したので」

「それで結構。ブレイン・スタビライザを飲ませてあの症状ですか・・・・」

「その前にいろいろ聞きたいこともあるんだが、いいか?」

 朝月が思考に落ち込もうとする三島を引き戻す。意識が朦朧としていた金の

説明だけじゃ不十分なのだ。

「ええ、分かりました。どうして湖子宮さんがこの薬を服用することになった

のか、経緯を説明しましょう」

 更に椅子に深くかけ、三島は話し出した。

「湖子宮さんは数年前に一度、こちらへ遠征していましてね。何しろ彼女の能

力は戦場における情報処理ですので、知識を詰め込むよりは実践したほうがい

いという結論が出たのです。それでこちらへやってきた彼女は戦場に出てDU

を発動し――――その脳を破損させたのです」

「脳が、破損?」

「破損というと正しくないかもしれません。膨大な情報量が脳のキャパシティ

を超えてしまって、脳機能が麻痺してしまったのです。幸いなことに麻痺した

機能は回復しましたが・・・・問題が残ってしまいました」

「それが――――脳波」

「ええ。彼女の脳波は安定せず常に乱れた状態になってしまっていたのです。

それを安定させなければ如何に脳機能を回復させようとも、死んでしまう」

 そうして試行錯誤した結果、生まれたのがこのブレイン・スタビライザ。

 金の命を繋ぎ続けてきた薬品。

 そして彼女は、そのことを朝月にも春彦にも言っていなかった。

「我々の試薬品であるブレイン・スタビライザ。これを定期的に服用し続ける

ことによって彼女はようやく生きながらえることができています。そして――

―――」

 三島は言ってもいいのかどうか、逡巡した後、意を決して言う。

「そのブレイン・スタビライザの効力が無くなってきています」

「な―――」

「なんですってッ!?」

「普段なら一錠飲めば二日は安定するのです。ですが、話を聞く限りついさっ

き飲ませたばかり。それでも症状が緩和されたのみで依然乱れたままなのです」

 ブレイン・スタビライザが効力を失った。つまり、金の命を繋ぎとめていた

ものがその繋ぎとめる力を失ったということ。

 バンジージャンプのヒモが千切れたみたいに、金は死へ落下してしまう。

「お―――」「ふざけんなッ!」

 朝月が三島に掴みかかる前に春彦が―――いや、夏彦が三島に掴みかかる。

普段の春彦には無い凶暴な口調と眼力を装備して激昂した。

「どうせお前がいつもやってたように他人をバカにして遊んでんだろッ!?

