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ブレイン・スタビライザ

かっこいいタイトルだけど特別なものじゃないです

第十八章 春・夏・金



 どうして。

 そういう言葉だけが春彦の頭の中を駆け巡る。

 どうして修之が死ななければならなかったのか。どうして彼がエクスクレセンス

となって仲間を襲わなければならないのか。

 答えなど見つからない疑問のみが思考を支配する。

「おい金・・・大丈夫か、お前?」

 朝月が走るのを止め、金の肩を掴む。足を止められた金の額には(おびただ)しい数の

汗が浮いていて辛そうなのが見て取れる。

「はぁ・・・・はぁっ・・・・うん、大丈夫だよ」

「どう見ても大丈夫じゃないだろが・・・・もうDU止めろ。発動するな」

「大丈夫だってば・・・・私には、これくらいしかできないんだから」

 肩を上下させ汗は頬を滑り落ちる。誰が見ても限界だった。

「これくらいって・・・・」

「私は戦えないから・・・・こうして警戒するくらいしかできないから・・・・」

 彼女にとって、それは重荷なのだ。

 自分以外のみんなは戦っている。だというのに自分は監視程度のことしかでき

ないのだ。命を削って、命を賭けて、命を救っているのに、自分は何もできない。

だから彼女は身を削って皆に危険を告げるのだ。

 それしか自分にはできないからと。

 それが戦場に身を投じた彼女の決意だ。

「そうか・・・・なら、何も言わねぇ」

「何も言わないって・・・このままじゃ金がっ!」

「でもたぶん俺たちじゃ金の決意は崩せねえよ。少なくとも、俺には」

 他人に決意を崩されるようでは、結局、その程度。何もできない。

 春彦が心配する気持ちも朝月は理解できる。だが朝月の理解以上に春彦は金を

ひどく心配していたのだ。

 朝月は知らないだろうけれど春彦も金も“未知”の波動を受けている。それも

二回だ。侵食は軽微だったとはいえ、この二回は大きい。

 その二回でどれほど侵食が進んでいるのか、お互いに知らない。だから春彦は

朝月の理解以上に金を心配している。

 このままDUの発動を継続し続ければ、近いうちに限界は訪れてしまう。

「そろそろ僕が夜月さんと別れた位置です。ここから左折していけば夜月さんが

進んだ道になります」

「そこからどう進んだかまではわからないか?」

「ええ・・・・闇雲に探すしかなさそうですね」

 そう言って春彦の指示した道へ進もうとした時―――。

「きゃっ!」

「て、敵っ!?」

 曲がり角で何かに衝突し思わず朝月は武器を構えてしまった。だが、思えばこ

の街での敵はエクスクレセンスのみ。衝突したからといって悲鳴が聞こえてくる

わけじゃない。

「て、敵じゃねぇから武器しまえっ!」

 ぶつかって転んだ銀色の髪の少女に変わって曲がり角から飛び出してきたのは

茶色の髪をした少女。落葉だ。

「お、落葉・・・・? じゃあ、そっちは雪女か」

 よくよく見れば倒れた銀色の髪の少女は常冬雪女だった。飛び出してきたのは

常秋落葉。雪女を助け起こしているのは常夏海深。少し遅れて常春桜子と常闇影

名が追いついてきていた。

「アサちゃんですかぁ、よかった。変なのにぶつかったかと思いました」

「わりぃ、大丈夫か?」

 手を差し伸べるべきだったか、と朝月は少し後悔する。そう思ったときには雪女

はすでに海深によって立ち上がっていた。

「うん、合流できてよかったよ。さすがにこのシティの中を探しまわるのは嫌だっ

たから・・・・」

 そこでふと気付く。さっき御堂と春彦、暁と合流したときにも感じた違和感。何

かが足りないような感覚。

 そしてあの時のように、それもすぐに解決した。

「兄さんは・・・・? どこにいるんだ?」

「夜兄ぃは――――」

「休憩中よ」

 桜子の台詞を遮るように影名が言う。もしどこにいるのか、どうして休憩を必要

としているのか。それを問い詰められたらきっと桜子は隠し通せない。桜子と影名

だけが知っている、夜月があの場所に残った理由。それは朝月はもちろん、海深に

も落葉にも雪女にも知られてはいけないこと。

 だから影名が桜子に代わって言う。彼女ならきっと隠しとおせるから。

「休憩って、どうしてだ?」

「戦って疲れたからよ」

「どこで?」

「向こう」

「向こうじゃわかんねぇって」

「バカ」

「・・・・・」

「・・・・・」

 言っても無駄と、理解したのかもしれない。それとも言葉の裏を読み取ったのか。

「朝月君、先を急ぎましょう。正直、時間がありません」

「ああ・・・・そうしよう。お前たちも付いてきてくれ」

 朝月が先頭を走り、その後ろへ春彦、桜子、金、海深、落葉、影名、雪女と続く。

自然に成り立った隊列は戦闘力の低いものを護る形へとなっていた。

 敵の来訪は金が知らせてくれる。それが彼女の決意なのだから怠ることは無いと

信頼できる。敵が来たのなら、残りのメンバー全員で蹴散らすだけだ。

「前方に人影。エクスクレセンスではない模様。人間です」

「オーケー。攻撃すんなよ」

 武器は携帯しつつも攻撃を放つ必要は無いと知り、速攻の準備はしない。先頭を

走る朝月に後ろから声がかかった。

「ねぇアサ・・・」

「なんだ海深?」

「金ってあんな性格だったっけ? なーんか事務的っていうか、さ」

「ああ・・・・」

 そういえば、と朝月は思う。金がDUを発動している最中こういう性格になって

しまうということを、朝月と春彦以外に知る者はここにいない。

 雪女と落葉は以前戦っていたとしてもそのころはまだ侵食が殆ど進んでいなかっ

たのだろう。普通にいつもの性格だったようだ。この異変が起こってしまったのは

死兆星に忍び込んだ時。あのブルームシードとの戦い以降、彼女らが争うことなん

て無かったのだから、知らなくても仕方ない。

「侵食の影響でさ。能力発動中はああいう無感動な性格に変わっちまうんだ。

気を悪くしないでやってくれ」

「いいけど・・・・でも、あんまり長い間発動してちゃ――――」

「そこもさ、金の決意に免じて、見逃してやってくれ」

 何の決意なのか、朝月は言わない。もし言えば彼女らのことだ、説得でもな

んでもして無理矢理DUを止めさせるだろう。そんなことは気にしなくいいと、

無理をして発動している金にとって、これ以上無い魅惑的な言葉を吐いてしま

うことだろう。

 それしきのことで金の決意が崩れるとは思っていない。けれども、危険な種

は摘み取っておいたほうがいい。

 正直なところ、金の敵探知はかなり役立ってくれている。合流した場所に辿

り着くまでにもいくつか敵を回避してきたのだから。

 正面の道に五つほどの影が見え初めてきた。これがさっき金が言った人影か。

戦うわけでもなく、何やら話し合っている様子。会話に集中しても敵の接近が

わかるように広めの道路を選んだのだろう。

「あ、朝月君~・・・・速度落としてくださ~い・・・」

 前だけを見ていたから気づかなかったがいつの間にか朝月だけがどんどん先

へ進み後続を引き離してしまっていた。

 朝月としては全速で走っていた感覚はない。それに例え全速だったとしても

ここまで彼女らを引き離すことは不可能だと思う。

 ではどうしてこれだけの速度が出てしまっているのか。その疑問は即刻解消

された。春彦のたった一つの台詞で。

「朝月・・・・君・・はぁっ・・・・はぁっ・・・・あ、足――――」

「足・・・・・?」

 何が言いたいのか分からなかったがとりあえず自分の足を見た。すると、そ

こには見たことがあれど、決してあってはならないものがあった。

 朝月の足は変化していた。イグアナのような爬虫類の皮膚を持った、蜥蜴の

ようで形は犬の後ろ足の形をした足へと。

「・・・・・っ」

 軽く足を振ってみる。どうやら自分の意思で動かせるようだ。その事実に一

安心し、安心などしてはいけないと自分を律する。

 これはDUの侵食現象なのだ。朝月のような肉体変化系はDUの侵食が進め

ばその分肉体を喰われていく。その時に肉体が異形に変化していくのだ。

 あの時、まだ朝月が自分を見失い無意識に突き動かされていた、柚木と戦っ

た時。あの戦闘で朝月の侵食はずいぶんと進んでしまった。右半身が丸々DU

に奪われていたのだから。

 今までは意図して変化を封じていた。修之がしていたように、ある程度の侵

食状況なら肉体変化として戦力とすることもできる。必要なときに変化すれば

よかったのだ。

 だが、これはどういうことだろうか。朝月は足を変化させたつもりはない。

変化させる必要も無かったし、それほどまでに進んでしまっているのだと、皆

に知られたくはなかった。

 意図せず、朝月本人の意思を無視して現れてしまった。これはもう、隠しよ

うがない。

「それって・・・・侵食、ですよね?」

 膝下まで爬虫類化してしまっている朝月の足を見て、春彦が言う。ようやく