クガネの薬の中に何錠か効力弱いやつ入れといて俺たちの反応見て楽しんでん

だろうがぁッ!」

 朝月が言おうと思っていたことを夏彦がそのまま言う。普段の三島三好を知

っているせいで他人をバカにする人物だということを知っているから、金の命

を繋いでいる唯一無二の薬が効かなくなってきているという事実から目を背け

たい気持ちが、そういう結論に至らせた。

 つまり、三島三好が悪戯をして遊んでいるのだと。

「そんな結末だったどんなに良かったことでしょうかッ!」

 三島が、叫ぶ。激昂に激昂で返すように、夏彦の襟を逆に掴み上げて叫ぶ。

普段の三島からは想像もできないような声で。

「私がちょっとした悪戯心で薬に細工した結果だというのなら、これほど愉快

な結末はありませんッ! ですが、事実は違うのですよ。私は自分の開発した

薬に細工などしません。ましてやそれを使って他人を困らせる悪戯に使うなど、

他人の発明品であっても言語道断ですともッ! 研究者の魂にかけて誓いまし

ょう、私は薬に細工などしていない。湖子宮さん自身の症状の悪化が原因なの

だとッ!」

 朝月も夏彦も、何も言い返せない。他人をバカにすることを生業としていた

かのような人物から言われたこれ以上ない正論。見せられた覚悟。一瞬でも別

の事実を見ようとしていた自分が情けなくなってくる。

「・・・・すまねぇ」

 そういって剣呑な雰囲気は霧散、夏彦から春彦の気配へと戻った。

「僕からも謝ります・・・・取り乱したことを」

「いえいえ、仕方ありませんことです。そういう風に思われる行動を取ってき

た私自身にも問題はあるのですから。しかし、そろそろ、逃げたほうがよろし

いでしょうな」

 逃げる―――その単語の意味を朝月と春彦はしっかり解釈できなかった。ど

うして、今、こんな状況下でそんな単語が飛び出たのか。

「もうそろそろ、湖子宮さんが擬似暴走を引き起こす時間です」

「な――――んだとっ!」

 今度こそは朝月が三島の襟を掴み上げた。首を絞める勢いで、丸眼鏡に唾が

飛ぶ勢いで怒声を上げる。

「てめぇふざけんなよッ! 擬似暴走を引き起こすって分かってんなら、何で

過去話なんかして金に何もしなかったんだッ! 何かしら打てる手立てがあっ

ただろうによ―――・・・・ッ!」

「それができないから、何もしなかったのでしょうッ!」

「・・・・ッ」

 怒鳴り返されたことに驚き、反論を紡げない。

「私だって研究者で一人の人間なのです! 助けられるのならば、どんなクズ

な人間だって救ってあげたいのですよっ!」

「お前の普段の行動を見てて、そんな言葉信じられるわけ―――」

「ならあなたは知らないのでしょう。知っていますか? このデルタセントラ

ルにある全ての病院に出回っている医療品、医療器具を選定しているのは私な

のですよ? 日坂さんが入院していた病院の院長は私なのですよ? 今は亡き

結城さんに医療の知識を授けたのは私なのですよ?」

 それは、誰も知ることのない真実。隊長格だったとしても知っていたのは修

之程度のものかもしれない。だとしても、三島三好は朝月と春彦の上を行き過

ぎた。

 普段は他人を小馬鹿にして楽しんでいるような人物が、いまやこのデルタセ

ントラルに無くてはならない人物。デルタセントラルの医療全てを支えている

存在だったのだ。

「そんな私が、目の前で苦しんでいた湖子宮さんを見捨てるとでも思うのです

か? 私だって逃げたくなんてありません。しかし、打つ手立てが無いからこ

そ、ここから離れなければいけないのです」

「逃げる・・・・なんて、それこそ・・・・見捨てることに――――」

「あなたたちは、擬似暴走を起こした湖子宮さんに、あなたたちに牙を向けろ

と仰るつもりですか?」

「―――――ッ!」

「擬似暴走を起こせば彼女の意思は関係なくなってしまいます。そんな湖子宮

さんに、あなたたちを襲えと、そう仰るのですかっ!」

 言葉で、叩かれた気がした。

 実際に手をあげなくとも、朝月も春彦も夏彦も、全員が、三島の言葉に頬を

打たれていた。

 擬似暴走の恐ろしさを春彦は知っている。目の前で軌条が擬似暴走を起こし

て、まもなく、エクスクレセンスと化したのだ。

「――――時間を使いすぎました。もう手遅れかもしれませんが、今からでも

逃げましょう―――――」

 そこまで三島が言った瞬間、彼らが篭っていた建物の扉が吹き飛んだ。

「な、何事・・・・・!」

 三島が部屋の隅へ逃げる。戦闘能力の無い彼は逃げたほうがいいので誰も文

句は言わない。代わりに朝月が前へ出る。


[Sword Knight]


 刀を生み出して手に持つ。狭い室内のため短い刀を一本しか持てない。春彦

も戦おうとはせず、三島の護衛をするつもりのようだ。

 破壊された扉から中へ入ってきたのは何体もの警備ロボット。いつぞやの戦

いで軌条がエクスクレセンス相手に使い物になるかどうかテストプレイしてい

たガードロボだ。

 しっかりと戦果をあげたロボットは正式配備されたと聞いていたが、こんな

場所にいたとは――――。

 そしてそのロボットは朝月に襲い掛かってきた。

「ちょ――――」

 吐き出される無数の弾丸。三島は春彦の螺旋鎖鎌によって護られ、朝月は咄

嗟の判断で圧砕重剣を召喚、無重力空間を形成して弾丸を止めていた。


[Cataclasis]


 一歩遅れて誰のものとも知れない声が響き、朝月が振るった右腕が持った刀

は先頭にいたガードロボを両断していた。

「何なんだよこれはぁっ! 何が起こってんだ!」

 その声に掻き消されるようにして隣の部屋からガラスの割れる音がする。隣

の部屋には金が眠っているはずだった。

「―――どうやら、恐れていた事態のようですね」

「それは、どういう意味ですか?」

 春彦が聞き返すと、三島は苦虫を舌ごと噛み潰したような表情で言った。

「湖子宮さんの擬似暴走が始まってしまったということです」



 あの狭い室内からガードロボを斬り捨て斬り捨てようやく室外へ脱出、間髪

置かずに隣の部屋へ行くと窓ガラスが内側から外側へ割られていた。

 その窓ガラスから外へ出ると、もっとも恐れていて、もっとも実現してほし

くなかった現実が、目の前にあった。

 思わず目を背けたくなって、背けた視線の先には建物内から出てくる海深た

ちがいた。

「アサっ! 無事だった?」

「ああ、お前らこそ」

「一体、何が起こってんだ?」

 落葉が被害を確認するように周囲を見る。そしてやはり、目に入ってしまっ

た。

「おいアサ――――」

「言うな」

「言うなって・・・・そんなこと言ってる場合じゃっ」

「分かってるから、それ以上言うなぁっ!」

 認めたくない現実から、事実から、また逃げようとしている。これでは柚木

に諭される以前に逆戻りだ。そんなことは頭では分かっていても、やはりこの

現実だけは、どうしても、認めたくはなかった。

 春彦と夏彦にとっては幼少時代から。朝月にとっては五年近く前から家族同

然として暮らしてきた少女・湖子宮金。

 その少女の―――――エクスクレセンス化を。



前の後書きであれだけ書いておいて申し訳ないのですが、後書きで書いたことが明らかになるのは次回の更新になりそうですorz


ではまた次回。

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