追いついてきた後続組も彼の足をみて驚愕した。

「おいおい・・・・!」

「アサ・・・・侵食が」

 海深が足に触れてくる。朝月の足は海深の手の暖かさを感じることはなく、

海深は朝月の足の暖かさを感じず、ただ古代の翼竜のような冷たい、硬い感触

だけが伝わった。

 触られている感覚はあれども、暖かいとも冷たいとも感じないのでは、何も

触れていないのと何ら変わりない。

「解除、できないの?」

「――――無理だな。固定されちまってる」

 以前のように自意識での変化解除は不可能になっていた。そのほかの部位が

勝手に変化してしまうという最悪な事態にはならなかったものの、これはもう

言い逃れはできない。

「いつの間にこんな・・・・」

「――――気にしても始まらねぇ。先へ進もうぜ」

 言い逃れはできないとわかっていても言及されたくはなかった。どんな理由

で侵食が進んでしまったとか、どうして隠していたとか。問答無用で走り出し

たのは、無駄な心配などさせたくはなかったから。こうして走ってしまえば皆

は追わざるを得なくなる。ほんの少しの間とはいえ、ただでさえ極限的な戦争

の状況下、自分のことで無駄に心配なんてさせられない。

 先程から見えていた人影がようやく影でなくなってきた。くっきりと見えた

人相は五人。そのうち一人は朝月もよく知っている人物だった。

「副隊長っ!」

「隊長・・・・?」

 五人の影。その中の一人は朝月た隊長を勤める第三部隊の副隊長・飛塚小奈

その人だった。

「どうしてこんな場所に・・・戦いは苦手なんじゃなかったか?」

「いえ、まぁ、苦手なんですけれど・・・逃げるのは忍びなくて」

 逃げるのは忍びない。小奈らしい言葉だと朝月は思う。長い黒髪にツリ気味

の目せいで少し怖い印象を受けるが、なんだかんだ言っても朝月が戦闘関連の

仕事で疲れて帰ってきたときはお茶を淹れてくれるし、一度電柱を切り倒して

始末書を書かされたときも最後まで付き合って書き方を享受してくれた。

 結構、面倒見のいい人なのだ。だからこそ、こんな地獄のような場所で人々

を、朝月を置いて自分たちだけ逃げてしまうのが心苦しかったのだろう。

「だからって副隊長じゃ辛いだろうに・・・・早く逃げたほうがいい」

「でも――――」

「いいから、さっさと逃げろって。副隊長は戦場向きじゃないんだから。こう

いう場所でこそ適材適所。それが分からない人じゃないだろ?」

「・・・」

 彼女は戦いに不向きだ。DUは戦い向きだとしても本人が戦いを嫌うし、あ

の力は普通じゃ耐えられない。朝月だって普通に使えばただじゃすまないだろ

う。それほど人体には悪影響がある能力なのだ。

「あれ? 隊長、バイザーはどうしたんですか?」

 小奈が朝月の顔を見て言う。他の―――朝月以外で死兆星に所属している面

子は全員フェイスバイザーを付けている。しかし、朝月のバイザーはプレッシ

ャーとの戦いで破損して使い物にならなくなってしまっていた。

「ああ、あれな。壊れちまったんだ」

「壊れた・・・ですか。程度によっては直せるかもしれませんが?」

「あ~・・・・」

 生憎なことに捨ててしまった。壊れて使用不可になったものを後生大事に持

ち歩いていてもしょうがないのでその辺の道端に捨ててしまっていた。

 もし日常での故障だったら気が進まなくとも三島三好にでも修理依頼を出し

ておけば即日返却で直ったかもしれない。けれど今は三島だって生きているか

どうか分からないし朝月たちの知識だけで精密機械を修理できるわけでもない。

だったら邪魔になるだけだからと捨ててしまった。

「捨ててきちまった。でも持ってたとしてもたぶん無理だったと思う。結構派

手にディスプレイ投射器が破損してたから」

「そうですか」

 小奈はそう言ってから自分の頭についていたフェイスバイザーを取り外した。

電源をオフにしてから朝月に手渡す。

「これを使ってください、隊長」

「これは副隊長のバイザーだろ? だったら自分で――――」

「いいんです。これから逃げる私よりも、戦う隊長に使って欲しいんです。あ

ったほうが楽でしょう?」

 小奈の言うことは正論で、確かに逃げの姿勢に入る小奈が持っているよりも

まだ戦場へ赴く朝月が持っていたほうがフェイスバイザーも本望かもしれない。

「――――わかった。戦い終わったらしっかり返すよ」

「別にどっちでもいいですよ。支給されてから結構経ってるので取替えようか

なと思っていたところだったので」

 支給されてから結構経っている。その台詞が朝月にひとつの可能性を示唆し

た。

「なぁ、使い続けてどのくらいの年季物だ?」

 さりげなく聞いてみる。別に隠さなければならないことはないのだが、朝月

としてはまた一から説明するのが面倒だったのだ。

「えーと・・・・三年くらいですか」

「よし・・・・十分だな」

 そう言って朝月は小奈のフェイスバイザーを装着する。ディスプレイが表示

されて小奈のものだろうデスクトップが起動した。

 なんとも飾り気のない画面だった。

「十分って、何がです?」

「ああ、いや、何でも。さぁて、お前らはとっととシティを出るといい。副隊

長、これは隊長としての命令だ」

「・・・・了解です」

 こういうときでも、いや、こういうときだからこそ、感情で物事を判断せず

に、より状況を理解しているであろう人物の意見を聞き入れることができるか

ら、彼女はこうやって四人も引き連れて行動できるのだろうし、朝月だって安

心して命令を出せるのだ。

「ちゃんと生きて脱出しろよ。このバイザーだって、捨てられるなら本来の持

ち主の手によって捨てられたいだろうから」

「はい!」

 朝月は地を蹴ってブリッツタワー・セントラルを目指す。その後ろを追従す

る者が七人。小奈はその場から反対方向へ走り出す。その後を追う者が四人。

 直後にエクスクレセンスの団体に小奈たちは襲われ、音無現に救われること

になるのだが、朝月たちは知る由もない。

 ブリッツタワー・セントラルに辿り着くまでまだ数㎞ほどある。直線距離で

いければかなり時間短縮できるだろう。朝月が圧砕重剣を使えば問題は無い。

 そして、突如、金が地面に倒れ伏した。

 走っていたから速度はそのままで受身も取らずに地面に倒れこんだのだ。傷

だからけになって、しばらくしてからようやく事態を把握できた。

「お、おいっ!」

 一番近かった朝月が真っ先に駆け寄って抱き起こす。春彦もすぐに駆け寄り、

後から全員が来る形となった。

「金、大丈夫ですかっ!? 金ッ!」

『クガネッ! 目ぇ開けろっ!』

 春彦の頭の中では夏彦の声も響いていた。彼も彼で金のことを心配し、自分

がいくら叫ぼうとも決して彼女に声が届かないことを嘆く。そしていくら声を

かけてあげたくとも、表層意識に無理矢理出てくることな絶対にしない。自分

には、夏彦には春彦を護るためだけの力しか無いと分かっているから。

「あたま・・・・・いた・・・・」

「頭が痛いんですか? どうすればいいんです?」

「ポケ・・・・ット・・・・なか・・・薬・・・・・」

 力無き声で、虚ろな目でそれだけを告げる。

「ポケットですね!」

 春彦は躊躇無く金の上着のポケットへ手を入れる。小さな瓶のようなものを

掴んで手を引き抜いた。

「これは・・・・丸薬?」

 透明な瓶の中には白い丸薬がいくつか入っている。ラベルには「ブレイン・

スタビライザ」と書かれていた。

「これを飲ませれば・・・・・!」

 瓶の蓋を開けて一錠取り出す。そしてそこではたと気づく。

 どうやって飲ませよう。

 一応水はある。朝月の故郷へ遠出していたので水筒の類は持って行っていた。

まだ中身が入っているから使える。小さな小型水筒なのでこれで空になってし

まうだろうけれど。

 しかし、頭痛がしていて言葉さえもまともに紡げていない今の状態では薬を

服用するなんて無理だろう。飲み込めず口の端から水が流れてしまうのが見え

るようだ。

 だったら――――。

 春彦は躊躇わず丸薬を自分の口に入れ水を含む。空になってしまった水筒は

捨てて水がこぼれないようにしながら金の口へ持っていった。

「ひゃ・・・っ」

「おお・・・・」

「男らしい~・・・」

 こんな状況でも冷やかしの言葉というものは口を突いて出てきてしまうのか

と春彦は思う。金の唇に自分の唇を押し当て、彼女の口の中に丸薬と水を流し

込む。金が飲み込んでくれるまでそのままの状態でいた。

 いわゆる口移しというやつだ。

 恋人同士だとしても実行するには少々難易度が高めに設定されている口移し。

こんな状況でなければ、もしかしたら春彦はもっと純粋に金の唇の感触を楽し

めていたかもしれない。周囲からの冷やかしに抵抗していたかもしれない。

 しかし、今の春彦にはそんな気持ちはない。羞恥心や冷やかしに対する叱責

よりも目の前の金が心配で仕方なかった。

 金が薄っすらと目を開ける。苦悶の表情は消えていなかったが、少々でも和

らいだようだ。

「あり・・・がと」

「お礼なんていいですから、大丈夫ですか? 話せますか?」

「うん・・・・その薬――――」

 弱々しい金は春彦の持った瓶を指差す。

「ブレイン・スタビライザ――――私の脳を・・・・生かしている薬」

「脳を―――生かしている?」

「私の脳は・・・・一度壊れた。初めてDUを使ったときに・・・情報量に耐

えられず・・・・パンクした。壊れた脳は何とかなったけど・・・・問題が残

ったの」

「それをこの薬で・・・・?」

「うん・・・乱れる脳波を整える第五部隊試薬品。ブレイン・スタビライザ」

 脳波安定化剤。これがなければ、金は脳波が安定せずに死んでしまうのだと

いう。

 そして、それの効き目が弱くなってきているのだという。

「だから、置いて行っていいよ。連れてってもらっても足手まといだから・・」

「そんなことしませんよ。置いて行くなんて、絶対」

 春彦は金の身体をその背に背負う。

「そんな・・・・足手―――――」

「黙ってください。病人は大人しく、病人らしくしていてください」

 有無を言わさない春彦の口調に、金はついに黙る。春彦が金を背負うことを、

助けることを誰も否定しなかった。

 だって、全員が同じ気持ちだったのだから。

 春彦に合わせて速度を落として進む。朝月は敵を警戒し、そのほか手の空い

ているものは周囲の建物の状態を見定めていた。

 いくら置いていけないと言ってもあんな状態の金を戦場に連れていくわけに

はいかない。おまけに春彦は金を片手で背負っているのだ。頑張って金が腰に

しがみついているけれど、それだっていつまで続くか分からない。春彦は絶対

金の側から離れないだろうし、どこか休憩できる場所を探しているのだ。

 安全な場所など無いのだが、せめて、どこかに寝かせてやりたい。

『なぁ、ハル』

 春彦の脳内に守護人格・夏彦の声が響く。彼にしか聞こえない脳内会話を行

う。

『なんですか?』

『クガネよぉ・・・・やばいんじゃねぇか?』

『・・・・』

『波動を二回とも受けてて今さっき死に掛けたんだ。生命力の残量だってそう

多くな――――』

『そこまでですよ、夏彦』

『でもよ――――』

『考えちゃ、いけない領域です』

『逃げんなよ。考えない程度で確率が減少すんなら、今すぐ記憶から抹消して

やるよ』

 夏彦は苦々しい口調で言う。そんなことは春彦自身がもっとも理解していた。

理解していてなお、考えることを放棄したい。

 それほど、最悪な未来予想図なのだ。

『わかってますよ・・・・でも・・・』

『俺は逃げねぇぞ。クガネは俺に――――俺たちにとって、大事な人なんだ』

『――――わかってますよ』

 そこで脳内会話は終わる。目を背けたくとも、一度背けたらもう直視できな

い現実。このままにしておけば金は近い間に、死ぬだろう。

 春彦は、

 夏彦は、

 そんな現実を絶対に認めない。

「誰だっ!」

 先頭を走っていた朝月が叫ぶ。その視線の先には誰かがいた。

 白衣を着た、ボサボサの髪に無精髭を生やし他人を小馬鹿にしたような丸眼

鏡をかけた人物。

 つい最近、朝月は会ったことのある、こんな状況では生き延びていなさそう

な人物だった。

「三島・・・・隊長」

「おお、存命でおられましたか、常光隊長」

 第五部隊アルトサイエンス隊長・三島三好。

 戦闘能力など皆無のはずの死人が生き延びていた。

「あんたも、よく生きて」

「ええ。我々の施設は幸い、無事だったもので」

 死兆星最大の研究機関である第五部隊の主要研究室はブリッツタワー・セン

トラルの五十五階から五十七階に集中している。五階近辺にあるのは三島三好

の個人研究室だ。それでいて様々なものを開発してもらえるよう、死兆星は第

五部隊には金を掛けている。デルタセントラルシティ各所に地下地上問わず、

第五部隊持ちの研究室は点在しているのだ。

 この近くにある研究室は無事だったということか。

「案内しましょう。・・・・湖子宮さんの様子も気になりますから」

「・・・・・頼む」



春彦と夏彦、金のお話。ようやくわかってくる「螺旋鎖鎌」の意味。そして実は「神の瞳」ってそんな能力だったんですねっていう超こじつけ展開。


ご期待くださ~い。見事にこじつけてみせますから。


次へ。

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